鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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烈さんvs猗窩座。
ついつい筆が乗ってしまい、気が付けば相当に長くなってしまいました。
途中で分割する事も考えましたが、どうしてもこの話だけは一気に全て書き切りたいと思いが強く、そのまま行かせていただく事にしました。


烈さんが鬼を嫌う根源は何か。
猗窩座の防御を突破し、どうやって倒すのか。


全ての答え合わせを、させていただきます。


27 痛み

烈海王vs猗窩座。

 

 

 

片や、鬼殺隊が誇る徒手空拳最強の拳雄。

 

 

片や、十二鬼月が上弦の参にして鬼随一の拳魔。

 

 

 

両者のぶつかり合いは、熾烈を極めていた。

 

その度合いたるや、鬼殺隊史上最高峰と言っても過言ではないッ……!!

 

 

 

 

 

「心が躍るなぁ、烈海王ッッ!!」

 

 

 

――――――破壊殺・乱式ッ!!

 

 

 

 

近距離より放たれる、剛拳の乱れ打ちッ!!

 

 

一発一発が必殺の威力を持ち、その全てが恐るべき速度で急所目掛けて襲い掛かってくるッッ!!!

 

 

 

「ッッ……こちらもそう言いたいところだ。

 貴様が相手でさえなければなッッ!!!」

 

 

 

この猛攻を、烈海王―――速度で負けてはならぬと、武具を満載した上着は既に脱ぎ捨て上半身は裸である―――は全速の防御で捌ききるッ……!!

 

足を止めての攻防は不利と即座に判断し、後方にステップして勢いと威力を殺ぎつつ、手の甲で横から払う形で受け流しッッ!!!

 

何発かは体を掠めて皮膚を切るも、その程度ならば問題は無い……どうにか、損傷は最低限度に留められているッッ!!!

 

 

 

 

「プッッッ!!!!!!」

 

 

 

そして、乱式を凌ぎ切るやいなや、間髪入れずに烈海王は反撃の一射を放っていた。

全力で息を吸い込み、勢いよく塊にして放つ―――ご存知、空気弾である。

自身は乱式を防ぐ為に後ろへと下がった……ならば猗窩座は、追撃を仕掛けて機を制そうと確実に前へと出てくる筈。

 

そのタイミングに合わせた、意識外の攻撃によるカウンターッ!!

 

 

 

「~~~ッッ!?

 空気弾、成程こういうものかッ!!」

 

 

 

 

しかし、通じずッ……そう、通じなかったのだ。

 

 

避けられたのでも、瞼を閉じて防がれたのでもなく。

 

空気弾を左の眼球に受けて、それでも尚一切怯むことなく猗窩座が突っ込んできたのである。

 

 

眼球は人体の急所、普通はそこを攻められれば僅かなれども怯みを見せるというのに、猗窩座にはそれが無いのだ。

今まで相対してきた鬼に……否、人間を含めても誰一人として、この様な相手はいなかった。

 

 

 

 

――――――ただし、烈海王が知らなかっただけで……眼球への攻撃を受けながらも怯む事無く前へと出た格闘士は、彼の身近に一人いる。

 

 

――――――烈海王ですら敗北した、かの天才……御存知、範馬刃牙である。

 

 

――――――彼は千春流との勝負において、彼が放った目突きを真正面から突っ込み粉砕した。

 

 

――――――凄まじい突進力を秘めた必殺のゴキブリタックルで、眼球で逆に指を砕くという俄かには信じ難い成果を上げたのだ。

 

 

――――――烈海王の武を以てしても不可能であろう、恐るべき魔技である。

 

 

 

 

 

――――――もっとも、猗窩座が空気弾に耐えられたのは彼が持つ圧倒的フィジカル故なので、まるで理屈が違うのだが。

 

 

 

 

(だが……想定内だッ!!)

 

 

とはいえ、烈海王もこの結果を予測していなかった訳ではない。

何せ、相手は発勁―――内臓への衝撃にも平気で耐えきるだけの鬼だ。

急所たる眼球や金的へ仕掛けたとしても、通用しない恐れがある……故に、攻めは二段構えで考える。

通用しなかった場合、そこからどう動くのが一番効果的かと。

 

 

猗窩座が目潰しを物ともせずに突っ込んでくるならば、即ち姿勢は前傾。

 

来るのは十中八九、拳打……蹴りは無い。

 

 

ならば……こちらが蹴りを繰り出せば、リーチ差で先に届くッッ!!!

 

 

「破ァッ!!」

 

 

右の上段廻し蹴り。

対して猗窩座は、予測通り拳を握り締めて真正面から攻め込んできた。

このまま脳天を蹴り込み、畳みかけるッ……!!

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

 

しかし、ここで猗窩座は思わぬ動きに出た。

烈海王ですら確実に当たると思った蹴りに対して、身体を前へとより深く傾けてきたのだ。

そうなれば当然、頭部の位置が下がる……蹴りは空を切り、避けられる。

 

こうなってしまえば、猗窩座が懐に潜り込み拳を叩き込む方が速いかッ……!?

 

 

 

「まだだッ!!」

 

 

否、烈海王の攻めは続いている!!

廻し蹴りが避けられても、その勢いを殺さず更に回転。

そこから左の後ろ回し蹴りに繋げるコンビネーションだ。

勿論、狙いは再度猗窩座の頭部……今度は外さない。

何せ一発目を回避する為に、一度上体を傾けている……スウェーバックはまず間に合わないし、これ以上前へと身体を倒せば今度はバランスを崩し転倒しかねない。

 

 

とったッ……!!

 

 

 

 

 

――――――バシィィッ!!!

 

 

 

 

 

 

「とったぞッッ……!!」

 

 

 

 

 

そう……言う通り、確かにとった。

 

 

 

 

 

「烈海王ッッ!!」

 

 

 

 

ただし、とったのは……猗窩座ッ!!

 

 

 

 

「なっ……あいつ、烈さんの蹴りを挟みとりやがったッ!?」

 

 

 

猗窩座が見せた妙技に、玄弥が目を見開き声を荒げた。

 

後ろ回し蹴りが、まさに頭部を直撃しようとした瞬間。

烈海王が想定していたより僅かに速く、猗窩座の頭がぶつかった。

 

逆に猗窩座の方から、首を勢いよく傾け蹴りに側頭部をぶつけた―――頭突きで威力を相殺しにかかったのだ。

併せて、肩口を持ち上げ……烈海王の脚を、頭と肩とで挟みこみ受け止めたのだッ……!!

 

 

常人どころか鍛え抜いたグラップラーでも、こんな受けを取る者はまずいない。

一歩間違えれば蹴りの威力を削ぐどころか、ジャストミートの形になって脳を揺らされノックダウンだ。

だが、鬼は元より斬撃に対すべく首を頑強に仕上げている。

 

そこへ猗窩座の高い技量が加われば、十分に出来るッ……!!

 

 

 

「シャアアァァッッ!!!」

 

 

 

挟み込んだ脚をレールにし、猗窩座が頭部と肩を滑らせ急接近を果たす。

脚を押さえ込まれたこの状態では、烈海王は当然ながら左右後方どこにも逃れる事は出来ない。

そして握られた拳が、胴体目掛けて突き出されようとするッッ……!!

 

 

 

 

「ッッ!!??」

 

 

 

しかし、次の瞬間……猗窩座の目に、思わぬ光景が飛び込んできた。

 

 

 

烈海王の顔面を真正面より捉えていた筈が、気が付けば眼前には彼の股座が広がっていた……烈海王が、両足を大きく横へと広げていたのだ。

 

 

 

 

即ち、地にある筈の軸足は宙にありッ……跳躍からの開脚ッ!!

 

 

烈海王は右脚で跳び上がり、さながら大バサミの様に猗窩座の首を挟みにかかったのであるッッ!!

 

 

 

(片足を挟みこまれたならば、却って好都合。

 両の脚を喜んで差し出してやろう……打撃ばかりと思ったその油断、勝機ッッ!!)

