鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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第2ラウンド。
烈さんvs猗窩座、待ちに待ったビッグタイトルがいよいよ開幕です。


26 開幕、烈海王vs猗窩座

 

「上弦の……参ッ……!!」

 

 

 

 

杏寿郎の鎹鴉より報せを受け、急ぎ駆け付けた烈海王達四人。

彼等は車を降りると、その場に立つ鬼―――猗窩座の姿を見て、強い衝撃を受けた。

如何に報せで聞いていたとはいえ、いざ目の当たりにすれば、無理もないだろう。

初めて目にする、紛れもない上弦の鬼なのだから。

 

 

 

(……分かる、こいつは……やばい。

 あの下弦の陸でさえ、比べ物にならない……この圧ッッ……!!)

 

(ハハッ……嫌な汗が出てきたぜ。

 ただ見ただけだってのに……今までの鬼とは桁が違うって、はっきり伝わってきやがるッ!!)

 

 

片平と玄弥の二人は、彼我の実力差を即座に把握して息を呑んだ。

後藤に至っては、絶句し全身の震えが止まらない状態にあった。

 

 

 

 

まともにやり合っては、まず勝てない。

 

絶望的……そう言っても過言ではない程に。

 

眼前に立つ上弦の参との間には、隔絶した差があるッ……!!

 

 

 

 

「……貴様、拳法家か」

 

 

 

そんな中において、ただ一人。

烈海王のみが、表情を崩す事無く冷徹な視線で猗窩座を捉えていた。

やや険しさはあるものの、一見では普段とそこまで変わらぬ様子に見える。

 

 

 

「「「「「ッ……!?」」」」」

 

 

 

しかし。

 

ここにいるのは猗窩座を除いて全員、烈海王と親しい者達ばかり。

 

故に、皆―――特に炭治郎は、その嗅覚を以て真っ先に―――気づく事が出来た。

 

 

(この匂い……烈さん……!?)

 

(……父上と初めて会った時と同じ。

 いや……あの時よりも、これは……!!)

 

 

 

 

烈海王の放った言葉には……その気配には、明らかな怒りが乗っている。

 

 

 

烈海王は……静かに、しかしその内は烈火の如く……確実にキレているッッ……!!!

 

 

 

 

 

「如何にもその通りだ。

 烈海王、拳を振るう者としてはっきり分かるぞ。

 お前は強い……至高の領域に、極みに立てる人間だ」

 

 

そんな烈海王の心境など露知らず。

嬉々として、猗窩座は彼を値踏みしていた。

 

 

 

―――鍛え上げられた肉体。

 

 

―――隙を一切見せぬ佇まい。

 

 

―――全身から発せられている闘気。

 

 

 

 

(素晴らしい……この上ない逸材だッ!!)

 

 

感じられる全てが、超一流であった。

間違いなく烈海王は、杏寿郎同様に至高の領域に立てる漢だ。

それも、鬼殺の剣士ではなく……自身と同じ、拳法家として。

数多くの武芸者を相手にしてきたが、ここまで磨かれた拳士は誰もいなかった。

 

 

これをどうして、誘わずにいられようか。

 

 

「烈海王……お前も、鬼にならないか!!

 そうすれば、久遠の時を生きられる……老いによる衰えに、怯えなくていいッ!!

 その素晴らしい武を、いつまでも磨き続ける事が出来るぞッッ!!」

 

 

彼もまた、選ばれた人間だ。

鬼となって、永久に己を磨き続けるべき存在だ。

武の神髄を極めるべく、こちらに立つべき漢だ。

 

 

 

「……老いによる衰え?

 笑止……その程度の浅はかな考えしか持てぬ様では、貴様の武など高が知れているッ!!」

 

 

 

しかし。

 

その主張を、烈海王は一蹴ッ……!!

