鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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前回より間が空いてしまいまして、申し訳ございませんでした。
新型コロナ関連でゴタゴタがあり、執筆時間を中々確保できずにいました。

無限列車編を終えて、鬼殺隊はどう動くようになったか。
その説明回になります。


28 死闘を越えて

 

 

 

「そうか……下弦の壱を討っただけでなく、上弦の参を相手にして無事生き残れたのか。

 列車の乗客を、誰一人として死なせること無く……杏寿郎、烈さん。

 それに炭治郎と禰豆子、善逸、伊之助、玄弥、紳助……隠の皆も、よく頑張ってくれた」

 

 

 

 

豊かな緑と清流に囲まれ、穏やかな空気に包まれている墓所。

その一角にて、耀哉―――その身は妻のあまねに支えられており、確実に弱っているのを否応無しに感じさせられる―――は、鎹鴉からの報告を受けていた。

 

 

無限列車を舞台に繰り広げられた死闘。

その顛末は、当初に耀哉が想定していた事態を大幅に上回っていた。

 

 

国営の鉄道という狭い空間内で行われた未曽有の失踪事件。

この規模の大きさ及び犯行の大胆さから、耀哉は十二鬼月によるものと即座に断定し、実力者である杏寿郎と烈海王達を筆頭にした部隊を送り込んだ。

そして結果はご存知の通り、上弦の参―――猗窩座を討ち取る事こそ叶わなかったものの、被害は最小限に抑え込む事が出来た。

上弦は低く見積もっても柱三人分の実力と言われている事を考慮すれば、成果としては寧ろ上々ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

「君もそう思わないかい……実弥?」

 

 

 

 

 

そう、傍らで跪く隊士―――不死川実弥へと、耀哉は微笑み問いかけた。

 

 

 

何故、実弥がこの墓所で耀哉達と共にいるのか。

それは全くの偶然―――もっとも、先見の明を考えれば狙った可能性は無きにしも非ず―――であった。

彼はただ、任務の合間を縫って大切な旧友―――自身が柱を就任するきっかけを作ってくれた、兄弟の様な仲間―――の墓参りに来ただけであった。

 

そこにいきなり耀哉とあまねが現れたのだから、驚くなという方が無理な話であった。

無論、こうして外を歩けるだけの活力がまだ残されているのを目に出来たのは、素直に嬉しくもあるのだが。

 

 

 

「お館様……失礼を承知で申し上げますと、判断に悩むところではあります。

 勿論、乗客を守り抜けた事は何よりも喜ばしく思いますが……上弦の参は健在です。

 もしも、煉獄と烈の両名が並び戦っていたならば、討滅を果たせていたかもしれません」

 

 

 

その耀哉の問いに、実弥は偽る事無く正直な気持ちで答えた。

上弦の参を討ち取る事が出来たのではないかと。

 

鎹鴉の報告によれば、まずは一対一で杏寿郎が猗窩座と交戦。

その後、現場に駆け付けた烈海王ならばと闘いを委ね、引き分けに終わったとの事だが……では、二対一で挑めば勝てたのではないだろうか?

烈海王が単身で引き分けに持ち込めた以上、そこに杏寿郎程の実力者が加勢していたならば、討ち取れていた可能性は非常に高い。

そう考えると、二人が取った判断は正解とは言い難い。

 

 

「ですが……あの場で誰よりも上弦の参の危険性を分かっていたのは、煉獄です。

 その煉獄が、烈が単身で戦う事こそが最上と判断したのであれば、伝え聞いただけの私が口を挟むべきではないでしょう」

 

 

しかし、あくまで現場にいたのは杏寿郎だ。

彼とはいい加減長い付き合いだが、その人柄も強さもよく分かっている。

使命を全うする為ならば、良くも悪くも真っすぐに行く漢だ……そんな彼が最善と判断したのであれば、きっとそうなのだろう。

外野の自分がどうこう言う権利はない。

 

 

 

「それに……烈から報告があった、鬼舞辻の側近と見られる鬼の存在もあります。

 寧ろここは、敵が上弦の参のみで済んだと思うべきなのかもしれません」

 

 

 

 

加えて……無限列車を巡る戦いにおいて、起こり得たであろう最悪の展開が一つ。

 