 

 

 

ここで烈海王は、猗窩座の接近の勢いを逆に利用した。

右脚が首元に当たったと同時に空中で身を大きく捻り、前へと出てきた猗窩座を更に内側へと引き込む。

 

 

メキシコ由来のプロレス技―――ルチャ・リブレの使い手が得意とする、ヘッドシザース・ホイップからの連続技。

特に、DRAGON GATE所属のドラゴン・キッド選手が国内外から高い評価を得るに至った決め技―――デジャ・ヴに近い動きだ。

 

 

 

しかし、彼は脚で挟み込み回転の勢いに乗せて投げるのに対し、烈海王はそのまま強く脚を巻き付け絞めにいった。

 

 

猗窩座に肩車をされるかの様な形で、座禅を組むかの如く両脚を巻き付ける……!!

 

 

 

 

――――――転蓮華ッッ!!!

 

 

 

 

肩車の体勢で相手の首元に組み付き、胡坐の様に両脚で首を強く固定。

更には両手で顎もロックし、そのまま横回転……敵の首を捻切り完全に破壊する、中国拳法が誇る恐るべき組み技だ。

 

猩々緋砂鉄製の手甲と、同じく猩々緋砂鉄製の靴底を以て挟み込む形になる以上、当然ながら鬼に対してもこの技は有効。

首をへし折りもぎ取られたならば、日輪刀で首を断たれたのと同様の結果になる。

 

 

 

打撃に強い猗窩座でも、この技ならばッ……!!

 

 

 

「鬼に、この俺に組み技を仕掛けるッ!!

 そんな奴はお前が初めてだ……だが、対処法を知らぬ訳じゃあないぞッッ!!」

 

 

 

否、烈海王が回転して首をぶち折るよりも、猗窩座の動きが速い!!

 

 

 

両手を烈海王の両脚に回し、強く掴んで跳躍ッ!!

 

強靭な脚力を以て、空中に跳び上がり……そして前回り反転ッ!!

 

 

 

烈海王の脳天を地面へと向け……垂直落下し、叩きつけにいったのだッッ!!!

 

 

 

ある一部のプロレス愛好家からは、九龍城落地―――ガウロンセンドロップの名で呼ばれている、フィニッシュムーブであるッッ!!!

 

 

 

 

 

――――――ゴシャアァッ!!!

 

 

 

 

「ガハァッッ!!??」

 

 

 

烈海王の口から飛び出した苦悶の声……それは、この闘いが始まってから一番大きなものだった。

宙に跳び上がられた瞬間、咄嗟にロックを掛けていた両手を外し、落下寸前でギリギリ腕を広げて受け身を取った。

おかげで、頭をかち割られる最悪の事態こそ避けれたものの……それでも上半身強打で、受けたダメージは甚大だ。

 

 

「烈さん!?」

 

「嘘だろ、あの野郎ッ……!?

 自分の首がしまっちまうかもしれねぇ状況で、躊躇いなく跳びやがったッッ!!」

 

 

伊之助の言う通り、猗窩座の取った行動は衝撃的なものだった。

 

本来の九龍城落地は、相手を肩車した状態から放つ技であり、転蓮華の様に首元をロックされた体勢で使う返し技では決してない。

相手を叩きつけた衝撃で同時に自身の首元も極められてしまい、自滅する恐れがあるからだ。

故に烈海王自身も、刃牙から転蓮華を仕掛けられた際には、自ら刃牙と同じ方向に跳ぶという形での回避を選択したのだが……

 

 

「首を極められても、切断さえされなければいいと踏んだ……?

 いや、それでも首は急所だ……傷つけば、多少なりとも動きが鈍る筈だってのに……!!」

 

「それだけ、自分の頑丈さに自信があったのだろう……!!」

 

 

恐るべきは、猗窩座の判断力と決断力。

自身のフィジカルを最大限に活かし、躊躇なく行動に移せるその胆力ッ……!!

 

 

 

「ハハハッ!!!

 お前も杏寿郎も、最高だ……こんなに楽しい闘いは、本当にいつ以来だッッ!!」

 

 

一方猗窩座は、ダメージによって烈海王の力が緩んだ一瞬の隙を突いて素早く脱出。

仕切り直すべく3メートル程間合いを離すと、ふらつきながらも起き上がろうとする烈海王を目にして、歓喜の声を上げた。

 

 

杏寿郎との闘いも実に充実したものであったが、烈海王との立ち合いはある意味それ以上だ。

徒手空拳を主とする者同士、拳を交える中で自身の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。

これは―――杏寿郎達には少々悪いとは思うものの―――剣士を相手にしては得られない快感だ。

 

流石は、大陸で認められた武術家―――海王の異名を持つ者だ。

 

 

 

 

 

 

そう、だから猗窩座は「烈海王」を「烈」とは決して呼ばない。

 

 

杏寿郎をその名で親しげ―――鬼殺隊側からすればたまったものじゃない―――に呼んだのに対し、敢えて「烈海王」と呼ぶのである。

 

 

同じ拳法家として、海王という最高峰の称号を持つ素晴らしき漢を……その誉れある名も含めて呼ぶ事こそが、最大級の敬意であるだろうと。

 

 

 

 

 

 

「まだだ……まだまだ、こんなもので終わらせないでくれ!!

 もっと、この至高の時を味わい続けようじゃないか、烈海王ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(ッ……烈さん程の人でも、上弦の鬼相手には劣勢に回らざるをえないのかッ!!)

 

 

その光景を目にした瞬間、杏寿郎は無意識の内に刀の柄へと手を伸ばしていた。

 

拳雄烈海王ならば、猗窩座の拳技に勝てるのではないか。

そんな希望を持っていたが……状況はこの通り、烈海王が不利だ。

まさか、拳の技巧で彼と五分に渡り合える者がいるとは、思ってもみなかった。

 

更に最悪な事に……猗窩座は拳法家であるが故にか、打撃慣れしている。

今まで鬼に対して有効打となってきた烈海王の打撃に、ある種の耐性を持っていたのだ。

故に、打ち込まれようとも怯まない。

 

トドメは、桁外れの耐久力と再生力ときた。

筋を裂き骨を砕いても、瞬く間に無に帰してしまう。

またスタミナも鬼である以上、人間を大幅に上回っている……持久戦に入ってしまえば、まず勝ち目はない。

このままいけば、烈海王は押し負けてしまうだろう。

 

 

 

(許せ、烈さん……俺は俺の責務を全うするッ!!)

 

 

 

いざとなれば割って入る。

最初にそう断ったとおり、柱として最悪の事態だけは回避せねばならない。

烈海王は、もはや鬼殺隊にとって必要不可欠な存在……ここで彼を失う訳にはいかないのだ。

 

 

 

抜刀し、強く両手で柄を握り絞める。

 

狙うは、烈海王と猗窩座の間合いが離れた瞬間。

 

僅かでもタイミングが狂えば、烈海王を巻き込みかねない……機を逃さぬ様、全神経を集中させて場を見据える。

 

 

放つは、炎の呼吸が誇る奥義。

 

全身全霊を賭して、最大の破壊力を以て猗窩座の首を断つッ……!!

 

 

 

 

 

 

「……待ってください、炎柱」

 

 

 

しかし、その刹那。

 

彼に待ったをかける者がいた。

 

 

 

 

「君は……確か、不死川の」

 

 

 

それは、他ならぬ烈海王の弟子―――玄弥であった。

彼は構えを取る杏寿郎の前に手を伸ばし、静止を掛けていたのだ。

この行動には杏寿郎は勿論、側の炭治郎達も驚かされた。

 

まさか、この戦況下で助太刀を止めようなど……一体どういう事か。

 

 

 

「……自分がやばい事をしてるのは、分かってます。

 相手は上弦の鬼……このままじゃ烈さんが危ないかもしれないってのも」

 

 

よく見れば、その腕は小刻みに震えている。

呼吸も大分荒い……自身の行動の危うさを、十二分に理解している証拠だ。

 

 

ならば尚の事、どうして止めるのか……?

