鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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投稿が遅くなり、大変申し訳ございませんでした。
コロナ療養・入院等様々な要因が重なり、時間を確保する事が中々出来ませんでした。
ようやくここまで書く事が出来ました。

今回の話は、かなり独自の解釈が入っております。
何卒ご容赦ください。


31 日の呼吸

 

 

 

無限列車を巡る死闘から、おおよそ半月。

 

 

 

 

多くの隊士達が鍛錬に励み、覇気を漲らせる中。

 

 

 

 

 

その様子を、強い切望の眼差しで―――持てる全ての集中力を、観察に回している―――視ていた者が一人いた。

 

 

 

 

 

(みんな、本当に頑張ってるなぁ……最近は善逸もよく参加してるし、俺も早く入りたいな)

 

 

 

 

竈門炭治郎である。

 

無限列車に巣食った下弦の壱討伐の折、彼は腹部に傷を負った。

その傷が完全に塞がるまで、安静にする様―――全集中の呼吸・常中については、使用許可が下りたが―――言われていたのだ。

 

よって、肉体を動かす訳にはいかなかったが……こうして、鍛錬中の隊士達の一挙一動をその目に捉え、少しでも糧にしようとしているのである。

 

 

 

(……成程、あそこであんな風に脚を動かして切り返すのか……)

 

 

そして、その効果は覿面だった。

共に鍛える事は多々あれど、こうして視る事だけに集中する機会というのは殆ど無かったが……視る事もまた修行とは、よく言ったものだ。

参考に出来る部分の何と多い事か……一刻も早く、試してみたい。

 

 

身体が、疼いて仕方がないではないかッ……!!

 

 

 

 

「炭治郎さん、しのぶ様がお呼びですよ」

 

「分かった。

 ありがとう、きよちゃん!」

 

 

 

しかし、この疼きも今日で終わるに違いない……そんな確信めいた予感が、炭治郎にはあった。

 

 

(よしッ……きっと、この調子ならッッ!!)

 

 

しのぶの呼び出し―――傷の経過観察へと、逸る気持ちを抑えつつも足早に向かう。

 

 

呼吸で血の巡りをある程度コントロール出来ていた事もあって、その治り自体は早かった。

もう既に痛みは無く、以前と同じ肉体感覚が完全に戻ってきている。

 

 

 

いけるッ……後はお墨付きをもらうだけッ……!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

そして……数分後、診察室ッ!

 

 

 

 

「はい……もう大丈夫ですよ、炭治郎君。

 完治です……今日から、鍛錬に参加しても大丈夫ですよ」

 

「ッッ……ありがとうございますッッッ!!!」

 

 

 

 

竈門炭治郎復活ッ!!  竈門炭治郎復活ッッ!!!  竈門炭治郎復活ッッッ!!!!

 

 

 

 

今や、遮るものは何もないッ!!

 

 

全身より溢れる活力、漲る気力ッッ!!!

 

 

 

 

 

したいッ……早く、この身体を存分に動かしたいッッッ!!!!

 

 

 

 

 

「では、炭治郎君……今から行かれるのですね?」

 

 

 

 

そして、その為には一つ……まずは為さねばならぬ事がある。

 

 

 

 

「ええ……槇寿郎さんには、本当に申し訳ないことをしてしまいました。

 こんなに長い間、待たせてしまいまして……」

 

 

それは、炎屋敷への訪問……即ち、槇寿郎との会合だ。

彼と初めて出会った時に交わした約束―――煉獄家の手記に記されているという、日の呼吸について。

そして、自分の家に伝わるヒノカミ神楽について……両者の関係性を、より深く知る。

 

今より強くなる為―――呼吸の精度を上げる為には、それが必要不可欠であった。

 

 

 

 

―――治療を終え、任務に再び就く事を認められたならば、是非我が家を訪ねてくれ。

 

 

―――喜んで、伝えるべき事を伝えよう……!!