烈海王達が、杏寿郎達の加勢に入ったのと同様に……鬼側もまた、増援を送り込んでくる可能性があったのだ。

 

 

 

 

「鳴女だね……私も同意見だよ」

 

 

 

鳴女という、空間と空間を繋げる血鬼術の使い手。

文字通り神出鬼没に鬼が出現するのには、まず間違いなくこの鬼が関わっているだろうが……その術を以てすれば、あの場に新たな鬼を出現させる事も出来ただろう。

もしもそうなっていたならば、隊士達は勿論乗客も無事では済まなかったに違いない。

上弦の参を安易な方法で追い詰めなかったからこそ、そうならずに済んだとも言えるのだ。

 

 

 

「本当に厄介な相手だ……先日の会議通り、鳴女については早急に手を打つ必要がある。

 まあそれについては、珠世さんからの連絡を一度待たなければいけないが……私としては、烈さんが少し心配かな。

 今回の闘いを機に、より一層鬼舞辻から目をつけられる事になるだろうね」

 

 

耀哉が不安を感じたのは、烈海王の今後についてだ。

何せ、彼の経歴がまたしても凄まじい事になってしまった。

 

 

 

――――――時透無一郎に次ぐ、鬼殺隊史上稀にみる短期間での討伐数の多さ。

 

 

――――――鬼舞辻無惨と接触して情報を入手、その猛毒を浴びながらも生き残り復活。

 

 

――――――上弦の参を相手に単身で闘い、引き分けに持ち込む。

 

 

 

隊士からすればこの上なく頼もしく、鬼からしてみれば最優先で滅ぼさなければならない怨敵だろう。

流石にはじまりの剣士と同等まではいかずとも、相当な危険視をされるに違いない。

それこそ、上弦の鬼を差し向けられてもおかしくはない次元だ。

 

 

 

「……烈の事です。

 鬼に幾ら狙われようと、いつも通り一向に構わんと言うだけでしょう……」

 

 

勿論、そんな事を気にする烈海王ではないだろう。

今までと何ら変わる事無く……寧ろ望むところという気概で、どっしり構えるに違いない。

そんな姿が容易に想像できるわけなのだが……

 

 

 

「……」

 

 

 

そう口にした実弥の表情には、どこか影があった。

 

 

 

もしもこの場に炭治郎や善逸がいたならば、即座に匂いと音で見抜いていただろう。

 

 

 

その身から漂う感情――――――色濃い不安を。

 

 

 

もっとも、彼が案じているのは烈海王の身ではない。

案じる必要など、皆無と言っていいだろう……性格面で思う所はあるものの、実力に関しては信頼出来る漢だ。

 

 

では、何が心配なのかと言うと。

 

 

 

「玄弥の事が気になるかい?」

 

 

「ッ……それは……」

 

 

 

そう、烈海王の継子となった弟―――玄弥の事だ。

烈海王が鬼に狙われるとなれば、行動を共にする者もまた必然的に接敵率が高くなる。

その相手もまた、今までより力の増した鬼達とくれば……任務の危険度は大幅に増すだろう。

心配するなという方が無理な話だ。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

今日この日まで、実弥はずっと言い続けてきた……己に、弟などいないと。

 

 

 

才能のない愚図が弟の筈はない、そんな軟弱者はさっさと鬼殺隊をやめてしまえと。

 

 

 

そう……敢えて突き放すことで、死地へと彼を向かわせないために。

 

 

 

 

だが、その想いを口に出すわけにはいかない……出来ないのだ。

 

 

 

 

 

 

一度でも口にしてしまえば、頑なに守り続けてきたこの信念に揺らぎが生じてしまうのではないかという……弟を強く思うが為の、恐れ故に。

 

 

 

 

 

 

「……実弥。

 君は本当に優しいね……だけど、どうか一人で抱え込まないでくれ。

 私やあまねぐらいには、本音で話してくれてもいいんだよ?」

 

 

 

そんな実弥の心情を悟って、耀哉は微笑みと共に告げた。

 

全てを一人で背負い込んでしまえば、いつか潰れてしまう。

だから、せめて自分達ぐらいにはその重りを分けてほしい……と。

 

それは鬼殺隊を束ねる長としての責務であり……何より、親としては子の辛さを少しでも減らしたい。

共に戦う事は叶わないが、だからこそ出来得る限りの全てをすべきであると……そう思っての言葉であった。

 

