鬼狩り? 私は一向に構わん!!   作:神心会

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お待たせいたしました。

今回は、冨岡さんが何故炭治郎達の申し出を断ったかについての話となりますが……
当初の予定では一話分に収めるつもりだったものが、書いている内に予想以上に長くなってしまいました。
その為、一旦の区切りである前半部分をまずは投稿という形にさせていただきます。
繋ぎ回という印象は否めないかもしれませんが、何卒宜しくお願い致します。




32 冨岡義勇

 

 

 

 

ヒノカミ神楽を本来の日の呼吸に近づける事でその完成度をより高めるべく、炎柱の継子になる事を決めた炭治郎。

 

 

 

その為の許しを得るべく、自らに水の呼吸という道を指し示してくれた義勇の下へ赴いた……そこまでは良かった。

 

 

 

しかし、義勇は話を聞くとその表情を変えぬまま、ただ一言だけ……強く、はっきりと言い放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「駄目だ」

 

 

 

 

 

 

断じて、それは許さぬと。

 

 

 

 

「え……冨岡、さん……?」

 

 

予想だにしていなかったこの展開に、炭治郎はただただ開口して茫然とするしかなかった。

 

 

 

正直な所、炭治郎はすぐには許可をもらえないだろうとまでは思っていた。

こんな話をいきなりされたところで、きっと義勇は戸惑うだろう……考える時間が必要になる筈。

だからその時は、彼の気持ちがまとまるまで待とうと考えていた。

 

 

 

しかし……現実は、予想の斜め上をいった。

拒絶は拒絶でも、まさかの即答だ。

戸惑う事も無ければ迷いも一切ない―――彼から伝わる怒りの匂いからも、ハッキリと分かる―――完全な否定の意を示された。

一体、どういう事なのか。

こうも迷わずの一言となると……何かしらの理由がなければ、ありえない。

 

 

 

「ふむ、何故ダメなのかを教えてもらいたいな!!

 そう言うからには、勿論理由があるんだろう?」

 

 

そう思っていた矢先。

同じ考えに至ったであろう杏寿郎が、躊躇なく問いを投げかけた。

硬直してしまった炭治郎とは逆に、すぐさま動いたのは流石と言うべきか。

真っすぐな視線でぶれる事無く義勇を見つめ、返答を待っている姿は実に堂々としている。

 

 

そんな彼に対し……義勇は、視線を僅かに下へと向け、ゆっくりと答えた。

 

 

 

 

 

 

「俺は怒っている。

 炭治郎には、水柱になってもらわなければ困る」

 

 

 

 

 

これもまた、思いも寄らぬ言葉であった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「俺が水柱に、ですか……?」

 

 

 

虚を突かれた、とでも言うべきか。

炭治郎は義勇の言葉に対し、またしても硬直してしまった。

炎柱から継子の勧誘を受けた直後に、まさかの水柱からのこの言葉だ。

 

 

現柱から、柱になれとの要求。

 

それが意味する事は、つまり。

 

 

 

 

「成程、炭治郎は自分の継子だと言いたいのかッ!!」

 

 

 

後継者―――継子への誘いに他ならない。

 

 

 

「うむ、それならば道理だッ!!」

 

 

納得がいったと、杏寿郎は笑顔で頷いた。

二人は同じ鱗滝一門の剣士。

まして、炭治郎が隊士となる切っ掛けを作ったのは義勇だ。

鬼である禰豆子を擁護し道を示した事からも、大いに期待を寄せていたに違いない。

 

それを他の柱が取ったとあっては―――幾ら日の呼吸が絡んでいるとはいえど―――確かに良い気はしないだろう。

拒絶するのも止む無しだ。

 

 

「そういう事ならば、仕方あるまい!

 だが、だからと言って炭治郎の事を蔑ろにするつもりは勿論ないッ!!

 冨岡の継子となろうとも、全力で手助けはさせてもらうから安心するといいッッ!!!」

 

 

無論、炭治郎への助力を惜しむつもりは毛頭ない。

継子でない以上接する機会が減る事はやむなしだが、総合的に見れば大した問題ではない。

寧ろ、慣れ親しんだ同門と行動を共にする機会が増えたと考えると、成長面ではプラスに働くかもしれない。

 

 

残念な気持ちが無いと言えば嘘にはなるが、炭治郎の事を想えばこれが一番か。

 

そう納得し、杏寿郎は真っすぐな瞳で義勇を見つめて言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

……しかし。

 

 

 

 

 

 

「……俺は炭治郎を継子に出来ない」

 

 

 

 

 

 

またしても……返答は、拒絶ッ……!!

