五条悟が最強であることは理解していたが、まさか封印されるとは思ってなかったんだ。 作:のれん(-_-)zzz
千代視点
私が生まれてから数年の間、大層大切に扱われた記憶がある。どこへ行くにも使用人がついてきて、二、三人がかりで世話をされた。でも、私よりももっと丁重に扱われていた人がいた。それが兄様だった。その時の記憶は曖昧だったけれど、どこか兄様は自分とは違う特別な存在だと認識していた。
私が5歳になった頃、周りの人がそわそわし始めた。その時だったのだ。私の術式が判明したのは。兄様とは違い、五条家相伝の術を何一つとして受け継がれなかった出来損ない、そう言われるようになった。
しかし、その時の五条家当主が私の術式の利用価値に気づいてからは全く違う言い方をされた。五条家の贄と。五条家の存続のため、命を以て兄様を生かす存在に私はなった。
小さい頃からそうだったのだ。別にこの家の何がおかしいと思ったことはなかった。兄様が訓練で怪我をすれば、疲れれば、すぐにその元へ向かい、治した。呪霊との闘いの後も外傷を負っていなくとも万が一のために、兄様の元へ行き、術式を発動した。痛いし、辛い。でもそれが五条家のためになるならそれで良かった。ただ、このことを兄様に知られるのは嫌だと何気なしに思って、兄様にはただの反転術式による治療だと認識してもらった。黒い服を着て、血が滲んでもバレないように。気づかれても、返り血と言って誤魔化した。「六眼」を持っている兄様なら、見破るかもしれないと不安に思ったが案外ばれなかった。あまり私に関心を持っていなかったからだと思った。
そんな状況が一変したのが、私が中1の時。私が連絡を受け、兄様の元へ向かうと、兄様は手酷くやられていた。心臓が、心の奥がキュッと締まった気がした。手が震え、息をするのが苦しかった。周りの者に言われて、ハッとして、急いで術式を発動した。いつもなら隠しきれていたが、その時は私も気が動転していた。兄様の傷が思っていたよりも深く、服が目に見えて染まり、鉄のにおいが充満し、腕から血が伝うのを見られた。そこからなにが起きたのかは、朧気だった。私は自分に移した傷を治すのに集中していた。その間兄様の怒号が聞こえた気がした。
その後から私の生活は変わった。兄様が怪我をしても、余程のことがない限り呼ばれなくなった。そもそも元から強かった兄様が更に強くなられて、怪我を負うこと自体が少なくなった。たまに、ほんのたまにではあるが、兄様が私を意識していた気がする。自意識過剰だと思ったが、少し嬉しかった。この頃からだったと思う。私が五条家の五条悟ではなく、私の兄である五条悟として、兄様を意識し始めたのは。
兄様が呪術高専に入られてからは、お会いすることがほぼなくなった。元からお会いする機会は少なかったが。たまに、連絡が届いた。そこには良い友人ができたと書かれていた。噂には聞いていた。兄様と並んで最強と言われる男がいると。この報を見たとき心の中が少し熱い気がした。
呪術高専入学前にその友人の夏油傑という人に任務先で初めて会った。とても強い人だった。兄様が親友というのも分かる気がした。術式を使う姿を見られた。すぐに心配してくれて、とてもやさしい人だとも思った。
呪術高専入学後は、初日から様々なことが起きた。まず、初めての術師の同級生。これから仲間として共に過ごすものだと思っても、その時はあまりピンとこなかった。荒縫先生は…、今思えば、あの時からよく私たちのことを見ていたと思った。硝子さんにも会った。あのときから硝子さんは、私が考えていたことが分かっていたのだろうか。いや、違う。多分私の考えが分かったというより、私が無意識的に自分の気持ちを抑圧していたことに気づいたのだろう。
そして、私が自分の気持ちを完全に把握したのはあの星奨体の護衛任務の時だった。兄様が伏黒甚爾との一戦を経て、正真正銘最強になった。それに私は歓喜した。それは兄が望んでいたものであり、兄に害を与えられることがないということだったから。しかし、兄様が最強になったことは同時に、私の五条家としての五条千代の終わりを意味していた。私は今後一介の呪術師としての任務が多くなるのだろう。私自身が用済みとなってしまったことを残念に思ったが、それに関しては実際どうでも良かった。私が絶望したのは兄様の役に立てないこと。それだけだった。