 

 

 

柱合会議を終えた後、槇寿郎とはそう約定を交わし合っていた。

しかし、何とも間の悪い事に……那田蜘蛛山での傷が完全に癒えたタイミングで、炭治郎はすぐさま無限列車での任務を言い渡されてしまったのだ。

隊士として何よりも優先すべきは、鬼を倒し人々を守る事に他ならない。

故に、槇寿郎には無限列車での任務を終え次第、すぐに訪ねさせてもらうと連絡を入れていたのだが……その結果が、この現状だ。

 

槇寿郎自身は、杏寿郎より事の一部始終を聞き及んでいた為、気にする事は無いと返してくれている。

それどころか、自身を心配して杏寿郎共々見舞いにも来てくれたのだ……流石に、申し訳なさを感じずにはいられなかった。

 

 

「ふふっ……そう言うと思って、既に私の鴉を飛ばしてありますよ。

 何の心配もありません……どうぞ、行ってください」

 

 

「しのぶさん……ありがとうございます!

 俺、出来る事を精一杯やらせてもらいます。

 烈さんや煉獄さん達、柱の皆さんに少しでも追いつけるように……失礼しますッッ!!」

 

 

だからこそ、遅れた分は誠心誠意努める事で取り戻してみせる。

炭治郎はしのぶへと頭を深々と下げ、足早に診察室を飛び出していった。

一刻も早く、誓いを果たし皆に追いつくために。

 

 

 

 

(炭治郎君……貴方なら、きっと大丈夫ですよ)

 

 

 

そんな彼の背中が、しのぶにはとても大きく見えていた。

初めて会った時と比べて……まるで別人の様に。

男子三日会わざれば刮目して見よとは、よく言ったものだ。

 

 

(貴方は、確実に強くなっています)

 

 

実のところ、負傷した直後の炭治郎を見た際……彼女の見立てでは、全治までもう半月はかかるレベルだったのだ。

だが……彼は、予測を大きく上回る回復力によって覆した。

この結果に、しのぶは心底感嘆していた。

 

 

 

何故、この様な事が起こったのか……烈海王の言葉を借りるならば、炭治郎が強くイメージした結果なのだろう。

 

下弦の壱との接敵及び上弦の参との遭遇……強敵との出会いが、彼の中の雄をこの上なく刺激した。

そして早く復帰したいと願う気持ちが呼吸の練度を上げ、肉体の治癒力を高めた……そうとしか、言い様がないのだ。

 

事実、診察中に聞こえてきた常中の呼吸音は、明らかに精度が上がっている。

それどころか……傷を負う以前より、肉体が仕上がってすらいるのだから。

 

 

 

 

 

 

そして……しのぶは知る由も無いだろうが、その仮説は当たっていた。

 

 

極限まで高まった意志力に基づく異常な回復力の発揮については、実例があるのだ。

 

 

 

 

 

拳闘界にその名を轟かす、神の子―――マホメッド・アライJr。

 

かつての彼は総身に夥しい傷を負い、誰の目から見ても到底闘える状況ではなかった。

 

そんな彼に対し……かの範馬刃牙は、こう告げた。

 

 

 

 

―――俺と闘いたければ、ベストコンディションで来い。

 

 

 

 

 

その言葉を、アライJrが受けた瞬間……俄かには信じ難き事態が起きた。

 

 

 

 

生傷と青痣だらけの皮膚は、瞬く間に張りと色艶を取り戻しッッ!!

 

亀裂が走っていた右腕の骨は、パンチを一発放つまでの間に固着修復ッッ!!!

 

 

 

 

範馬刃牙と闘いたい……そう強く願った彼の肉体に、未曽有の超回復が起きたのだッ……!!

 

 

 

 

その姿を目にした時、マホメッド・アライは笑顔でこう口にした……今、同じ言葉を炭治郎にも送るべきだろう。

 

 

 

 

 

凄いね、人体ッッ……!!!

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、煉獄さん!」

 

「うむ!!

 竈門少年こそ、健在で何よりだッッ!!」

 

 

 

鎹鴉の案内の下、煉獄家へと辿り着いた炭治郎を出迎えたのは、杏寿郎だった。

 

上弦の参についての情報共有、国鉄内に潜んでいた下弦の壱の協力者の洗い出し、犠牲者への出来得る限りの配慮。

無限列車に関する様々な後処理にようやく片が付き、丁度炎屋敷へと戻っていたタイミングだったのだ。

 

ヒノカミ神楽と日の呼吸については、簡単にだが列車内で言葉を交わし合った者同士。

ならば、こうして呼吸の真相へと迫る場面に共に立ち会えるのは、何とも望ましくありがたい。

 

 

「炭治郎君、よく来てくれた……ようやくだな」

「槇寿郎さん……本当に、お待たせいたしました」

 

 

続けて、案内された茶の間で待ち受けていた槇寿郎。

誰よりもこの時を待ち望んでいただけあって、その表情には隠し切れない希望の色が浮かんでいる。

そしてその手には、煉獄家に代々伝わる手記が携えられていた。

 

 

 

準備は万端、いつでも一向に構わない―――そんな固い意志が、炭治郎の嗅覚へと強く訴えかけてきているッ……!!

