海の向こうの君へ   作:ヌオー来訪者

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 まさかの3話目。
 谷本さん、登場。


名前で呼んでみよう そのいち

 入れ違い形式でメールが飛んできてから、ちょこちょこ近況を話すようになった。

 

 

 海の向こうで繰り広げられているのはきっと、わたしが思うような何気ない日常なんだろう。

 教諭の話がマジでつまらない上に昼食の時間をぶっちぎるだの、バイトを始めただの、友達の家の古物屋で掘り出し物を引っ張り出しただの。

 そんな代わり映えのない日常を教えてくれる。

 

 多分自分がもし受験に落ちたとしたら、こんな風に湊といっしょにそんな日々を送っていたのだろう。

 でも選んだ。自分がIS学園に行けば家族も湊もある程度守られるのだと、そう信じて。

 勿論、IS乗りへの憧れもあったのは否定はしないけれども。

 

 

 話を戻そう。

 清香自身も色々あった。授業も座学の入り口を終え、本格的な内容に入ろうとしている。

 先日色々と世話になったセシリアは涼しい顔をしているが、対して唯一の男子生徒の織斑一夏はドラ◯もんの如く顔を青ざめさせ、IS学園を少し舐めてかかっていたらしい一部の生徒も同様に泡を食っていた。

 一夏の場合は半分無理やり入学させられたらしいので少し気の毒な気もするが。

 

 そんな授業のえげつなさについて一人寮の部屋で書きながら、清香はふとメールの一番最初の文言に目が入った。

 

「家坂くん……か」

 

 そう言えば友達になってそれからずーっと3年間名前で呼んだ覚えがない。

 付き合ってからも一度も呼んじゃいなかったことに気付いてしまった。呼ぶタイミングを逸したというか。

 

 最初の所に打ち込んだ、彼の苗字を湊くんに変える。

 ダメだ。散々3年呼んでおいて今更そんなふうに呼ぶなんて違和感が仕事しまくっている。

 

 それになんだかむず痒い。

 

「湊くん」

 

 口で言うとなんだか変な気分だった。慣れてないのもあるだろうが付き合っているんだという実感が胸の奥から溢れ出てくる。

 顔が熱くなって、冷えた両手で当ててみるけれども冷えた手があったまるだけだ。

 

「湊くん、みなとくん。……みなと。えっへへへ……」

 

 呼べば呼ぶほど胸の奥があったかくなってくる。

 今この瞬間絶対に気持ち悪い顔をしているに違いない。ルームメイトにバレたら間違いなくネタにされるヤツだ。

 そのことに気付いた清香は首がねじ切れるくらいの勢いで寮室のドアの方を向く。

 よし、誰もいない。ホッと一息をついたのも束の間

 

 

「ふんふん、湊くんかぁ。噂の彼氏ってヤツは」

 

 遅すぎた。何もかもが。

 

「ひぇょぅあっ!?」

 

 どっから出したか分からないような悲鳴とはこういうことを言うらしい。気付いた時には世界がひっくり返っていた。ずとん、と鈍い音を立てて背中に強烈な衝撃が襲う。

 痛みより先に、見られてしまった事実の方が清香には深刻だった。

 

 考えてもみろ。こっ恥ずかしいメールのそれも清書前の下書きを見られて恥ずかしくないはずがあるものか。というかそもそも送ったものでも見られたくない。

 閉じた瞳を開く。──部屋の天井と、ブラウンの長く真っ直ぐな髪を二つ結びで止めた少女が清香を覗きこんでいた。ルームメイトの谷本癒子(たにもとゆこ)だ。

 

「だ、大丈夫?」

 

 想定外のオーバーリアクションにやや頬が引き攣っているのが分かる。

 

「大丈夫だけど……いつからそこに」

 

「えーっと家坂くんってとこを湊くんに修正して名前を読んでニヤついてたとこまで」

 

 そ れ ほ ぼ 全 部 じ ゃ ん

 清香はまるで獣の如く勢いで立ち上がり、落ちていたスマホを即メールアプリをタスクキルして、スリープボタンを押し込む。癒子は「はっや」と呆れ交じりに感想を溢す。所要時間2秒の出来事だ。

 

「そんな隠すことは……」

 

「隠すよ普通ッ!?」

 