星奨体の一件から一年の間、私はどうやって兄様のために生きていくべきかを考えていた。いや、早い段階で既に構想はあったが、実行できないでいたという方が正しい。自分が思っていたよりも、高校生活というものを楽しんでいたらしい。一番の要因は灰原君だったのだろう。そんな彼が亡くなったときは、突然ではあったが呪術師としては当たり前なことだと思った。誰も彼も兄様のように強くはない。こうなる覚悟はあったし、亡くなったと聞いてもさして動揺はしなかった。けれど、彼の遺体を目の前にしたとき、少しだけ心の奥が痛んだ。周りから見れば、私は仲間の死に対して何も反応しない女に見えただろう。その時から、七海君には距離を置かれてしまった。ただ一人、荒縫先生はそんな私を気にかけた。
その一か月後、荒縫先生との任務の時、予想外の特級呪霊の顕現により荒縫先生は死んだ。荒縫先生は言っていた。「全て知っていると。」あの意味は先生があの時発動していた「千歳の眼」によりその時の私の思考、そしてその時まで先生が感じ取っていた私の考えを統合したものだと思う。あの時の私の思考はひどいものだった。瀕死の荒縫先生を治したとして、私はこの場で生き残れるか。兄様の役に立てずこんなところで呪霊に殺されるのか。目の前に教師がいるのにも関わらず、そんなことを考えていた私は最低だ。でも、こんな私を先生は庇った。その真意は実際のところよく分からない。
ただ、この任務を通して思った。特級呪霊は強い。今の兄様は勝てるかもしれないが将来は分からない。特に、両面宿儺が顕現された場合。絶対ないとは言い切れない。だったら、私にできる最善を尽くそう。それが、私の意志を汲み生かしてくれた先生への最大限のお礼だと思うから。
荒縫先生が亡くなった日と同日、夏油さんは呪詛師となった。はっきりといったら、その日私が定めた心からすればどうでも良かった。だからこちら側に来ないかと夏油さんに誘われたときは、受けることは微塵も考えられなかった。ただ、親友であった兄様を裏切ったことは憤りを感じ、兄様の親友であったことには感謝した。
夏油さんも兄様の敵になった。兄様の敵は増えるばかり。そのほとんどを兄様は蹴散らすのだろう。だから、だから私は兄様のあり得ない可能性を潰すために存在しよう。
私は五条家の地下、怨禅の間にやってきた。黒と赤の札が部屋の壁中に貼られている。もともと、呪物の類が封印されていた場所。今は、結界の厚い呪術高専へ移動されていたり、兄様の力で消却されたため、ほとんど空になった部屋だ。私からしたら丁度いい場所だ。
部屋の真ん中で正座す。服から兄様の丸いサングラスを取り出す。そこには血が付着していた。星奨体の一件で、兄様のサングラスが地面に落ちていたのを拝借した。媒体としては兄様と血のつながっている私自身がいれば良いだろうが、念のため。
手が震える。お願いだから、成功してと願う。
私の心は決まった。目をつぶれば、今までの思い出が浮かぶ。決して楽しいものばかりではない。苦しいものがほとんどだ。
それでも、閉鎖的だった私の生活からすれば、ここ2年は充実していた。最後に自分の想いを吐露する。
「灰原君、君のせいだよ。ここまで、私を引き延ばしたのは。ここまで、私に日常を惜しくさせたのは。最期の時、共にいれなくてごめん。」
「七海君、君は怒るだろうね、私の選択を。でも、私は君が今後どう生きようとその生き方を応援しよう。…、一人にさせてごめん。」
「硝子さん、あまり関われなかったですね。ただ、あなたでした。一番初めに私の心に気づいたのは。それでも放っておいてくれたのは、硝子さんらしいです。」
「夏油さん、私の事情を知っても、尚、敬意を払ってくださる。最初から最後まで。さすが、兄様の親友だった人です。」
「荒縫先生、私に命を懸けてくださった。だから、謝罪はやめておきましょう。ありがとうございました。本当に。」
「兄様……、これは私のわがままです。ごめんなさい。」
兄様のためならば。なんだってする。それが私、五条千代の生き方。
集中する。己の全てを以てして、発動する。
『代躰呪法』
「
この瞬間、私、五条千代という個は、世界の認識から隔絶された。
最期に兄様の私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
ここまで読んでくれてありがとう。
最後の術名は仏教語から。
過去編もそろそろ終わり。