鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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お待たせいたしました。
無限列車編の最大の山場、猗窩座戦開幕です。

今回はほぼ原作に沿った展開ではありますが、所々で小さくない変更点があります。
これに関しては、後書きで理由等も説明させていただきますのでよろしくお願いいたします。


25 対拳法

 

 

 

 

「全集中の常中ができるようだな、感心感心!!

 常中は、柱への第一歩だからなッ!!」

 

 

 

 

 

炎柱援護の任を受け、無限列車に赴いた炭治郎達。

 

そこで待ち受けていたのは、無限列車の鬼―――下弦の壱『魘夢』との激闘であった。

 

 

魘夢の武器は、対象を眠らせて夢の中へと封じ込める凶悪な血鬼術。

発動条件を満たせたならば、柱級の実力者でさえも夢の牢獄に落ちるしかないという、恐るべき術である。

 

 

それに加えて、魘夢には奥の手―――百人以上もの乗客を乗せた列車との同化があった。

炭治郎達は、言うなれば鬼の体内に取り込まれたも同然となった。

 

四方八方より迫る魘夢の触腕から乗客を一人も傷つける事無く、その首を断つ。

それも、たった五人の戦力で……鬼殺隊にとっては、あまりにも不利と言わざるを得ない戦況だ。

 

 

 

「煉獄さん……」

 

 

 

 

しかしッ……!

 

 

その圧倒的不利を覆し、炭治郎達は無事に魘夢の討滅を果たしたのだったッッ……!!

 

 

 

無論、誰一人として死者は出していない。

乗客は皆―――魘夢を倒した影響で列車が脱線した為、流石に軽微な負傷者は出てはいるものの―――無事だ。

 

 

 

「腹部から出血している……もっと集中して、呼吸の精度を上げるんだ。

 体の隅々まで、神経を行き渡らせろ」

 

 

 

もっとも、流石に無傷での勝利とはいかなかった。

魘夢の首を斬る直前……彼に与していた車掌からの一撃を受けて、炭治郎が負傷したのだ。

 

鋭利な錐で腹部―――それも筋肉による防御が無い鳩尾の箇所―――を刺されて。

しかもその状態で、肉体への負担が激しいヒノカミ神楽の呼吸を使用した……それが如何なる結果を招くかなど、言うまでもないだろう。

 

満身創痍と言うに相応しい状態で、炭治郎は地に倒れ伏したのだった。

 

 

 

「ッ……!!」

 

「そうだ……集中しろ」

 

 

 

無論、杏寿郎がそんな彼を放っておく筈が無い。

すぐさま負傷部位を確認すると共に、全集中の呼吸を行うよう促した。

 

全集中の呼吸は、血液の流れを意図的に操り身体増強を図る技術。

ならばその応用で負傷した部位を収縮させ、傷口を一時的に塞ぐことも不可能ではない。

 

 

もっとも、それが出来るだけの技量の持ち主であるという事が、大前提なのだが……杏寿郎は、確信していた。

 

 

 

常中を体得した炭治郎ならば、十分に備わっていると。

 

後は、その背を押すだけでいい。

 

 

 

 

 

故に……杏寿郎自身もまた、集中を漲らせる。

 

 

 

炭治郎を救う為……己が限界を超えるべく。

 

 

 

彼の額に指を当て……全身の感覚を、極限まで集中させるッッ!!!

 

 

 

 

 

 

――――――ドクンッ!

 

 

 

 

 

 

「血管がある……破れた血管だ。

 そこだ……集中ッ!!」

 

 

「ッッ!!!」

 

 

 

杏寿郎が口を開くと同時に、炭治郎もはっきりと知覚する事が出来た。

負傷部位―――腹部の破れた血管を。

 

 

すかさず、そこへと意識を傾けて全集中の呼吸を実行。

 

血の巡りを可能な限り操作……血管を収縮ッ!!

 

 

 

 

 

 

――――――ピシィィィッッ!!!

 

 

 

 

「ブハッ……!!??

 ハァ、ハァ……!!」

 

「うむ、止血できたなッ!!」

 

 

 

無事、止血は成功ッ!!

 

腹部からの出血は見事収まった……ッ!!

 

 

 

(す……凄い……列車内の動きも、とんでもなかったけど。

 俺の身体の何処が傷ついているのか……完全に見抜いた……!)