 

 

 

「私には、幼少よりこの身を鍛えてくれた師が何人かいる。

 特にその中でも、強い恩義を感じずにはいられぬ方が二人いるが……共に、齢は百を超えている。

 それでも尚、立ち合えばどうなるか分からぬ程の実力者だ」

 

 

 

烈海王は知っている。

 

 

齢百を迎えても尚、恐るべき筋骨隆々の肉体と武技を持ちし師―――劉海王。

 

齢百四十六にして、理合の極みを手に中国武術界の頂点に立ちし師―――郭海皇。

 

 

老いによる衰えなど無意味……そう言わざるを得ない、体現者達を。

 

 

 

「無論、我が師だけではない。

 海王をして、達人と認めざるを得ない方もいる……老いとは、経験なのだ。

 闘う事を止めぬ限り、加齢によって肉体の強さが衰えようとも、その身に刻まれし経験値は反比例して高まっていく。

 筋力が落ちるというならば、体力の低下を嘆くというのであればッ!!

 その分は、身に着けた武技で補強すればいいだけの事……それが武術家の生き方だッッッ!!!」

 

 

人は日々、経験を重ねていく生き物だ。

昨日よりも、今日の自分は更に上に……積み重ねがあるからこそ、強くなれるのだ。

 

 

 

「貴様のそれは、加齢弱しという一方的な決めつけに過ぎんッッ!!

 己が工夫の足りなさに老いを言い訳に使う……その愚かさを恥じろッッッ!!!」

 

 

 

年月の経過で力は確かに落ちるだろうが、しかし知を確実に習得できる。

ならば、何を恐れる必要がある?

 

 

その知を以て、力に変わる武を考えればいい。

 

或いは劉海王の様に、年を取ろうとも衰えぬ肉体の鍛錬方法を試案していけばいい。

 

 

 

烈海王にとって、年月を経るとはそういう事だ。

 

彼からすれば、猗窩座の理屈は視野狭窄極まりない……工夫を放棄した愚者のそれでしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「衰えを敢えて受け止め、それを補うべき技を編み出す事で更に武を磨く……か。

 成程、確かにそれは一理ある」

 

 

烈海王の一喝に怒りを覚えるのかと、その場の誰しもが思っていた。

しかしそれに反し、猗窩座は素直に感心……その主張を受け入れていた。

無論、表面上だけのものではなく本心から―――炭治郎の嗅覚がそれは保証する―――だ。

 

 

あれだけ老いを醜きものと言い放っていたというのに、俄かには信じ難いが……武を志す者として、共感できる物があったのだろうか。

 

 

 

「だが……尚も俺は、人間の弱さを貴様に告げたい。

 お前の師の長命ぶりは少々気にかかるが、それでも人間の寿命は鬼からすれば短い。

 百を超えれば上々……たったそれだけしか生きられないのだぞ?

 武を極めるには、あまりにも短すぎる……お前は、永遠に己を磨きたいとは思わないのか?

 鬼ならば、何百年と鍛え続けられるのだぞ?」

 

 

しかし、猗窩座にも反論があった。

老いから生まれる力を差し置いても、寿命という問題は決して無視できるものではない。

生きられる時間に限りがある以上、鍛錬に使える時間もまた限られたものになる。

 

 

どんなに長くても百年―――大正時代の平均寿命を考慮すれば、寧ろかなりの長寿だが―――程度。

武の神髄に辿りつくには、どうやっても時が足りないのだ。

 

志半ばで倒れ果てる事が決まっている、無情の運命。

それを、鬼の身であれば覆す事が出来る……いつまでも使える時間を、手中に収めようとは思わないのか?

 

 

 

 

 

「……猗窩座、独り善がりでは武は極められんぞ?」

 

「何……?」

 

 

 

この主張に対し、烈海王は想定外の言葉を放った。

 

独り善がり。

流石の猗窩座も、これに対しては表情を顰めた……どういう意味だと。

 

 

 

「時間を欲すは人の性。

 一日が二十四時間しかないという事実にさえ煩わしさを覚える事も、時にはあった。

 お前の言い分も、そういった点では分からなくもない……だがな。

 己一人が長く生きるという事は、逆に言えば他者に託すことも無いという事だ」

 

 

 

永久に生きる事の欠点。

それは、ずばり後継に託す必要性の消滅にある。

己一人で完結してしまうが為に……それでは、ダメなのだ。

 

 

 