 

 

 

「……お館様、あまね様……申し訳ございません。

 私と愚弟の為に、寛大なご配慮をいただき誠に感謝しております」

 

 

 

数秒間の沈黙を挟んでから、実弥は深々と耀哉達に頭を下げた。

敬愛すべき主が、己が身を案じてここまで言ってくれたのだ。

ここで尚も頑なに閉口していては、かえって不敬というもの……故に、認めた。

 

 

 

 

玄弥は、やはり己が血を分けた弟―――主の手前、愚弟とは呼ばせてもらったものの―――であると。

 

 

 

 

「お館様のお考えどおりです。

 玄弥は隊士としてあまりに未熟……才無き身故に、呼吸も満足に扱えない有様です」

 

 

 

 

隠し続けてきた胸中を、遂に実弥は吐露した。

 

 

 

「下級の鬼相手ならばまだ活路は見出せましょうが、これより先の戦いに耐えられるかどうか……正直、不安は大いにあります」

 

 

 

 

玄弥には、ただただ穏やかに暮らしてほしい。

 

 

 

 

「どうか、争いなどとは無縁の場所で静かに暮らして欲しいと……そう願わずにはいられません」

 

 

 

 

自分や亡き家族の分も、平和に生きてほしい。

 

 

 

 

「その為ならば……私は喜んで、修羅の道とて歩みましょう」

 

 

 

 

その平和を守る為ならば、我が身はどうなっても構わない。

 

 

彼の元に、決して鬼が現れぬ様……この手で永劫に鬼を狩り続けよう。

 

 

 

 

 

 

例え、守るべき者自身から忌み嫌われようとも……それでも、いい。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう、実弥」

 

 

 

誰よりも家族に優しく……だからこそ、敢えて遠ざける。

強い覚悟と信念があるからこそ―――不器用とも言える面は、少しあるものの―――の、茨の道だ。

 

その道を行こうと決めたのには、実弥の中でも少なからず葛藤があったに違いない。

こうして思いを吐露するのでさえ、生半可な事ではなかっただろう。

 

 

だからこそ……聞いた己には、彼を支える義務がある。

 

 

 

 

「そうだね……実弥は、烈さんの事をどう思っているのかな?」

 

 

 

故に、まずは問いた。

今、もっとも玄弥と近い位置にいる漢―――烈海王について、どう考えているのかを。

 

 

 

 

「……煉獄とはまた違う方向性で、真っすぐな男です。

 良くも悪くも実直な……己が信ずる武の為ならば、烈は一切の妥協を許しはしないでしょう」

 

 

 

実弥が烈海王に抱いているイメージは、一言でいうならば―――しのぶと同じく―――武人であった。

己が武に、中国拳法に強い誇りを抱いており、だからこそ鬼の在り方を良しとせぬ拳雄。

どんな状況下においても、その信念を貫かんとする……それが烈海王という男だろう。

 

 

「敢えて言わせてもらうのならば、その実直さ故のいけ好かなさも多少ありはしますが……それを差し引いても、隊にとって無くてはならない存在です。

 烈の功績の大きさについては、もはや言うまでもないでしょう」

 

 

正直な話、烈海王が好ましいか否かと聞かれれば、後者の割合が若干高い。

しかし……隊への貢献度の高さについては、認めざるを得ないのもまた事実だ。

 

鬼狩りとしての職務に忠実なのは勿論。

烈海王抜きでは、煉獄槇寿郎を育手として立ち直らせる事は難しかっただろうし、鬼舞辻無惨の情報も今ほどは得られなかっただろう。

隊士達の実力向上にも、彼は少なからず影響を与えている。

 

ハッキリ言って、どこぞの同僚―――言うまでもないだろうが、冨岡義勇の事である―――にも見習わせたいぐらいだ。

 

 

 

 

そして、何より。

 

 

 

 

「こと、強さにおいて言えば……他に得難き逸材に違いありません」

 

 

 

烈海王は、強い。

 

 

柱として、剣士として……同じ男として。

 

 

 

素直に認められるだけの力強さが、彼にはあるのだ。

 

 

 

 

「ふふ……私も同じだよ。

 烈さんは、心身共に強い人だ……あれ程までに、武術に真摯に向き合っている人はそういないだろうね」

 

 

耀哉もまた、同じ想いであった。

武への絶対的な矜持と、熱い情義を併せ持つ雄……それが烈海王だと。

 

 

 

 

 

即ち……そんな漢の側に立つ事の意味は。

 

 

 

 

 

「そんな烈さんが、玄弥を継子と呼んだ……果たして、見どころが無い人間をあの人が認めるかな?

