李徴がドスケベメスガキになる話なんだけどさぁ……
一応ギャグ小説です。ほんとだよ?
隴西の李徴はそれはもうとんでもなく賢かった。しかし本小説には全く関係ないので割愛する。
話は李徴が出張先でストレスに耐え切れず発狂、夜に宿を飛び出したきり二度と戻ってこなかったその翌年からスタートする。
観察御史──地方の巡視などを行う役人である──の一人である袁傪は、上からの命令で地方に赴く途中で宿に泊まることにした。
次の日の早朝、まだ薄暗い時分にさっさと出発してしまおうと荷物を纏めた袁傪だったが、その宿場の役人は袁傪を引き止めた。曰く、
「これから先の道には人食い………何というか、人……うん。とにかく色々と危ないから昼に通るのをお勧めします」
「何でそんなはっきりしないんだ」
しかしながら袁傪は結構な大人数で移動していて、既に全員準備を済ませてしまっている。このまま昼まで待たせるのは些か効率的ではないだろう。
袁傪は忠告を聞き入れた上で、直ぐに出発することにした。というか情報が少なすぎるだろう。あれを忠告と呼んでいいのか?
薄ら残る月の光を頼りに林道を進む。人食い、ねぇ。今のところそんな気配も無いが……と、袁傪がわかりやすいフラグを立てた瞬間、
草叢から一匹の──いや、一人の痴女が現れた。胸元どころか何もかもオープンにした痴女はあわや袁傪に襲いかかるかと見えたが、袁傪の顔を見るなり急停止、身を翻して草叢に戻った。
そこからは生意気さを残しつつ可愛らしげな、しかし独特な抑揚の声で、
「ふーっ❤︎ふーっ❤︎危ないところだったっ❤︎」
と繰り返し喘ぐ呟くのが聞こえた。その声……というかイントネーション、抑揚に袁傪は聞き覚えがあった。
そう、誰とも話さずにひたすら詩を読み続けた結果単語の発音があまりにも独特になったプライド高めぼっちの袁傪くらいしか親しい友達がいない──李徴のそれと酷似している。
袁傪は思わず叫んだ。
「その発音、もしや我が友の李徴ではないか?」
しばらくの間返事はなかった。唯、草叢の中から何やら湿り気を帯びた音が漏れるばかりである。
少しして、痴女は返事した。
「如何にも自分は隴西の李徴である」と。
袁傪は驚きこそ面には出さなかったが、内心では困惑していた。李徴……あいつは、男だったはずでは……?直感的に李徴か聞いてしまったが、よくよく考えればそんなはずはないだろう。いくら失踪したからって……。
と、そんな袁傪に李徴は草叢から話しかけた。どうか、自分の身に何があったか聞いてほしいと。袁傪はそれを快諾し、早朝に出させたのに道草を食わせて申し訳ない、と部下に断りを入れてから草叢と向き合った。
「今から一年程前、私が旅に出てそこで宿に泊まった時のことだ。ふと目を覚ますと、宿の外で私を呼ぶ声が聞こえた。確認しても外には誰もおらず、私はふらふらとそのまま外へ飛び出した。何か得体の知れないものが私の体を突き動かして、そのまま林へと突っ込んで行った。そして川で月の光を頼りに自分の姿を見たときにはもう……この通り、女の体になっていた」
「服は?着ていなかったのか?」
「あんな邪魔なもの捨てた」
「捨てた……」
「と、自分の姿を認識した私はひどく困惑した。困惑した挙句、私は自慰行為に走ることにした」
「自慰行為」
「なぜこんなことになったのだろうと考えながら、私はそれに耽った。全く何事もわからなかった。理由も分からずに押し付けられた体を大人しく受け取って、理由も分からずに生きてイくのが、我々生きもののさだめだ」
「なんか発音おかしくないか?生きていくのあたり」
李徴はむすっとして言った。
「昔からだろう」
「そういうものか。そういうものか?」
袁傪は内容については突っ込まなかった。するとしてもそれは話が終わった後でだ。