「とある、名も無き武術家の話だ……ある日、彼はそれまでにない方法での拳打を考案した。

 それを同じ門派の者達に話すも、その場においては一笑に付す結果と終わった……だが。

 技術が進歩した後世において、男のやり方が実は理に適っていると判明した。

 当時では人体に対する理解が低かった為に受け入れられなかった事実が、時代の発展と共に受け入れられたのだ」

 

 

 

時代の進歩と共に、かつては否定されたモノが受け入れられる。

これは武に限った事ではない。

多くの分野において、現代でもよく見られる話しだ。

 

 

「それに……一つの視点だけでは、見れぬものもある。

 自分では気がつけない思わぬ突破口を、他者があっさり披露してみせたりな」

 

 

思い返すは、かつてのピクルとの死闘。

自分や克巳は、彼の持つ圧倒的なパワーと防御に真正面からぶち当たるも、届かず敗北した。

されど、後から対峙したジャック及び刃牙は、思わぬ攻略法を見せた。

 

 

―――ピクルの全てを放出したブチかましを、崩拳やマッハ突きの様に真っ向から迎え撃つのではなく……ジャックは上へのかち上げ、刃牙は横方向から力を加える事で対処。

 

―――拳打を通さぬ強固な筋肉には、皮膚へと直接痛みを与える鞭打で対応してみせた。

 

 

 

いずれも、自分達には無い発想だった。

 

自分一人では……永久に、こんな手がある事など気が付かなかっただろう。

 

 

 

「中国拳法四千年、それは幾千幾万もの先人達が積み重ねてきた武によるもの。

 拳一つをとっても、莫大な技術と知恵の上に成り立っている。

 先代が編み出した方法に間違いは無いか、少し見方を変えるだけで一気に変わるのではないか。

 逆に今の戦法こそ、先代の技術で劇的に変える事が出来るのではないか。

 自分が死した後でも、編み出した技は後継者達によってより高みへと昇っていけるのではないか。

 そんな先人の思想と努力があったからこそ……今の私がある」

 

「烈さん……」

 

 

 

杏寿郎の脳裏を過るは、かつて烈海王が父へと告げた言葉だった。

 

 

 

―――継国縁壱は、自身に出来ぬ事を託したいからこそ、煉獄家の先祖に己が知り得る限りを話した。

 

―――後の世に生きる者ならば、必ず果たす事が出来ると……そう信じて。

 

 

 

「分かるか、猗窩座。

 貴様の言う通り長く生きたところで、それでは己一人の枠からは決して抜け出せぬのだ。

 受け継ぐ者がいなければ、お前自身が誰かから受け継ぐことも決してない。

 如何に鍛えようとも、出来るのは歪な成長のみ……殻を破る事は出来んのだ」

 

 

鬼の仲間を増やせば、そこから意見を取り入れる事ぐらい―――もっとも、配下の反乱を恐れる無惨の呪いがある為、鬼の大半は徒党を組めぬ様に同族嫌悪の気を根源に持ってしまう問題があるが―――は出来よう。

だが、総数の差という絶対的な点がある以上、その幅は人間と比べれば当然狭い。

故に……継承という概念が無き鬼では、一人の視点から抜け出すのは極めて困難なのだ。

 

 

己が欠点に気づく事が出来ず、放置したままにそのまま技を磨く……歪極まりない。

 

それこそ猗窩座の言う、醜い姿ではないか?

 

 

 

 

 

「そして……何よりだ。

 お前とこうして話して、改めて実感した……武に生きると口にしながら、お前は鬼の最大の欠陥を何一つとして理解していない」

 

 

 

 

 

そして。

 

ここまで対話を進める事で、烈海王は確信した。

 

同じく武を磨く鬼が、鬼である事を嬉々として語る時点で……許してはならないと。

 

 

 

 

 

 

「猗窩座……改めて言おう。

 拳法家として、私は断じて鬼を許せぬ……鬼の存在はあってはならぬのだッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「烈海王……どうやらお前は、俺が思っていた以上の拳士らしいな」

 

 

鬼許すまじという叫びを聞いてから、数秒間程押し黙った後。

猗窩座は強く拳を握り、ゆっくりと構えた。

 

続けて、その足元より眩い赤光が迸る。

やがて光は猗窩座を中心にして地を走り、展開―――雪の結晶を模した形となる。

 

 

