ソードアート・オンライン ジーニアス・メモリーズ 作:人民の敵
「……いくら桧宮博士でも、それは――」
「……脅すつもりではありませんが、ここまでの死者をあなた方が作ったナーヴギアは出し続けているのです。無論僕にもその責任は負わされることになるでしょうが、実行犯と言っていい茅場博士が雲隠れしている以上世間はあなた方運営スタッフに……というよりアーガス社に責任と、そして賠償を求めるでしょう」
「……!」
俺の言葉に時崎は目を剥いた。俺はあくまで冷静に事実を告げる。
「何せ被害者が一万人です。恐らく裁判になるのでしょうが、果たしてアーガスは持ちこたえられるのでしょうか?仮に一人当たり5万ドr……500万円で和解したとして、500億円の賠償金です。いくらアーガスが大きな成功を収めているとはいえ、この額をポンっと出せるほどお金に余裕はないでしょう」
「そ、それは……」
「無論、有価証券その他の売却で賄うしかありません。アーガスが切れるカードは多い、それは承知しています。しかし交渉相手となるであろう海外のファンドは根こそぎアーガスが作り上げてきたものを奪いつくしていくでしょう。勿論、ナーブギアの内部構造の設計図を含めて」
「しかし――貴方は外国人。言ってしまえば産業スパイの可能性も否めないわけです」
時崎はなおも抗弁した。無理もない。俺は半分……いや4分の3
「ええ、その通りです。しかし、もし仮に僕が設計図を譲り受けたとして、外部、特に海外には絶対に流出させることはないと約束します。僕だって科学者の端くれ、技術を金稼ぎに悪用するほど科学者として腐ってはいないという自負くらいはあります」
俺だって一介の科学者だ。下らん私益のために科学技術を使うなどという科学への冒涜を嫌う心くらいはある。時崎は一分ほど逡巡したように考え込んでいた。
「……その言葉、信用していいのですね?」
「ええ。もし私益のために使ったりしたら殺していただいても構いませんよ」
「そこまではしませんが、いいでしょう。桧宮博士の言葉を信じます。こちらへどうぞ」
時崎はすっと立ち上がると部屋の端にある棚に手を入れると、指先で何かを操作する。途端に床がスライドし、地下への道が開けた。
「この奥に、ナーヴギアについての機密情報が集められた極秘の研究室があります。申し訳ありませんがここから先は桧宮博士にしかお見せすることは出来ません。そちらの方はここで待っていただけますでしょうか」
時崎は会話を黙って見守っていた菊岡に言う。菊岡は困ったようにこちらを見たが、俺が地面を指す、つまり待っていてくださいというサインを送ると、静かに頷いた。
「分かりました、僕はここで待っておきます」
「感謝します。それでは行きましょうか」
――――――――――
「驚きました。まるで特殊部隊の基地ですね」
「ええ。ナーヴギアの関連資料は仮に本社ビルが武装占拠されても絶対に守り抜いてくれと茅場からお達しがあったもので。うまく偽装するのに苦労しましたよ。尤も、もうすぐ役に立たない空洞に成り果てますが」
俺は時崎の先導でアーガス社ビル地下に設置された極秘の資料保管庫兼研究施設を歩いていた。日本の建築基準法については本当に触ってしかないが、間違いなく違法建築だろう。
「茅場博士がどれだけナーヴギアを大事に思っていたかが分かります。……そこまでして作り上げた偉業を、なぜあの人はこのような凶行に変えてしまったのでしょうね」
俺はふと呟いた。何故彼はVRの未来を自ら破滅に追いやりかねない道へ進んでしまったのだろうか。
「それはむしろ、我々ではなく桧宮博士の方が良くお分かりなのでは?」
「と、言うと?」
「茅場をして天才と言わしめた博士ならば、彼の気持ちが理解できるのではないか、ということです。どうにも我々は最後まで誰一人としてあの人の気持ち、考え方を理解することが出来なかった」
「……そう言えば、僕が茅場博士と最後に会った時、ポツリと僕にこぼした言葉があるんです」
記憶を整理しながら、俺は口を開いた。最後に会った半年以上前、アメリカから出国する茅場が俺に言った最後の言葉。
「『私は
俺は頭の中で出した結論を口に出した。
「あのゲーム、ソードアート・オンラインを本物の現実と一致させようとした。ゲームをゲームでなくする、HPを本物の命に換算することで、閉じ込められた一万人にとってソードアート・オンラインはもはや"もう一つの現実"ではなく"ただ一つの現実"となった。それが彼の最終目標であり到達点だったんじゃないでしょうか。……そしてあの人は僕、というかあなた方を含めたVR業界全体ににいわば尻拭いを押し付けたと」