 

 

 

「けど……どうか、後少しだけ待ってくれませんか。

 烈さんは、拳法じゃ負けない……あの人は、まだ逆転を狙っている。

 まだ見せていない引き出しがある……上手くは言えないけど、勘の様なものだけど……兎に角、俺には分かるんです。

 あの人は……中国四千年は、俺の師匠は、ここからだってッッ!!」

 

 

 

それは、師への絶対的な信頼が為であった。

根拠も何も無い、あまりにも抽象的すぎる理由。

そんな事で上弦を討てる機を逃すなど、愚の骨頂と言えるだろう。

 

 

 

それでも……それでも、玄弥は動かずにはいられなかったのだ。

 

初めて自分の力を、努力を認めてくれた師が、こんなところで倒れる筈が無いと。

 

 

己を信じてくれた漢が、命を賭して闘っている……だから自分も、ギリギリまで勝利を信じ抜きたいッ……!!

 

 

 

 

「多分、後少しの内に……烈さんの動きが変わる筈なんです。

 この判断、俺の首を賭けても構いませんッ!!

 俺は烈さんの弟子だ、どうせなら一蓮托生ッッ……!!」

 

 

「……そこまでの決意か。

 しかし、動きが変わると言っても……ッッ!!??」

 

 

 

 

その瞬間、杏寿郎は大きく目を見開いた。

視線の先にあるは、勿論二人の戦場。

 

 

 

 

そう……今まさに。

 

 

 

 

「……よもや、よもやだ。

 驚いたぞ……君には分かっていたのか?

 確かに……烈さんの動きがッッ……!!」

 

 

 

 

 

 

烈海王の動きが……変わるッッ!!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(……段々と、分かってきた。

 猗窩座の動き……奴の戦法が……)

 

 

拳を交えていく中で、研ぎ澄まされていく……それは猗窩座に限った話ではない。

 

烈海王もまた、強敵を前にして自身の感覚が磨かれていくのを実感していた。

 

 

 

(基本となっているのは、古流武術。

 それをより洗練させていき、一つの形にさせたといったところか)

 

 

猗窩座の拳が如何なるものであるか。

激しい攻防を繰り広げていく中で、烈海王はそれを少しずつ掴んでいた。

 

 

まず彼の放つ打撃だが、その大本は日本に古くから伝わる武術の一種だろう。

一見すると空手に近いものの、空手が日本へと伝わってきたのは1900年代初頭―――明治の頃になる。

この大正時代においては、割と最近の武術なのだ。

長い時を生きて武を磨いたと豪語する猗窩座が使うには、流石に不釣り合いすぎる。

ならば、行きつく先はやはり古流派だ。

 

戦乱の世において、武士が武具を破壊される事は度々ある。

その中でも戦える様にと、様々な技が歴史と共に生み出されていった……柔術がその最たる例だろう。

恐らく、猗窩座の拳法―――破壊殺の源流も、その一つではなかろうか。

 

 

 

(……加えて、奴の足元に展開されている術式……あの血鬼術の事だ)

 

 

次に気が付いたのは、猗窩座の展開している雪の結晶を模した術式―――羅針についてだ。

闘いが始まってからしばらくの間、烈海王は猗窩座の攻撃だけでなく羅針にも注意を払っていた。

何せ今まで、人知を超えた術を散々目にしてきた。

 

 

全身から鋭利な針を出現させる鬼、空間転移を可能とする鬼、口から火炎を噴射する鬼等もいた。

 

 

これらの経験から、羅針を踏んだ瞬間に氷の柱が突き出てきたり斬撃が飛んできたりするのではないかと、警戒していたのだが……それは杞憂に終わった。

羅針を踏んでも、何一つとして攻撃は起きなかったのだ。

 

 

では、この血鬼術の効果は何か?

まさか上弦の鬼ともあろう者が、見た目だけの意味の無い術を使うとは思えない。

そして、敵対する者に効力を及ぼさないのであれば……対象は、術者本人しかありえない。

 

 

破壊殺・羅針は、猗窩座を補強する血鬼術だ。

 

ならば、補強するモノが何かについても凡そ見当がつく。

 

 

 

(先程の、空気弾を放ってからの廻し蹴りに対する回避……凄まじい反応の速さだった。

 最初の発頸に対してもそうだ……奴は、私が胴体に打ち込むのを分かっていながら敢えて受け入れた。

 こちらの攻撃に対する、尋常非ざる察知力……その大本が、奴の血鬼術ッ!!)

 

 

猗窩座の強みというと、異常な耐久力と再生力に目が行きがちだが……同等以上に厄介なのが、ずばり反応速度であった。

回避にせよ防御にせよ迎撃にせよ……攻撃に対する動きが、相当に速いのだ。

何百年と闘い続けてきた経験則も勿論あるのだろうが、それだけでは説明がつかない部分も幾らかある。

 

 

 

察知力に長け過ぎている……もはや疑う余地は無い。

 

猗窩座は展開した術式を以て、相手の攻め―――その意を鋭敏に感じ取っているのだ。

 

 

 

 

(打撃主体だが、これは克巳さん達の空手ではなく……寧ろ、渋川さんの合気に近いスタイルッ!!)

 

 

攻撃の意を掴み、的確に返す。

主が拳打という点を除けば、合気―――渋川剛気に近い戦術だ。

かの達人とは、直接拳を交えた経験こそないものの……その技術の高さには、烈海王も一目を置いている。

中国拳法四千年を以てしても、苦戦は免れない一種の極み。

 

 

成程、そう考えれば確かにここまでの攻防にも納得がいくが……

 

 

 

 

(……なんだ、この感覚は?

 何かが腑に落ちない……)

 

 

 

同時に、妙な違和感を覚えた。

 

猗窩座の血鬼術が攻撃を察知する為のものだというのは、まず間違いない。

 

 

 

 

しかし、そうだとしたら……噛み合わない。

 

猗窩座のスタイルと術とに、妙なズレを感じてしまうのだ。

 

 

 

 

(そうだ……あの術が、攻撃を察知するものだとしたら。

 渋川さんと同じだとしたら……何故奴は、『護り』を主としない……?)

 

 

 

護り―――護身。

合気の、渋川流の根底はそこにある。

自らに迫る攻撃を敢えて受け入れ、そこに己の力を加えて返す。

 

言うなれば柔の極み。

受けこそが、同時に最大の攻撃なのだ。

 

 

 

 

しかし……猗窩座の闘い方はどうだ?

 

破壊殺の名の通り、破壊と殺戮―――圧倒的な攻めに主軸を置いた、剛拳術だ。

同じモノを持ちながら、渋川流とは方向が違いすぎる。

 

 

(もしも私が、あの血鬼術を用いるならば……やはり受けを主体に選ぶ。

 それが、最大限に活用する手段だ……これだけ武術に精通しておきながら、どうして奴はそうしない?

 己が利点を敢えて殺す闘法を、何故選ぶ?)

 

 

勿論、猗窩座とこの術式が合わないわけではない。

相手の攻めを瞬時に悟って掻い潜り、強烈な一撃を見舞う。

ハッキリ言って驚異的だ。

だからこそ、ここまで追い詰められている訳だが……では、術を最大限に活かせているのかと言われれば、やはり疑問が残る。

 

先の杏寿郎との一戦も含めて、猗窩座は自分から前に出たが為に……攻めに出たが為に、幾らかのダメージを受けてしまっている。

羅針で察知しても、回避しようがないタイミングでのカウンターを受けて。

 

 

 

だが、猗窩座が受け主体のファイトスタイルを取っていたとしたら?

 

距離を空けて空式で牽制、そして間を詰めてきた相手の攻撃に対してのみ技で返す、ヒット&アウェイ戦法を取っていたならば?

 

 

 

今以上に隙が見受けられない……護身完成だ。

 

より盤石となり得るのに、何故それをしようとしない?

