鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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題名が全てを物語っています。

本家異世界転生でも巨大マーラーカオ作りを行った烈さんですが、この鬼滅世界においても当然やります。


29 中華料理

 

 

 

「お疲れさま、二人とも!!」

 

「炭治郎……ああ。

 お前も、傷の具合が大分良くなったみたいだな」

 

 

蝶屋敷の食堂にて。

きよの一声で手合わせを中断した二人は、先に来ていた炭治郎と善逸の姿を見つけ、彼等が座る食卓へと共に腰を下ろした。

 

 

 

無限列車での闘いを終え、乗客達の手当てが粗方済んだ後。

玄弥は―――烈海王とも話した通り―――炭治郎へと、その場で謝罪を行っていた。

 

 

 

 

―――あの時は、俺が悪かったッ……!!

 

 

―――許してくれ、とは言わねぇ……ただ、それでも謝らせてくれッ!!

 

 

―――すまなかったッ……!!

 

 

 

 

最終選別の場では、自分の身勝手な振る舞いで迷惑をかけてしまった……その事を、今は心底から悔いている。

謝って済む問題かは分からないが、それでも頭を下げずにはいられなかった。

誠心誠意の言葉と共に、玄弥は炭治郎に謝った。

 

その感情の匂いが、無事に伝わったのだろう。

炭治郎も、玄弥の行いを許した。

心から反省して、次に活かそうとしているのなら……それで十分だと。

 

 

 

―――だけど、あの女の子にはまた謝っておくんだぞ?

 

 

 

 

ただし、謝るべき相手がもう一人いるとははっきり伝えた上でである。

無論、玄弥もそれは承知している。

言われるまでもなく、会う機会があれば必ず頭を下げて謝ろうと当に心に決めていたのだ。

 

 

 

 

尚、後日。

その相手が産屋敷家の子息であると知った際の玄弥は、頭を抱える羽目になったとかならなかったとか。

 

 

 

 

 

「しかし……今日、やっぱり人が多いよな」

 

 

閑話休題。

ふと、食堂に集まった隊士達を見て善逸が呟いた。

蝶屋敷は隊士達の療養所という性質上、昼食時にこうして賑わうのは当然ではあるのだが……今日の人混みたるや、いつもの五割増しといったレベルだ。

 

 

 

何故、ここまで人が溢れているのかというと。

 

 

 

「烈さんの作る料理、美味しいもんな」

 

「おう、それにすっげぇ珍しいしよッ!!」

 

 

 

今日は、烈海王が調理を担当する日だからだ。

 

 

 

 

「俺、未だに信じられないよ……あの人が料理上手だったなんて」

 

 

 

それは、烈海王が蝶屋敷預かりの身となって間もなくの頃……彼はしのぶ達に、こう申し出たのである。

 

 

 

―――胡蝶さん、アオイさん……もし、屋敷の仕事でお手伝い出来る事があるならば是非ともさせてはくれませんか?

 

 

 

―――こうして蝶屋敷に、身を寄せさせてもらっている以上……私にも、何かをさせてほしいのです。

 

 

 

恩に報いるべく、出来る事をさせてほしいと。

この言葉に、しのぶはどうしたものかと少しばかり頭を悩ませた。

烈海王は食客の身分……鬼狩りとしての職務を全うしてくれるだけでも十分すぎるのに、そこまで甘えていいものなのかと。

 

しかし……彼の性格上、断っても簡単には引き下がってくれないだろう事も、分かっていた。

それならいっそ、出来る範囲で手伝ってもらった方がお互いの為になると判断し、これを承諾した。

 

 

そして、主にどんな事が得意なのかと聞いてみたところ……料理上手という意外な一面が判明したのである。

 

 

 

「今日はいないみたいだけど、柱の人達も都合がつく時には来てるんだってさ」

 

「マジかよ……」

 

 

烈海王が作る料理は、隊士達にとってあまりにも新鮮味溢れる物ばかりであった。

何せ、洋食をはじめ外国の食文化がようやく広まりつつあったこの大正時代で、本格中華ときたのだ。

味も見た目も、全てが目新しすぎる品々……また、薬膳をはじめ身体への効能が高いものも多い。

隊士達からの評判は上々であった。

 

それが、口コミでどんどんと広がっていき……今ではこの様に、烈海王が蝶屋敷で調理をすると聞けば、大勢の隊士達が集まる様になっている。

まして多忙な彼が調理に当たるのは、一月に一度あるかないか……この現状も、無理はないだろう。

 

 

 

 

「皆さん、お待たせしました!」

 

 

そんな、皆が期待して待ち続けている中。

 

食堂の扉を勢いよく開き、大量の食器を持ったアオイと、タレらしきものが入った大鉢を抱えたカナヲ。

 

 

 

 

そしてッ……!!

