ソードアート・オンライン ジーニアス・メモリーズ 作:人民の敵
色々とバタバタしてたんです……
「もう帰っちゃうの?年越しまでゆっくりしていけばいいのに」
空港で迎えの飛行機に向かおうとする俺に、アルが少し名残惜しげに言う。
「僕もそうしたいものだけどね……次に会う時にはいい知らせが出来ると約束しておくよ」
俺がアルに手を振ると、彼女は握手を求めてきた。大人しくご要望の通り彼女を手を握る。
「ダスビダーニャ、柚樹君。また会える日を楽しみにしているよ」
「ダスビダーニャ。こちらこそ」
――――――――――
「……本格的に動き始めた、からなぁ……」
帰りの機内で、俺は一人ため息を吐いた。手に持つタブレットに表示された記事の名前は――『民主行動党、仮想世界関連技術規制諸法を提出か。SAO事件を受けた法案提出に、技術発展の阻害との声も』。民主行動党とは日本の政権野党のこと。要するに、菊岡がまだもう少しかかるだろうと言っていたVR規制法案が、ついに議会に提出されてしまったのだ。
「野党各党は軒並み賛成、与党の立憲皇政党は基本的に反対の立場だが党議拘束を行わないため、党方針を無視して造反する議員も一定数いる見通し、か。こりゃ本格的に一票が採決の決め手になる戦いになりそうだ」
しばらく記事の内容を読んだ後、俺はタブレットの電源を切り、座席に身を預ける。忽ち眠気が俺を包み込み、俺は眠りの世界へと意識を移した。
――――――――――
「お帰り柚樹君、記事は見たかい!?」
空港に着くや否やそこで待機していた菊岡が猛烈な勢いで駆けよってきた。もはやストーカーの領域では。
「ええ見ましたよ。どうやら早くも事態は急展開を迎えたようじゃないですか」
「いやぁまさかここまで野党側の動きが早いとは思わなくてね。そこで、だ」
菊岡は手元から何かの資料を俺に提示してくる。俺は嫌な予感をありありと感じ取りながらそれに目を通すと―――
「……いやいやなんで今メディア露出なんですか」
そこには日本の主要メディアからの出演依頼がびっしりと並んでいた。
「もうここに至っては形振り構っていられないからね。君の力を発揮するときが来たってわけさ」
「はぁぁ……いやまぁいつかは歩む道だとは思いましたけど……」
「まぁそう言わずに、さ。君も来日が徒労になるのは嫌だろう?」
「もちろん。芽を摘ませるわけにはいきませんから」
――――――――――
「えー、本日はアメリカ・マサチューセッツ工科大学の桧宮柚樹博士と、仮想技術の危険性について考える学者有志の会の仙崎晴希・横浜大学准教授にお越しいただいております。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願い致します」
「よろしくお願いいたします」
そして俺は今日本の某テレビ局のスタジオに座り、お茶の間に姿をさらしているというわけだ。横に座る中年の男性は反VR活動団体のメンバーのようだ。
「先日ついに仮想世界関連技術規制諸法案が民主行動党によって提出されましたが、桧宮博士はこれをもうご存じでしょうか」
仙崎准教授が質問を投げかけてくる。
「ええ、伺っております。私が最も憂慮していたことです。日本国内では現在仙崎准教授が所属されている『仮想技術の危険性について考える学者有志の会』をはじめとする多くのVR規制賛成団体が活動されておりますが、無論私としてもそれを真っ向から否定することは出来ませんが、余りに感情に流されているのではないか、そう思う節はあります」
「と、言いますと?」
「ええ。この場をお借りして申し上げますが、アーガス社及びマサチューセッツ工科大学を含めた複数の研究機関が協同して開発したナーヴギアによって多くの死者が発生し、今なお数千人に及ぶ人々擬似的な監禁状態に陥らせたことに関する責任の一端は私にもございます。無論その件に関しては後に正式にご説明させていただくことになるかとは思いますが、私のような科学者・技術者に対する弾劾・批判は甘んじて受けますが、しかし――この件に関しては技術だけに対する批判をすることは非常にナンセンスである。そう私は考えております」
その言葉を発した瞬間、スタジオが若干ざわめき、仙崎准教授が顔を顰めるのが確認できた。しかし、それを意に介さずに続ける。
「無論技術に罪が一切ないという訳ではありません。しかし――果たしてこの仮想技術は殺人のためにしか使えないのか?あくまでも悪意を持った人間の使い方によって
「はぁ……」
「銃砲はよほど特殊な例を除けば殆どが生物を殺傷する目的に供されます。だからこそ世界各地で銃規制運動が起きているわけですし、聞き及ぶところによればこの国は軍人及び警察官その他治安組織以外の銃保持を厳しく制限しているわけです。しかし――そうですね、例えば包丁を例に出しましょうか。包丁は世界中でメジャーに殺人に使われる凶器ですが、不思議と包丁の規制運動というものは聞いたことがありません。これはなぜでしょうか」
司会者たちが首を傾げるのを見ながら、俺は言葉を続けた。
「簡単な話です。何故包丁の規制運動が起きないか。それは包丁を規制されると困る人々が全世界規模で発生するから、もしくはこう言い換えましょう。
「……つまり、桧宮博士は今回の事件はその――異常な事例だと仰っておられるのですか?」
「
俺はそこまで言ってからコップに注がれている水に口をつけ、仙崎准教授の反応を見る。彼は言葉を言いあぐねているようだったが、暫くしてから口を開いた。
「……なるほど。確かに仮想技術は善意の利用も十分に可能であるという桧宮博士の主張は一理あります。しかしですね、仮想技術、それも仮想世界というものは人と人との繋がりを希薄にしこれまで以上に社会の空洞化を進めると私たちは考えています。それについてはどうお考えでしょうか」