 

 

 

そもそもの話……先程、烈海王は破壊殺の源流が日本古武術にあると推測していた。

武具を失った武士が、無手の状態でも『生き残れる様に』編み出した武―――やはりその根底には、護身がある。

しかし、肝心の破壊殺には護身の要素が羅針を除き皆無と言っていい。

 

 

(分からぬ……タフネスに自信があるから、脅威的な攻撃のみに反応出来ればいいと思っているのか?

 だが、この男は……)

 

 

 

それは、あの花山薫の様なタフネス主体の闘法にも見えなくは無いのだが……しかし、彼とは根底が違う。

 

 

花山薫は、自らの肉体に絶対的な信頼を置き、防御など女々しいという信念のもとに闘っている。

その闘いぶりには、いっそ清々しさすら覚える程に……彼の生き様が現れているのだ。

 

 

だが、猗窩座にはそれが無い……空虚だ。

それでいて、自らの肉体が傷つく事を厭わない傾向がある。

 

 

 

 

 

 

まるで……本能的に、護る事を避けているかの様に。

 

 

 

 

 

護身の拒絶―――護る事が、出来なかった……?

 

 

 

 

 

 

(いや……今は、考えていても仕方がない。

 切り替えろ……優先すべきは、如何にして奴に攻撃を届かせるかだッ!!)

 

 

そこまで考えるも、頭を振って―――勿論、思案中も容赦なく襲い掛かってくる猗窩座の猛攻をしのぎつつ―――打ち切る。

不確定要素について思考するよりも、現状打破が最優先だ。

 

術式の絡繰りは大体分かった。

よって次にすべきは、それをどう突破するかだ。

 

 

(攻撃の意……言うなれば、闘気に反応する血鬼術。

 しかし、あくまで察知をするのみ……迎撃は猗窩座自身によるもの。

 奴の限界を超えた攻撃に対しては、反応は出来ても迎撃が間に合わない……)

 

 

速過ぎる攻撃、迎撃しようがないタイミングでのカウンター、無寸頸の様な回避が絶対不可能な一撃。

猗窩座に通った攻めは幾らかあるが、大半が奇襲による部類だ。

だが、同じ手を何度もは使えない……既に開戦からある程度経過しており、猗窩座も徐々にこちらの動きへと順応しつつある。

いずれ、カウンターを掴まれる恐れが出てくる。

 

 

打破するには、何らかの一手を……多少の無茶は承知の上で、大きな一手を打つ必要がある。

 

 

 

(……意を消しての一撃。

 言うなれば無我の境地……か)

 

 

脳裏を過るは、かつての地下最大トーナメント準々決勝―――愚地独歩と渋川剛気の試合。

独歩の意を取り、その攻めを次々に返していった達人。

勝負は独歩の圧倒的不利かと思われたが、その最中に独歩は思いも寄らぬ一撃を繰り出した。

 

 

菩薩の拳。

人間がこの世に生を受けた時、初めて作る手の形―――さながら菩薩の様な形にて拳を放つ……愚地独歩が、空手に人生を捧げてきた末に手にした真の正拳。

本来、あらゆる武術の技には大なり小なりの差はあれども、必ずそこに意―――殺気が存在する。

 

しかし、菩薩の拳には一切の殺気が存在しないのだ。

故に渋川流を以てしても、受けざるを得なかった究極の一撃……正しく無我の境地。

 

 

あの一撃を以てすれば、血鬼術をすり抜け猗窩座を討てるだろうが……しかし、烈海王には出来ない。

菩薩の拳に至れたのは、この世でただ二人―――愚地親子のみだ。

他者が如何に形を真似ようとも、決して無我の一撃にはなりえない。

空手に命を賭し続けた独歩と克巳にのみ扱う事を許された、極致の拳である。

 

 

 

(だから……私は、私に出来るやり方で押し通るッ!!

 意を消しての一撃……菩薩の拳には及ばぬかもしれぬが、やってみせようッッ!!!)

 

 

 

 

されど、突破口は見えたッ!!

 

意を消しての一撃こそが必要というならば、己に出来得る手段で挑むまでッッ!!!

 

 

 

 

 

今……烈海王の動きが、変わるッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「ッッ……烈海王、お前……!」

 

 

幾ばくかの撃を交わし合った末。

烈海王は、強く地を蹴り猗窩座との距離を開いた。

 

 

 

そして……あろう事か、構えを解って棒立ちとなった。

 

 

無防備な状態で―――全身の力を脱いた状態で、猗窩座と向き合ったのだ。

 

 

命を賭けた決闘の最中においては、決して見せるべきでない姿……勝負を投げた、或いは相手をナメていると受け取られても、仕方がない有様だ。

 

 

 

 

 

しかし……この場にいる者達は誰一人として、そうは思わなかったし思えなかった。

 

 

寧ろ、真逆……皆、恐ろしい緊張感を抱いたのだ。

 

 

 

 

 

烈海王は……確実に、何かを狙っていると。

 

 

 

 

(脱力状態……烈さんは、消力を使うつもりなのか?)

 

 

 

烈海王が脱力する。

その様を見て、隊士達が真っ先に思い至ったのはやはり消力。

中国拳法が誇る奥義中の奥義にして、多くの闘いで烈海王の決め手となってきた受けの極意。

 

 

確かに消力ならば、破壊殺を受け流すと共に、技の直後に生じる僅かな隙を狙ってのカウンターが可能だ。

 

猗窩座の首を断てるかもしれない……しかし。

 

 

 

(……違うッ!!

 幾ら脱力が必須とはいえ……あそこまで分かりやすく、目に見える形ではしないッッ!!!)

 

 

 

分かりやす過ぎる。

杏寿郎との御前試合、善逸との手合わせ―――消力を用いた闘いにおいて、ここまで目に見える形は一度も無かった。

「自分は今、脱力しているぞ」と言わんがばかりの、こうも分かりやす過ぎる有様を披露する事など……ただの一度も無かったのだ。

 

 

 

ならば……これは、消力ではない。

 

 

烈海王が狙っているのは……別の何かッッ!!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

(流石だな、烈海王……気付いたか)

 

 

 

烈海王が見せた、あからさまな脱力。

その狙い―――正確には、その中の一つ―――に真っ先に気が付いたのが、対する猗窩座であった。

彼には、ハッキリと感じ取れていたのだ。

 

 

烈海王の身より発せられている闘気……それが、急激に薄れつつあることを。

 

 

 

(全身から限りなく力を抜く事で、併せて闘気を抑える……羅針の効果を見抜き、即座に行動に移すとはッ!)

 

 

そう、烈海王の推測は当たっていた。

 

猗窩座の術式『羅針』の効果は、ずばり闘気―――攻撃の意を察知する事にある。

自身に向かってくる全方位の闘気を捉える法陣。

この術式が展開されている限り、猗窩座は自身への攻撃を桁外れの速度で感知する事が出来るのだが……

 

 

ただしそれは、闘気が伴っている場合に限る。

 

烈海王は、この効力を見抜き……脱力によって、己が攻撃の意をゼロに近づけようとしているのだ。

 

 

 

(攻撃の瞬間だけは、どうあっても闘気の放出が避けられない。

 だから攻撃を放つ今際の際まで闘気を消し、こちらが察知するのをギリギリまで遅らせる。

 回避が間に合わない一撃を浴びせようというのだな……だがッ!!)

 

 

確かにそれならば、烈海王の力量を以てすれば羅針を潜り抜ける事も出来るだろう。

しかし……残念な事に一つ、この戦法には大きな欠点がある。

 

 

分かりやす過ぎた。

 

 

炭治郎達も感じた様に、烈海王の動きはあからさま過ぎた。

その為に、こうして狙いがハッキリと分かってしまったのだ。

ならば、対処は容易……烈海王が勝つ為には、首を断つ以外に手はない。

 

 

首への直撃が無い限り、羅針は突破出来ても命脈を断ち切るには至らないッ……!!