 

 

 

 

 

「……え?」

 

「なッ……それはどういう事だ、冨岡ッッ!?」

 

 

 

流石の杏寿郎も、これには表情を崩して声を出さずには―――その一方、隣の炭治郎は戸惑いの表情で―――いられなかった。

 

 

他の柱の継子になるな、水柱になれと、怒りを抱え口にしておきながら……己が継子には出来ないと?

 

あまりにも、言葉と態度が矛盾しているッ……!!

 

 

 

 

「説明をしてくれッ!!

 そうでなければ、俺は勿論だがそれ以上に炭治郎が困るぞッ!!」

 

 

納得がいかない。

何を思っての発言なのか、理由を言ってもらわねば困る。

自分達は兎も角、間に挟まれる形の炭治郎が不憫でならないからだ。

 

 

そう、杏寿郎は詰め寄ったのだが……

 

 

 

 

「……俺は、お前達とは違う」

 

 

 

 

返ってきた言葉は、到底答えと呼べるものでは無かった。

 

 

 

「うむ、全くもって意味が分からんッ!!

 説明になっていないぞ、冨岡ッッ!!!」

 

 

 

自分達とは違う?

 

だから継子に出来ない?

 

 

何が言いたいか、理解不能過ぎるッッ……!!

 

 

 

 

 

「……この後、人と会う約束をしている。

 すまないが、帰ってくれ」

 

 

 

 

そこまで言われても尚、義勇は表情を一切変えず。

ただ淡々と、帰ってほしいと二人に告げるのみであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「ふむ、参った!

 一体何を考えているのか、さっぱりだったなッ!!」

 

 

炎屋敷への帰路で、炭治郎と杏寿郎は共に頭をひねっていた。

 

もう少し義勇と話をしたかったのだが、そこは真面目な二人。

彼自身の用事―――どんな内容かは皆目見当つかないが―――を自分達の都合で潰すという訳にもいかなかったので、また日を改めて訪ねるという形にしたのだった。

 

 

 

 

「炭治郎、先程も言ったが君が継子であろうとなかろうと、協力は惜しまない。

 出来得る限りの事はさせてもらうつもりだが……今のままでは、納得がいかぬのだろう?」

 

「はい、その通りです。

 どうして冨岡さんが、あんな事を言ったのか……俺に対して、何を思っていたのか。

 それをはっきりさせないままに稽古を積んでも、きっと中途半端な結果に終わります」

 

 

炭治郎としては、義勇が抱えているものを何としても知りたかった。

この世には、健全な肉体に健全な精神は宿るという言葉があり、そしてその逆もまた然り。

こんなモヤモヤとした気持ちのままでは、修業に打ちこんだところで満足いく結果を得る事など不可能だろう。

 

 

 

 

そして、何より。

 

 

 

 

「それに……俺を継子に出来ないと言った時の冨岡さんからは、悲しみの匂いがしました。

 とても深くて強い……何か、余程の事がなければあんなふうにはならないと思うんです」

 

 

 

義勇の感情を、炭治郎は嗅覚で察していた。

彼は、その表情こそ一度も変える事はなかったものの……心の中では、深く悲しんでいた。

鬼に家族や仲間を殺された犠牲者達のそれと同じ……鼻腔から脳裏に訴えかけてくる、強い悲痛があった。

 

 

 

 

 

 

否、ただの悲しみではない。

 

その中には、もう一つの感情が濃く入り混じっている。

 

 

 

 

 

 

「……冨岡さんは、何かを後悔していました」

 

 

 

己を悔いる気持ち。

悲しみの根幹には、後悔の匂いが確かにあった。

 

 

 

 

彼が何を悔いているのかは分からない。

 

もしかしたら、それは……禰豆子を斬らずにいてくれた事―――思い返してみれば、あの時の彼は今からは想像し難いほどに感情を露に、言葉も出していた―――にも関係しているかもしれない。

 

 

そして、恐らく……それこそが、冨岡義勇が鬼殺の剣士として戦う理由ではなかろうか。

 

 

 

 

 

ならば、もはや見て見ぬふりは決して出来ない。

 

 

 

 

 

「俺達兄妹は、冨岡さんに救ってもらいました。

 だから、もしも何かを抱えているのだったら……今度は俺が力になりたいんです」

 

 

 

何を思っての言動であったのか、何を秘めて今日まで水柱としてあり続けたのか。

 

確かめねばならない。

そうしなければ、自分達以上に……義勇自身が前に進めないのではないかと、そう感じたが故に。

 

 

 

「うむ、俺も同じ意見だ!!