 というかあんな気持ち悪い笑いをしてネタにされないわけがなかろう。スマホを制服のポケットに突っ込んで誤魔化そうとしたが今更誤魔化したところで余計に拗れる気しかしなかった。

 

「まぁ、あんなデレデレしてるのは間違いなくアウトっすね……というか少し前の夜寝てた時、スマホ見ながらベッドの上でめっちゃくちゃ身悶えてたし」

 

「お、起きてたのッ!?」

 

「うん、中々寝つけなくて……見たわ」

 

 ──まずいまずいまずい、どれくらいまずいかっていうとタイヤ味みたいなグミを食べた時くらいまずい。

 

 清香の全身の穴と言う穴から汗が噴き出る。確かにあの誤送信事件の夜メールが届いた。多分行き違いだったのだろう。

 それを見た瞬間、胸の奥がきゅぅっと締め付けられる気分だった。連絡を寄越してくれたという事実と送信から受信までのタイムラグを考えると両方同じことを考えていたという事実が浮き彫りになる訳で。

 

 忘れられていなかった。それだけでも充分に嬉しかった。

 文章はひどく不慣れで歪だったけれども。清香には充分過ぎるものだった。

 

 

 その後、制作真っ最中のあの誤送信の訂正するメールがあっという間に完成してしまった。

 万感の思いをありったけ載せて。

 

 ──あーその辺見られちゃってたかぁ……

 

 今思えばあれも酷いものだった。

 覚えているかぎりではスマホを抱きしめて10回ぐらいベッドの左右を転がり、しばらくそのメールを睨めっこしていたりしていた。

 あの時酔っぱらっていたのかって思う程に酷い。ルームメイトが寝ている横でそんなことをしでかしておいて隠すもクソもない。

 

 

 大きく溜息を吐く。

 もう遅いかもしれないが取り敢えず口止めだけはして置こう。彼氏へのメールを打っている最中にニヤついていたとか吹聴されようならいろんな意味で終わる。

 

「まぁまぁ。言ったりはしないよ。それにそっちは何だか平和だし黙って見てた方が面白そうだし」

 

「面白いって……」

 

 これでよかったのかよくないのか。面白がられているのはさておいて、黙ってくれるのは幸運か。

 ──谷本さんでよかったぁ……

 神様仏様谷本様。

 癒子は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、次の言葉を紡ぐ。

 

「ただ一つ条件があーる」

 

 わざとらしく清香を指さす。条件と聞いた瞬間壮絶に嫌な予感がしたのはきっと、当たっている。

 

「で、どこまで行ったのですかなぁ?」

 

 わざとらしくねっとりとした物言いで詰めて来た。

 前言撤回。

 悪魔が目と鼻の先にいる。ニーチェじゃないけれども、神は死んだ。

 ここでヘタに隠そうなら何されるか分かったものじゃない。それを悟った瞬間清香は肩をどん底まで落とした。

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ。3年の重みって奴ね」

 

 何かを悟ったかのようにうんうんと癒子は頷いている。一体何を悟っているんだろうか、このルームメイトは。

 中一の頃からの出来事を洗いざらい吐かされた清香は力なくベッドに居場所を移して寝転がる。

 

「で──最後に気になること一つだけ」

 

 まだあるのか。グロッキー気味に「何?」と尋ねると癒子は口を開いた。

 

「最後まで家坂君って子のこと名前で呼ばなかったね」

 

「ぅ」

 

 一番弱い所を槍で一突きされたような気分だった。これだけでも致命傷なのに癒子は追い打ちを続ける。

 

「ふつー付き合ってたら名前で呼んだりしない?」

 

 こうかはばつぐんだ、かいしんのいちげき。湊の好きなゲーム風に言うなら大体そんな感じだ。

 やっぱり他人から見てもそういうものか。自らの歪さを刺されてベッドの上でもんどり打つ。

 

「だって付き合って直ぐ卒業式で、ここに行く準備だったんだから仕方ないでしょっっ!」

 

 反駁してみたものの声が震えていた。

 叩けば無限に出てくる埃は、もっと繋がりを求めている。

 ──欲張りだなぁ

 なんて自嘲した所で収まるようなものじゃなかった。そんなもっともらしい理由を連ねた所で、本当の所は何をすればいいのか分からず足踏みしていただけだ。

 