 

 

この成果に……それを成し遂げた杏寿郎の技量に、炭治郎は驚きを隠せなかった。

己が肉体だというのに、自分は負傷した箇所が何処であるかを完全に把握しきれなかった。

それを杏寿郎は、寸分の狂いも無く掌握したのだ。

 

 

 

 

まるで……他者の肉体が、透けて視えていたかの如く。

 

 

 

 

(うむ……出来た。

 これが、はじまりの剣士に視えていた世界なのだな)

 

 

 

 

そう、杏寿郎には炭治郎の体内が視えていたのだ。

 

 

はじまりの剣士―――継国縁壱と同様の世界。

 

 

即ち、透き通る世界が。

 

 

 

 

(よもやよもやだ……手記を開いた時は、如何なる手段かと思ったが。

 成程、実に素晴らしい技法だッ!!)

 

 

 

全ての発端は、凡そ半年前―――柱合会議にて、煉獄家の手記を読み解いた時まで遡る。

 

 

 

手記に記されていた、継国縁壱が持っていたという特殊な視界―――透き通る世界。

彼には、あらゆる生物の肉体が文字通り透けて視えていたというのだ。

 

筋肉、血管、臓器。

衣類と皮膚を透過して、宛ら理科室にある人体模型の様に。

その力を以てして、体内に五つの脳と七つの心臓を持つ鬼舞辻無惨を追い詰める事が出来たという。

 

この話には当初、柱の誰もが懐疑的であったものの。

はじまりの剣士が無惨を追い詰めた事が何よりもの証拠であり。

修練の果てに辿りつける極致ではないかという烈海王―――同じく透き通る世界に開眼していたであろう、範馬勇次郎の存在を知っているが故に―――の発言もあって、その存在を認めるに至った。

 

 

 

そして……杏寿郎はこの日を境に、透き通る世界について意識をしながら修練を重ねる様になった。

 

 

はじまりの剣士もまた、同じ人間だ……彼に出来た事であれば、自身にもまた出来るに違いないと。

 

 

まして杏寿郎には、槇寿郎という大きな存在が側にいた。

彼は縁壱との力量の差を実感して、一度は失意のどん底に沈んだ。

今でこそ烈海王のおかげで立ち直り、時間があれば自身にも指導をしてくれている……そんな父にだ。

 

 

 

貴方達煉獄家が、絶やす事無く受け継いでくれた御蔭で。

 

貴方をはじめ多くの方々が助けてくれた御蔭で、はじまりの剣士と同じ領域に踏み込めたと伝えられたならば……それに勝る親孝行が、どこにあろうか……!!

 

 

 

 

(だが……まだ、不完全。

 集中力を極限まで高めて、どうにかという具合か……この視界を常に保つには、まだまだ鍛錬が必要だな!!)

 

 

 

しかし、まだまだ課題は残る。

杏寿郎が習得した透き通る世界は、未だ完全ならず。

炭治郎を救うという目的意識の元に、強い集中を行えたからこそようやく出来たが……今はもう、何も視えなくなっていた。

 

極限の集中下で、領域に踏み込めるのは僅か数秒間。

それが今の杏寿郎の限界点であった。

この様では、鬼舞辻無惨の討滅など程遠い……更なる鍛錬を重ねねばなるまい。

はじまりの剣士の様に常時開眼とまではいかずとも、出来得る限り長くこの世界にいる為には。

 

 

 

「見事だった、竈門少年!!

 乗客は皆無事だ!!」

 

 

とりあえず、今は任務の完了を喜ぶべきだ。

ただの一人も死者を出す事無く、人々を守り抜く事が出来た。

下弦なれども、十二鬼月の討滅にも成功……成果は上々といっていい。

 

 

後は、怪我をした人達の応急手当をしながら隠の到着を待つだけ……

 

 

 

 

 

 

そう思っていた、矢先であった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――ドォォンッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッ!!!???」

 

 

 

 

 

 

最大の脅威が、到来したのは。

 

 

 

 

 

 

「上弦の……参ッッ……!?」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

――――――炎の呼吸 伍ノ型『炎虎』ッッ!!!!

 

 

 

――――――破壊殺・乱式ッッ!!!!

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

 

 

死闘。

 

下弦の壱との戦いを激闘と呼ぶのであれば。

今、炭治郎の眼前で繰り広げられている戦いは、正しくそう呼ぶに相応しいものであった。

 

 

「フハハハッ!!