 口数の少なさはどうにかしてもらいたいものだが、困っているのなら仲間として見過ごすわけにはいかんッ!!」

 

 

それに杏寿郎も―――口数については一言多いものの―――同意を示す。

これが他の柱であれば、難色を示されただろうが……そこは流石と言うべきか。

柱の中で、最も面倒見が良いと噂されているだけはある。

 

 

 

「ならば、まずは父上に報告といこう。

 父上は炎柱として、冨岡と接する機会が多少なりともあった。

 何か事情を知っているかもしれない」

 

「分かりました。

 俺も、また改めて冨岡さんを訪ねてみようと思います。

 今日が御用事というなら、時間のある日になら改めてじっくり話を出来る筈です!」

 

 

 

互いに、今の自分達に出来る事を挙げ合った。

 

何としても、冨岡義勇が抱えている心の痛みを晴らそう。

 

 

 

 

二人が頷きあい、そう決めた……その時であった。

 

 

 

 

 

「兄上ッ!!」

 

 

 

 

背後より聞こえてきた、その呼び声。

 

二人は足を止め、ゆっくりと振り返ると……そこにいた人物の姿を目にして、杏寿郎は笑顔を浮かべてその名を呼び返した。

 

 

 

 

 

「千寿郎、伊黒ッ!!」

 

 

 

 

 

杏寿郎の実弟、煉獄千寿郎。

 

 

そして、蛇柱―――伊黒小芭内。

 

 

 

 

二人が、並び立っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あの手記は千寿郎君がッ!!」

 

 

 

少しばかり時は流れて、煉獄家。

再び茶の間に案内された炭治郎は、千寿郎との会話を弾ませていた。

 

 

聞けば千寿郎は、先程まで日課の走り込み―――烈海王と槇寿郎による、呼吸が不十分な者にも向けた鍛錬メニューの一環である―――の途中だった為、最初の訪問時には不在だったとの事。

その道中で、丁度炎柱に寄ろうとしていた小芭内と会い、二人で走っていたとの事だった。

そして、炭治郎と杏寿郎の姿を見かけたので声をかけ、今に至るという訳である。

 

 

 

 

「ええ……私には、剣士としての才能はありませんでした。

 ですから、これぐらいの事はせめてと思って……」

 

 

炭治郎と千寿郎。

互いに年が近く、また煉獄家の手記を修繕したのが彼という事もあって、二人が打ち解けあうのにそう時間はかからなかった。

 

もっとも、この様に千寿郎は自分の事―――炭治郎が日の呼吸の末裔という事も手伝って―――を少し低く見がちなのだが……

 

 

 

「卑屈になるな、千寿郎。

 礼儀正しく謙虚なのは結構だが、どうにもお前は己を過少評価する傾向がある……悪癖だ。

 剣士としての才能が無かろうが、お前の隊への貢献度は計り知れない。

 あの手記からもたらされた情報は大きい……それに、育手として多忙な槇寿郎さんを支える事はお前にしかできない事だぞ」

 

 

そういう態度や言動が出るや否や、即座に小芭内が口を挟みフォローに当たるのであった。

己を低く見る必要は決してない、堂々としていていいと。

それだけの成果を上げているのだから。

 

 

「それと、努力の度合いを言うならば……お前は竈門炭治郎とも遜色ない。

 槇寿郎さんや烈からの言葉を守り、日々の鍛錬によく励んでいる……それは皆、よく知っている」

 

 

何より。

千寿郎は決して折れる事無く、努力を重ねている。

 

呼吸が使えないとしても、出来る事はある。

実戦の場に出るか否かはまだ分からぬ身なれど、それが今までの鍛錬を止める理由にはならない。

積み重ねた日々は己を裏切らない……そう、烈海王が教えてくれたのだから。

 

故に、こうして今もなお修練を続けているのだ。

 

 

 

「伊黒さん……ありがとうございます」

 

「礼など不要だ、俺は当たり前の事を言ったに過ぎん」

 

 

 

 