「……話を戻すぞ。そんな最中、私の目の前を一人の若い男が通り過ぎようとするのを見た瞬間に、私の中の男が姿を消したのだ。再び男の心を取り戻す頃には、私の股は血に塗れ、辺りには白濁した液体が散らばっていた。これが女としての初体験だった」
袁傪は疲れを感じてきていた。自分のことを李徴だと思い込んでいる一般痴女という可能性を必死に探した。
「それ以来今までに何人食ってきたかわからぬ。ただ、一日に一度は男の心が戻ってくる。そういう時には当然女に性的興奮も感じるし、自慰行為もできる」
「いや待てお前やってること殆ど変わらないだろうが」
「ヤってることは同じであれど、精神が違うのだ」
袁傪は結構心にきていた。寧ろこうして出会うくらいなら失踪したまま私の心にいてくれ、とさえ思った。
「その、男の心に戻る時間も、日を追うにつれ短くなってきているのだ。ああ、いずれの日にかは、私は自分の過去を捨て去って、一人のメスガキとして狂い廻り、今日のように道で君に出会っても同性と認めることなく、絞り殺して何の後悔も感じなくなるだろう」
「メスガキ」
袁傪はじめ一行は草叢の声に聞き入った。その声にある者は拳を、またある者は息子を固めた。
李徴は続けて、袁傪に自らの詩を幾つか残してもらうことを頼んだ。こればかりは袁傪も先程までの雰囲気を捨て、真摯に対応し、それを約束した。
水音がした。
「あ、嬉ショ…………………何でもない」
こほん、と李徴は空気を改めようと咳払いをした。こうかはいまひとつのようだ。
「恥ずかしいことだが、今でも、こんな身になったとしても、私は私の詩が後世に残ることを夢見ずにはいられないのだ。嗤ってくれ、詩人になり損なってメスガキになった哀れな私を」
「恥ずかしがるとこ間違ってるぞ」
「そうだ、お笑い草ついでに、今の思いを即席の詩に述べてみようか。このメスガキの中に、まだ李徴が生きていることの証に」
袁傪は嫌な予感がしたが、ひとまず部下にこれを書き取らせた。
偶生意気女児成 我性転換不可避
毎日獲物男捕獲 精魂尽男我放置
昔我全注込作詩 今注込精我胎内
頭悪々女児音頭 珍々苛々怒髪天
「これはひどい」
まさかこれが李徴の才能なのだろうか?それとも李徴の心は既にメスガキなのだろうか?
既に月は沈みかけ、朝日が近いことを告げた。李徴はまた話し始めた。
「どうしてこうなったのかわからぬ、とさっき言ったが。思い当たる節がないでもないのだ。男であったとき、私は勤めて人との交わりを避けた。勿論性的な意味での方だぞ」
「その補足いらない」
「つまり童貞だったということだ」
「いらないって」
「……そうか。兎も角、それが羞恥心に近いものであるということを、人々は知らなかったのだ。人々は私のことを倨傲だ、尊大だと言った。しかし、それは臆病な自尊心というべきものだったのだ」
「臆病な、自尊心……」
袁傪は李徴の苦悩のことを思った。天才には天才なりの悩みがあったのだろう。
「そうだ。つまり、私の巨砲はサイズこそあれどいざとなると臆病にも縮こまってしまったのだ」
「うっそだろお前」
「私が不能になるのを怖れるが故に、敢えて
「メスガキが性癖」
「私の場合、この主砲こそが私をイライラさせるメスガキだったのだ。これが私を内面から外面までその心にふさわしいものに変えていったのだ。この姿でどう詩を発表すればいい?私が脳内でどんなにドスケベ……じゃなかった、優れた詩を作っても発表できないのだ」
「むしろ後世に残さないでくれ」
既に日は昇りかけている。袁傪はこれ以上持たないと言わんばかりに苦しげな喘ぎ声を上げて、最後にと袁傪に忠告した。
「どうか、帰り道にはこの道を通らないでほしい。その時にはきっと私は君を今度こそ絞り殺してしまうだろう」
「そうか……」
李徴は袁傪に別れを告げた。後には袁傪とその部下達が残るのみ。
袁傪は部下に向けてこう言った。
「帰りもこの道通るぞ」
兎鞠まりちゃんって可愛いよね……