 素晴らしい、実に良いぞ杏寿郎ッ!!」

 

 

杏寿郎の刃の先に立つは、突如として現れた上弦の参―――猗窩座。

その強さは上弦の名に恥じず、文字通り格が違った。

 

 

 

腕を、脚を両断されようとも瞬時に再生を果たす回復能力。

 

あらゆる方位からの攻撃に対しても、即座に対応してみせる反応速度。

 

僅かな隙も許さない、恐るべき精度で繰り出される卓越した拳技―――破壊殺。

 

 

 

たった今戦ったばかりの魘夢と比較しても、異次元の領域だ。

単なる数字の差だけでいえば、三つしか段階は違わないというのに……上弦と下弦の間には、ここまでの開きがあるのかッ……!!

 

 

 

 

(だが……決して、負けはしないッッ!!)

 

 

 

 

しかし。

 

その強敵を前にしても、杏寿郎はしっかりと喰らいついていた。

破壊殺の妙技に圧される事無く、渡り合えていたのだ。

 

 

 

 

「ハアアァァァッ!!!」

 

 

もはや何度目になるかも分からぬ、刃と右拳との鍔迫り合い。

此度、打ち勝ったのは猗窩座……拳で刀を強引に押しのけ、前へ踏み込んだ。

その二の腕は、肘を支点に上腕から凡そ百度程曲がった状態―――即ち拳は、ここからまだ伸びるのだ。

渾身の一打を繰り出せると確信し、猗窩座は獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

刀を押し切った勢いのままに右腕を真っすぐに伸ばし、えぐりこむッ!!

 

狙いは、杏寿郎の顔面―――左の眼窩ッ!!

 

命中すれば眼球を破壊され、失明は免れぬ致命打ッッ!!!

 

タイミングは完璧、この距離では防御も不可能ッッ……!!

 

 

 

 

 

「ッッ!?」

 

 

 

しかし……その拳には、何も無かったッ!!

 

肉を断つ手応えも、骨を砕いた感触もッ……!!

 

 

 

ある筈のモノが、何一つとして乗らなかった……空を切ったのだッッ!!!

 

 

 

 

(捻って、威力を逃した……そう来たかァ、杏寿郎!!)

 

 

 

猗窩座の拳が、まさに顔面を捉えようとした瞬間。

杏寿郎は咄嗟に首を左へと捻ったのだ。

防御が間に合わぬならば、出来る手段で威力を極力逃がすまで。

拳の進行方向と全く同じに顔面を動かすことで、打撃を受け流したのであるッ……!!

 

 

 

「まだだッッ!!!」

 

 

 

そして、杏寿郎はこの隙を逃さなかった。

敵の虚を突いた今こそ、攻めに転じる絶好の機。

 

捻るのは、廻すのは首だけではない。

そのままの勢いで、全身を大きく左回転ッッ!!

両の手で柄を強く握りしめ、渾身の威力を乗せた斬撃を放つッッ!!!

 

 

 

 

――――――炎の呼吸 弐ノ型・改 『横・昇り炎天』ッ!!

 

 

 

 

弐ノ型は本来、下から上へと弧を描くかの様に刀を振り上げ繰り出す技。

杏寿郎はこれを、身体全体を大きく回転させる勢いに乗せて横に放ったのだ。

 

奇しくもそれは、炭治郎が矢琶羽との戦いで放った一撃と同じッ……!!

無論、その威力もッッッ!!!

 

 

 

 

――――――ザンッッッ!!!!

 

 

 

 

「ッ……素晴らしいッッ!!」

 

 

首を断たれてなるものか。

放たれた横一文字の斬撃を、猗窩座は最短の動作で抑えにかかる。

咄嗟に左腕を上げて防御すると同時に、上体を大きく後方へと反らして刃の軌道から首を外す。

 

 

結果、命脈こそ断たれずに済んだものの……その左腕は、両断されて宙を舞った。

更に炎の斬撃は勢いを落とす事無く、伸びきっていた右腕を肘から指先にかけて真一文字に切り裂いたのだ。

 

 

 

(左腕を貫通し、右腕までもッ……!!

 この威力、羅針の探知を上回る速度、やはり見事としかいいようがない。

 だが、両腕を断った程度では俺は止められんぞッッ!!)

 

 

 

しかし、しかしだ。

並の鬼ならば、確実に決定打となり得たであろう見事な一撃だろうとも。

残念ながら、猗窩座からすれば然したる負傷に非ず。

そもそも彼は、刃で断たれた痛みでさえ微塵も感じていなかった。

 

左腕の断面が瞬く間に盛り上がり、血肉と骨を形成していく。

二股に分かたれた右腕も即座に合わさり、癒着をはじめていく。

致命傷など存在しないと、そう言わんがばかりにッ!!