口調こそ、良いとは言えないものの。

その中には確かに、千寿郎を気遣う小芭内の優しさがあった。

 

 

 

(伊黒さん……最初は、気難しい人なのかなって思ったけど。

 烈さんから聞いた刀削麺の事とか、千寿郎君への接し方とか……何よりこの匂い。

 凄く、優しい人なんだなぁ……)

 

 

そして、例の如く嗅覚でそれを察した炭治郎。

温かい目で、二人のやり取りを見つめていた訳だが……

 

 

 

 

 

「……何だ、竈門炭治郎。

 じろじろとこちらを……言いたい事があるのなら言え」

 

 

 

 

 

その視線を、小芭内が察知ッ……!!

 

 

途端、凄まじい圧が放たれ炭治郎を襲うッッ……!!!

 

 

 

 

 

「えっ……あっ、その……!?」

 

 

 

いきなり途轍もないプレッシャーを浴びせられ、炭治郎は口ごもってしまった。

 

ただただ、優しい人だなと思っていただけなのに……何か無礼を働いてしまったッ……!?

 

 

 

 

漂ってくる匂いには、明らかに不機嫌さが含まれているッッ……!!

 

 

更に加えて、主の機嫌を察知した相棒の蛇―――鏑丸も、舌を勢いよく出して威嚇体勢ッッ……!!!

 

 

 

 

 

「あ、あの……伊黒さん。

 きっと炭治郎さんは、緊張してるんじゃないですか?

 柱の方と接する事って、中々ないものですし……皆さん、お忙しいですから」

 

 

 

すると、その時だった。

それを感じ取った千寿郎―――小芭内との付き合いの長さ故の察知である―――が、ここで助け舟を出したのだ。

 

多忙な身である柱と一隊士が接する機会は、そうあるものじゃない。

だからきっと、緊張していたのではないかと……思わず、じっと見てしまったんじゃないかと。

 

 

小芭内をどうにか怒らせずに済む、ギリギリの線の答え―――瞬時に出せたのは、上々と言えるだろう。

 

 

 

 

どうにか、これで乗り切ってほしい。

 

 

そんな想いを込めつつ、千寿郎は炭治郎へと言葉を発したわけだったのだが……

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

その言葉が炭治郎に齎したのは、助けに非ず。

 

 

 

もっと大きな……ある重要な事実への気付きであった。

 

 

 

 

 

「……杏寿郎さん、冨岡さん、伊黒さん。

 柱の人が、三人も同時に……?」

 

 

 

 

鬼殺隊の最高位である柱。

彼等の受け持つ任務は、その量も質も、当然ながら一隊士とは比較にならないレベルのものばかりだ。

千寿郎の言う通り、多忙という言葉が一番似合うだろう。

 

 

 

だというのに……三人―――屋敷に常駐している事が多いしのぶも含めれば四人も―――揃って、任務の空きが重なる……?

 

 

こんな事、あり得るのか……?

 

 

 

 

否、偶然ではないとしたらッッ……!!!

 

 

 

 

「あの、伊黒さん!!

 もしかして……最近、鬼全体の動きに変化があったりしませんでしたか?

 こう、上手くは言えないですけど……那田蜘蛛山や無限列車の様な、大規模な鬼の被害が減っているんじゃッ……!!」

 

 

 

 

 

それは、柱が動かざるを得ない事態の減少ッ……!!

 

 

鬼の活動が止まる様な事態こそないものの、質と規模が低下しているのではないかッッ……!!!

 

 

 

 

 

「……ほう。

 呆けた顔をしていた割には……煉獄が継子にしようと決めただけの器量は、一応はあるようだな」

 

 

 

その問いに、小芭内は眉をピクリと動かし……そして、圧を潜めた。

即ち、炭治郎の言葉を肯定したのだ。

 

 

鬼の動きには、確かな変化があると。

 

 

 

 

 

「お前やお前の妹が那田蜘蛛山の任に当たっていた時……俺は、ある鬼の所在を追っていた。

 那田蜘蛛山程では無いにしても被害規模が大きく、何より上位階級の隊士が数名消息を絶っていた。

 お館様も、十二鬼月の仕業に違いないとみていた」

 

 

 

 

