ソードアート・オンライン ジーニアス・メモリーズ 作:人民の敵
ジリリリリ!ジリリリリ!
「んく……もう起きる時間か……慣れないなぁ……」
時差による体調の狂いを実感しながら、俺はベッドから何とか抜け出し、目覚まし時計をオフにする。現在午前6時。慣れない異国の地での目覚めは芳しくはなかった。
「少しづつ慣れていかないといけない、か。……うん?」
机の上に放り出したままのスマホが振動してるのが見え、俺はスマホに手を伸ばす。ロック番号をド忘れするというアクシデントに見舞われつつもなんとかスマホのロックを解除し、表示された画面にうつっていたのは――
「――怖い怖い怖い」
そこには十件以上ものアルからの着信履歴が表示されていた。いや、心配なのは分かるんだけど時差くらい考慮してくれと思わんこともない。今は日本時間で午前6時、すなわちアルがいるアメリカ東部標準時だと昨日の16時になっているはずなので多分今電話をかけても問題ないはずだろう。
「……」
呼び出し音を聞きながら、今や遠い彼方となってしまった研究室を思う。彼女を1人にして置いてきて大丈夫だったのだろうか。まぁなんだかんだ彼女も気は強いし友人はそれなりに……多分いるし心配には及ばないかもしれない。
『もう!あたしが何度もわざわざ電話してるのに出ないなんて、随分と偉くなったわね、柚樹君!』
そんな事を考えていると、繋がるや否や明らかに不機嫌と分かるアルの声が耳に響いた。しかし、掛けてすぐ出るということは多分あっちもそわそわしてたんだろう。ツンと言うべきかなんと言うべきか……
「ごめんって。そもそも時差があるからアルが掛けてきた時間にはもう寝てたんだよ。流石の僕でも体調不良がひどくてさ」
『……!』
アルが時差の指摘に驚く様子が電話越しでもわかった。やっぱり何も考えずに昼だと思って掛けてきてたんだな……
「そういう訳で、電話には出られなかったんだ。ごめんな、心配かけたみたいで」
『べ、別に心配なんてしてないわ。ちゃんと無事にそっちに行けたのか気になっただけよ』
「それを日本語で"心配"って言うんだけど……」
『えっいやあのそれはっち、違……』
アルの反応が可愛いが流石にこれ以上いじるのは可哀想なのでここらで止めておく。
「まぁいいや、取り敢えずまだ時差には慣れないけど元気だし五体満足だよ」
『むしろどうやったら五体満足じゃないのか聞きたいわ』
「ま、そうなんだけどさ。別の問題が発生したというかなんというか……」
『問題?』
「それについてもまた今度ゆっくり話すよ。取り敢えず、僕は今のところ大丈夫だから、安心してもらっていいよ。じゃあそろそろ切るね」
『あっちょっと待って――』
「ん?」
『その……体に気を付けてね。あたしはここでキミが帰ってきてくれるのを待ってるから。
「心遣いありがとう。僕も君の声を聞けて良かったよ。
電話を切り、再びへなへなとベッドに身を倒す。しばらくはアルとの通話は日課になりそうだ。全く、アルがそこまで心配性だったとは知らなかった。
「取り敢えず着替えて……ご飯かな」
アメリカから持ってきた服に腕を通しながら、食事について考える。結局昨日は機内食以外何も食べず一日を過ごしてしまったせいで体が空腹を訴えてきて仕方がない。日本食はアメリカの食事とは大分違うらしいが……口に合うだろうか。
「柚樹くーん、起きてる?」
そんなことを考えていると、神代博士の声が響いた。わざわざ起こしに来てくれるとは、十分すぎる厚待遇だと言わざるを得ない。
「ええ、起きてますよ。おはようございます。神代博士」
「あっ起きてたのか。うん、おはよう柚樹君。今から朝食なんだけど、どうする?