 

 

 

「ケェアアァァッ!!!!」

 

 

 

猗窩座は反らした上体を振り起こすと共に、更に一歩前へと踏み出した。

杏寿郎が刀を横へと振り抜いた今、正面へと戻すまでには僅かな隙が生じる……そこを狙いにかかったのだ。

 

 

 

 

真っすぐに、最短距離で間合いを詰めるッ!

 

 

照準は、がら空きの右脇ッッ!!

 

 

放つは、この極至近距離だからこそ威を発揮する打撃―――右の膝撃ッ!!!

 

 

 

肋骨を砕き、臓腑を破裂させるッッ!!!

 

 

 

 

 

 

――――――バシイイィィィィッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

「ッッッ~~~!!??」

 

 

 

 

 

その予想は大きく裏切られた。

 

確かに猗窩座の膝は、杏寿郎の脇を狙い通りに捉えてはいた……がッッ!!!

 

 

 

(呼吸で筋肉をッ……どこまで俺を楽しませてくれるんだ、杏寿郎ッ!!)

 

 

 

臓器は勿論、骨でさえ届かず……受け止められたッ!!

 

 

呼吸による血流操作で、腹部の筋肉をパンプアップッッ!!!

 

 

ピンポイントで部分隆起と硬化を行い、膝の一撃を真っ向より防ぎきったッッッ!!!!

 

 

 

 

(この速過ぎる反応……俺の蹴りを見てから即座に呼吸を?

 いや……こいつの技量ならばそれも不可能ではないだろうが、恐らく違う。

 先程の拳への対処と合わせれば、これはッ……!!)

 

 

 

猗窩座が腕を切り飛ばされてから膝撃を仕掛けるまで、時間にして二秒あるかないか。

腹部筋肉の硬化だけならば十分可能だろうが、狙われるであろう箇所を寸分の狂いなく隆起させられるだろうか?

柱の実力ならばあり得ない話でもないだろう―――事実、杏寿郎はかつての御前試合の折に、同様の方法で烈海王の拳打を打ち破っている―――が。

 

違う、そうではない。

少なくとも、この場に限っては。

 

猗窩座は確信していた……杏寿郎は、自身の蹴りを見てから動いたのではないッ!!

 

 

 

「ウオオォォッ!!!」

 

 

次の瞬間。

杏寿郎は手首を返して振り切った刀を戻し、そのまま猗窩座の首を断ちにきていた。

膝蹴りで腹部に意識が向いたタイミングでの、カウンター狙い。

 

 

この一撃に、猗窩座は感じていた―――やはり、と。

 

自身の推測が当たっていた事を、彼は完全に確信していた。

 

 

 

「ッシィッ!!」

 

 

 

故に、このカウンターも読めていた。

すかさず地を蹴り、後方へと退避。

斬撃を回避すると共に、杏寿郎との距離を一旦離す。

 

極至近距離での勝負―――ボクシングで言う所のベタ足インファイトを止め、仕切り直しに持ち込んだのだった。

 

 

 

「フッ……フハハハハハハッッ!!!

 杏寿郎、お前……拳法家を相手にどう立ち回るか、完全に心得ているなッッ!!」

 

 

 

眼球を穿つ筈だった拳を、同方向へと首を捻る事で回避。

更には、膝蹴りに対する的確過ぎる防御。

 

前者も大概だが、特に後者の対応……あれは、猗窩座の動きに素早く反応していたのではない。

杏寿郎には、前もって分かっていたのだ。

 

必ず、脇腹目掛けて膝を繰り出してくると……そう、先読みをしていたのである。

そしてその大本は、経験則に他ならない。

似た状況を経験しているからこそ、極めて的確な対処が出来た。

 

 

 

即ち……杏寿郎が現在取っているスタイルは、完全な対拳術用戦法ッ!!

 

 

それも、この練度の高さ……どうやって練り上げたかなど、一つしかあるまいッッ!!