 

 

 

 

「快気祝いというには、少々複雑なところではあるが……早速、本題に入らせてもらいたい。

 君の家に伝わる神楽と、日の呼吸の関係についてだ。

 この箇所に、日の呼吸の型を詳細に記してある……読んでくれたまえ」

 

 

そう言い、しおりが挟まった―――日の呼吸について纏められているページである―――手記を手渡す。

炭治郎は頭を下げると共に受け取ると、軽く深呼吸を行った。

 

 

自然と、気持ちが昂っている……心臓の鼓動が確実に速まっている。

 

ずっと待ち望んでいた時が、今ようやく来たのだ。

 

 

 

 

この高揚感……幼少期、はじめて両親に夏祭りへと連れられた時に似ている。

 

 

真実に迫れることへの……大きな期待ッッ……!!!

 

 

 

 

 

「ッッッ~~~~~!!!!???」

 

 

 

 

そして、手記を開き……炭治郎は、大きく目を見開いた。

 

 

 

 

槇寿郎と烈海王の推測から、十中八九そうだと分かってはいた。

 

 

日の呼吸とヒノカミ神楽は、限りなく近い―――同一の呼吸法だろうと。

 

 

鬼舞辻無惨の目から逃れるべく、舞として形を変えたものなのだろうと……そう、予想は出来ていた。

 

 

 

 

だが……それでも、実際に目にしてしまえばやはり驚かざるを得ない。

 

 

 

 

 

「円舞ッ……碧羅の天ッ……烈日紅鏡ッ……灼骨炎陽ッ……陽華突ッ……日暈の龍・頭舞いッ……!

 斜陽転身ッ……飛輪陽炎ッ……輝輝恩光ッ……火車ッ……幻日虹ッ……炎舞ッッ……!!!」

 

 

 

 

手記に記されている、日の呼吸の型……その全てが、神楽の型と一致しているとあればッッッ!!!!

 

 

 

 

 

「やはり……そうなのだな、炭治郎君ッッ!!」

 

「間違いありませんッ!!

 日の呼吸の型は、そのまま全てがヒノカミ神楽の呼吸ッ……ヒノカミ神楽は、日の呼吸だったッッ……!!!」

 

 

 

 

はじまりの剣士が編み出した、最強の御業。

 

 

それは、一体如何なる因果を辿ってか……彼の耳飾りと共に、竈門家へと確かに受け継がれていたッッ……!!!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「では……よろしく頼む、炭治郎君」

 

 

手記を開いてから、数分後。

炭治郎は、煉獄家の庭先へと立ち……その日輪刀を、強く握り構えていた。

 

手記には型の名称は勿論、各型が如何なる構えと動きを以て繰り出されるかという詳細もまた記されていた。

そして、それらの動作もやはり……炭治郎が身に着けている神楽と酷似していた。

 

 

 

そう……『同一』ではなく『酷似』だ。

彼がこの様に感じたのは、本当に僅かではあるものの……自分の舞とに差異が見受けられたからだ。

それは、神楽という形で受け継がれたが故に生じた誤差か。

 

 

 

 

或いは……かつて、烈海王と槇寿郎にもそう話した通り。

 

 

父をはじめ代々竈門家の者達が受け継いできた神楽こそは、この手記に記された動きと全く同じで。

 

 

 

 

自分の舞はまだ未熟故に……本来の動きと異なる点が出てしまっているのではないか?

 

事実、一撃を放つだけでも凄まじい負荷が身体にかかるというのが現状だ……父と比べ、何たる有様か。

 

 

 

 

「はい……いきます!」

 

 

 

 

そんな思いが頭を駆け巡っている最中だった。

杏寿郎が―――それを感じ取ったか否かまでは分からないが―――ある提案をしたのだ。

 

 

 

―――実際に、目の前でヒノカミ神楽を見せてほしいッ!!