それは、炭治郎が那田蜘蛛山へと赴いた時より少し前―――藤の家紋の屋敷にて、先の任務の傷を癒していた頃の話になる。

とある街の工場地帯―――そのどこかに潜む鬼を調査する様にと、小芭内に勅命が下った。

被害者の数こそ那田蜘蛛山や無限列車には及ばないものの、決して少なくは無く……決定打となったのは、上位に当たる隊士複数人が消息を絶ったことだ。

彼等が鬼に倒されてしまったことは、明白である。

 

 

故に、耀哉はこれを十二鬼月の犯行と判断。

一番近くにいた小芭内―――本来なら烈海王の管轄だったのだが、この時の彼は無惨の毒を受けて生死の境を彷徨っていた―――をこの任務に当てたのだが……

 

 

 

 

「だが……突如として、鬼の痕跡が途絶えた。

 何の前触れも無く、いきなりだ」

 

 

 

調査に当たって、数日後―――柱合会議の前日にして、那田蜘蛛山で下弦の伍が討たれたのと丁度同じ日―――の事だった。

それまで現場近辺に漂っていた鬼の気配が、いきなり消え失せたのである。

 

 

 

自分の存在を察知して逃亡したか……最初はそう考えたが、すぐにその認識は改められる事となった。

 

何せ、逃亡したという跡ですらも一切発見できなかったのだから。

 

 

 

「それは……跡すら残さないで逃げたという訳では、ないんですよね?」

 

「当たり前だ、そんな事ならわざわざこうして話などする必要が無い……人間相手なら兎も角、鏑丸を相手にそれは不可能だ」

 

 

 

鋤鼻器―――通称、ヤコブソン器官。

主に爬虫類や両生類が持つ、『口中』に存在する『嗅覚』器官。

特に蛇やトカゲのそれは、他の生物と比べて群を抜き発達している。

 

現代社会において、動物園等でこれらの動物が細長い舌を出し入れする姿を目にする場面は、多くあるだろう。

これには勿論意味がある……彼等は、舌をセンサー代わりにして周囲の様子を把握しているのだ。

 

 

空気中の微粒子―――匂いを発する物質の分子を、長い舌で絡めとる。

そして舌を口内に収めることで、口中のヤコブソン器官によりその匂いを分析。

獲物がいるか、危険は無いか……視覚で探知できない範囲の情報を、彼等はこうして得ているのである。

 

 

 

「足跡や指紋の類ならば消すことは容易だろうが、匂いというものはそう簡単に消せるものじゃない。

 まして鏑丸の探知力は、お前が自慢にしている嗅覚すら上回るだろう……それが、完全に消え失せたと言っている。

 薄まったのでも他の匂いにかき消されたのでもなく、ぷつりと匂いそのものがある地点でゼロになったとな」

 

 

 

鏑丸が探知不可能に陥り、鬼の足取りを辿ることは完全に不可能となってしまった。

念のため、数日程小芭内は現場近辺に滞在して調査を行ってはいたのだが……それから一人の犠牲者も出る事は無く。

現場の調査については隠に後を託し、小芭内はそこから離れるという形―――この調査についても、結局得られる成果は無く幕引き―――となった。

 

 

 

 

「伊黒の件だけじゃないぞ、炭治郎。

 甘露寺からも、同様の報告が上がっている」

 

 

 

丁度その時。

話の区切りとなったタイミングで、槇寿郎と杏寿郎―――小芭内が持ってきてくれた土産の芋羊羹を切り分け、携えている―――が、茶の間に入ると共に言葉を続けてきた。

事態は、小芭内が担当していた任務の話に限った事ではないと。

 

 

 

「十二鬼月の疑いがある規模の現場から、鬼の存在を全く感じ取れなくなった。

 それこそ雲隠れにでもあったかの様だとな」

 

「俺だけなら兎も角、甘露寺まで同じ状況となれば偶然として片づける事は出来ない。

 事実……それ以降で十二鬼月の存在が確認できたのは、お前達が当たった無限列車の任務のみだ。

 そして今日に至るまで、十二鬼月らしき鬼の情報は一切上がっていない……唯一、宇随が調査中の件だけは可能性があるが、まだそれも不確定要素に過ぎん」

 

 

柱二人が直面した、十二鬼月と思わしき鬼達の失踪。

以降今日に至るまで、無限列車を除き十二鬼月の存在が確認できず。

 

 

 

成程、柱の活動に余裕―――若干ではあるだろうが―――が生じたのも道理である。

 

十二鬼月の被害が減少したのであれば、それに合わせて柱が動く事態も減少するのだから。

 

 

 