 

 

 

「あのお方から聞いている。

 大陸から来た拳法家……かの海王だなッ!!」

 

 

 

主―――鬼舞辻無惨より、その危険性は聞かされていた。

全集中の呼吸こそ歪且つ半端な習得度にも関わらず、恐るべき身体能力と技巧を持つ大陸の異常者。

曰く、下弦の陸を無傷で討伐し、その後も驚異的な速さで多くの鬼を討滅していった。

挙句の果てには、無惨本人にも少なくない手傷を負わせ……致命と思われていた毒血でさえ克服した怪物。

 

猗窩座が知り得る限り、己が主がここまで固執する相手は然う然ういない。

日の呼吸の剣士及びその適性を秘めた者や、支配を脱した裏切り者の珠代、忌まわしき産屋敷当主ぐらいなものだ。

 

 

 

 

 

鬼殺隊史上、徒手空拳最強と謳われる漢―――烈海王ッ!!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

余談だが、無惨が烈海王復活を知った時の荒れ狂いぶりは、相当なものだった。

 

 

確実に殺した筈の相手が生きていたという異常さに、同じ異常者であるはじまりの剣士との記憶がフラッシュバック。

 

 

困惑と怒りのあまりに衝動的に擬態を解いて、八つ当たりで擬態先の家主を惨殺したのである。

 

 

家主からすれば、見初めた麗しい女性がいきなり狂乱したかと思ったらパンプアップして男になり、挙句剛腕を自らに振るってきたという理不尽極まりない仕打ちであった。

 

 

 

彼にとっての不幸は、無惨の八つ当たり相手が他に居なかった事に尽きる。

 

 

何せこういう時に真っ先に標的にされるであろう下弦の鬼達は、既に別件で無惨の鬱憤晴らしの相手にされて、壱を残して壊滅している。

 

 

その壱は自ら任務と血を与えた都合上、手を出す訳にはいかず……かといって、更に貴重な上弦相手にパワハラを行うという本末転倒な真似をする程には、無惨も愚かではなかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

烈海王の存在を思えば、杏寿郎の動きも頷ける。

対拳術を学ぶに当たって、これ以上ない逸材だろう。

勿論、それを為し得るだけの実力を杏寿郎が持ち合わせているからこそだが。

 

 

「これだけの武技、絶対に衰えさせてはならない。

 杏寿郎、やはりお前は鬼になるべき存在だ!!

 そして……烈海王もまた、鬼となり武を極めるべき拳士に違いあるまいッッ!!」

 

 

故に猗窩座は、出会い頭と同じ問いを杏寿郎へ投げかけた。

優れた武の持ち主は、鬼になるべきだと。

 

如何に卓越した腕を持とうとも、人間の寿命は長くて百年程度。

そして年老いれば、肉体は勿論精神にも衰えが生じる……磨かれた武もまた、それに伴い失われていく。

努力して手に入れた力の全てが、無に帰してしまうのだ。

素晴らしき戦士達が、その様な無様を晒し朽ちていくなど耐えられない。

 

しかし、鬼になれば永遠に武を磨く事が出来る。

寿命の死を克服し、あらゆる衰えは無縁となる。

 

 

未来永劫、武を探求し続ける事が出来るのだ……武に生きる者として、これ以上の待遇が果たしてあるだろうか?

 

 

「……言ったはずだ。

 俺は絶対に鬼にはならない……お前と俺とでは、目指す強さはまるで違う」

 

 

されど、杏寿郎は再び一蹴した。

鬼になるつもりは毛頭ない……例え、天地が引っ繰り返ろうとも、絶対にだ。

 

煉獄杏寿郎と猗窩座。

確かに二人は、同じく武を磨く者同士なれども……目指す頂はまるで違う。

手にした強さを、何が為に使うか……その一点において、両者の間にはとてつもなく大きな隔たりがあるが故に。

 

 

 

 

 

そして……杏寿郎にはもう一つ、猗窩座へと告げねばならぬことがあった。

 

 

 

 

 

「それに、だ……猗窩座。

 烈さんは、決してお前と相容れぬだろう……あの人は、絶対に鬼にはならないッッ!!!

 何があっても、それだけはありえない……断言してもいいッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

烈海王を鬼の側に誘おうなど、愚の骨頂ッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

杏寿郎の放った、あまりにも力強い拒絶。

戦いが始まって以来最大級の音量を誇る一喝は、周囲の空気を瞬時にしてビリビリと震わせた。

猗窩座は勿論、傍らの炭治郎と伊之助も、その迫力に一瞬呑まれそうになったが……

 

 

 

「ほう……同じく武に生きる者としては、理解しかねる答えだ。

 だが、そこまで言い切られると却って興味深さも湧くな……それは何故だ?」

 

 

すぐさま、猗窩座は獰猛な笑みを浮かべて杏寿郎に問い返した。

強すぎる拒絶を前にして、一周回って烈海王へと強い興味を抱くに至ったのだ。

 

 

 

ここまで言い放つとあれば、鬼殺隊だからという単純な理由だけでは決してあるまい。

 

 

 

何か、もっと根本的な問題があるのだろう……それは一体、何だというのか?