 

 

 

「もらったぞ、烈海王ッッ!!!」

 

 

 

震脚。

力強く大地を踏みつけ、猗窩座は猛烈な勢いで距離を詰めた。

 

 

 

 

――――――この時猗窩座には、敢えて間合いを開けたまま、空式でじわじわ追い詰めるという手段もあった。

 

 

――――――そうすれば、烈海王の脱力戦法は完全に瓦解していただろう。

 

 

――――――だが、猗窩座には出来なかった……それでは烈海王の狙いは砕けても、仕留めきれない恐れがあったから。

 

 

 

――――――主より仰せつかった『烈海王の迅速な抹殺』という使命を果たす為、より確実な手を取る必要があった。

 

 

 

 

 

 

――――――約定を破るという行為を……本能的に、無意識の内に避けたが為に。

 

 

 

 

 

 

「ッッッ!!!」

 

 

心臓目掛けて繰り出された拳。

それを烈海王は、ギリギリのところで見切る。

身を捻り回避し……反撃に転じた。

 

抑え込まれていた闘気が、一気に放出される……羅針越しに、猗窩座はそれをしかと感じ取った。

そしてここまでは、彼にとって想定の範囲内。

 

弛緩状態にある烈海王が、自分から仕掛けてくる事は無い。

必殺の直前まで意を消す必要がある以上、攻撃は必ず後の先を取る形になる。

 

 

ならばその必殺を耐え抜いて、直後に烈海王の肉体を砕くッ!!

 

 

ギリギリまで意を消されたが為に、どうあってもこの一撃だけはもらわねばならない。

しかし、狙いが首だと分かり切っている以上、防御を完全に固められる。

 

 

 

(首に全力を込めて筋肉を隆起させ、硬化させるッ!!

 杏寿郎……感謝するぞッッ!!)

 

 

それは先刻、杏寿郎が猗窩座の膝蹴りを防いだのと同じ―――全集中の呼吸を用いていない点のみ除き―――防御法だった。

あの一戦より学び取り、己がモノとしていたのだ。

最大トーナメントの刃牙を彷彿とさせる、驚異のラーニング能力……武に貪欲な猗窩座だからこそ為せる技であった。

 

 

拳か脚か、如何なる攻めが来ようともこれで受け止めてくれる。

多少のダメージは覚悟の上だが、切断に至る事は無い。

 

 

そう、猗窩座は待ち構えていた……しかし。

 

 

 

(ッッ!!??

 馬鹿な……胴体、首じゃないだとッッ!?)

 

 

烈海王の振りかぶった右腕……その狙いは首に非ず。

完全な意識外―――胴体へと向かっていたのだ。

 

 

 

 

狙うならば首一択という判断を更に読み切り、防御の手薄な箇所を打つ手腕自体は見事。

 

 

しかし、この期に及んで首を狙わないとはどういう事かッ……!?

 

 

どの様な威力の攻撃でも、首に当たらぬ限りは無駄だというのにッ……!?

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

かつて、烈海王が戦った相手の中に一人……流石に再生力こそ無いものの、猗窩座と同様に凄まじい防御力を秘めた者がいた。

 

 

かの宮本武蔵までもが天晴と褒めたたえた、原始の筋―――御存知ピクルである。

 

 

克巳のマッハ突きさえ耐え抜いた鉄壁の肉体だが……後日、刃牙が思いも寄らぬ手段でピクルにダメージを与えた。

 

 

 

 

烈海王は、猗窩座の羅針を突破するに当たり、その技に行きついたのだ。

 

意をギリギリまで消した、完全な脱力状態から繰り出せる一撃……その条件を見事に満たしている。

 

 

 

猗窩座が首の防御を固めてくる事は、烈海王とて百も承知。

 

だからこそ、防御が薄くなる首以外の部位へと確実に打ち込むチャンスが、一度だけ生まれる。

 

目に見えて分かるだけの脱力を敢えて取ったのも、磐石にする為の誘いだ。

 

そして放つ攻撃は、単なる強い一撃では意味が無い……猗窩座にとって、未知の技である事が必要不可欠だ。

 

彼が驚愕し、確実に怯む……首を断つ隙を生じさせられるだけの技。

 

 

 

 

 

 

猗窩座に『痛み』という名の怯みを与えられる、秘拳―――――――鞭打ッッ!!!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

竈門炭治郎 十五歳 鬼殺隊隊士、階級『庚』。

 

 

 

 

後に彼は、烈海王が放ったその秘拳及び結果について、多くの隊士へとこう語ったのだった。

 

 

 

 

 

―――こう、ブラブラ~ってしてた烈さんの右腕が、いきなり凄い勢いで振るわれて……猗窩座の腹を捉えたんです。

 

 

―――名前通り、腕を鞭の様にしならせて打ち込む掌打……それが鞭打です。

 

 

―――腕全体がまるで液体になったかの様に想像するのがコツらしくて、だから烈さんはあんなに脱力してたんですよ。

 

 

 

 

―――そして、この技の恐ろしいところが……防御があまり意味を成さないんです。

 

 

―――分かりやすい例ですが、女性の平手打ちを思い浮かべてください……あれって、どんなに鍛えた人でも痛みを感じてないですか?

 

 

―――善逸なんか、「分かる分かるッッ!!」って凄い首を振ってましたよ。

 

 

 

 

―――ええ、そうです……鞭打の正体は簡潔に言ってしまうと、恐ろしく強力な平手打ちです。

 

 

―――打撃なら、鍛えた硬い筋肉である程度防ぐ事はできますが、平手打ちはその筋肉の手前……皮膚を直接攻撃します。

 

 

―――鍛えていようがいまいが、誰にでも平等に痛みを与えられる……正しく鞭そのものです。

 

 

 

―――だから江戸時代にも、重敲……鞭による刑罰が生まれたんだと思います。

 

 

―――鞭の痛みは、どんな屈強な人でも耐え抜く事が出来ないから……少し残酷な気もしますが、罰としては有効だったんでしょうね。

 

 

 

 

―――あ……すみません、話が逸れてしまいました。

 

 

―――そんな烈さんの鞭打を、猗窩座は受けた訳なんですが……それが、完全に予想外の反応だったんです。

 

 

 

 

―――いえ、鞭打は効いたんですよ……寧ろ、効きすぎたって言うべきかもしれません。

 

 

―――猗窩座の動きが……ピタリと、止まったんです。

 

 

―――驚いた、びっくりしたって感じの表情で……幾ら鞭打が防御を無視するといっても、あまりにおかしい反応でした。

 

 

 

 

 

 

―――そして、その直後に……ありえない感情の匂いが、猗窩座から出てきました。

 

 

 

―――とても……とても強い、『悲しみ』だったんです。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

(ッッッ!!??

 なんだ、これは……痛いッ!?

 俺が……痛みを感じているのかッッ!!??)

 

 

無防備な腹部に叩き込まれた、鞭打の一撃。

それは烈海王の目論見通り、猗窩座にもう何百年と無い感覚―――痛みを与える事に成功していた。

 

打たれた箇所から迸る激痛。

皮膚を走る、凄まじい痛みッッ……!!

 

 

(ッ……そう、か!!

 皮膚への直接攻撃、腕をしならせて鞭の様にッッ!!

 それならば分かる……確かにこれは、鞭の痛みだッッ!!!)

 

 

だが、流石というべきか。

猗窩座はその痛みが、皮膚への攻撃……鞭に類似したモノであると即座に分析した。

成程、考えられたものだ。

刑罰にも用いられてきた様に、鞭は痛みを与えるという点において最適解の武具……それを肉体で再現するとは、その発想には恐れ入る。

 

 

(だが……残念だったなッ!!

 仕組みは分かった、ならば対策も立てられるッッ!!)

 

 

しかし、烈海王にも一つ誤算があった。

それは猗窩座が、鞭打のメカニズムを即把握できた理由―――彼が、鞭による痛みを知っていたという点だ。

流石に鞭打を受けたのはこれが初だが、鞭そのものは初ではない。

 

 

 

ならば、耐えられる……過去の経験を思い出して、この痛みを抑えこめばッ……!!

 

 

 

 

 

(……え……?)