 

 

 

 

「あれって……え、大釜ッ……!?」

 

「何だありゃッ……!?」

 

 

 

炭火で轟々と燃え盛る巨大な火鉢と、お湯がたっぷり入った大釜を台車に乗せて運ぶ三人娘と。

 

 

白い塊―――小麦粉を練った生地である―――と謎の鉄板をそれぞれの手に携えた、烈海王が現れたのであった。

 

 

 

 

余りにも異様すぎる光景。

調理ではなく、儀式といっても差し支えない様相。

一体、これから何が始まるというのか……?

 

炭治郎達は、ただただ呆然としていたのだが……その直後。

 

 

「おぉ、今日はあれかぁ!!」

 

「よっしゃぁッ!!

 俺、あれ滅茶苦茶好きなんだよッッ!!」

 

 

すぐ横の机に座る隊士達が、ガッツポーズをとって喜び始めたのだ。

即ち、同じ状況が以前にも展開されており……しかも、かなりの美味が提供されたに他ならない。

こうなると、不安は一転して強い興味が湧いてくる。

 

烈海王は、何を成そうとしているのか……皆が一斉に、視線を集中させる。

 

 

 

 

「ふぅ~……」

 

 

 

 

烈海王は軽く呼吸を整えた後、沸騰する大釜の前に立つ。

 

 

そして、左手に抱えた巨大な生地を右の肩口に寄せ、右手に携えた鉄板をその生地に上からそっと乗せ……次の瞬間。

 

 

 

 

「破ァァッ!!!」

 

 

 

 

 

凄まじい勢いで、鉄板を往復させつつ滑らせ……生地を次々に削り取っていくッッッ!!!

 

 

 

削り取られた生地は、薄い帯状となって宙を舞い……沸き立つ大釜の中へと、次々に跳び込んでいくッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

これぞ、山西省発祥の麺料理……刀削麺ッッッ!!!!

 

 

 

 

「うおおおぉっっ!!??

 すっげぇ、帯みたいなビロビロ麺がどんどん出来てってるぞッッ!!!」

 

 

目の前の光景に、伊之助をはじめ多くの隊士達が驚き目を見開いていた。

こんな大掛かりで且つ派手な調理風景を見るのは、初めての事……心が湧き立って仕方がないのだ。

 

 

 

「凄い……一体、烈さんはどんな料理を作ってるんですか?」

 

「ああ、刀削麺だよ。

 文字通り、刀で削る麺って書くらしいぜ」

 

 

炭治郎の問いに、先程ガッツポーズをしていた隊士が笑顔で答える。

 

 

 

刀削麺。

水と塩とで練られた小麦粉の塊を、薄い鉄板や包丁等で素早く削り取って麺状にし、それを茹で上げていく。

中国は山西省に伝わる、伝統的な麺料理だ。

 

その歴史は古く、発祥は漢の時代にまで遡る。

当時の山西省に当たる地域において、現地民達は元―――モンゴル族の統治を受けていた。

モンゴル族は、彼等の反乱を恐れて武器となるものを次々に取り上げたのだが……その過程において、各家庭の包丁まで没収されるという事態が起きた。

勿論そんな事をした為に、日々の調理は不便極まりないものとなったが……ある日、一人の男が道端に落ちていた薄い鉄の板を拾った事が、転換期となった。

 

彼はそれを、包丁の代わりに出来ないかと考え……自宅にあった小麦粉の塊を削り、麺を作り上げたのだった。

これが刀削麺の原型とされており、徐々に形を変えて現代まで伝わっているのである。

 

 

 

 

「アオイさん、そろそろ茹で上がります……お願いしますね」

 

「はい!」

 

 

茹で上がった麺をアオイが掬い上げ、次々に器へと投入していく。

そこへカナヲがタレを掛けていき、料理は完成となる。

 