「でも、どうして鬼の動きが……?」

 

「それについては、お館様が仮説を立てている。

 時期からして、事の発端となったのは那田蜘蛛山で下弦の伍を討った事なのは明白だ。

 そして、その下弦の伍は鬼舞辻無惨の肝煎りだった可能性が高い……それが討たれた事で、鬼舞辻が体制を変えるべく急遽十二鬼月を招集したのではないかとな。

 鬼舞辻が直接動いたのであれば、奴等の痕跡がいきなり消えた事にも納得がいく。

 側近に空間と空間とを繋ぐ血鬼術の使い手がいると、烈さんが確認しているからな」

 

 

下弦の伍は鬼舞辻無惨のお気に入りだった。

確かにそう言われてみれば、他の鬼達とは決定的に違う点が一つあったと、炭治郎は納得した。

 

徒党を組む事無く、単独行動が当たり前の鬼達において……あの下弦の伍だけは、家族と称した仲間を大勢引き連れていた。

つまり、鬼舞辻無惨にそれを許されていた―――特別扱いされていたのだ。

それならば、幹部に緊急招集をかけて体制変化を図ったのも得心がいく。

 

 

 

自分が特別視していた鬼を倒された以上、鬼殺隊に対する動きをより慎重なものに変えねばなるまい……と。

 

 

 

 

「確かに……今になって思えば、無限列車には少々奇妙な点があった。

 下弦の壱は乗客数十名を痕跡も残さず喰らっておきながら、いざ炭治郎君や杏寿郎達が乗り込むと、乗客を襲う事無くその始末を最優先した。

 しかも、一般人を巧妙に誘導してという念入りさ……襲わずにいた乗客も、彼等を守らざるを得ない状況を作り戦力の分断を図るのに利用した。

 何より極めつけは、上弦の参が現れた事だ。

 主力の柱……そして、炭治郎君を葬る事に狙いを絞っての犯行だったとしか思えん」

 

 

その仮説の裏付けとなったのが、無限列車を巡る戦いだ。

最初に起きた乗客並びにその調査に当たった隊士達の死は、柱が動かざるを得ない事態を作る為の誘い。

そして、誘い込んだ柱を確実に倒せる様にと……下弦の壱は緻密な戦略を練っていた。

 

流石に炭治郎が列車に乗り込んだ事に関しては、確実性の低さからして偶然ではあるのだろうが……それも好機と捉えたに違いない。

何せ彼は、鬼舞辻無惨より直々に追っ手を差し向けられる程に重要視されている。

柱や烈海王と並び、絶対に倒すべき存在と認知されている……そんな彼が現れた以上、より確実に始末せねばと考えるのも当然の事だ。

 

 

故に、上弦の参も現れたのだろう。

下弦の壱が敗れたとしても、絶対に仕留めきれる―――実際には、烈海王という最大級のイレギュラーにより阻止されたが―――様にと。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――尚、この仮説には一点だけ間違いがある。

 

 

 

――――――お気に入りであった鬼を討たれたが為に、鬼舞辻無惨が十二鬼月に招集をかけた……それ自体は正解だったのだが。

 

 

 

――――――まさかその後に行われたのが、八つ当たりとしか形容しようが無いパワハラ大虐殺だったとは……流石に、耀哉も見抜けなかった様である。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「竈門炭治郎……もはやお前自身の意志に関係無く、鬼殺隊にとっても鬼にとっても、お前という存在そのものが重要なモノになってしまっている。

 だから、お前には何としても強くなってもらわなければ困る。

 容易く鬼に殺されるような無様は、決して晒すな……いいな?」

 

「はいッ!!

 頑張りますッッ!!!」

 

 

 

小芭内からの強い言葉に、炭治郎は一片も臆する事無く返答した。

元より、強くなりたいと願ったからこそここにいるのだ。

力をつけろと言われて生じる迷いなど、微塵もありはしない。

 

 

「だが……こうなると尚の事、冨岡の問題を解決したいものだな」

 

「奴の振る舞いには常々頭を痛くさせられたが、今回の件は度が過ぎている。

 柱としての自覚もなにも、あったものではない……悔い改めさせるいい機会だ」

 

 

その為にも、やはり義勇が抱えている問題をどうにか解消させたい。

また、小芭内にとっては炭治郎の事以前に、彼の態度に思う事が多々あったので……良くも悪くもはっきりさせたいという気持ちが相当湧き上がってもいる。

話を聞くに、彼が抱えている問題と水柱らしからぬ立ち振る舞いは、恐らく根本が同じだろうと判断出来たからだ。

 