 

 

 

 

その瞬間……猗窩座は、気が付いた。

 

 

 

 

おかしい。

 

 

 

 

 

鬼狩りは皆―――一極僅かな例外はいたものの―――日輪刀を手に挑んできた。

 

 

鞭を持って来た相手など、一人もいなかった筈だ。

 

 

 

 

じゃあ……じゃあ、この痛みの記憶はなんだ?

 

 

 

何で……何で自分は、鞭の痛みを知っている?

 

 

 

いつ……一体、いつ鞭をこの身に受けた……?

 

 

 

 

 

 

 

―――わずか十一で犯罪を繰り返し、大の男ですら失神する百敲きを受けてこの威勢……お前は鬼子だ。

 

 

 

 

 

―――真っ当に生きろ、まだやり直せる。

 

 

 

 

 

―――私は、   さんがいいんです。

 

 

 

 

 

 

(ッッッッッ!!!!!!!???)

 

 

 

 

突如として、脳裏に浮かんできた謎の光景。

 

 

霧がかかったかのように、薄っすらとしか見えない人々の姿。

 

 

断片的にしか聞き取る事が出来ない、何者かの声。

 

 

 

 

 

何なのだ、これは……ッ!!

 

 

こんな記憶は……知らないッッ……!!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

(動きが止まった……鞭打が効いている、のか……?)

 

 

鞭打による痛みで隙を生み、決定打に繋ぐ。

それが攻撃の目的だったのだが……結果は、隙が生じるどころではなかった。

 

大きく目を見開いたまま、完全に猗窩座が静止したのだ。

痛みで悶絶するのならまだ分かるが、これは一体どういう事か。

 

 

(ッ……機を逃すなッッ!!!

 どうあれ今こそ、最大のチャンスではないかッ!!)

 

 

いや、考えるのは後でいい。

重要なのは、これ以上無い勝機が巡ってきたという事実。

猗窩座の首を断つには、今しかない。

 

 

 

右手の指先を真っすぐに揃えて伸ばし、手刀を作る。

 

だが、断つにはこれだけでは不十分……故に、更なる要素を加える。

 

先程の転蓮華と同じ理屈……頑強な首は、断ち切るのではなく捻じ切るッ!!!

 

 

 

 

「破ァァァッ!!!!」

 

 

 

烈海王が繰り出したのは、螺旋を描くかの様に強烈な回転を加えての貫手ッ!!

 

喉笛を刺し貫き、すかさず捻りを与え断裂させるッ!!

 

無防備に首元を晒している今ならば、当たるッッ……!!

 

 

 

 

「ハッ……!?」

 

 

 

だが……今まさに、指先が喉元に刺さろうとした瞬間であった。

 

猗窩座が、覚醒してしまった……意識を取り戻したのだ。

 

 

 

 

「ッッ……チイィィィッッ!!」

 

 

そして、己が首を貫こうとする烈海王の右手を目にし、咄嗟に頭を横へと傾けた……!!

 

 

 

 

 

――――――ザシュッ!!!

 

 

 

 

貫通すること……能わず。

 

烈海王の螺旋貫手は、僅かに猗窩座の右首筋をえぐるに終わってしまったッ……!!

 

 

 (俺は何をしていた……闘いの最中で、意識を飛ばすなど……後一秒気付くのが遅かったら、首を断たれていたッ……!!)

 

 

己が身に生じた異変の正体は、まるで分からない。

 

幻覚、幻聴……催眠術の一種?

しかし、鞭が如き打撃でそんな症状が起こせるものなのか?

 

だが、どうにか目は覚ませられた……間一髪のところで致命傷は避けられた。

ならばここから、反撃に転じて……!

 

 

 

 

(……何ッ!!??)

 

 

 

しかし、次の瞬間……更なる異変が猗窩座を襲った。

 

 

 

何と、目の前にいた筈の烈海王が……突如として姿を消した。

 

完全に、視界から消失したのだ。

 

 

 

 

(ッ……違う、奴が消えたんじゃないッッ!!

 消えたのは……俺の視界の方だッッ!!)

 

 

 

 

否、烈海王が消えたのではない……視えなくなっていたのである。

 

すんでのところで躱した螺旋貫手が、猗窩座の右首筋―――右の視神経を切っていたが為にッ!!

 

 

 

 

――――――紐切りッッ!!!

 

 

 

 

斬撃拳の使い手―――鎬昂昇が得意とする必殺撃。

鍛錬の末に刃物が如き切れ味を得た貫手にて、敵の首筋を切り裂き視神経を断つ―――尚、この話を聞いたしのぶは「そんなところに視神経は通っていなかった様な……でも、鬼だし……」と頭を悩ませていた模様―――絶技。

 

 

烈海王の貫手は、回避された事によって奇しくも同じ形となっていたッ……!!

 

 

 

 

(しまった……まずいッッ!!

 視神経の再生自体はすぐに出来るが、一瞬とはいえ奴を見失うのはッ!!)

 

 

そう、この至近距離で姿を見失う事は致命的過ぎた。

 

首を断つチャンスを、与えてしまうのだからッ……!!

 

 

 

「烈……海王ッッ!!」

 

 

 

 

猗窩座の消失した右視野側へと回り込んでいた烈海王。

 

その視線が捉えていたのは、防御力が落ちた首筋―――先程えぐり飛ばした傷口だ。

 

再生するよりも速く、ここを打つ。

 

 

 

今度は貫手ではなく、強く握り締めた拳。

 

もちろん、回転を大きく加えて……衝撃で首を噴き飛ばすッッ!!!

 

 

 

「墳ッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

――――――ドンッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「やったかッ!!??」

 

 

たまらず、伊之助が声を上げた。

烈海王が放った渾身の一撃。

それを受けた猗窩座の身は、木々が生い茂る後方の林へと大きく噴き飛ばされていた。

 

硬い首に対して、えぐる形で傷を与えて肉を露出させ、すかさず全力の拳打を叩き込む。

見事なコンビネーション攻撃だった……あれならば、上弦といえど首を断てたに違いない。

 

 

そう、誰しもが期待をしていたのだが……

 

 

 

「……いいえ、伊之助さん。

 残念ながら……決着は、持ち越しになります」

 

 

 

烈海王は、それを否定した。

打った瞬間に、分かってしまったのだ。

 

 

 

「ハァ、ハァ……今のは、危なかったぞッ……!!」

 

 

 

猗窩座が、寸での所で一歩だけ後ろに下がり……本当にギリギリのラインで、威力を殺していたことを。

 

 

 

「そん、な……傷が再生していく。

 あれだけ、攻めてたのに……」

 

 

姿を現した猗窩座。

その身は既に、ダメージを完全に回復させていた。

対する烈海王は、多少なりとも傷を負っており、加えて消耗が大きい。

 

絶望的すぎるシチュエーションだった。

やはり、上弦の鬼相手には勝てないのか……?

 

 

 

「……落ち着け、皆。

 冷静になるんだ……烈さんは、決着を持ち越しと言ったぞ?」

 

 

しかし、そんな場の空気を杏寿郎が変えた。

烈海王の言葉を思い出してほしいと。

 

 

彼は、仕切り直しではなく、持ち越しと告げたのだ。

 

つまり、勝負はここまでである……何故ならば。

 

 

 

「……日の出か。

 もう少し楽しみたかったんだがな……残念だよ」

 

 

そう、朝が来たのだ。

無限列車の調査から始まって、既にかなりの時間が経過していた。

ノックアウトされる事無く、闘いは最終ラウンドを終えたのだった。

 

陽光が出てきてしまった以上、猗窩座はもう烈海王とは闘わない。

鬼の身であるが故に、どうあってもこればかりは避けられないのだ。

 

 

 

「烈海王……これがお前の言う、鬼の欠点だろう?