現代日本で刀削麺を食す場合、ラーメンが広く好まれている事情もあってスープを用いられるケースが多い。

しかし、烈海王が今日用意したのは、本場で多く見られている汁無し麺……即ち、こうしてタレを絡めて食べるタイプである。

 

 

 

「どうぞ、皆さん!!」

 

 

出来上がった刀削麺を、三人娘が次々に配っていく。

 

白く幅広な帯状の麺にかかるは、とろみのかかった茶色いタレ。

その中には、微塵切りにされた具材が数種類。

それらが織りなす、鼻へと突き抜ける香ばしい匂い……何とも食欲をそそる。

 

 

 

「刀削麺……いただきますッ!!」

 

 

 

居ても立っても居られない。

すぐに器を取って挨拶を済ませると、炭治郎達は麺を勢いよく啜り込んだ。

 

 

 

 

「ッッッ~~~~!!!!」

 

 

 

 

まず口の中に膨らむのは、濃厚なタレの味。

これは味噌ダレだ……しかし、自分達が知るそれよりもずっと味に重厚感がある。

 

 

 

(長ネギとショウガ、挽肉……いや、長ネギにしては甘いし触感が違う。

 それに、味噌を溶くのに使ったのは醤油みたいだけど……これも普通の醤油じゃない!! 

 他にも色々な具が……多くの味が混ざり合って、けれど喧嘩せずに調和して一つになっている!!)

 

 

 

炭治郎は、妹共々母の手伝いで台所に立つ機会がそれなりにあった。

特に炭焼きという職業柄、火加減についてはある程度の自信を持っている。

そしてそれを後押しするのが、言わずもがな人並外れた嗅覚である。

故に、料理の知識についてはある程度自然と身に着けられていたのだが……それでも尚、烈海王の料理は未知の物であった。

 

 

まず、微塵切りにされた具はショウガと挽肉までは当たっているが、炭治郎が長ネギかと勘違いした食材はずばり玉ねぎであった。

烈海王は微塵にした玉ねぎをしっかりと炒める事で甘みを出し、味のベースにしていたのだ。

 

しかし、それが分からないのも無理のない話だ。

玉ねぎが日本に持ち込まれたのは江戸時代とされているが、当時は食用ではなく鑑賞用として僅かに育てられるに留まっていた。

本格的に食用として扱われ始めたのは明治中期、そして洋食ブームと合わせて市井に広まり始めたのが明治後期から大正にかけて……つまり、割と最近である。

都会に住まうなら兎も角―――まして、裕福とは言い難い竈門家なら尚の事―――、山村では口に出来る機会その物がそもそも殆ど無かったのだ。

 

 

次に、味噌を溶くのに使った醤油……これもまた、烈海王はこだわった。

中華料理には、炒め物を中心に度々用いられる万能調味料―――オイスターソースがある。

牡蠣をベースにした、濃厚且つ力強い風味。

 

そして日本には、これに近い性質を持った調味料が一つ存在している……同じく牡蠣を用いて作られた、牡蠣醤油だ。

現代でも牡蠣の名産地として知られる広島で、明治初期から中期にかけて生産が始まったとされているこの醤油は、そのコクのある味から愛好者が多い。

烈海王はこれに砂糖と酒等を加えたもので味噌を溶かし、炒めておいた具材とさっと和えて火を通した。

 

 

こうして出来上がったのが、この特性味噌ダレだ。

 

 

 

(具材のシャキシャキ感と、タレの甘くて濃厚な風味ッ……!!

 そしてそれを全部受け止めている、この麺ッ!!

 もちもちした歯ごたえだけど、断面が滑らかなおかげでツルツルしたこの舌ざわりッッ!!

 うどんやそばとは全く違う……新しい触感だッッッ!!!)

 

 

そして何より、この素晴らしい麺。

味噌ダレの全てを受け止めながらもそれに埋もれる事も無く、強く自らを主張してきている。

今まで食してきたどの麺料理とも異なる、未知の食べ応え。

生地の大本は、恐らくうどんと同じで小麦粉だろうが……だとすると、切り方ひとつでここまで変わるというのか。

 

 

 

箸が……箸が、止まらないッッ……!!!

 

 

 

 

(ッッ~~~!!

 あっという間に……全部、食べ切ってしまったッ……!!)

 

 

気が付けば、器は空になっていた。

無我夢中で全てを口に運んでしまっていた。

 

 

これが、烈海王の……中国四千年の味だというのかッッ!!??