 

 

 

いきなりの言葉に、炭治郎と槇寿郎は少々驚かされたが……しかし、理に適ってもいる。

文章として形を確かめられたのであれば、次に実践をとするのは至極当然の事。

実物を見るか否かでは、理解に大きな差がある。

 

ましてや、今現在では直接目にした者は皆無―――ただし鬼は除く―――な日の呼吸だ。

 

 

 

ならば剣士として、隊士として。

 

細かい理屈などいらない……見てみたいと思うのは、至極当然の事ッ!!

 

 

 

(どこまで、その期待に応えられるかは分からない……けどッ!!

 今はただ、全力を出し切るッッ!!)

 

 

そして、炭治郎もそれを是とした。

自身が未熟だというならば、これは寧ろ良い機会だ。

現炎柱と、先代炎柱にして現代において最も日の呼吸を研究している男。

 

彼等の目に、自分の剣がどう映るか……そこから、何かを掴めるかもしれない。

前へと進む為の、何かを。

 

 

 

 

「ッ……ハァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

刀を両の手で強く握り締め、渾身の力で一撃を繰り出すッッ!!

 

 

 

 

 

―――――ヒノカミ神楽 灼骨炎陽ッッ!!!

 

 

 

 

己を中心にして、空に日輪を描くが如く刀を振るッ!!

 

腰の捻りと両腕の強い振りにより生じる強い遠心力ッ……それに乗せての薙ぎ払いッッ!!!

 

前方広範囲及び中距離間を大きく薙ぎ、攻防一体の一撃を放つッッッ!!!!

 

 

 

 

「ッッッ!!!???」

 

 

 

その斬撃に、槇寿郎と杏寿郎は共に息を呑んだ。

 

これが、日の呼吸。

全ての始まりとなった、原初の呼吸……一目見ただけで分かる。

他の呼吸とは一線を画すというのが、確かに伝わって来た。

 

 

刀身に纏われた強き火の幻影は、炎の呼吸のそれよりも更に濃く紅い。

正しくこれは、陽光……燃え盛る太陽の火だ。

 

鬼を滅するに相応しい呼吸、日輪を名乗るに相応しい呼吸ッ……!!!

 

 

 

 

「ハァァッッ!!!」

 

 

 

そして、炭治郎もここで止まる気はなかった。

すかさず連撃へ繋げようと、新たな型の発動体勢に入る。

自身の出せる精一杯を出さなければ、意味はない……安全に立ち止まっていては、限界は越えられないのだから。

 

 

 

 

 

――――――ヒノカミ神楽 陽華突ッッ!!!

 

 

 

 

前方へと震脚―――強い踏み込みと共に、右手で刀を強く突き出し……そして!!

 

左の掌を刀の柄尻に打ちこみ、その勢いを加速させるッ!!

 

 

対峙する敵を深く刺し貫く、ヒノカミ神楽唯一の刺突技ッッ!!!

 

 

 

 

(これが……日の呼吸ッ……!!)

 

 

それは歓喜か驚愕か。

陽炎を纏う剣技を目の当たりにして、槇寿郎の身体は大きく打ち震えていた。

 

百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

何度も手記には目を通した……特に日の呼吸については、嫉妬に狂った事もあり脳裏に強く焼き付いていた。

故に、型の理解は誰よりも出来ていたつもりだったのだが……実物を見て、それが如何に浅い考えであったかを思い知らされた。

 

 

 

最強の呼吸……その呼び名に、一切の偽りは無い。

 

 

なんと奥深き、なんと素晴らしき武かッ……!!

 

 

 

もっとだ。

もっと、この呼吸を目に焼き付けておきたい。

更なる技を見せてくれ、そして魅せてくれ。

 

 

 

 

 

 

そう、感情のままに口にしようとした……その瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「ッッ……ガッ……ガハァッッ……!!??」

 

 

 

 

 

炭治郎が胸を強く押さえ、両膝から崩れ落ちたのは。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「竈門少年、大丈夫かッ!?」

 

 

杏寿郎が慌てて炭治郎へと駆け寄り、倒れ伏そうとしていたその身を支えた。

技を放っていた最中の力強い姿から一転し、全身から凄まじい量の汗を流し、呼吸も大いに乱れている。

そして、掌越しに伝わってくる震え……筋肉の痙攣だ。

 

僅か数秒……ほんの一瞬の内に、何という変わり様か。

 

 

(たった二撃……それで、ここまで……!!

