ドイルや武蔵戦を見ればわかりますが、烈さんは武器においてもスペシャリストです。
それを踏まえた上で、今回の話を書かせていただきました。
「ぬぅっ!?」
永久に続くかに思われた―――実際には、三秒にも満たない短時間だが―――拳打の中。
臓腑に耐えがたい苦痛を感じながらも、そこは流石十二鬼月と謂うべきか。
釜鵺はこの状況下における最適解を本能的に導き出し、反撃に転じてきた。
(この尾……やはり、厄介だなッ……!!)
それは、尾より繰り出される強打。
鞭の様にその身をしならせ、烈海王の肉体を砕かんとしてきたのだ。
烈海王は咄嗟に拳撃を止め、後方へと大きく下がりこれを回避する。
側部につけば、四足獣の手足では即座に反撃できない。
しかし釜鵺には、大蛇そのものの尻尾が生えている。
先程、頭上からの攻撃を迎撃したのと同様……これを活かす事によって、死角がカバー可能となる。
このメリットがどれだけ大きいかは、言うまでもないだろう。
これこそが、釜鵺を十二鬼月が下弦の陸たらしめる理由。
優れた獣性に加えて、如何なる戦況にも対応可能な基礎力こそが彼の強みなのだッ……!!
「お前の打撃が危険なのは、よく分かったッ……!!
なら……近づけさせなければいいッッッ!!」
そして、釜鵺の攻撃はまだ終わらない。
立場逆転と言わんばかりに、烈海王へとその歩を進めつつ……同時に、尾の大蛇で周囲を激しく打ち鳴らした。
言うなれば、鞭の結界だ。
釜鵺と烈海王とで決定的な差となっているのは、ずばり間合いである。
こうして尾を振り回しつつ、手足が届かない距離を保っている限り……決して、烈海王は攻撃出来ない。
「ッッッ!!」
どうにか、烈海王は尾撃の連打を回避し続けられていた。
鞭に比べれば数倍以上の太さを持つ尾だけに、スピードそのものは見切れないレベルではない。
しかし、逆に言えば太さの分だけ威力がある……直撃すれば、ダメージは決して軽くないだろう。
そして厄介なのは、尾の軌道が余りにも不規則極まりない事。
規則正しい動きならば、如何に速かろうが見切り懐に潜り込めるのだが……
身の一部にして大蛇であるが故にか、かなり変則的だ。
(飛び道具で隙を生む?
だが、半端な攻撃では尾に弾かれるのが見えている……ならば……)
足元の砂や小石を、弾丸として撃ち出すか。
避けるのではなく、尾そのものを拳で真正面から弾き飛ばしてみようか。
或いは……武蔵との闘いでも用いた、あの極意を使うか。
烈海王は釜鵺の猛攻を避けつつ、戦略を巡らせていた。
如何にして、これを攻略すべきかと……
そう考えていた……矢先の事だった。
「待ってくれ……!
このまま、攻撃してもダメだッ……!!」
闘いを見守っていた片平隊士が、語り掛けてきたのだ。
その手の刀を、強く握りしめ……その刀身を、烈海王に見せて。
「さっき、言いそびれた……『鬼』の倒し方だ……!!
あいつ等は……この刀で、日輪刀で倒せるッ……!!
日輪刀で首を刎ねれば……鬼は、この世から滅び去るんだッッ……!!」
「何とッ……!?」
伝えられた内容に、烈海王は驚き声を上げた。
日輪刀……日輪、即ち太陽。
先程言っていた日の光云々とは、もしやこれの事か。
刀身を見る限りは、至って普通の日本刀。
特別なモノがあるとは思えないが……いや、目の前に空想上の生き物すらいるのだ。
ならばこの刀にも……何か不可思議な力があっても、おかしくはないッ!!
「すまぬ、その刀をッ!!!」
「勿論だ……使ってくれッッ!!」
片平隊士は、烈海王へと刀を投げ渡した。
守るべき一般人に日輪刀を委ねるなど、普通ならば言語道断。
鬼殺隊隊士として、恥ずべき行為だ。
しかし……ここまでの闘いを見て、彼には不思議と自信があった。
目の前の男は、自分より強い存在なのだと。
正しい手段さえ分かれば、鬼を確実に滅殺できる猛者なのだと。
刀を託すに相応しい、漢なのだとッッ……!!