 

 

 

 

「お、おい!!

 お代わりはねぇのかよ、なぁッッ!?」

 

 

 

横を見れば、同じく空になった器を片手に伊之助が声を上げている。

もう一杯食べられはしないのかと、烈海王達に身を乗り出して訴えかけている。

その気持ちはよく分かる……自分とてそうなのだ。

 

 

この麺を、どうかもう一度ッ……!!

 

 

 

「ふふっ……大丈夫ですよ、伊之助くん。

 そう言うと思って、ちゃんと用意してあります」

 

 

すると。

嘆願への返事と共に、厨房より屋敷の主―――しのぶが姿を現した。

その手には、また新たな大鉢が抱えられているではないか。

 

 

「すみません、胡蝶さん。

 貴方にまでお手伝いをさせてしまいまして」

 

「いえいえ、お気になさらないでください。

 私も、烈さんのお料理は本当に楽しみなんですから……じゃあ、伊之助くん。

 次はこちらをどうぞ」

 

 

伊之助の器に追加の麺と、そして新たに持って来た大鉢の中身が投入される。

待望のお代わりに目を輝かせて、たまらず覗き込む。

 

すると……

 

 

 

「おおッ!?

 さっきとかかってるのが違う……赤いのと黄色いのとだぞッッ!!」

 

 

二杯目は、上にかかっているタレが異なっていたのだ。

同じくお代わりを受け取った炭治郎は、急いで器を覗き込む。

 

 

(これは……黄色いのは分かる、卵だ。

 けど、その周りを覆っているこの赤い具材は……独特の青い匂いがする。

 野菜……果物にも少し近い感じがするぞ……何かの実を潰したものか?

 何なんだろう……!!)

 

 

麺全体を覆うそぼろ状の卵と、潰してのり状に仕立てられている赤い何かの実。

漂ってくる香りもまた、未知のものだった。

だが、抵抗感は微塵も無い……寧ろ、食欲を掻き立てられる。

 

居ても立っても居られない……炭治郎はすぐに麺を掬い上げ、口へと運んだ。

 

 

 

「ッッッ~~~!!!!」

 

 

その瞬間。

口内を突き抜けたのは、強烈な爽やかさ。

酸味と甘みの混じった、何とも形容しがたい美味であった。

 

 

(さっきの味噌ダレとは打って変わって、凄いサッパリしてるッ……!!

 この実だ……強い独特の酸味が、この味を生んでいるんだッ!!

 それが卵の旨味と合わさって、更に麺と上手く絡み合って……まただ。

 また、箸が止まらなくなってくるッ……!!)

 

 

濃厚且つ力強い味噌ダレに対し、このさっぱりとした独特の味つけ。

二皿目でこの味変は、何ともたまらない演出だ。

この料理の出し方は、実にずるい……!!

 

 

 

「え、嘘……これ、もしかしてトマトなの?

 俺の知ってるトマトと、全然違うんだけど……!!」

 

 

ふと横に視線を移すと、善逸が驚愕の表情で烈海王に問いかけていた。

 

トマト。

聞きなれない単語だが……もしや、この赤い実の名前だろうか。

善逸は以前に、これを食べた事があるのか?

 

 

「善逸、この赤いの……知ってるのか?」

 

「うん、トマトだろ?

 外国から入って来た野菜みたいで、洋食屋さんで前に食べた事あるんだけど……でも、味が違うんだよ。

 前に俺が食べたのは、青臭くて酸っぱくてで……こんな風に食べられるもんじゃなかったんだ」

 

 

やはり、善逸はこの赤い食材―――トマトを食した事があったらしい。

だが、その時の味は今と全く異なっていた様だ。

食べられない事は無いが、好んで食べようとも思わない……そんな具合だろうか。

だからこそ、烈海王の料理が信じられない様子だが……

 

 

「その通りです、善逸さん。

 これは、西紅柿鶏蛋麺……中国に伝統的に伝わる、卵とトマトの和え麺です。

 皆さんにとっては馴染みが薄い食材でしょうが、中国では今から百年以上前より食されてきてるのですよ」

 

 