「こっちの食堂がカフェテリアと同じなら、食堂でお願いします」
「お、コミュニケーション能力高いねぇ。丁度君と話してみたいって学生やら教授がもう何人もいるから、出来れば彼らの相手もお願いするよ」
流石にこっちに来て最初の食事が一人ぼっちというのはあまりに悲しすぎる。
「あまり有益な話は出来ませんし研究成果に関しては彼女から口止めされていますが、それでもよろしいなら」
「全然構わないよ。ぶっちゃけ雑談でも彼らは喜ぶと思うし」
「そんなものなんですか」
「そんなものだよ」
そういうと神代博士は「準備が出来たら食堂まで来てね、地図は多分寮内に貼ってあるし、もし分からなかったら電話してくれたらこっちから迎えにいくから」と言い残し、部屋を出ていった。
――――――――――
服を着替え終わり、軽く顔を洗ってから俺は部屋を出る。しっかりと施錠しているのを確認し、ホールに向かった。昨日案内されたときに見た限り、ホールには確実に地図が貼ってあったはずだ。
「寮を出て……えっと、真っ直ぐ歩いて西棟の前で右に曲がれば食堂ですか」
地図を思い出しながら歩く。と言ってもすぐ近くにあったのでそこまで迷う要素はないのだが。俺はちょっと大きめの小屋くらいの高さのその建物に近づき、入り口の表記を確認した。『
「おーい柚樹君、こっちこっち!」
入るや否や神代博士の声が飛んでくる。その声と言ったら食堂中に響き渡るほどで、中にいた人たちの注目が瞬間的に俺に向いた。
「ええ、今行きますよ」
俺は目線を出来るだけ気にしないようにしつつ神代博士が座るテーブルまで小走りで向かった。
「本日の主役のご登場だよ、諸君。彼こそマサチューセッツ工科大学が誇る若き天才コンビの片割れ、桧宮柚樹はかs……博士号持ってたよね?」
「ええ、一応」
「ならよし。改めて彼こそが桧宮柚樹博士だよ。世界で十指に入るVR技術の権威、うちに欲しいくらいの人材だ。序でにこの年で年下の美少女恋人持ちと来た。冴えない学生諸君は見習いたまえ」
「は?恋人なんていませんが……」
俺は若干恥ずかしさに耐えつつ神代博士による紹介を聞いていたが、その部分に関しては流石に修正するべく止めに入った。
「何言ってるの、七色ちゃんという立派な恋人がいるじゃない。しかも研究パートナーという名目で同棲までしちゃって」
神代博士の爆弾発言が出て来た瞬間、周りの学生たちの目線が瞬時に殺意の色に変わったのがすぐに分かった。……アルってもしかしなくてもめっちゃ有名だったりするの?
「恋人じゃありません。アr……七色博士とはただの研究パートナーで同郷の友人、それ以上でもそれ以下でもないです」
「同棲を否定しなかったのは悪手だったね、桧宮博士。君は色々博学だけど、心理学をかじることを私は強くおすすめするよ」
「検討しておきましょう。それで、今日は僕は何を話せば?」
この話題を続けると真面目に地雷を踏みそうなのでさっさと転換することを試みる。神代博士もそれを察したのかこれ以上この話題を突っ込んでくることはなかった。
「ま、いいか。今にも殴り掛かりそうな人間もいるけど……、せっかくアメリカから天才科学者が来てくれたわけなのでどんどん質問していって構わないよ」
流石は研究者と言うべきか、さっきまで俺に殺意を向けていた学生たちはすぐに目の色を変えて俺を質問攻めにしてきたのだった。もちろんろくに朝食が食べれなかったのは言うまでもない。
――――――――――
「
学生たちが研究室に戻り、食堂から俺と神代博士以外の人間がいなくなってから俺はほぉっとため息を吐いた。
「でしょう。うちもMITにも負けない人材を作っていくつもりだからね」
「ですが神代博士がいきなりアルの話題を持ってきたことにはまだ納得してません」
「まだ引きずってるのか。柚樹君も案外ねちっこいところあるねぇ」
神代博士は椅子をくるくるとさせながら理解できないといった風に手を振る。