 

――――――術式展開『破壊殺・羅針』。

 

 

 

「お前が何故、そこまで言うか……是非とも知りたい。

 だが、俺達は拳法家だ……ならば、単に言葉を交わすだけでは真の対話には足りえない。

 拳には、お前の言う通り積み重ねが宿るというもの……ぶつけ合いをもって、互いの真意を交わし合おうじゃないかッ!!」

 

 

 

かつて、あの範馬勇次郎は言い放った。

 

 

―――闘争こそは何よりものコミュニケーション……セックス以上にな。

 

 

猗窩座もまた同じ考えに至ったのだ……烈海王の意を真に汲み取る為には、拳を交わす事こそが何より一番だと。

そして……烈海王も、それを受け入れた。

 

 

 

「後藤さん、貴方はすぐに乗客の元へ。

 片平さんは炭治郎さんの手当てを頼みます……杏寿郎さん。

 この勝負……どうか、私に譲っていただきたい」

 

 

烈海王は、杏寿郎へと頭を下げて頼み込んだ。

猗窩座との闘いを譲ってほしい……即ち、手出しをしないでほしいという事だ。

 

 

 

「烈さん……分かりました。

 しかし、最悪の事態が起こり得ると判断出来た際には、俺は柱としての責務を最優先にさせていただきます」

 

「ええ、それは当然の権利です。

 ありがとうございます、杏寿郎さん」

 

 

 

杏寿郎は、その提案を受けた。

上弦の鬼の討滅……それは鬼殺隊として、絶対に為さねばならぬ事。

本来ならば柱が複数人で対処に当たるべき敵に、一人で戦おうなど愚の骨頂。

 

しかし……それを踏まえた上でも尚、杏寿郎は良しとしたのだ。

最悪の場合には流石に動くと断った上で……烈海王の一騎打ちを。

 

 

(炎柱様……いや、烈さんの想いを汲んだとかそういうんじゃない。

 これは、そんな生易しいものじゃないッ……烈さんの邪魔になるのを防ぐ為ッッ……!!)

 

 

その判断に、隊士達は誰も異論を挟まなかった。

何故なら、彼等は皆分かっていたのだ……これは、任務より私情を優先したなどという優しさなどでは絶対に無いと。

寧ろその逆……ここで烈海王に手を貸さない事こそが、任務遂行に繋がるのだ。

 

何せ、ここまで滾り昂っている烈海王を見るのは初の事。

これまで彼が見せてきた、本気以上の力―――限界を超える力を発揮するに違いない。

そこを下手に助太刀をしては、却って烈海王が動く妨げになる―――実際、伊之助はそれがあって杏寿郎と猗窩座の闘いに割り込めなかった―――やもしれない。

 

加えて、対拳法という点において、烈海王の右に出る者はいない。

一対一こそが、猗窩座を確実に討てる最大のシチュエーションなのだ。

 

 

「伊之助さん……杏寿郎さんの闘いに手出しできなかった自分を恥じるならば、そこから学べばいい。

 敗北から学ぶ事は多くあります……この経験を通じる事で、貴方はより強くなれる」

 

 

立ち竦んでいた伊之助の心情を察して、烈海王は彼に声を掛けた。

自らの力量を把握し、足手纏いになるまいと敢えて杏寿郎に手出しをしなかった……それを情けなしと思うなら、それもまた経験だ。

だからその悔しさを、敗北をバネにして前に進めばいい……烈海王がそうした様に、次に活かせばいいのだ。

 

 

 

「玄弥……私の闘いを、よく見ておけ。

 お前が学ぼうとしている武の何たるかを……全て、その五感に刻みつけろッ!!」

 

 

そして、玄弥にも強く命じる。

これより始まるは、師―――中国拳法の全力。

一瞬たりとも逃すことなく、その目に……否、全身に焼き付けろと。

その経験こそが、何よりも彼を強く出来るのだから。

 

 

 

 

 

「来い……猗窩座ァァッッ!!」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「行くぞ、烈海王ッッ!!!」

 

 

烈海王が構えを取り、臨戦態勢を取るや否や。

互いの間合いは5メートル余り離れているにも関わらず、猗窩座はその場で拳を繰り出した。

 

 

単なる素振り?