 

 

(奴を無視して稽古に励めばいいだろうとは思うが……それを聞く煉獄でもあるまい)

 

 

正直な所、あんな男は放っておけばいいと喉元まで出かけてはいたのだが……杏寿郎達の事だから、それは出来ないと言われるのも分かっていた。

 

それならば、義勇の性根を叩き直す機会として活用させてもらうまでである。

 

 

 

 

「ふむ……しかし、冨岡が何を心に抱いているかか。

 杏寿郎、炭治郎君……頼ってもらったところに済まないが、私にも心当たりがない。

 何せ、普段から口数も少なく交流の機会もあまりなかったものでな」

 

 

厄介なのは、その問題が何かが分からないという事だ。

兎に角、今は何でもいいから取っ掛かりが欲しい。

だが、槇寿郎にも思い当たる節が無く……こうなると、事情を知っていそうな人物はより限られてくる。

 

 

まず真っ先に浮かぶは、彼の師である鱗滝左近次、そして産屋敷耀哉の二人だが……

 

 

 

「鱗滝さんには、手紙で事情を聞いてみるとして……お館様は、お忙しいですよね?」

 

「聞くまでもない事だろう……ましてこの最近は、御身体の具合があまりよろしくないと聞く。

 俺達が負担を掛けるなど、絶対にあってはならないぞ」

 

 

しかし、後者に関しては小芭内が一蹴した。

多忙な事も勿論あるが、それ以上に彼の体調を鑑みれば、ここで負荷をかけるなど以ての外である。

もし、仮に産屋敷家側からリアクションがあったとしても―――勘の鋭い耀哉の事だから、本当にありかねない――――極力自分達で解決に臨む所存だ。

 

 

 

「分かりました。

 そうなると、他に冨岡さんと親しそうな人……誰がいるだろう?

 同じ水の呼吸の隊士か、隠の人とか……」

 

「ふむ……冨岡を担当している刀鍛冶ならば、込み入った事情を知っているかもしれんな」

 

 

 

 

義勇と懇意で、彼の過去を知っていそうな人物はいないのか。

 

 

 

 

 

 

皆が、頭を捻り記憶を探る……その最中であった。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……いいですか?」

 

 

 

 

ふと、千寿郎が口を開いた。

この場にいる中では、義勇との接点が最も薄い彼ではあるが……何か、思い至った事があるらしい。

 

ならば、この状況下だ……気になる事があるならば、どんな些事でも構わない。

 

 

もしかしたら、意外な突破口が見つかるかもしれないのだから……皆が視線を向け、彼の次なる言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

「冨岡さんの事……烈さんに相談してみてはどうでしょうか?」

 

 

 

 

 

そして、出てきたのは……意外過ぎる人物の名前であった。

 

 

 

 

 

「根拠も何もない、本当に直感の様なモノなんですが……烈さんなら、何とかしてくれそうな気がするんです。

 だって、あの人は……」

 

 

「千寿郎、お前……」

 

 

 

千寿郎が、何を思い烈海王の名を出したのか……槇寿郎には、その気持ちが痛い程に分かった。

 

 

 

彼は、外ならぬ煉獄家の恩人だ。

 

全てに絶望し、何もかもを投げ出していた槇寿郎に対し……彼は、真っすぐにぶつけてきた。

 

重く響く言葉を、意思を、そして拳を。

 

その力強さが、槇寿郎の魂を揺り動かし……闇の底より、蘇らせるに至ったのだ。

 

 

 

故に千寿郎は、烈海王ならばと感じたのだ。

 

父親の時と同じく……冨岡義勇の心の闇を払い、救えるのではないかと。

 

 

 

「烈、か……ふっ。

 そう言われてみると、奇妙な事だが確かに説得力があるな」

 

 

その意見を真っ先に肯定したのは、やはり小芭内であった。

勿論それは、槇寿郎を立ち直らせたという実績があるが為……彼にとって、槇寿郎は命の恩人だ。

 

故に、酒に溺れ日々を怠惰に過ごしてきた姿は到底見ていられず……そこから復活を遂げさせた烈海王には、恩義を感じて―――表には中々出さないものの―――いる。

 

だから、彼ならば義勇の本音を引っ張り出せると……不思議と納得する事が出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

……また、この場にいる者達は知らぬ事ではあるが。

 

 

つい先日、烈海王の仲介によって同じく心に傷を負った二人の隊士―――悲鳴嶼と獪岳が、無事に和解を果たしている。

 

 

 

 

 

つまり、このシチュエーションにおいて……烈海王は、ある意味適任の人物ッッ……!!!