 炭治郎君は常中を習得した身、基礎的な能力は低い訳ではないというのにッ……!!)

 

 

呼吸の反動。

確かに、以前にも水の呼吸と比べて遥かに消耗が激しいとは口にしていたが……まさか、これ程とは。

 

 

日の呼吸は、継国縁壱の在隊時において彼以外に扱える者がいなかった。

それは適性の厳しさか、或いは肉体への負担故にかと思われていたが……これは、後者だ。

仮に適性があったとしても、呼吸の強さ故に断念せざるを得なかったのだ。

 

 

 

(烈さん……貴方の言葉は正しかった……!!)

 

 

槇寿郎は、己が非才を嘆き酒に溺れていたかつての自分を、心より恥じた。

日の呼吸への、はじまりの剣士への嫉妬……それが如何に浅はか且つ愚かであったか。

 

 

 

 

―――派生とは劣化に非ず。

 

 

 

―――その者に適した形への進化、洗練である。

 

 

 

 

かつて、烈海王が告げた言葉……その意味が、今ならばよく分かる。

 

 

武術とは弱者が強者に立ち向かうための技術である。

だが、日の呼吸はその大原則に大きく背いている……恐らくは、縁壱の超人的な身体能力があって成立していた御業だったのだ。

鬼舞辻無惨を追い詰め、他の呼吸を凌駕する力が如何にあろうとも……日の呼吸は、武の視点から言えば『欠陥品』だ。

 

 

 

―――脱力だの、消力だの……そんなものは、オマエたちで共有したらいい。

 

 

 

―――俺を除く全てだ。

 

 

 

 

地上最強の生物―――範馬勇次郎は、他者の技術をそう言い放ち全否定した。

最強である自分には、不純物でしかないと……絶対的強者であるが故に、弱者の為の武を不要と断じた。

流石に、勇次郎と縁壱とでは内面が真逆といってもいいだろうが……それでも最強の存在同士、彼の言葉には日の呼吸の在り様に何処か通ずるところがある。

 

 

 

そしてそれを一番理解していたのは、縁壱本人だろう。

だからこそ、派生の呼吸を剣士達に伝えたに違いない。

 

 

 

 

その力で皆が心に思うモノを守れるように。

 

 

弱者―――人間が、強者―――鬼に立ち向かうために。

 

 

 

そして……受け継がれた呼吸と意志が、いつか己と日の呼吸を超えてくれるようにと願って。

 

 

 

 

(炭治郎君の御父上は、病弱の身でありながらも極めて長い時間を舞い続けていたというが……それとて、はじまりの剣士が使っていた呼吸とは細部が異なっている筈だ。

 我々とは違う、剣士ではない炭焼きの家系の人間であっても絶やさず代々扱える様にと……神楽として伝わっていく内に、竈門家の者達に最適化していった可能性がある)

 

 

 

そうでなければ、竈門家は揃いも揃って超人揃いの一族―――それこそ、範馬の血のような―――と言う事になりかねない。

 

 

鬼舞辻無惨がこの場にいたならば、きっとこう感じたに違いない。

 

 

 

 

 

 

あんな化け物が、代々生まれてたまるかと。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、炭治郎君……無理をさせてしまったな」

 

「いいえ……寧ろ、お礼を言わせてください。

 おかげで、多くのことを学ぶ事ができました」

 

 

 

しばらくして、炭治郎の身体が無事回復した後。

槇寿郎は、己が推測―――ヒノカミ神楽は代々受け継がれていく内に、竈門家へと適した形に徐々に変わっていったのだろう事―――を彼に話した。

 

 

「実を言うと、何故はじまりの剣士が竈門家に呼吸と耳飾りを託したかだが……手記には一切記述が無いのだ。

 恐らくは、鬼舞辻無惨に一切の情報を与えてはならないと、敢えて誰にも伝えなかったのだろう」

 