「おかげさまで彼らからの第一印象が最悪ですからね。そもそもアルがそこまで有名だとは露ほどにも思いませんでしたが」
「何度も言うけどあの美貌に頭脳だからね。君ともども冴えない人間が集まるVR技術界隈の若き光として話題沸騰中だよ」
「僕も含めてお褒めに預かったと解釈しておきます。そういう神代博士こそお若いし綺麗な方だと思いますが」
俺がそう言うと、神代博士は手を口許にやり少しフフッと笑った。
「倍近い年齢差がある相手へのお若いは皮肉にしか聞こえないよ、柚樹君」
「それは失礼。それで、僕はそろそろ退席させていただいても?」
「あぁ、ちょっと待って。丁度二人っきりになれたんだし、一つ頼みを伝えようと思っていたんだ」
「頼み?」
俺は一瞬席から離しかけた体を元に戻し神代博士に向き直る。
「そう。君がこっちに来た理由は大体察しているしもちろんそれを邪魔してまで無理にお願いするつもりはないんだけど……」
「ほう。是非聞かせてください」
「今回晶彦さ……茅場博士はナーヴギアを作り仮想技術の可能性を示した。私はその技術自体に罪はないと思っているし、素晴らしいものだと思っている。この点については君や七色博士も一緒のはず」
「ええ、もちろん」
俺は深く首肯した。技術はそれを用いる人間とは本質的に独立しており、その行為の一切に責任を負わないはずなのだ。人間……この場合は茅場博士がVR技術を悪用して大量監禁・殺人事件を起こしたとして、批判されるべきはそれを行った茅場博士なのでありVR技術が批判されるのはお門違いも甚だしいのだ。……まぁ、その考えが一般人にも遍く浸透していたならばそもそも俺がここにいる必要はないのだが。
「だからこそ私はこの技術を生かして人々を救いたい。……具体的には、
「ターミナル・ケア……ですか」
「ええ。もう動けない、ただ延命治療を待つだけ……そんな人たちも仮想空間でなら人間らしく生きていけるかもしれない。現実世界での一切の痛覚……感覚を遮断できれば、麻酔薬を使わない手術にも応用できる。世間では娯楽の道具でしかないVRは医療分野でも無限の可能性を秘めている。そう思わない、柚樹君?」
「それには全面的に同意します。僕は元からVRを娯楽に止めることには反対の立場ですから。その点ナーヴギアが示した可能性は大きい、と言えますね。僕が知る限りアレを着用した人間とは一切の外界からの干渉が不可能、更にはそれこそ感覚も遮断されているらしいですし。皮肉なことにそれが事件の深刻化を引き起こしているわけですが」
「……そうだね。もちろんあんな代物を医療目的に転用するなんて暴挙は私の良心が許さないし……それに……」
「世間が何を言うか分かりませんね。今は研究者が生きづらい世の中で、せっかくどんなにいい技術を発明しても世間に否と言われればそれは徒労に帰す。全く、煽動されるだけの大衆の目を気にしないといけないのはしんどいことです」
俺が言うと神代博士は少し驚いた顔をした。
「中々過激なことを言うね。まぁ言いたいことは大体合ってるよ。だから私は医療用の……VRヘッドギア、と言えばいいのかな。つまるところ医療専用のナーヴギアを作りたいと思っている。これに協力してくれないかな、というのが私の君への頼みだよ」
「なるほど、それなら喜んで。残念ながら医学知識は基礎医学程度しかありませんが、技術分野でなら協力させていただきますよ」
「そもそも君の年齢で基礎医学を身に付けてる時点で異常だということを自覚してほしいものだね。……ようこそ柚樹君、《
流石にVR規制だけは地味なので、ユウキが身に付けるVR機器・《メディキュボイド》の開発計画に柚樹を参加させることにしました。
よって必然的に柚樹は木綿季と関わるんですが、今のところ彼女を生存させるかは未知数です。というか工学専門の柚樹は本当に基礎医学知識しかないので救えるかは不明なので……
それなりにいいペースで投稿できていると思います。今後ともよろしくお願いします!