 

 

否……この間合いから、猗窩座の拳は届くのだッ!!

 

 

 

 

 

――――――破壊殺・空式ッ!!

 

 

 

 

 

「ッッ!!??」

 

猗窩座の分かりやすい殺気を肌に感じた事もあり、烈海王はすぐに防御姿勢を取る事が出来た。

それが功を奏した。

直後、前に揃えて構えていた両腕に強烈な衝撃が走った。

 

 

虚空を撃った猗窩座の拳―――それが生じさせた衝撃波が、烈海王を襲ったのだ。

 

 

その事実に、烈海王は驚愕した。

 

何故なら、この技には……覚えがある。

 

 

 

(マッハ突きだとッッ!!??)

 

 

 

音速拳―――マッハ突き。

 

あの愚地克巳が手にした、至極の一撃だ。

 

 

 

かつて愚地克巳は、郭海皇の助言の基に己がマッハ突きをより高めるべく、鍛錬を重ねた。

 

その最終番において……彼が繰り出した突きは、恐るべき衝撃波を生じさせてワンフロアの窓ガラスを全て叩き割るという成果を見せた。

 

 

 

猗窩座が見せたのは、それと同じだ。

無論、技の完成度で言えば克巳には及ばない。

彼のマッハ突きならば、こうして真正面から防ぐなど絶対に出来ない……絶大な威力を前に、吹っ飛ばされていただろう。

 

しかし……逆に言えばだ。

克巳には及ばないなれど、猗窩座はマッハ突きを扱えるだけの技量があるという事になる。

 

 

 

(鬼の再生力とマッハ突き……反動を気にする必要がないからこそ、牽制で打てるのかッ!!)

 

 

厄介な点は、猗窩座の空式は連射が出来るであろう事だ。

克巳の手脚はマッハを超えた代償として、一撃を放つ毎に反動でズタズタになっていった。

だが、鬼には再生力がある。

反動など気にする事無く、この妙技を打つ事が出来るのだ。

 

 

 

「……これだけの技を身に着けておきながら……鬼に身を落としたのか、貴様はァッ!!」

 

 

その事実を前に……烈海王は、より怒りを増した。

凄まじい震脚と共に、瞬時に猗窩座との間合いを詰める。

飛び道具を使うならば、至近距離で殴り合うまでだ。

 

渾身の力を両腕に篭めて、怒涛のラッシュを繰り出すッ!!

 

 

 

「良い乱打だッ!!」

 

 

 

それを猗窩座は、真っ向から受けて立った。

致命打になり得る急所への攻撃は、最小限の動きで回避。

併せて同じく乱打を繰り出し、拳を叩きつけ合い肉体への被弾を防ぎきる。

 

 

 

「身を落とす?

 人聞きの悪い……進歩と言ってもらおうかッ!!」

 

 

ラッシュを捌き切ったところで、猗窩座が反撃に移った。

今度は自分が見せる番だと言うが如く、先刻の烈海王と同じく震脚をしてみせたのだ。

左脚で強く地を踏み抜くと共に、その勢いと反動に乗せて右脚を真っすぐに蹴り上げる。

 

狙うは、烈海王の顎ッ!!

 

 

 

――――――破壊殺・脚式『飛遊星千輪』ッッ!!!

 

 

至近距離からの頭部への蹴り上げ。

その威力たるや、刀で受けて直撃を免れた鬼狩りでさえ、襲い来る衝撃のあまり吐血してしまった程だ。

空式の様に真っ向から防御できたとしても、無傷ではいられないだろう。

 

 

 

 

「シィィッ!!」

 

 

 

だから烈海王は、受けなかった。

蹴り上げが顎に来ると判断出来た瞬間、大きくスウェーバック。

上体を後方に反らす事で回避し……更にそのまま、両足で地を蹴り跳躍ッ!!

 

後方へと空中で一回転しながらの蹴り―――サマーソルトキックに出たッッ!!!