「……ええっとですね、その『社会の空洞化』がどういったものなのか少々測りかねる部分もありますので、私の個人的私見が入ることを了解した上で聞いていただきたいのですが……私には、それの何が悪いのかが分からないのです。仮に現実世界で関わりが減っていくことを『空洞化』と指しているのなら、私はそれにむしろ賛成です」
「……?」
「まずですね、現在の世界には……《現実至上主義》と言いますか、電子機器を用いたコミュニティを否定する風潮があまりにも蔓延りすぎだと思います。かつては画面の長時間の視認による視力の悪化、という名目が主に使われ、そして今ではそういったコミュニティは危険であり、有害であると騒ぎ立てられてる」
「ええ。素性も分からないような人間と繋がるより、しっかりと現実世界で交流した人間とかかわるほうが様々なリスクは低くなる。それは昨今起きている凄惨な事件の数々を見ても明らかでしょう」
仙崎准教授は正義は我にありとでも言わんばかりの様子だ。
「でもそれは、膨大な数から極一部を抽出した暴論に過ぎない。私は先ほども申し上げたはずです。『技術に罪はない。技術を悪用する人にこそ罪がある』と。技術は適切な使用法を守れば、確実にQOLを上げることができる」
「確かに桧宮博士のような技術や知識を保有している方にとってはそうですが、そうではない圧倒的多数の知識を持たない一般人はそうではないのですよ。まだまだ人々のネットリテラシーというのはなっていないものなのですよ」
「それがどうしました?ソクラテスが言ったように無知は罪なんですよ。ついでに言ってしまえば、無知を増長させる行為はもっと罪深い。あなた方反VR団体が弄する論説は人々の無知を盾に自らの言うことを通そうとしている。たとえは悪いですがかつてのファシズムとやっていることは変わりませんよ」
「なっ……」
仙崎准教授の顔が明らかに歪む。無理もないだろう、俺だって自分たちがやってることがファシズムだって言われたらさすがにキレる。
「それに、技術を開発するのに費やすコストは膨大ですが、それを批判したり潰すことにコストはいりませんからね。VRMMOが危険とのたまうならともかく、VR技術自体を規制する意味が分からないと言わざるを得ないです。この技術は間違いなく世界を変える。それをこの事件ですべて無に帰せば、我々は間違いなく後世の人間から笑いものにされるでしょう」
「このような近代史上例を見ない殺人事件を起こした時点で、VR技術は世間の笑いものですよ」
「確かにそうかもしれません。しかし、
「反対運動に屈さず、世間に利益を還元し、以てこの不始末を償う。それが我々のスタンスです。それと、一つだけ言っておきますが、もしも日本で反対運動が結実したとしても、我々は世界を舞台にVRを発展させ続けます。そうならないために私はここにいるわけですが」
「……」
しばらく俺と仙崎准教授はにらみ合う。微妙な雰囲気を察したのか、司会が慌てたように口を開いた。
「えー、議論が白熱して参りましたが、残念ながらそろそろお時間です。桧宮博士、仙崎准教授、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
――――――――――
『米国からの使者、桧宮柚樹博士 "VR規制は愚か"と熱弁』
『わずか13歳の少年を使ってプロパガンダを行うのはいかがなものか 桧宮博士来日』
「……賛成半分反対半分といった具合ですか」
「まぁあくまでメディアはね。国民の皆々様がどう思っているかはそれこそ推測するしかないんだけど」
1週間ほどかけてある程度メディアからの出演依頼を受け、落ち着いたところで俺は菊岡に呼び出された。総務省の菊岡の根城らしい総務省総合通信基盤局なんたらかんたら課第二分室?とやらに呼び出された俺が見たものは、机の上にびっしり並べられた新聞や雑誌であった。
「まぁメディアの評価なんてものは参考程度にすれば問題ないでしょう。それよりも僕が本腰を入れて取り組まないといけないのはおそらく……」
「間違いなく、国会議事堂で行われるであろう参考人招致だね。殆どのメディアはアレを撮影するだろうし、民意に一番訴えかけることができるであろうのはあの場面だ」
菊岡の答えに俺ははぁ……とため息をついた。メディアでの討論会ですら疲れるのに1億民衆の目に晒される可能性があると言うのは考えるだけで嫌気が差してきそうだ。
「ま、そこまで気負うことはないと思うよ。僕たちが正しい道を歩んでいるなら、世の中は自ずと僕らを肯定してくれるはずだから、さ」
「この国の政治家と民衆が知的であることを期待してますよ……少々失礼します」
俺は席を外し、スマホを見る。そこには『神代凛子』と表示された画面があった。
「……もしもし、神代博士ですか?」
『あ、やっと出てくれた。結構前に電話かけてたんだよー』
「……すいません。気づきませんでした」
多分その時にはまだテレビに取材されてたはずだから繋がらないのは当然だろうと言おうとしたが、それを彼女に言っても野暮であろうと考え直した。
『全く。女性からの連絡に出ない男は嫌われるよ、柚樹くん?』
「善処しますよ。それで、一体用件は何ですか?」
『……少し、来て欲しい場所があってね。今時間はあるかな?』
腕時計をちらりと見た。まだ15時だ。
「ええ。どこに赴けば?」
『神奈川県横浜市の港北総合病院に来てほしい。会ってから詳しいことは話すよ』
「……分かりました。では後ほど」
俺は電話を切り、菊岡のところに戻る。所要が出来た旨を伝え、俺は総務省を出た。