 

ここで、槇寿郎は竈門家―――ヒノカミ神楽のルーツについても触れた。

どういう事か、煉獄家の手記には竈門家に関する情報が全く記されていなかった。

 

もっとも、その理由は察しが付く……竈門家の者達を、鬼舞辻無惨の手から守るためだ。

日の呼吸の適性を持つと思わしき者は、尽く命脈を断たれている。

それを思えば、隠し通すのは自然の成り行きだろう。

 

 

「すまない、炭治郎君。

 君達の家とはじまりの剣士との繋がりは、一番知りたい事柄であっただろうに……」

 

「いいえ、気にしないでください。

 理由があっての事なのは、よく分かってますから」

 

 

炭治郎も、その理由には十分納得がいっている。

寧ろ感謝せねばならないだろう……そうしてくれたからこそ、こうしてヒノカミ神楽を受け継ぐ事が出来たのだから。

 

 

 

 

「それで、呼吸の事なんですが……さっき、手記を読んだ時に違和感があったんです。

 俺の神楽と手記に書かれた日の呼吸とでは、微妙な違いがあるって……それが間違いではなかったと、今はっきりしました。

 そして、俺がこれから何を目指せばいいのかも」

 

 

 

手記を読み終わった時に覚えた不安。

それは己が未熟さ故にと、炭治郎は感じていたが……それだけではなかった。

答えは単純……源流の日の呼吸が強すぎたから、変化せざるを得なかった。

違っていて当然だったのだ。

 

 

 

そして、その事実を認識できた今……炭治郎に迷いは無く、目指すべきゴールがハッキリと見えた。

 

 

 

「俺の神楽を、元の日の呼吸に少しずつ近づける。

 はじまりの剣士にどこまで届くかは分かりませんが、それでも鍛錬を積み続けて……それが俺の成すべき事です」

 

 

 

自分には、はじまりの剣士の様な超人的な身体能力は無い。

だからこそ、自分の肉体に適した形で神楽をより洗練していき、かつての日の呼吸に出来うる限りで戻す。

 

 

 

 

奇しくもそれは、全集中の呼吸をはじめて知った烈海王と同様の思考であった。

 

 

道を究めんとするならば……誰しも、行き着く先は同じと言う事か。

 

 

 

 

 

「うむ……無論、我々も協力させてもらおう。

 君の呼吸を見せてもらい、よりはっきりと確信した……私達に出来る事は多くありそうだ」

 

 

それは槇寿郎達としても望むところであった。

実際、彼には既に具体的な神楽の強化プランがもう浮かんでいた。

 

 

 

「例えば、一撃目の灼骨炎陽だが……炎の呼吸の盛炎のうねり、雷の呼吸の稲魂と、各呼吸で似通った型がある。

 君もそれは感じているだろう?」

 

「はい、その通りです。

 水の呼吸で言えば、灼骨炎陽はねじれ渦に。

 陽華突は雫波紋突きに……どうしてかと思っていましたが、今ならその理由がよく分かります」

 

 

ヒノカミ神楽の型には、他の呼吸に近しい点が多く見られている。

日の呼吸が各呼吸の源流である以上、それは当然である。

 

つまり、裏を返せば……各呼吸の型を学び磨くことによって、神楽の型にフィードバックする事が出来るのだ。

そしてそれは、本家本元の日の呼吸と違って万人に扱える様にと派生された型……そこから源流へと遡る事で、反動の低減が望める。

 

 

 

 

「うむ……炭治郎君。

 これから君には、水の呼吸に限らず基本の五呼吸を出来る限り学んでもらいたい。

 手記の写しは既に、各地の育手達に送らせてもらっている。

 彼等の空きを見て、君に稽古をつけてもらえる様に連絡をつけよう。

 呼吸を完全に習得しろとまではいわないが、基礎的な部分を学べたならば……それが日の呼吸の習熟に繋がる筈だ」

 

 

 

 

基本の五大呼吸の基礎を学ぶ。

そうする事で、ヒノカミ神楽をより最適な形―――源流に近づけていく。

 

それが、槇寿郎の提案した習得プランであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「竈門少年ッ!!