「感謝する……む?」
そうして、日輪刀を受け取った烈海王だったのだが。
手に取ってすぐ、彼はある違和感に気づいた。
刀の柄が、妙に重たい……まるで、重りを付けているかのように。
重心のバランスが、不自然過ぎるのだ。
これはどういう事か……確かめるべく、視線を走らせてみると。
(鎖分銅……?)
柄の先には、本来日本刀にある筈がない物……鎖分銅が繋がれていたのだ。
◇◇◇◇◇
―――ええ、俺が使っているのは岩の呼吸なんです。
―――こう言ったら何ですけど……岩って、基本の五大流派なのに異質じゃないですか?
―――水も炎も雷も風も、普通に剣術として成り立ってる中で……一つだけ、武器の時点で違いすぎてて。
―――俺のは、鎖分銅付の日輪刀ですが……岩柱様に至っては鉄球に斧だから、鬼殺の剣士とは何だろうって気になりました。
―――……失礼、少し話が逸れましたが……つまり、武器の扱いにくさだと岩の呼吸は群を抜いてます。
―――だから……あの時は無我夢中で渡しちゃったけど、すぐ「あ、やばいかも」って我に返ってしまいました。
―――けど、それも杞憂に終わりました。
―――あの人……素手でも馬鹿みたいに強いのに、武器の扱いも滅茶苦茶上手かったんです。
◇◇◇◇◇
「日輪刀を持った……だが、それがどうしたッッ!!
少し間合いが広がっただけの事、俺の優位は以前変わりはしないッッッ!!」
烈海王が日輪刀を手にした事に多少は驚くも、すぐに余裕の表情へと戻る釜鵺。
たかが刀一つで、間合いの優劣には何も影響しない。
このまま尾の乱舞を続ける限り、自分の勝ちは揺るがないのだ。
そう、勝利を確信して烈海王を睨み……
「ッ!?!?」
直後、その表情から笑みが消えた。
(鎖分銅ッッ!?
そうだった、あの隊士は岩の呼吸の剣士ッ……!!)
烈海王は左手に刀を、右手に鎖を手にしていたのだ。
余りにも呆気なく倒せたので失念していたが、隊士の日輪刀は岩の呼吸特有のモノだ……そうなると、話が変わってくる。
刀だろうと拳だろうと、尾の間合いがある限りは届かないと踏んでいた。
しかし、鎖分銅だけは違う……あれは、自分の尾と同じ間合いを持っている。
こちらに、攻撃が届きうるのだ。
(落ち着け……奴は確かに強いが、素手の戦法が主だッ!!
鎖分銅なんて、ましてあんな日輪刀を、簡単に使えるわけがッッ……!?)
◇◇◇◇◇
―――岩の呼吸の俺からしても、烈さんの鎖は凄いものでした。
―――鬼が尾を振り回す中に、凄い勢いで分銅を投げて……見事に絡め取ったんです。
―――そりゃもう、奴の慌てふためいた事……何せ、鎖も分銅も猩々緋砂鉄製です。
―――それで思いっきり締め付けられたんだから、尾は徐々に爛れ始めてました。
―――このままじゃまずいと思ったんでしょうね、鬼は力比べに出たんです。
―――烈さんを引っ張り寄せようと、鎖を全力で引っ張ったんですが……
◇◇◇◇◇
(う……動かないッッッ!?)
釜鵺は全力で踏ん張り、尾を引くも。
同じく鎖を引く烈海王は、微動だにしていなかった。
何がどうなっているッッ!?
自分の半分にも満たない身長の男に、筋力で負けているッッッ!?