その疑問に、烈海王はそれも当然という様子で答えた。

日本でトマトが食用として扱われ始めたのは、玉ねぎと同じく明治に入ってから。

しかし、当時のトマトは現代の物と比べると味も香りも尖っており、日本人にあまり好まれるものではなかった。

今の様に扱われる様になったのは、昭和に入り日本人の味覚に合わせた品種改良が進んでからである。

 

勿論、全く使われなかった訳ではない。

明治中期から大正にかけての洋食ブームに当たり、トマトはソースの原料として使われるようになったのだ。

昨今でも食卓に並ぶトマトケチャップが好例である……大手メーカー『カゴメ』のトマトケチャップ第一号が生み出されたのも、明治後期だ。

 

ただし、そういった大手商社なら兎も角……家庭や個人商店でのトマト料理となると、知識がそこまで広がっていなかったのもまた事実。

善逸が食べたのは中途半端な店のトマト料理であったが為に、残念な結果に終わったのだ。

 

 

一方、中国大陸におけるトマトの扱いは、日本よりも歴史が古い。

諸説はあるが、明朝末期―――1,600年頃には既に、西紅柿の名前で存在が確認されている。

食用として扱われ始めたのは、それから数十年或いは百年以上後とも伝えられているが……日本より先んじて扱われていた事は確実である。

何せ、日本に初めて伝来したとされるトマトは西洋から中国を経由して運ばれてきた物なのだ。

 

そういった事情もあり、この時代におけるトマトの調理技法は日本よりも中国の方が上なのである。

 

 

 

「だから……烈さんの作ったトマト料理は、こんなに味が違ったのか……」

 

「いえ……寧ろ凄いのは胡蝶さんですよ。

 確かに私は、調理方法についてお伝えしましたが……ここまで見事に仕上げてくれるとは」

 

 

納得がいき、感嘆の意を漏らす善逸。

もっとも、この西紅柿鶏蛋麺の調理役を務めたのはしのぶの方なので、ここは彼女の料理スキルの高さが凄いというべきか。

 

 

 

 

 

 

尚……烈海王の調理に関してだが、彼が幾らかこの時代には無い現代知識―――それこそトマトの旨味を引き出す技法等―――も織り交ぜているのは、内緒の話である。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「俺、前に自分で刀削麺を作ろうとしたんだけどさ……全然上手くいかなかったんだ。

 厚みも長さも、何もかもバラバラで」

 

「分かる分かる。

 生地自体はうどんと殆ど同じだし、削るだけならって思ったのに……滅茶苦茶難しいよな、これ」

 

 

幾人かの隊士達の会話が聞こえてきた。

どうやら、彼等は刀削麺作りに挑戦した事があったらしい。

だが、結果は残念な形に終わった様だ……それもその筈。

調理法こそ単純に見えるが、その実、製作難易度はあらゆる麺料理の中でも上位に入るのが刀削麺だ。

 

 

(言われてみれば……この麺、全部厚みが均一だ。

 長さもしっかり揃っている……え?

 じゃあ、これだけの量を全部一定でッ……!?)

 

 

幅、厚み、長さ。

この三要素が全ての麺で等しく揃う様に手で削る。

言うのは容易いが、これは凄まじい職人芸だ。

 

加えて……麺作りの速度も、一定の領域を保ち続けなければならない。

もしもゆっくりと生地を削り続けてしまえば、先に削った麺と後のそれとで釜への投入時間に差が出る。

そうなれば茹で時間にも差が生じて、麺全体の仕上がりに大きなムラが発生してしまうのだ。

 

 

「烈さんにしか作れない一品、か……」

 

 

素早さが要求される中で、麺を完全に均一化させる。

これこそが刀削麺作りにおける最難関にして、現代においても完璧な形で作れる職人は珍しいと言われている所以である。

それをこうして為せるのだから、烈海王の料理人としての腕前たるや……見事。

 

 

 

 

そう、思っていたのだが。

 

 

 

 

 

「いえ、炭治郎さん。

 刀削麺でしたら、私以外にも作れる方が隊に一人いますよ」

 

 

 

 

烈海王本人の口から、思いも寄らぬ否定の言葉が飛び出してきた。

 

 

 

 

「え……他にいるんですか!?」

 

 

 

途端に、食堂内がざわつき始めた。

 

隊士の中に、烈海王と同等の刀削麺を作れる人間がいる?

だとすると、その人物の腕前はかなりのものだ……一体、誰が?