 陽を克服できない限り、どんなに素晴らしい闘いも中断せざるを得ない……確かに、その通りだ。

 鬼となる事の、唯一の問題点だろうな」

 

 

陽光が届かない位置より、猗窩座が残念そうに告げる。

永劫に闘い続けたいと願おうとも、日の光がある限りそれは叶わない。

 

行動の大幅な制限―――武を磨くに当たっては、確かに苦痛だ。

だからこそ、主はその欠点を克服すべく動いている。

太陽の下でも自由に動く為の鍵を、こうして自分達も探し求めているのだ。

 

 

 

「だが、何……いずれ大した問題じゃなくなる。

 あの方が陽の光を克服すれば、俺達もまた同じ境地に至れるだろう。

 お前の言う欠点は消え失せるのだ……烈海王、鬼となれ。

 そして手を貸せ……お前程の者が共に来てくれれば、その日はそう遠くは……!!」

 

 

 

 

 

「……何を言っている?

 陽の下を歩けぬ事が欠陥だと……誰がそんな事を言った?」

 

 

 

 

 

しかし、その主張はあまりにもバッサリと切り捨てられた。

 

的外れにも、程があると。

 

 

 

「……何?」

 

「私にとっては寧ろ、どうでもいいことだ。

 陽光の下を歩けようが歩けまいが、そんな事は関係ない。

 重要なのは一つ……猗窩座、貴様は武を極めたいのだろう?」

 

 

 

烈海王は改めて問いた。

猗窩座が何度も口にした、彼の根幹―――武を極めたいと思う願いが、真であるならば。

 

 

 

 

 

 

「ならば……何故、鬼舞辻無惨の存在を許している?」

 

 

 

 

 

 

その根源にある、致命的すぎる欠点に何故目を向けぬのかと。

 

 

 

 

 

 

「は……?

 それは、どういう……?」

 

「お前達は、鬼舞辻無惨に逆らえない。

 奴は己を脅かす存在を、絶対に許しはしない……些細な芽でさえ、摘み取る。

 何者も逆らえぬ様にと……全ての鬼に、呪縛を植え付けている」

 

 

 

鬼と化したならば。

 

その瞬間から、全ての鬼は無惨の手で枷を嵌められる。

 

 

 

名前を口にする事は許さない。

 

己に反逆する事は許さない。

 

 

 

全ての行動は……呪いによって、鬼無惨の支配下に置かれてしまう。

 

 

 

 

「……そこにいる玄弥は、私の弟子……いや、継子だ。

 私は師として、玄弥に期待をしている。

 己が全てを叩き込み、いずれは私に並ぶ……私を超える闘士となってもらうつもりだ。

 乗り越えてくれる事こそが、師としての最大の喜びだからな……勿論、そう簡単にはさせぬぞ?」

 

「ッ……烈、さん……!!」

 

 

 

継子。

烈海王が、自身を継ぐに値すると認めた存在。

弟子ではなくそう呼んだ事に、玄弥は大きく驚き……静かに、一筋の涙を流した。

 

ゆくゆくは、己を超えてもらいたい。

それだけの成長を、求められている……その期待に、必ずや応えなくてはならないッ……!!

 

 

 

「だが……鬼舞辻無惨はどうだ?

 もしも、貴様が武を極め今より優れた力を身に着けられたとして……奴はそれを許すか?

 己をも超えかねない存在を、許すと思うか?」

 

「ッッ!!??」

 

 

 

では……鬼はどうだ?

 

武を極めるとは即ち、頂点―――誰よりも高い地点―――に立つという事。

強さを得るとは、そういう事なのだ。

 

それを……自らに逆らう存在を何よりも唾棄する鬼舞辻無惨が、果たして許すか?

 

 

 

「強さとは、己が意志を……我が儘を貫き通す事でもある。

 鬼舞辻無惨が、配下の鬼全てを実力で叩きのめし屈服させたというのであれば、まだ許せよう。

 だが……あの男は、己と闘う事すら許さぬッッ!!

 武を極める為にと鬼になれば、どうしようもない猛者の存在を同時に認める事になるッッ!!!

 その矛盾……それこそが、私が鬼を断じて許せぬ所以だッッッ!!!!」

 

 

 

烈海王が、武に生きる者として鬼を許せなかった最大の理由。

それは、鬼舞辻無惨の呪縛に他ならない。

 

 

漢ならば、誰しもが一生の内に一度は見る夢―――地上最強。

 

グラップラーとは、地上最強を目指す格闘士達の事だ。

 

 

猗窩座を筆頭とする鬼の格闘士達は、武に生きると宣いながらも、鬼舞辻無惨という『最強』の存在を許している。

最強に挑もうという気概を持たず、その事に対して疑問を微塵も抱かず……抱けず。

 

また、無惨もそれを至高の在り方としている。

格闘士達に隷属を強い……己に迫るであろう者があれば、即座に呪いにて命を絶つ。

 

 

 

 

鍛える自由を……強くなれる可能性を、極みに立つという未来の一切を奪いとる。

 

こんな有様の何処に……武を極められる要素が、あるというのだッッッ!!!!

 

 

 

 

「ッッ……それ、は……だがッッ……!!」

 

 

 

猗窩座の表情に、明らかな動揺が表れた。

鬼舞辻無惨を超えるなど、そんな馬鹿な真似……一度たりとも、考えた事は無かった。

 

 

 

だが……確かに、そうだ。

 

武を極めたいなら、より強くなりたいのなら……どうして、主に何も抱いてこなかった?

 

 

 

 

どうして……分かりやすい最強が目の前にいたというのに、目を背けてきた?

 

 

至高の領域に足を踏み入れたいと願いながらも、絶対に勝てないという相手を認める、この矛盾は……?

 

 

 

 

「……だからこそ、炭治郎さん。

 私は、禰豆子さんや珠世さん達を素晴らしく思うのです。

 確かな目的の為に、それを達成しようと努力するお二人の強さ……見事と言わせていただきたい」

 

 

「……!!」

 

 

 

そして、鬼の歪さを痛烈に批判する一方で……烈海王は、禰豆子と珠世の名を出した。

彼女達は、そんな愚かな鬼達とは違う。

 

自らの意志で、枷を外した……鬼舞辻無惨の支配に打ち勝ち、闘う事を選んだのだから。

その心の強さの、なんと素晴らしき事か。

 

自らの意志を貫き通さんとする振る舞いに、敬意を払わずにはいられなかった。

 

 

 

 

「猗窩座……お前は何のために武を磨かんとしている?

 珠世さん達の様に、果たしたい目的があるなら分かる……その為に力をつけるのは、実に良い事だ。

 私の友もそうだ……父を超えんが為、最愛の者を守らんが為。

 各々の目的の為に、強くなろうとしていた……」

 

 

「俺の……目的……?」

 

 

 

 

 

 

「そうだ……私の言葉を聞いても尚、何も思わんというのであれば、貴様に武を磨く資格はないッッ!!!

 だが、改めて武を極めたいというならば、今一度己が原点に立ち返れッッ!!!

 何が為に強さを得んとするか……それを思い出せッッ!!!

 鬼舞辻無惨などの為では決してない筈だッ!!

 禰豆子さんの様に、珠世さんの様に……己自身の意志を以て、改めてその心に問えッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「……行ったか。

 すみません、皆さん……上弦の討滅、果たせずに終わりました」

 

 

烈海王の言葉を聞いて、数瞬後。

猗窩座は黙って―――その表情が如何なるものであったか、見る事は叶わなかった―――踵を返し、林の奥へと消えていった。

 

 

勝負は引き分け……上弦の参を、逃す結果で終わってしまった。

 

 

「……何を言う、烈さん。

 貴方がいてくれたからこそ、この形で終わらせる事が出来たのだ。

 誰一人として、貴方を責めたりはしない……寧ろ、感謝すべきはこちらの方だ

 貴方が、その心を燃やしてくれたおかげだ……!!」

 

 

だが、それを咎める者は誰一人としていなかった。

皆、納得の上で烈海王に闘ってもらったのだ……そして、無事に生還する事が出来た。

討滅こそ叶わなかったとはいえ、これをどうして責められようか?