「……力ならば負ける筈がないと思っていたのだろうが……ならば、大きな間違いだ」
そんな彼の心中を見透かして、烈海王は静かに……しかし強く、口を開いた。
「私がお前に勝っているのは、力故ではない……確かに力は、闘いにおいて重要な要素だ。
だがッッ!!」
地を踏みしめる両足に、更なる力が籠る。
今、烈海王が釜鵺との引き合いを互角に繰り広げられているのは、彼の言う通り力だけではない。
◇◇◇◇◇
現代日本において、とあるバラエティ番組で行われた有名な綱引き対決がある。
片や、プロレスラーや柔道家を始めとする屈強なスポーツ選手達。
片や、何処にでもいそうな―――失礼な言い方になってしまい、申し訳ないが―――中年女性達で形成された、綱引きのプロチーム。
体格も筋量も、差は歴然としていた。
どちらが勝つのかというクイズに対し、参加者の大半は前者を選んだ。
視聴者も殆どが、同じ予想だったという。
その為……勝負が始まった瞬間、彼等は皆驚愕した。
勝ったのは、予想を裏切って後者の女性達……それも、圧勝だったのだ。
筋力の差では大きく溝を空けられている彼女達が、何故勝てたというのか。
それは偏に……積み重ねられた『技術』に他ならない。
◇◇◇◇◇
「力を入れる方向、重心の取り方、適した瞬間を見出す。
歴史の積み重ねにより、人は最大限に力を発揮する術を学んできた。
それこそが、武だッッッ!!」
中国武術四千年。
その歴史は、長い年月を生きてきた鬼達すらも凌駕する。
「貴様は、この烈海王をッ……!!
中国拳法を舐めたッッッ!!!」」
◇◇◇◇◇
―――烈さんのあまりの気迫に押されたんでしょうか、遂には鬼の方が引き合いに負け始めたんです。
―――鎖の締め付けは、よりきつくなって……とうとう、奴の尻尾は千切れ跳びました。
―――鬼は悲鳴を上げながら、力の反動を受けて尻もちを突く形になり……
―――その隙を見逃さず、烈さんは一気に間合いを詰めました。
―――鬼の喉元目がけて、もうどっちが鬼だって言うような形相で……刀を振り上げました。
◇◇◇◇◇
(訳……分かんねぇ……!?)
視界が、反転する。
頭部が逆さまになった……地面に落ちたのだ。
首を断たれてしまった。
十二鬼月が、鬼殺隊でも何でもない男の手によって。
何がどうなっているのか、説明してほしい。
十二鬼月に無事選ばれ、心機一転して縄張りも変えて、絶好調だったのに。
何故、自分は負けたのだ……目の前の男は、何者なのだ。
(誰か……教えてくれッッ……!!)
出会いの瞬間から終始。
釜鵺は、烈海王という存在に困惑し続け……そして、この世を去ったのだった。
◇◇◇◇◇
―――見事、鬼の首は断たれました……下弦の陸は、こうして討伐されたんです。
―――え……烈さんの、最後の言葉が引っかかる?
―――まあ、きっと……人間を舐めるなとか、力任せだけで勝てると思うなとか、そういう意味合いだと思うんですが。
―――でも……確かにあの鬼は、中国武術を舐める様な事は一言も口にして無かったな……
―――……何であの人、あんな事言ったんだろ……口癖?