「現実に、ですか」
「仮想現実。この名称から分かるようにこの技術は現実世界のまがい物、よく作られた模倣品として見られている節があるのは分かっています。だからこそ、茅場博士は人々に突き付けたのではないでしょうか。彼の手に掛かれば仮想と侮っていた世界を実際の現実と変わらないものに変えることが出来ると」
「なるほど。……真意はそれこそ茅場から聞き出すしかなさそうですが、桧宮博士のその考えは間違っていないかもしれません」
「年端も行かないガキがない頭を振り絞って考えた戯言程度に考えていただいて結構ですよ。僕にもあの人の思考は訳が分からないことの方が多かったですし」
ご謙遜をと言う時崎に俺は肩を竦めた。実際茅場博士と話していると煙に巻かれたようにこっちまで何を考えているのか分からなくなる時があった。住んでいる世界がまるで違うと言った方がいいのだろうか。
「どことなく不思議な話術でも使っていたのでしょうかね。……さて、着きましたね。ここが……」
時崎が立ち止まり、眼前にそびえたつ扉を指す。強化鉄製の扉はあたかも侵入者の存在を拒絶するかのように鋭い光を俺に向けた。
「アーガスの心臓部、というわけですか」
「その通りです。社内でも極限られた人間しか存在自体を知らされることはない、これ自体がブラックボックスのようなものです。社外の人間を入れたのはもちろんあなたが初めてですよ、桧宮博士」
「栄えある一人目の外部入場者というわけですか」
俺がそう言うと、時崎は頷き、IDカードらしきものをさっとセンサーにかざす。すると、鉄扉は重い音を立てながら俺たちにその中身をさらけ出した。
「お待たせしました。ここがアーガスの研究本部兼機密資料保管棟、通称《ノーアトゥーン》です」
「ノーアトゥーン……」
北欧神話に出てくる館の名だ。意味は確か《船が辿り着く場所》。
「自衛隊に気づかれると面倒なので、早く済ませましょうか。こちらです」
時崎の先導に従って研究機器やらコンピューターやらが整然と並ぶ空間を足早に駆けていく。そして、かなり歩いた先に、それはあった。
「……これが、ナーヴギアの設計図の保管庫です」
厳重なセキュリティをいくつも越えた先にある小さな金庫。時崎は一息つくと、金庫の解錠を始めた。電子錠だけではなくいくつも錠が掛けられており、解錠にはしばらく時間がかかりそうだ。
「……当たり前ですけど、この金庫の破壊耐性は――」
「ええ。爆発銃撃圧縮その他あらゆる物理的干渉に加え化学的アプローチにも耐性があるものを使用しています」
「なるほど」
そうこうしているうちに時崎は最後の錠を解錠し、手袋をしたのちに金庫の中に手を入れて中身を取り出す。
「……これがナーヴギアの設計図。それとブラックボックスの解除キーが暗号化されて入っています」
「分かりました。ありがとうございます」
時崎から渡されたメモリーチップを、俺は受け取って事前に用意していた小箱に収納し、踵を返そうとする。しかし、あることを思い出して、俺は振り返った。
「一つ重要なことを聞き忘れていました。このメモリーチップ自体の、パスコードを」
「パスコードは、《
「《残された希望》と。託された希望は、守り抜いて見せますよ」
パンドラの箱。茅場博士が開けた禁断のその箱からはありとあらゆる不幸や災厄を仮想世界、そして現実世界の仮想技術に降り注いだ。しかし――神話のパンドラの箱に残ってたように、仮想技術にはまだ希望が残っている。俺が――いや、俺たちが成すべきことはこの残された希望を守り抜くことだ。
ちょっと中途半端ですが、ちょっと決めた台詞を言わせたかっただけです。スイマセン……
次回からはいよいよロビイングが本格化していく……前に一旦柚樹は帰国するかもしれません。何せクリスマスがありますので……
クリスマス編になるなら、オリジナルヒロインも出す予定です!
後、これは余談ですが、パンドラの箱に残った希望には、もう一つの解釈が存在します。希望とは《未来を分からなくする呪い》が形を変えただけのものであり、人々に夢を抱かせてはそれを叶わせずに絶望に追いやる形を変えた災厄だという解釈です。もしかすると彼は、終わりの始まりへと繋がる禁断の扉を開いてしまったのかもしれませんね。
次回もよろしくお願いします!