 甘やかしや哀れみなんて感情で、励む者と向き合う事は絶対にありえない……そうだろう?」

 

「ッッ……!!」

 

 

 

 

烈海王は、玄弥を育てるに相応しい漢であると見定めたに他ならないのだ。

 

先の師匠に当たる悲鳴嶼は、玄弥の有り様があまりにも危なっかしくて見ていられなかったが為に、彼を弟子として引き取った。

彼の境遇への同情心も少なからずあり、隊士として最低限闘っていける様にと、出来る限りでの面倒を見ていた。

 

 

 

では……烈海王もまた、そんな消極的な理由で玄弥を育てようと思ったのか?

断じて否だ。

義侠なれど、同情心で人を鍛える人間には決して非ず。

 

 

 

呼吸の有無など関係ない、才覚の有無なら埋めればいい。

 

 

己が全てを叩き込めると認めた戦士だからこそ、自らが育てるに値すると認めた闘士だからこそ、彼は玄弥を引き取ったのだ。

 

 

 

 

「勿論、行冥の指導が間違っていた訳でもない。

 寧ろそれがあったからこそ、烈さんへと繋ぐことが出来たのだろう。

 そして……烈さんは、やるからには徹底的にやる人だよ」

 

 

烈海王は、武を磨く事に余念がない。

より高きを目指して、出来得る全てをする……そんな彼が鍛えるとなれば、修練は相当な物となるだろう。

生半可な隊士では、到底着いて行くことなど出来はしまい。

 

事実……今現在、しのぶを除き継子を持つ柱は一人としていないのだが、その理由の一つに指導の過酷さがある。

継子は皆、柱として求められる領域にまで高められる様にと、相当な鍛錬を課せられるのだが……それに耐えられる者は、殆どいないと言ってもいい。

かつては杏寿郎の元にいた継子達も、それが理由で逃げ出したという噂まである―――そう考えると、恋柱にまで上り詰めた蜜璃は勿論、弟の千寿郎も実は良い線をいっているのではなかろうか―――程だ。

 

 

(……烈の修行、か……)

 

 

そして烈海王の課す修行となれば、同等以上に厳しい物となるのは容易に想像できる。

中途半端な真似は許されないだろう……そういう事を一番嫌っているのが、烈海王本人だからだ。

 

 

 

――――――烈海王が伊之助や禰豆子達へと指導を行った際にはそこまでの苛烈さは無く、雰囲気も温和ではあったのではないか……という疑問もあるだろうが。

 

 

――――――彼等に関しては、あくまでも師ではなくアドバイザーという立ち位置で接していたが為である。

 

 

――――――継子である玄弥については、概ね耀哉達の想像通りで間違いはないのだ。

 

 

 

 

 

 

「だが、玄弥もまたそれを承知の上で烈さんを師と仰いでいる……だから、今は少しだけ待ってあげてはくれないかい?

 実弥の不安ももっともだが、烈さんならばきっと玄弥を強くしてあげられる筈だ」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

無限列車を巡る死闘が終わり、今日で十日。

 

下弦の壱討滅及び上弦の参との接敵については、既に隊全体へと知れ渡っているが……当初、多くの隊士達はこれを快挙と認識して喜んだ。

そうなるのも、無理もない話だ。

最強格の鬼を二体相手取り、そして誰一人として欠ける事無く無事に帰還を果たす事が出来たのだ。

下手をすれば全滅とて有り得た状況下で、よくぞという話である。

おかげで、帰還した面々―――名解説役と認識されている節が既にある片平と後藤の二名は、特に―――は、大勢から事の一部始終について話してほしいと願われた訳だが。

 

 

 

 

 

 

……しかし、すぐにその認識は塗り替えられる事になった。

 

 

切っ掛けとなったのは、上位の階級にある隊士達―――この事態を決して喜ばず、重く受け入れていた者達である。

 

 

 

その代表格とも言えるのは、鬼殺隊最強―――岩柱、悲鳴嶼行冥。

 