 改めて君に聞こう……俺の継子にならないかッ!!!」

 

 

槇寿郎の話が終わった後。

杏寿郎は、すかさず炭治郎に切り出した。

 

 

無限列車の中でも、一度話口にした……己の継子にならないかという提案を。

 

 

 

「君が父上の采配に基づいて各呼吸を学ぶというのならば、俺にも是非協力させてほしい。

 特に炎の呼吸は、水の呼吸と並び歴史が古い……日の呼吸に近い部分は、どの呼吸よりも多い筈だ。

 悪い話ではないだろうッ!!」

 

 

列車内では、場の空気や勢い等があっての提案だったが、今回は違う。

炭治郎を継子にする事は、ヒノカミ神楽を磨くという点において最適解なのだ。

先代炎柱がバックアップ体制を作り、現代炎柱が炎の呼吸の基礎指導及び身体能力向上を計る。

このやり方ならば、独力で鍛錬するよりも遥かに効率が上がるのだ。

 

 

「煉獄さん……ありがとうございます」

 

 

炭治郎にとっても、その提案は渡りに船であった。

自己を磨くに当たって、この上ない最高の環境だ。

 

わざわざ、自分の為にここまでしてもらって……本当に、恵まれている。

 

 

 

 

 

 

だからこそ。

 

 

 

 

 

「ですが……申し訳ございません。

 俺にはまだ、煉獄さんの継子になる資格がありません」

 

 

 

 

 

その提案を、すぐに受け入れる事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「む……それは、どういう事だ?

 呼吸の違いならば気にしなくてもいい、胡蝶も継子とは呼吸が異なっているが……いや。

 どうやら、そういう事でもなさそうだな」

 

 

まさか断られるとは思ってもおらず。

杏寿郎も槇寿郎も、困惑の表情を浮かべたが……しかし、すぐに真剣な表情で炭治郎と向き合った。

 

彼は実に真面目で真摯な人物だ。

それがこうして否定の意を伝えてきた以上、相応の理由があるに違いない。

ならば、まずはそれを聞かねばなるまい……それが、話を持ち掛けた自分達の義務だ。

 

 

 

 

「はい……煉獄さん達も御存知の通り、俺は鱗滝一門の剣士です。

 冨岡さんに助けてもらって、鱗滝さんに鍛えてもらいました……今の俺と禰豆子があるのは、お二人の御蔭です。

 もしも、あの出会いが無かったら……俺達はこの世にいなかったでしょう」

 

 

 

炭治郎が申し出を受け入れられなかった理由。

 

それは、冨岡義勇と鱗滝左近次―――鱗滝一門への恩義であった。

 

 

 

「水の呼吸を学べたからこそ、俺達は今日まで生き抜いてきました。

 だからこそ、お二人を差し置き俺の意志のみで煉獄さんの継子になる事は、絶対に出来ません。

 煉獄さんの……炎柱の継子になるのなら、まずは鱗滝さんと冨岡さんに筋を通します!

 全ての事情を話し、その上で許しをいただく……それではじめて、俺は煉獄さんの継子になる資格を得る事が出来るんですッ!!」

 

 

今回のケースは、流派替えとは厳密には違うものの。

自らを鍛えぬいてくれた一門とは別の者達に師事する以上、まずは許しを得なければならない。

仁義に基づき筋を通す。

 

それが、炭治郎の答えであった。

 

 

 

 

 

「ッ……よくぞ言った、竈門少年ッ!!

 いや、どうか炭治郎と名を呼ばせてほしいッ!!!

 君は実に立派な男だッッ!!!!」

 

 

 

その言葉に、杏寿郎は大きく目を見開き……そして、彼に心よりの賛辞を贈った。

 

 

 

「君の言う通りだ!!

 如何なる理由があろうとも、受けた恩義は決して忘れてはならないッ!!

 誠実さを欠いてはならないッ!!

 うむ……益々もって、君を継子にしたくなったぞッ!!」

 

 

杏寿郎は、炭治郎の事を心から気に入った。

何とも真っすぐで清々しく、気持ちのいい事か。

日の呼吸とは関係なしに、是非とも彼を継子にしたいという気持ちが強まった。

 

 

育ててみたいのだ……この素晴らしき雄をッ……!!

 

 

 

 

「ならば善は急げだ!

 冨岡だが、今朝に帰還したという報告が入っているッ!!