 

 

最もありえそうなのは、やはり神崎アオイ。

蝶屋敷の厨房を主に預かる身であり、且つ手先の器用さはかなりのもの―――禰豆子の箱を完璧に修復した実績がある様に―――だ。

烈海王と接する機会も立場上多い……料理について彼から直々に学んでいるという事は、十分考えられる。

 

次点で、同じく蝶屋敷を取り仕切る胡蝶しのぶ。

先程も烈海王が称賛した様に、彼の教え通りに刀削麺のタレを作れていた……料理の腕はある。

加えて、彼女が専門とする医学と薬学には極めて精密な動きが求められる……刀削麺作りに、それを活かしているのか。

 

 

一体、誰が出来るのか。

皆が烈海王の言葉を、固唾を呑んで待つと……

 

 

 

 

 

 

「伊黒さんです。

 あの人の作る刀削麺は、私と遜色ない領域にあります」

 

 

 

 

飛び出してきたのは、意外な名前であった。

 

 

 

「え……ええッ!?

 伊黒様……蛇柱様がですかッッ!!??」

 

 

隊士達は顔を見合わせ、一斉にどよめき始めた。

 

『蛇柱』伊黒小芭内。

優れた実力と冷静な観察眼を持つが、どこか近寄りがたい雰囲気を纏った男。

そして口を開けば、容赦ない毒舌ぶり。

故に、彼を敬遠する隊士は一定数存在するのだが……

 

 

 

その、彼が……刀削麺を作る?

 

しかも、烈海王の言葉通りであれば……目の前で実践までしている?

 

 

 

 

想像できないッッ……!!

 

 

 

 

 

「私も、あの時は少し驚きました……以前に刀削麺を作った時の事ですが、甘露寺さんがいらしていたんです。

 彼女はとても気に入ってくださって、それを伊黒さんに話されたようなのですが……一週間程してから、伊黒さんが訪ねてきましてね」

 

 

 

 

―――甘露寺から聞いた……刀削麺だったか?

 

 

 

―――お前以外では作る事は叶わないだろうと、この上なく褒めちぎっていたが……俺は信じない。

 

 

 

 

―――生地の配合を教えろ……甘露寺が認めたのと同等のものを、他の者でも作れると証明してやろう。

 

 

 

 

 

「それで後日、甘露寺さんもお呼びして行ってもらったところ……完璧な形で、刀削麺を作られたんです。

 タレは私の方でご用意させていただきましたが、本当にお見事でした」

 

 

思いも寄らぬ話に、隊士達は開いた口が塞がらなかった。

辛辣な言葉自体は平常運転だが、まさかこんな方向で発揮されていたとは。

 

烈海王への対抗心……という事で、いいのだろうか?

 

 

 

 

(ふふっ……伊黒さん、本当に甘露寺さんの事が大切なんですね)

 

 

 

唯一、伊黒が麺作りに挑戦した真の理由が分かっているしのぶは、口元を押さえて笑いを堪えていた。

 

 

全くもって……愛の力は偉大というべきか。

 

最愛に比べたら最強なんて、とはよく言ったものである。

 

 

「でも、言われてみたら分かる気がする。

 蛇柱様の斬撃って、凄い正確だろ?」

 

「ああ、それで有り得ないぐらいに滅茶苦茶曲がるんだよ。

 遮蔽物越しに鬼の首を斬り落とした時は、本当驚いた……あの腕があるから、刀削麺も作れるのか」

 

 

小芭内の太刀筋は、変幻自在且つ正確無比。

剣捌きでいえば、鬼殺隊一と言っても過言ではない。

その技量を以てすれば、烈海王に比類する刀削麺作りも可能ということか。

 

隊士達は皆、納得がいったという表情で頷き合うが……

 

 

 

 

「……いや、でも。

 そもそも蛇柱様って、料理するんだ……」

 

「ああ見えて意外と好きなのか……?

 案外、凝り性な所があるのかもしれないな」

 

「何か……少し、親近感湧いたかも。

 今度、機会があったら話しかけてみようかな……?」

 

 

 

それ以前の話として、料理をするという事そのものが予想外であった。

 

 

風柱と並んで近寄りがたい雰囲気はあるが、もしかして私生活は割と家庭的ではないのだろうか……?

 

 

話してみたら、割と良い人なのではないか……?