彼は、玄弥から報告の手紙を受け取った後にこう述べた。

 

 

 

 

 

――――――上弦の鬼は、烈さんや杏寿郎を以てしても仕留めきれぬ強敵か。

 

 

 

 

 

そう……無限列車に赴いたのは、鬼殺隊最上位戦力といっても差し支えない二人。

それが―――タイマンという状況下であったとはいえ―――上弦の参相手には、引き分けに持ち込むので精一杯だったのだ。

 

 

彼をはじめとする実力者達がそう評した事で、皆が事の重大さ……そして、敵の強大さに気が付いた。

 

 

 

成果を喜ぶなとは言わないが、決して浮かれてはいられない。

より鍛錬を積み、より強くならねば……これより先の戦いでは、生き残れなくなる。

勝って兜の緒を締めよとは、よく言ったものだ。

 

 

そういった経緯から、隊士の多くは今まで以上に鍛錬へと励むに至っている。

 

 

 

 

 

 

例えば今この時、蝶屋敷の一角においても。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「噴ッッ!!」

 

 

強い震脚の後、無手の隊士―――玄弥が前へと飛び出していく。

 

箭疾歩。

予備動作なしで相手との間合いを瞬時に詰める、中国拳法の技法である。

海王程の熟練者となれば、10メートル近い距離でさえ造作もないという。

 

流石に、玄弥の技量ではその領域にこそ及ばないものの……岩柱に師事していた頃より、足腰の扱いと重心移動については重視していた身。

そしてこの箭疾歩の肝こそは、重心のコントロールにある……即ち、最も彼の得意とするところなのだ。

また、習熟された反復動作によって、彼は肉体のポテンシャルを瞬時に引き出すことが出来る。

 

 

 

その勢いと爆発力たるやッッ!!!

 

 

 

 

 

 

――――――バシイイィィィッ!!!!

 

 

 

 

 

「~~~~ッッッ!!??」

 

 

 

加速に乗せられて放たれた拳は、凄まじい衝撃を相手―――伊之助へと迸らせるッッ!!

 

 

(手に滅茶苦茶来てやがるッ……!

刀越しでこの威力かよッッ!!!)

 

 

拳の直撃はもらわなかった。

咄嗟に木刀を十字に交差させ、寸でのところで受け止めることは出来た……それにも関わらず。

衝撃の波は刀身を伝わって、伊之助の両腕に強い痺れと痛みを与えていた。

 

 

痺れだけなら、強い攻撃を受け止めた際によくある事だ。

されど、痛みの領域になると話は別になる。

ただ強いだけの打撃では、こうはいかないッ……!!

 

 

 

「ッッ!!??」

 

 

そう考えていた、次の瞬間。

伊之助は、己が全身にゾクゾクと冷たい何かが走るのを感じ取り……咄嗟に、後方へと跳んだ。

玄弥との距離を取った……その拳の、射程外へと逃れたのである。

 

 

そうしなければ、ならなかったのだ。

 

 

研ぎ澄まされた皮膚感覚と、何より野生の本能が告げていた。

 

 

 

下がらなければまずい……やられるとッ……!!

 

 

 

「へへっ……その手にゃ乗らねぇぜ?

 何せ、身を以て体験済みだからなッ……!!」

 

 

全集中の呼吸を扱えない分、筋力勝負となれば分があるのは伊之助だった。

故に、あのまま鍔迫り合いに入れば押し切れる可能性は十分にあった……だが、そうしていれば負けていた。

 

そう……間合いの無い密着状態からでも必殺の威力を誇る一撃を、伊之助は知っている。

かつて、烈海王との手合わせで受けた恐るべき魔拳……無寸勁だ。

そして玄弥は、烈海王の継子ときた。

 

先程、木刀から腕へと伝わってきた衝撃の波……思い返してみれば、あれも烈海王が得意としている発勁と同じものだ。

強固な皮膚の防御を貫通し、肉体の内部へと直接衝撃を届かせる技術。

無論、烈海王のそれと比べれば威力はまだまだではあるが……それでも、まともに受けるのにはまずい威力なのに変わりはない。

 

 

鍔迫り合いに持ち込んでいれば、確実に玄弥は無寸頸で勝負に出ていた。

その可能性を感じ取れたからこそ、伊之助はすぐさま間合いを開けられたのである。

 

 

 

「ッ……そうか。

 だけど、期待してくれたのに悪いな……俺にはまだ、そこまでの強さは無ぇ。

 残念だが、烈さんみたいな無寸頸は打てねぇよ」

 

「何ッ!?