 

 

 

「ッッッ……蹴りの威力も見事だ、練り上げられているッッ!!」

 

 

その爪先は、猗窩座の喉元に入っていた。

並の鬼ならばこの時点で首ごと頭を蹴り飛ばされ、猩々緋砂鉄製の靴底―――日輪刀と同様の効力により、死していただろう。

仮に耐えきれたとしても、喉元に強烈な衝撃を叩き込まれた事による苦痛と呼吸の困難さ―――鬼に呼吸の必要性があるのかは少々疑問だが、鬼と化しても呼吸法を扱える者がいる以上、無意味ではない―――とで一時的に動きは止まる。

 

だが、猗窩座はその気配すらみせない。

蹴撃の衝撃こそ身を貫いてはいる様だが、怯みが本当に微かでしか無いのだ。

普通は動く事すらままならないという中で……いとも容易く、次の行動に移っていた。

 

 

 

「もっとだ、もっと見せてくれッ!!」

 

 

 

烈海王の着地直後。

蹴り上げられた頭をすばやく戻し、左拳と右拳を順番に一発ずつ繰り出す。

ボクシングで言うところのワンツーだ。

シンプルながらも隙の少ない真っすぐの連撃。

 

 

 

「指図されるまでもないッ!!」

 

 

これを烈海王は、左にステップして回り込み躱す。

同時に繰り出すは、強烈な左の拳。

右拳を放って延びていたが為に隙が生じている猗窩座の脇腹へと、吸い込まれる様に見事命中ッ……!!

 

 

 

「ッ……臓器に響く、この衝撃ッ!!

 これがあのお方にさえ手傷を負わせた拳打……発勁というものかッッ!!!」

 

 

だが、またしても猗窩座にはダメージが見受けられず。

それどころか、烈海王の拳打を喜んで受け入れた様にさえ見られる反応であった。

 

 

「貴様……試したかッッ!!!」

 

「ああ、試さずにどうしていられようかッ!!」

 

 

否、実際に喜んで受け入れていたのだッ!!

己とは違う拳打を持つ烈海王が、如何なるものかを測る為にッ……!!

数多くの鬼を怯ませ、その特異性から鬼舞辻無惨ですら苦しんだ烈海王の拳を、あろう事か進んで受けるとはッッ!!!

 

 

(こいつは今の一打を、その気になれば躱せていた筈だ。

 それを敢えて受け止めた……余裕のつもりかァッッ!!!)

 

 

 

 

ならばその余裕を、砕いてくれるッ!!!

 

拳打を敢えて受けたその傲慢……思い知るがいいッッ!!

 

 

 

 

――――――ドォンッッ!!!

 

 

 

 

「グゥッ!!??」

 

 

次の瞬間。

猗窩座の肉体は、大きく後方へと吹っ飛んでいた。

腹部―――押し当てられていた烈海王の拳より迸った凄まじい衝撃を受けて。

 

 

「今のは……俺の時に使ったあの技かッ!!」

 

 

伊之助は、すぐにその絡繰り―――烈海王が放った一撃が何なのかに気づく。

何しろ、以前の手合わせで身を以て味わっている。

 

無寸勁。

拳を相手の肉体に押し当てた状態から放たれる、全力の拳打。

烈海王のそれは、密着の間合いからとは到底思えない破壊力を秘めており、且つ零距離射程であるが故に回避は不可能の絶技。

 

アレを受けたならば、鬼であってもそう簡単には立ち上がれない筈ッ……!!

 

 

 

「……あの間合いから打てるのかッ!!!

 感服した、恐れ入った……初めての体験だッッ!!」

 

 

 

しかし、その予想は大きく裏切られた。

ここまででは、一番のダメージこそ与えられてはいるものの……猗窩座はもう、元通りに立ち上がっている!!

全身を貫いた衝撃も、打撃の痛みも、どちらも瞬く間に回復させていたッ!!

 

 

 

恐ろしきタフネスと回復力ッ……これが、上弦の参ッ!!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

片平紳助 二十歳 鬼殺隊隊士、階級『己』。

 

 

 

 

後に彼は、この日繰り広げられた死闘について、多くの隊士へとこう語ったのだった。

 

 

 

 

 

 

―――上弦の参……猗窩座と闘うならば、烈さんが適任だという判断自体は間違っていませんでした。

 

 

―――実際、炎柱様も「自分以上に猗窩座の攻撃へと的確な対処が出来ていた」って認めてましたからね。

 

 

―――ですが……その烈さんを以てしても尚、奴は別格でした。

 

 

 

 

 

 

―――釜鵺……下弦の陸の話は、覚えてますよね?