 

 

 

 

本人が与り知らぬ所で、隊士達からの好感度がいつの間にやら上がっている―――誤解はややあるものの―――小芭内であった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「よっしゃぁッ!!

 美味い飯食った分、力が出てきたぜッッ……!!

 もっと修行だ、修行ッッッ!!」

 

 

昼食を終え、活力漲る伊之助。

午後からもより鍛錬に励もうと、熱を迸らせていた。

 

そして、それは彼だけではない。

玄弥や他の隊士達も同じく、やる気に満ち溢れていた。

良き食事を取れたという事は勿論あるが、やはり先の無限列車での闘いが皆に与えた影響は大きかった。

これから先の闘いへ向けて、より強くなりたいという意志が強まっている……良い傾向だろう。

 

 

 

 

 

 

しかし……その中において、一人。

 

 

いまいち、その空気に乗り切れない者がいた。

 

 

 

 

 

(皆……やる気、出してるなぁ……)

 

 

 

 

 

善逸は、小さくため息をついた。

 

無限列車での闘いに赴いた後、同期の三人をはじめ皆が戦意を高めている。

強くなろうと、懸命に励んでいるが……彼だけは、気持ちの昂りが無かったのだ。

 

 

 

(……烈さんや煉獄さんですら、上弦の鬼には勝てなかったんだよな……あんなに強そうな音がしてるのに。

 俺なんかが、努力しても……無理じゃないのか?)

 

 

元より、死を恐れ鬼との闘いを避けてきた身である。

それでいて、自己肯定感が極めて低い……そんな有り様が、災いしていた。

炭治郎達の様に、前向きに考える事がどうしてもできなかった。

 

寧ろ、できる事ならば……死にたくない、闘いを避けたいという気持ちが強まってさえいる。

 

 

 

 

(これから……どうしたらいいんだろ)

 

 

 

 

 

本来辿るべき歴史において。

 

 

善逸は、煉獄杏寿郎の死を切っ掛けに己が恐怖心を幾何か抑え込み、強くなろうと努力する事が出来た。

 

 

だが、皮肉な事に……烈海王の手によって杏寿郎が無事生還できたが為に、善逸は強くなろうと願う切っ掛けを失ってしまったのだ。

 

 

このままでは、彼は決して前に進む事は出来ないだろう……

 

 

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

 

「善逸さん……少し、よろしいでしょうか?」

 

 

「烈さん……?」

 

 

 

 

強くなる切っ掛けを潰したのが、烈海王であるならば……新たな切っ掛けを与えられるのもまた、烈海王なのだ。

 

 

 

 

 

 

「明日、私に付き合っていただけますか?

 貴方の兄弟子……獪岳の事で、是非とも貴方に立ち会っていただきたいのです」

 

 

 




Q:烈さん、刀削麺作れるの?
A:烈さんなら出来ても不思議はありません。

烈さん料理会、メニューは刀削麺となりました。
執筆中は様々な中華料理が頭に浮かびましたが、大正時代の食材でも十分に可能&炭治郎達にとってインパクトが滅茶苦茶ありそうな料理という事で、チョイスいたしました。
作中でも書かせていただきました通り、本格的に作るとなると難易度はかなり高い料理ではありますが……烈さんならば、出来ても不思議は無いだろうという謎の安心感があり、作っていただきました。


Q:食材の時代考証ってあってるの?
A:正直自信が無い点はありますが、そこは大目に見てください。
  本家刃牙でも「シルクロードはドラゴンロードとも呼ばれていた」という話がありましたし、それくらいのノリで考えていただければ幸いです。


Q:蛇柱、刀削麺を作れるの?
A:恋柱に美味しい料理を食べてもらいたいという執念が為せる業です。
  最愛に比べたら最強なんて、です。
 
伊黒さんに刀削麺を作らせる下りは正直悩みましたが、最終回で生まれ変わりと思わしき人物が食堂の主人として腕を振るっていた事もあり、甘露寺さんの為に料理を作る姿が想像できたため、書かせていただきました。
実際、作中でも述べた様に伊黒さんの太刀筋を考えれば、刀削麺を正確に作る事は十分可能な筈です。



次回は、以前の後書きでも述べた「煉獄さんが生存したら、善逸が強くなる理由が無くなるのではないか?」という問題点に触れさせていただきます。
合わせて、岩柱と獪岳関連の話にも進みますのでよろしくお願いいたします。

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