 マジかよ、びっくりさせやがってッッ!?」

 

 

 

しかし。

実際のところ、玄弥にはまだそこまでの技術は無かった。

打撃への衝撃の乗せ方、即ち発勁の原理は知識として理解できてはいる……だからこそ、伊之助の防御越しにある程度のダメージは与えられた。

烈海王へと師事してから、まだ日も浅いというのに……よくぞこの短期間で可能にしたものだ。

偏に、玄弥の努力と執念が為せる業である。

 

だが……それでも、まだまだ未熟。

無寸勁は勿論、手にするに至っていない武が数えきれない程にある……更なる修練が、必要なのだ。

 

 

その肩透かしな事実に、伊之助は小さくため息をつくが……

 

 

(……いや、安心するにはまだ早ぇ……肌にビリビリって感覚は来てたんだ。

 あの打撃が打てないにしても、こいつは何かやるつもりだったのに変わりはねぇッ……!!)

 

 

すぐに、気持ちを引き締め直した。

無寸勁が打てない事は分かったが、だからといって油断できる要素は何一つ無いのだ。

全身に走った悪寒が、その証左……そもそも単純な話だが、相手は拳撃を中心に攻めてきている。

距離を離し、刀有利の間合いに持ち込まねば……極至近での闘いになれば、有利なのは圧倒的に相手なのだから。

 

 

 

(ちッ……こいつ、本当に勘が並外れてる。

 顎か金的を蹴り上げるつもりだったのにッ……!!)

 

 

そして、その直感は当たっていた。

もしも伊之助が下がらず鍔迫り合いに持ち込んできたならば、玄弥は即座に顎か股座目掛けて垂直に蹴り上げるつもりでいたのだ。

その一撃を起点に、攻め倒せればと思っていたが……そう簡単にいくほど、闘いは甘くない。

 

 

 

(三対七……良くても四対六ってところか)

 

 

ここまでの勝負だが、有利なのは伊之助の方であった。

玄弥は持ちうる技術を駆使して、的確に相手の攻撃を防ぎ、ここぞという時には確実に攻める事が出来ている。

烈海王の教えを忠実に守り、活かせているのがしっかりと見て取れる。

 

だが、それでも全集中の呼吸の有無は無視できない。

呼吸による肉体増強が無い分だけ、どうしても地力の差は出てきてしまう。

まして伊之助は、常中をモノにしている……基礎的な部分で、負けざるを得ないのだ。

 

 

 

(ははっ……前までの俺なら、焦ってみっともねぇ真似をしちまってんだろうな……)

 

 

 

しかし、その不利を玄弥は冷静に受け入れていた。

本人も自覚している通り、以前の彼からは考えられない程の冷静さであった。

もしもこの場に立つのが数ヶ月前だったならば、己を省みない破れかぶれの戦法を取っていたに違いない。

 

 

 

だが……今の玄弥には、芯がある。

 

何があろうともぶれない、真っすぐな……信じられる確かなモノがッ!!

 

 

 

(武は、弱者が強者に立ち向かう為にある。

 相手が自分より強いっていうのなら……それこそ、武術の見せどころだ!!)

 

 

 

 

烈海王が、それを与えてくれたッッ!!!

 

 

 

 

(自分に足りないモノがあるなら……それを補う別の何かを、身に付けりゃ良いッッ!!!)

 

 

 

次の瞬間。

玄弥は、隊服の右ポケットへと手を伸ばし……その中に潜ませていた武具を、全力で引き抜いたッッ!!

 

 

 

 

 

―――――――ビュゥッッ!!!

 

 

 

 

「うおッッ!!??」

 

 

咄嗟に、伊之助は右へと首を逸らしてそれを避けた。

吹き抜けてくる空気の流れから、ギリギリのところで察知する事が出来たのだ。

 

 

風を切り、凄まじい勢いで顔面目掛けて飛来してきた武器―――流星錘をッ!!