 今ならば水屋敷にいる筈だぞ、炭治郎ッッ!!!」

 

「え、本当ですかッ!?」

 

 

冨岡義勇の屋敷在中。

思いも寄らぬその報告に、炭治郎は前のめりに聞き返した。

柱は基本的に多忙の身―――しのぶは蝶屋敷に在中している事が多いものの、治療及び研究に大半の時間を割いている―――だ。

こうして杏寿郎が時間を取れただけでも幸運というのに……何というタイミング、何という都合の良さか。

 

 

ならば、この好機は絶対に逃してはならないッ……!!

 

 

 

「槇寿郎さん、申し訳ございませんッ!!

 俺ッッ……!!」

 

「構わん、行ってきたまえ。

 鱗滝殿の方には私から手紙を送っておこう……朗報を期待しているぞ」

 

 

 

当然、槇寿郎もこれを快諾する。

断る理由など、どこにも無いのだから。

併せて、彼等が義勇に当たるのであれば自身が鱗滝への連絡を受け持つとも約束した。

 

全ては万端だ。

 

 

 

「ありがとうございます……煉獄さんッ!!」

 

「うむ、行こうか炭治郎ッ!!

 それと君も、俺の事は名前で構わないからなッッ!!」

 

「はい、杏寿郎さんッ!!」

 

 

 

嬉々とした表情で、屋敷を飛び出してゆく二人。

その背を、槇寿郎もまた同じ面持ちと気持ちとでじっと見つめていた。

 

 

 

 

(ふふっ……良い剣士を育てましたな、鱗滝殿。

 近いうちに、是非とも飲み交わしたいものだ……)

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

そうして、水屋敷へと訪れた炭治郎と杏寿郎。

 

 

炎柱の継子となる許しをいただきたいと、これまでの経緯の全てを彼に話した。

 

 

 

 

日の呼吸を研究する事は、即ち全ての呼吸の研究その物。

 

炭治郎の強化のみならず隊全体の利にも繋げる事ができる。

 

 

 

当然、断る理由など無い。

 

 

 

 

 

 

そう考えるのが、普通なのだろう……が。

 

 

 

 

 

 

「駄目だ」

 

 

 

 

 

彼等に対する義勇の返答は……真っ向からの拒否であった。

 

 

 




炭治郎が、炎柱からの継子打診及び各呼吸の指導と、原作とは大きく異なる形での強化ルートを辿る形になりました。
ヒノカミ神楽を完璧なものにしたいのであれば、五大呼吸を学ぶのが手っ取り早いという理屈です。
ただし適性の問題もあるので、水の呼吸を除けばあくまで基礎的な部分の学習という形にはなります。


そして今回、どうしても触れざるを得なかった原作の疑問点がこちらでした。


Q:日の呼吸は適性持ちが殆どいなくて且つ反動も強いのに、ヒノカミ神楽を絶やさず伝えてきた竈門家ってやばくない?
A:竈門家に適した形で、呼吸の方が徐々に変化していった可能性大。
  縁壱レベルのバケモノがポンポン生まれて堪るか。

日の呼吸は適性を持つ者が限りなく少ないと明言されており、習得難易度も他の呼吸の比ではありません。
それを一代も絶やすことなく伝えられるというのは、流石に無理じゃないかと思いました。

その為、初代の炭吉及び娘のすみれ、孫の代までは奇跡的に適性を持っていたと仮定。
それ以降の代からは、伝えられていく内に呼吸の方が竈門家の血に適した形に自然と変化していった、だから伝授が可能だったのではないかと解釈させていただきました。


Q:炭治郎、この時点だとヒノカミ神楽は連発できないのでは?
A:烈さんの介入で善逸・伊之助・玄弥と同期組が原作以上に鍛錬を積んでます。
  炭治郎も同様で、無限列車の任務に当たった時点で原作よりも大分出来上がってます。
  また、他の隊士達をよく観察する機会を得られた事もあり、呼吸や体捌きの練度が増しています。
  その為、どうにか二連発までは身体が耐えられる様になりました。


Q:炭治郎、回復速いね。
A:凄いね、人体。

Q:煉獄家に来たのに、千寿郎いないの?
A:烈さんが用意したトレーニングメニュー実践中で、現在ランニングに出ております。


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