 

 

―――あの時、奴は烈さんの打撃に成す術が無かった……分厚い表皮を貫き体内へと威力を届かせる発勁に、只管悶絶してました。

 

 

―――鬼は基本的に、斬撃への耐性はあっても打撃への耐性は薄い……殴られる事に慣れていません。

 

 

―――だからこそ、烈さんがその隙を突いて多くの鬼を討滅したというのは、周知の事実ですが……

 

 

 

 

 

―――ええ、もう俺の言いたい事は分かりましたよね?

 

 

―――猗窩座は、高い防御力と再生力を持つ上弦の鬼ですが……それ以上に、魔拳の達人でもあります。

 

 

 

 

 

 

―――それが鬼としてなのか、人間だった頃の記憶かまでは分かりませんが……奴には、打撃の経験があった。

 

 

 

―――烈さんの拳でも怯まない……殴られる事に慣れている鬼だったんです。

 

 

 

 

 

 




Q:烈さん、猗窩座の誘いに乗って鬼にはならないの?年取らないよ?
A:絶対になりません。
  渋川さん、劉海王、郭海皇といったハイパーすぎるジジイを知っている身からすれば、老いを衰えとしか捉えてない時点で、猗窩座の主張は大海を知らぬ蛙のそれです。

Q:いつまでも鍛えられるよ?
A:思うところは無くも無いようですが、それでは悪い意味での自己完結に陥ってしまい、己が欠点に気付けなくなります。
  四千年の歴史に対しても失礼な事になるし、更なる成長を望むなら永遠の命は「停滞」という名の足枷でしかありません。
 

烈さんが猗窩座の提案に乗るのではないかという不安は、実のところ少しありました。
ですが、よくよく考えてみると割と欠点が多いし、何より刃牙世界にはあの超絶ジジイ達がいますので、猗窩座には悪いですが真っ向から切り崩すに至りました。

また、兼ねてより烈さんが主張している「鬼の絶対に許せない点」について猗窩座が気づいていない事もあり、相性が良いどころか絶対に相容れぬ敵同士になってしまいました。
もっとも、猗窩座は烈さんの事を滅茶苦茶気に入ってしまいましたが……この許せない点については、実はこの話に一部ヒントがあったりします。
答え合わせは次回でさせていただきます。


烈さんvs猗窩座。
拳法家同士ということで、煉獄さん以上に烈さんは上手く立ち回れています。
今のところ完全に五分……には見えるものの、実は結構不利だったりします。
片平さんが語った通り、猗窩座はこれまでの鬼と違って打撃に慣れている為です。
その為、これまでの決定打になっていた発勁でさえ耐えられるという、かなりヤバい状況になっています。
金的も恐らく読まれて対処されてしまいます。
この状況をどうすればひっくり返せるかは、次回で描かせていただきます。



Q:上弦の鬼は柱三人分って言われてるのに、一対一はやっぱりまずくない?
A:炭治郎は負傷中、伊之助・片平さん・玄弥の三人は下手に助太刀しても足手纏いになってしまうと即座に理解。
  煉獄さんでさえも烈さんとの連携を即座に取れるのかという不安があり、敢えて手出しをしない判断に至りました。
  また同時に「激怒している今の烈さんなら、猗窩座を倒せるんじゃないか?」という一種の期待も抱いています。
  ただ、だからといって烈さんを死なせるわけには絶対にいかないので、いざとなれば割って入れる様に臨戦態勢のまま観戦中です。


Q:破壊殺・空式ってマッハ突き?
A:空を叩いて衝撃波を飛ばす拳と言えば、刃牙世界ではマッハ突きです。
 ただ、克巳の物とは関節の加速部分等をはじめ細かい点で違っており、烈さんの知るマッハ突きとは厳密に言えば違う技でもあります。
 完成度で言えば克巳の方が数段階上ですが、猗窩座には鬼特有の再生力がある為、反動による負傷を気にせず連射できるという厄介な利点が存在しています。

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