 

 

「炎柱様の言う通りですよ、烈さん。

 列車の乗客は全員無事ですし、倒す事は出来なかったけど奴の情報は手に入った。

 なら……いつも言っている様に、次に活かせばいいじゃないですか」

 

 

 

 

そう……片平の言う通りだ。

 

 

次に活かせる。

 

上弦の鬼を前にして生き残った……それは、非常に得難い経験なのだから。

 

 

 

 

「ああ……やる気出てきたぜッ!!

 決めたぞ、あの鬼にも負けねぇぐらいに絶対強くなってやるからなッッ!!」

 

 

闘志を刺激されて、伊之助が吼える。

眼前で繰り広げられた激闘に、心を強く振るわされた……ここで奮起しなければ、漢じゃないと。

 

 

 

「俺も頑張りますッッ!!

 烈さんの……烈海王の継子だって、胸を張って言える様に……強くなりますッ!!」

 

 

決意を胸に、玄弥が誓う。

烈海王の継子として、恥じない戦士になる……その為に、努力すると。

 

 

 

「俺もですッ!!

 禰豆子の事を、素晴らしいって言ってくれた……その想いに、二人で応えてみせますッ!!」

 

 

感謝を込めて、炭治郎が宣言する。

自分や禰豆子を気にかけ、その生き様に敬意を表してくれた烈海王の心意気に、必ずや応えようと。

 

 

 

 

「皆、素晴らしい気概だッ!!

 良いぞ、俺も負けてはられないな……では、まずは無限列車の後始末といこうか!!

 竈門少年は流石に、休んでもらうが……隠が揃うまで、出来る事をやるとしようじゃないか!!」

 

 

「「「はいッッッ!!!」」」

 

 

 

 

 

(……独り善がりでは武は極められない。

 この光景こそが、その答えだろう……猗窩座。

 お前は、これから……どう武と向き合っていく?)

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

森林の奥深く。

陽光が差し込む事は無い地点まで、無事に辿り着き……

 

 

 

「ッッ……!!」

 

 

 

 

猗窩座は、苦々しい表情をして空を仰いだ。

 

その脳裏には繰り返し、先程の烈海王の言葉が響いていた。

 

 

 

 

 

鬼舞辻無惨の配下である限り、武を極める事は……求める強さを手にする事は、決して出来ない。

 

 

 

そもそも、強さを求めたきっかけは……鬼になったきっかけは、一体何だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

――――――生まれ変われ少年、さぁ来い!!

 

 

 

 

――――――お前はやっぱり俺と同じだな……何か守るものが無いとダメなんだよ。

 

 

 

 

――――――   さん。私と、夫婦になってくれますか?

 

 

 

 

「ッッ!!??」

 

 

 

再び……突如として浮かび上がる、謎のイメージ。

やはり霞のスクリーンがかかって、声にもノイズが走っている。

 

 

鞭打を受けた時と同じだ……あの一撃を受けてから、何かがおかしい。

 

 

知らない、こんな記憶は……こんな言葉はッ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――はい……俺は誰よりも強くなって、一生あなたを守ります。

 

 

 

 

 

 

「ッ……!!!!???」

 

 

 

 

謎の言葉と共に、頭に襲いかかってきた強烈な痛み。

 

鞭打の比じゃない……他に例えようがない、兎に角ズキズキと響く痛み。

 

 

どんな拳にも、どんな斬撃にも耐えてきた身が……耐えられない痛み。

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!?????」

 

 

 

 

 

その痛みに、猗窩座は頭を強く両手で押さえて……ただただ、声を上げるしか出来なかった。

 

 

 

 

 




Q:烈さんが鬼を絶対に許せない理由は?
A:鬼舞辻無惨という絶対の存在を許してしまうからです。
  最強の存在が目の前にいるにもかかわらず、闘いを挑む事が出来ず。
  そして生殺与奪の権利を握られるので、強くなっても自分を脅かしかねないと判断されれば即処刑。
  この有様が、武に対する侮辱じゃなくて何になる?

烈さんが武術家として無惨様を許せなかったのは、ずばり呪縛が原因でした。
勇次郎の様に周囲を力で屈服させた上で従えているのならまだ許せたのでしょうが、無惨様がやってる事はそれ以前の問題です。
武術家の誇りをこの上なく汚しています。
鬼が嬉々として武を語るのにキレてきたのも「じゃあお前は、無惨に挑まないのか?鬼の頂点、地上最強……こいつと闘えば、己が武がどれ程かを証明できるのに」と、無惨に挑めない矛盾を鬼達が何とも思っていないからです。

その為、逆にこの矛盾を打ち砕いた禰豆子や珠世さん達に対しては、烈さんは心から敬意を表しています。
14話で産屋敷家の鴉が禰豆子の事を「烈さんが心より待ち望んだ鬼」と呼んでいたのは、実はこれが理由でした。



Q:猗窩座の羅針と防御、どうやって突破するの?
A:ジャックvs渋川戦でジャックがやった様に、ギリギリまで意がゼロの動きを取る事で羅針は突破。
  その後、鞭打でぶっ叩いて隙を生みます。


本家異世界転生と同じ展開になってしまいましたが、この作品を書こうと考えた当初より、猗窩座戦の切り札は鞭打と決めていました。
ギリギリまで意を抑えこんだ脱力状態から繰り出せる一撃&強い防御力と再生力を突破できる性質という事で、烈さんは選んだわけなのですが……効果はご覧の通り、まさかの猗窩座キラーとなりました。
よりにもよって百敲の痛みを経験済みだったが為に、トラウマスイッチを呼び起こしてしまってます。

何でここまで通用したのか、烈さんからすれば理解不能……そして。
更にもう一つ、烈さんが違和感を覚えた点がありました。


Q:破壊殺と羅針、強そうに見えて実は噛み合ってないのでは?
  渋川さんみたいに受け・護りに特化したスタイルの方が、羅針に向いている?
A:その通りです。
  猗窩座の強さが尋常じゃないせいで問題になってないですが、羅針はどちらかというと護りの技術で、攻めの破壊殺とは合っている様で合ってない可能性があります。

羅針が渋川さんに近い力を猗窩座に与えているのならば、破壊殺は名前の通り破壊と殺傷力に重きを置いている拳法なので、相性が良くない気がするんです。
待ちガイルの様に、遠距離の相手には空式を打ち、近寄ってきた相手を羅針カウンターで吹っ飛ばすというスタイルにする方が、絶対に向いています。
だから烈さんからすれば、猗窩座の闘い方はどこか歪に感じられていました。


ただ、この点については独自の解釈ではありますが、作中で一応理由を書かせていただきました。
「猗窩座は護り主体のスタイルにしないのではなく、出来ない」
「かつて護る事が出来なかった身である為、護りを本能的に拒絶しているから」です。
再生力頼りのダメージ上等なファイトスタイルも、実はそこに由来しているのではないかと……そんな風に考え、描写させていただきました。


さて、そんなトラウマスイッチべた踏みとなった猗窩座の今後ですが、煉獄さんが無事生還した事も含めて原作とは当然大きく変わってきます。
どの様な形になるかは色々と考えてありますので、どうかお待ちくださいませ。

Q:素流って古流派なの?
A:素流という武術自体が現実に無い創作の為、独自の解釈となります。
  当初は空手に近いモノかと思っていたのですが、空手が日本に入った時期を考えるとやはり別物になるので、柔術の様に剣術から派生した武術という形にさせていただきました。


Q:煉獄さん生還しちゃったけど……これじゃあ善逸だけ、修業頑張ろうってフラグ消えてない?
A:善逸については、別途で案があります。

Q:玄弥、煉獄さんを「炎柱様」じゃなく「炎柱」って呼んでない?
A:テレビ版無限列車編の第一話でも、煉獄さんを炎柱と呼んでる隊士がいたし、問題ありません。

Q:視界を潰してからの斬首、針鬼と同じ展開では?
A:あの針鬼は猗窩座が鬼にした元武術家です。
 言うなれば兄弟弟子というところだったのですが、奇しくも同じ形になりました…一種のシンクロニシティです。

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