 身から出た錆、自業自得。そんな言葉がお似合いだ。

 

「じゃあさ」

 

 癒子はさっき清香が座っていた椅子に腰かけて切り出す。一体何を言いだすのやらと、寝転がった状態で癒子の方を見ると少しどや顔気味に続きの言葉を紡いだ。

 

「付き合って初のデートいっとこうよ。今のうちに」

 

「へ?」

 

 頭の中がまとまらず、訊き返す。

 突然考えもしなかったことを言われた。部活やら勉強やらで学園の外に戻って遊ぶことなんて当面ないものだと。

 

「そろそろもっと忙しくなると思うよ。授業にも色々エンジンかかると思うし」

 

 それもそうだ。それにISを実際に操縦して実技スキルを上げて行かないと確実に置いて行かれる。そして練習に使えるISの数は限られており、空席が多いであろう土日が狙い時。

 多少慣れない授業で手間取っているとはいえ、今この瞬間が間違いなく──

 

「ん、ありがと。谷本さん」

 

 他人に言われて決心がつくこともある。かなり心が痛かったが、癒子の荒療治は効果てきめんだった。その点では感謝してもしきれなかった。

 

「あー癒子でいいよ。それと……後で結果教えてよ、それと彼氏あたしに紹介しなさいよ」

 

「そ れ は 駄 目」

 

「えー」

 

 ぷくーと膨れる癒子を他所に、スマホのカレンダーを見る。そして余裕のある日をピックアップする。だが、メールするにしてもこういった提案でタイムラグができるのは割と致命的じゃないのかと思い立った。

 電話なら即できる。もちろん、出来る時間帯は限られているが。

 

 一応今ならできる時間帯だ。

 けれども──こうして言葉を交わすのは久々だった。ここで言葉に詰まったらどうしようとか色々思うところはあったが、ふと見た癒子が「がんばれ」と言わんばかりに頷く。

 最早退路はなかった。

 逃げ場を失った今清香はただ前のめりに通話アプリを立ち上げ、連絡先の「家坂くん」の項目を押し、そのまま通話を開始した。

 ……IS学園には専用の電波塔があるそうだ。それを介しているためなのか若干湊の携帯に繋がるのに時間を要した。そして──

 

 

 

 

 

『はい、俺です』

 

 つながったと思ったら謎にかしこまった敬語が飛んできた。思わず吹き出しそうになるがここは堪える。

 

「家坂くん。やっほ」

 

 久々に湊を声を聞いた。

 メールの通りいつもと変わらない。安心すると同時に少し泣きそうになった。話したいことはいっぱいある。IS学園のこと、友達のこと。

 けれども、生憎双方電話し放題ではない。一定時間を過ぎればなけなしのお小遣いが一瞬で消し飛ぶ羽目になる。

 

『おう。元気にしていたか』

 

 メールでとっくに伝えたことでも実際の口から言葉にして伝えたいこともある。

 わたしは元気だってことも。君のことが好きだってことも。ぜんぶ。

 

「うん。家坂君もどう?」

 

『問題無しだ。で、どうしたんだ急に電話なんてして』

 

「うん、あのね──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちゃんと話せたかどうかは分からない。

 気付けばもう電話は切れていた。そして忙しなく書き殴られていたメモ帳には──

 5月○日11時、レゾナンス前で集合と書き殴ってあった。その傍ら癒子がニヤニヤしていたのは見ないこととする。

 

 ──やってしまった……

 

 癒子にノセられてしまった。自分の流されやすさに頭を抱えながらも同時に楽しみにしている自分自身もいた。帰省用の私服とかある程度ここに持ってきている。

 けれども、見慣れた動きやすいものばかり。それでいて全部見られたことのあるものばかりだ。

 うんうんと唸っていると、癒子の眼が一瞬光った気がした。

 

 

 それが気のせいなんかじゃないということをこの後すぐ、イヤと言う程思い知らされたのは言うまでもない。

 




 次回は湊視点。



 因みにありのまま今本作で起こっていることを話すと、甘酸っぱい話を書いてみようと思ってたのに、気付いたらベタベタなバカップルを書いていた。
 な……何を言っているのかわからねーと思うが(以下略)

 別口で書いてる作品がシリアスの反動が来ている気がしてきた……
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