 

 

 

至高の領域に近いであろう拳雄が持つ思考に、是非とも触れてみたいッ……!!

 

 

 

 

 

 

そう熱望した……次の瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「ならば……直接、聞いてみたらどうだ?」

 

 

 

 

 

 

 

――――――…………ォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

場にいる誰しもが、その音を聞いた。

 

 

最初は微かな音であったが……そのボリュームは徐々にレベルを上げていき、気が付けば轟音となっていた。

 

 

 

 

併せて、大地より同じく伝わってくる震動……ここまでくれば、音の正体が何なのかは察しがつくだろう。

 

 

 

そう、これは車のエンジン音だ。

 

 

 

 

 

「フッ……フハハハハハハッッ!!!!

 そうか、そうかァッ!!!

 これはいい……炎の柱だけでなく、お前もこの場に現れたかッッ!!!」

 

 

 

 

 

そして、言うまでもなく……この場に車を走らせる者達など、当然彼等しかいないッッ!!!

 

 

 

 

 

 

「会いたかったぞ……烈海王ゥッッッ!!!!」

 

 

 

 




第一ラウンド。
まずは煉獄さんvs猗窩座となりました。
原作では猗窩座が持つ再生力を前に決定打を与えられず、左目喪失・内臓破裂・肋骨粉砕という酷い結果になった煉獄さんでしたが、今作では無事それを回避できました。
左目及び腹部への攻撃を、烈さんとの手合わせで習得した対拳法用の戦術によって、最低限のダメージに留める事が出来た為です。
ですが、それでも尚猗窩座を倒し切るには至れずという結果でした……ただ、それをひっくり返す手段が一応残ってはいました。
透き通る世界に完全に開眼する事です。


Q:煉獄さん、もしかして炭治郎の止血時に透き通る世界が視えていた?
A:人体を透かして視ている様だったし、猗窩座も至高の領域に極めて近いと認めている以上、完全ではないにしても入口に立っていた可能性があります。


炭治郎の止血を行った際に、煉獄さんは炭治郎の体内が視えていたのではないかという疑惑。
直後に死亡した為分からず終いでしたが、色々と考えた結果、この作品では「不完全ながらも視る事が出来た」ものとして扱う事にしました。
原作でも、もしこの時点で透き通る世界に普通に入れていたならば、煉獄さん程の人なら炭治郎同様に猗窩座の隙を突いて首を落とせていた筈なので、不完全なモノだったのだと思います。

15話でもありました様に、烈さんの御蔭で煉獄家の手記が早期発見されており、そこから透き通る世界の存在を知った煉獄さん。
その為、透き通る世界について強く意識して鍛錬を重ねた結果、このギリギリの場で入口に立つに至りました。
ただし集中力を相当に高めなければならず、実戦導入にはまだまだ課題が残っているという具合です。
これにつきましては、透き通る世界に開眼した者達が全員『痣』持ちで極限まで肉体機能が高まっていた事も大きいと見ています。


Q:無惨様、擬態先を潰しちゃった?
A:はい、原作パワハラ会議時における女装状態での擬態先です。
  金持ちの主人を言葉巧みに誘惑して無事潜伏しましたが、パワハラ会議から数週間後に烈さん復活を知ってしまい、困惑且つ大激怒。
  絶対死んだろと言い切れるだけの猛毒を耐え抜いた烈さんの異常さに、同じ異常者の姿がダブってトラウマスイッチが入り、側にいた主人は哀れにも犠牲となってしまいました。
  それでも上弦に八つ当たりをしなかったのは、彼等が貴重な戦力というのも大きいですが、何より「自分が苦しめられた相手がいるのに何やっているんだ」と言う事=「自分は烈海王に手酷くやられちゃったよ」と醜態を公言する事にもなってしまう為、プライドの高さ故に出来なかったのです。
それでも、流石に烈海王復活を黙っておくわけにはいかなかったので、淡々とした様子を装いながら情報共有はしました。


Q:腹筋固めて近接ガード、烈さんも玄弥との手合わせで使ってたけどやっぱり定番?
A:表面積の大きさからどうしても狙われやすいですが、ビスケット・オリバが本気で固めた腹筋はナイフをも通さない様に、鍛えた腹筋は近接戦における最大防御の一つです

さて、最後の最後でいよいよ登場した烈さん。
熱烈歓迎で出迎えられました。
若干前回の後書きと矛盾したかもしれませんが、どうかご了承ください。

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