 

 

 

 

 

「うむ、妙案だ!

 思い返してみれば、冨岡は言葉足らずの所為で不死川や胡蝶とはよく揉め事を起こしていたが……不思議と、烈さん相手にはそれが無かったのだ。

 どこか、通じるものがあったのかもしれんな」

 

「そうなんですねッ……!!

 じゃあ、早速烈さんに連絡を取ってみましょう!」

 

 

炭治郎と杏寿郎も、当然その提案に乗った。

それだけ、烈海王の真っすぐな在り様を認めているという事である。

 

 

 

すぐさま、炭治郎は自身の鴉に烈海王への伝言を頼みに走る……

 

 

 

 

 

 

「ナラバ急ゲ、今スグニココヲ発テッッ!!」

 

 

 

 

 

 

その時であった。

 

 

 

突如として、一羽の鎹鴉が飛来ッ……!!!

 

慌てた声で、今すぐ煉獄家を発てと皆に告げたッッ……!!!

 

 

 

「この鎹鴉は……父上ッ!!」

 

「うむ、私の鴉だ。

 先程、鱗滝殿へと手紙を送ってもらったところだが……どうした、何があったのだ?」

 

 

その鎹鴉は、槇寿郎のものであった。

炭治郎を杏寿郎の継子にする件で、鱗滝の下へと手紙を送ってもらったところだったが……それが一体、何があったというのか?

 

 

 

 

 

 

「帰リ道デ二人ノ姿ヲ見カケタッ!!

 今、烈海王ハ冨岡義勇ト共ニ居ルッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

とある屋敷―――その門には、藤の家紋が描かれている―――の庭先にて。

 

 

家主立ち合いの下、二人の漢が強く向き合っていた。

 

 

 

 

 

「すまない、感謝する」

 

 

 

一人は、水柱―――冨岡義勇。

 

 

 

「いいえ、礼を言うのは私の方です。

 手合わせの申し出……この上なく、ありがたいッッ……!!」

 

 

 

そして、もう一人は……烈海王ッ!!

 

 

 

 

これより両者が始めるは、試合ッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

水の呼吸 VS 中国拳法であるッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 




Q:冨岡さん、言葉足りなさすぎませんか?
A:冨岡さんだから仕方ない。

原作より大幅に前倒しでの、炭治郎は水柱になるべき宣言となりました。
煉獄さんが間に入ってはくれているものの、やはり冨岡さんの真意は全く掴めず仕舞いで終わっております。

原作では、お館様の手紙&柱稽古の事もあって炭治郎が粘り強く冨岡さんを訪問してますが、今作では恩義を果たす為・冨岡さんの悲しみの匂いを嗅いだが為という理由で、冨岡さんを何とかしようと奮起する形となりました。



Q:蛇柱、千寿郎君に妙に優しくない?ネチネチ出さないの?
A:煉獄パパさんに救ってもらった事が切っ掛けで、煉獄家とは親しい間柄です。弟みたいに可愛がってます。

原作では交流が描かれなかったので独自の解釈にはなりますが、伊黒さんは煉獄パパさんに救出された繋がりから、当然煉獄家とも関わりがあると判断してます。
ろくでもない家族に囲まれて生きてきた彼にとって、煉獄家は初めて心を許せた家族同然の存在で、ネチネチしながらも根は優しい伊黒さんの事ですから、千寿郎君を可愛がるのは自然な流れだと思います。


Q:柱の任務が揃って空いているとか、ありえるの?
A:パワハラ大虐殺で下弦が事実上壊滅した為、柱案件が減ってます。
 ただし、鬼殺隊側はそれを「嵐の前の静けさ」「より確実に柱や炭治郎達を倒す為に戦略を練っているのではないか」と警戒しており、微妙に認識がずれてます。




次話より、今回書きたかった話のメインへと突入させていただきます。
冨岡さんの胸中、烈さんとの手合わせを何故望んだか、炭治郎とヒノカミ神楽はどうなるのか。
全てを書き切る予定ですので、よろしくお願いいたします。

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