◇◇◇◇◇
(肉体が、塵一つ残さず消滅する……こんな生き物がいたのだな)
釜鵺の死体が消滅する様を見て、烈海王は『鬼』という存在について考えた。
日光を弱点とする怪異……西洋で言う吸血鬼に近い生き物か。
治癒力をはじめ、人間の領域を大きく逸した生物ということになるが……
(ふっ……『鬼』か。
これは、奇縁と言うべきか……)
鬼。
そう聞いて脳裏に浮かぶのは、ただ一人の男。
烈海王にとっては、浅からぬ因縁がある暴力の化身。
即ち、地上最強の生物―――範馬勇次郎だ。
その規格外の戦闘力から、彼は人ではなく鬼と称されている。
もっとも、今仕留めた様な妖怪ではなく立派な―――そう言っていいのか、ギリギリの所もあるのだが―――人間なのだが。
(刃牙さんが知ったら、どう言うのやら……)
そして、その息子である範馬刃牙。
かつて死闘を繰り広げ、そして敗れ去ったグラップラー。
彼もまた、鬼の血を引くに恥じない闘士。
常に自身の予想を上回り、素晴らしい力を見せてくれている……期待せずにはいられない雄だ。
(つくづく、私は鬼というものに縁があるのだな)
烈海王にとって、鬼とは特別な意味を持つ呼び名だ。
遥か過去である大正時代にまで来て、その名と出会えようとは……どこか、感慨深さすらある。
「っと、いかん……!」
今は、感慨深さを味わっている場合ではなかった。
鬼について気になる事は多いが、それより先に為さねばならぬことがある。
烈海王は、木に持たれかかっている片平隊士の元へと駆け寄った。
彼が武器を授けてくれなければ、決着を付けられなかった。
感謝してもしきれない……この恩に、何としても応えねばならぬ。
「あんた、凄ぇよ……十二鬼月に勝ったんだから……」
「喋らない方がいい、体力を消耗する。
今止血をしよう……こちらこそ、君がいなければ奴を倒しきれずに終っていた」
上着を脱いで刀で裂き、男の傷口を縛る。
これで止血の応急処置は出来るが、それ以上の治療は無理だ。
一刻も早く、彼を病院へと運ばねばなるまい。
麓の町まで戻れば、医者がいる筈だ。
烈海王は動けずにいる男を、その背に担いだ。
全力で駆けても落ちぬように、手足をしっかりと縛って結びつける。
「少々揺れるが、我慢してくれ。
このまま下山して、町医者の元まで……」
瀕死のドイルを運んだ時に比べれば、この山道はまだ楽な方だ。
一気に駆け下りれば、五分から十分と言ったところか。
烈海王は脚に全力を込め、駆けだそうとした……
「いいえ、待ってください。
彼は、私の屋敷に運びますから」
その瞬間であった。
凛とした声が、烈海王の背後より響いてきたのだ。
当然、彼は大きく目を見開いて背後を振り返った。
まさかこのタイミングで、新たな乱入者が出てこようとは。
遭難したという親子か?
まさか、今倒した鬼の仲間か?
警戒心を剥き出しにし、視線を向けたその先にいたのは。
「……蝶……?」
一人の、小柄な女性であった。
担いでいる男と同じデザインの黒い制服。
その上から、まるで蝶の翅を思わせる白い羽織を纏っている。
極めつけは、髪飾り―――蝶そのものの形だ。
そんな様相なのだから、つい蝶と口にしてしまったのも無理はないだろう。
「貴方は……胡蝶様……!」
その姿を見て、担がれていた片平隊士が驚き彼女の名を呼んだ。
驚くのも当然の事……彼女は、鬼殺隊が誇る最強の剣士が一人なのだから。
「はい、蟲柱の胡蝶しのぶです。
貴方の鴉から、こちらに十二鬼月が現れたと聞いて駆け付けたのですが……随分、変な状況みたいですね。
ひとまず治療を行いますので、それからご説明願えますか?」
片平隊士も回想で呟いてますが、ドイル戦で本当に脈絡なく「お前は中国拳法を舐めた!」と理不尽に言ってたので、その流れで今回も叫んでます。
また、前話で「こいつもしかしたら恐竜レベルか?」と期待してたのに対し「ある程度強いは強いけど、それでもこの程度か」レベルだった事への不満もあって、鬱憤溜まってたのだと思います。
追記:中国拳法の頂点である海王に勝てると思う→中国拳法を舐めたという図式が出来上がるので、烈さんの「お前は中国拳法を舐めた」発言があるというご指摘をいただきました。
皆様方、ありがとうございます……
まあ、しっかりした理屈が烈さんの中にはあるにしても、ドイルや釜鵺達側からすれば「俺いつ中国拳法馬鹿にした!?そんな事言ってねぇよ!?」とボコボコにされながら理不尽に感じてるんじゃないでしょうか、きっと(´・ω・`)
鎖分銅の扱いに関しても、同じくドイル戦で投擲→捕縛のコンボを見せてますから、これぐらいは出来るだろうと判断して書かせていただきました。
そして、本編キャラとの合流をようやく果たせました。
次回から本格的に、鬼殺隊と烈さんが関わっていく事になります。