 

 

 

「まだだッッ!!」

 

 

伊之助が避けたのを見るやいなや、玄弥は左手で流星錘の紐を掴み強く引いた。

当然、その動きに乗って紐先の分銅は横方向へと軌道を変える。

 

横に大きく弧を描く形で、再び伊之助へと攻撃が迫るッ……!!

 

 

 

「ッ……たまるかよッッ!!」

 

 

 

 

 

――――――獣の呼吸 肆ノ牙『切細裂き』ッッ!!!

 

 

 

 

二刀流による、前方広範囲への怒涛の六連撃。

飛来する分銅は小さく、ピンポイントで叩き落すのは困難だった。

故に、広く面を描く形で斬撃を放っての防御に出たのだ。

 

結果は成功。

分銅は斬撃に弾かれ、宙に舞い上がっていた。

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

すぐに玄弥は紐を引き、己が元へと分銅を戻す。

そして近くに来ると同時に、勢いよく左手を回転。

分銅を遠心力に乗せて手元で廻しつつ、伊之助と向き合う構えを取った。

 

 

(ッ……いける。

 悲鳴嶼さん……ありがとうございますッ……!!)

 

 

烈海王に師事するとあれば、当然ながら武器術に関しても教わる事になる。

その中で、玄弥が最も自分に合うと判断した武具こそが、この流星錘であった。

3メートルから10メートル程度の紐の先に重りをつけ、遠心力により敵を打つ……日本でいう所の、鎖分銅に近い武具である。

 

 

 

そう……鎖分銅といえば、岩の呼吸。

 

悲鳴嶼行冥の得物であり……玄弥は、それを長きに渡って近くで見てきたッ!!

 

 

 

(流石に、あんなのを振り回す事は出来ないが……この流星錘ならッッ!!)

 

 

強固な鎖と大型の鉄球及び戦斧からなる、超重量の日輪刀……対し、紐と分銅のみからなる流星錘は極めて軽量。

玄弥の身でも、十分に扱え……且つ、これまでの経験を最も活かす事が出来るッッ!!

 

 

 

「勝負はここからだぜッ……!!」

 

「ハッ、面白ぇッッ!!」

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべ、向かい合う両者。

玄弥が新たな引き出しを見せた事により、勝負はふりだしに戻った。

 

 

 

ここからどう動くか……どう攻めるか。

 

 

相手の一挙一動を見逃さぬ様、互いに全神経を集中させ……

 

 

 

 

 

 

「伊之助さん、玄弥さん!

 そろそろ、お昼の時間ですよー!!」

 

 

 

 

 

その集中は、道場内へと響き渡ったきよの声にかき消されたのであった。

 

 

 




Q:玄弥が継子認定されたけど、風柱が滅茶苦茶反対しない?
A:先見の明で予測していたお館様が、事前に動いてくれました。

風柱からすれば、玄弥が烈さんの継子となった事は当然好ましくありません。
下手をすれば二人の激突もあり得ますが、隊全体の士気が大幅に低下する事態にもなりかねないので、唯一風柱を説得できるお館様が自ら動きました。
風柱からすれば心中はかなり複雑です。
ただし、それでも烈さんの実力だけは認めており、且つ間違っても同情心で玄弥を育てる様な人間ではないとも分かってはいるので、現状は少し様子見という段階で落ち着いてます。


Q:猗窩座を倒し損ねた事を責められないの?
A:柱三人分に匹敵する上弦を相手にして生き残っただけでも上々です。
また、烈さんは鬼側にかなり警戒されているので、下手に猗窩座を追い詰めていたら増援が送り込まれていた可能性も高かった為、あの状況下では寧ろ最適解というのがお館様達の認識です。


Q:玄弥vs伊之助は、伊之助有利?
A:呼吸のアドバンテージがある分、伊之助の方が総合的には上です。
  ただし、玄弥も己の足りない面を武で如何に補うかと努力しており、今後次第では分からなくなるかもしれません。

まだまだ烈さんに師事してから日も浅く、未熟で粗削りな面が玄弥にはあります。
それでも、フィジカル面での強さやメンタル面の大幅改善があった事で、伸びしろは同期組に決して劣らないかと思います。

Q:玄弥の流星錘の扱い、かなり上手くない?
A:岩柱の戦いを側で見てきた経験が、そのまま見取り稽古として活きています。
  下地は十分にあり、それが烈さんの教えによって無事に開花した結果です。



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