「爺ちゃん! お願いがあるんだ!」
「なんじゃ? 家出は認めんぞ?」
「俺の鍛錬、少しだけ早めに終わらせて!」
「何故じゃ!?」
「もう少しで、掴めそうなんだよ! 壱ノ型が! だからお願い!!」
善逸の育手である桑島慈悟郎は怪しげに善逸を見る。最近、鍛錬が終わったら直ぐに何処かに出かけたり、偶に夜飯を食わずに帰ってきたら直ぐに寝たりと不審な動きに怪しがっていた。
そして、何故か壱ノ型は日に日に鋭く、速くなっている。まだ壱ノ型とは言える完成度ではないが、獪岳が出来なかった壱ノ型に近づいてきているのだ。
「……善逸、正直に答えい。いつも何処に行っている?」
「うっ……それは……まあ……」
「言わないなら許可は出せん」
「なっ!? それ卑怯じゃん!!」
秘密にしときたかったのはあくまで壱ノ型である霹靂一閃が出来るまで、内緒にしときたかったが、どうやら理由も聞かずに逃すつもりはないらしい。
「わかったよ……案内するから」
善逸は観念したようにいつもの場所へと桑島を背負って走り出した。
★★★
いつものように岩に座って善逸が来るまで、軽い瞑想と、全集中を短時間で繰り返し行えるように集中していた。
特に女である愛菜は刀を鍛つ際に思い切り力を込めるのに全集中の呼吸を使わねば男と同じくらいの力は出せない。呼吸を使って刀を鍛つのは初めてだと父に笑われたが、それくらいしなければ女の私は至高の刀を鍛てないからだ。
身体を整えている中で、足音が聞こえた愛菜は岩から降りて、善逸を迎える。
「あっ、来た来た。善逸く……そのお爺さんは?」
「ごめん。本当は隠すつもりだったんだけど、こっちが俺の育手の爺ちゃん」
「桑島慈悟郎じゃ。お嬢さんは?」
「私は望月愛菜です。えっと、雷の呼吸の師範さんですよね?」
桑島慈悟郎は頷く。
どうやら呼吸の師範であるこの人にとうとうバレてしまったようだ。
「如何にも、それで? お主達は何をやるんじゃ?」
「うーん。見た方が速いかもしれません。善逸くん、柔軟はした?」
「今着いたばっかだからまだです!」
「とりあえず、それから始めましょう」
善逸は股を開くと、愛菜は善逸の背中を押した。胸は当たらないが、善逸にはご褒美ですと言わんばかりの顔だった。それを見た桑島はやや不安だった。
「いだだだだだっ!! もう少し優しく!!」
「だーめ、あと10秒だけ頑張って」
「あぁああ──!!」
いつもはウフフと笑う善逸さえ痛みで涙が出る。
余りの痛さに悶絶するが、随分と身体が柔らかくなったように見える。柔軟が終わり、準備体操が終わった後に愛菜は善逸から十歩くらい離れた。
「じゃあ、始めましょう」
「うんっ! 今日は捕まえるから! 捕まえたら結婚して!!」
「考えるくらいはしてあげる。あっ、桑島さん、この銅貨を上に投げてくれませんか?」
桑島は愛菜に銅貨を渡された。
お互いに腰を低くして構える。ここは森、足場は不安定でお互いに竹刀は持っていない。善逸の背中には何故か紙が張られてある。
「何をする気じゃ?」
「鬼ごっこだよ。鬼ごっこ」
「鬼ごっこぉ? 特訓サボる理由がそれか!? 全く、ふざけるのも––––」
「–––いいから。見てれば分かるよ」
善逸の顔は真剣だった。
その一言で、桑島は渋々ながら銅貨を上に弾いた。2人はお互いの身体を見据えて、銅貨が落ちる音に耳を澄ませる。
キィン、と音が聞こえた瞬間、2人は地面を蹴った。
「なっ……!?」
地を蹴る速さと、常人なら捉えられない速度で、2人は動き出す。
シィィイイイイイイと呼吸音が聞こえた。追いかける善逸から聞こえた。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
爆発的な加速をした善逸に思わず目を見開く桑島。
その速さは間違いなく霹靂一閃に近い速度の業だ。縦横無尽に動く愛菜に一直線に加速する。しかし……
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 二連
「なっ!?」
善逸と同じ呼吸音に爆発的な加速。愛菜は直線的に速い速度で木を蹴り直線から
この鬼ごっこは善逸が愛菜に触れれば勝ち。そして愛菜は善逸の背中に張った紙を取れば勝ち。お互いに勝利条件は決まっているが、中々難しい。善逸は愛菜より遅いが、愛菜は善逸の背中に反応出来ない程の速度は出せない。故にこの森での鬼ごっこだ。
「うがあああああ!! 待てええぇぇ!!」
「善逸くん、呼吸意識! じゃないと捕まえられないよ!」
愛菜は走りながら善逸に声を掛ける。
必死ながらもついて行けている善逸だが、呼吸意識が乱れた瞬間、愛菜は自分の呼吸を最大限に引き上げる。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 四連
愛菜が自分から離れて木々を蹴り飛ばし、立体的に動くと呼吸の乱れた善逸は捉えきれずに、背中に張られた紙を奪われた。
「はい。私の勝ち!」
「くっそおおおお! 可愛い! 可愛いけど速いし追いつけない!!」
「残念でした! 結婚の約束は遠い未来になりそうね?」
「絶対いつか勝つからね! 絶対だからね!!」
「あははっ、期待しないで待ってるよ」
それを見た桑島は呆気にとられてポカンとしていた。善逸の霹靂一閃もそうだが、それよりも驚いたのは愛菜の方だ。霹靂一閃は雷の呼吸の基礎とも言えるが、雷の呼吸自体がとても難易度が高く、獪岳でさえ壱ノ型である霹靂一閃は身に付けられなかったのだ。
「お嬢さんは……一体」
「俺の未来の嫁!」
「違うわ。私は鍛冶屋の娘で、まあ善逸くんが家出した時に出会って、霹靂一閃を教えてくれたんです」
桑島は驚いた表情で善逸に視線を向けた。
到底信じられる話ではないからだ。善逸は霹靂一閃を身につけることが出来たのは最近だ。だが彼女にはそれ以前に出会っている筈だ。
「善逸、お前教えたって出来てない霹靂一閃を教えて、このお嬢さんは出来たのか?」
「愛菜ちゃんは凄いんだ。どういうものか教えたら1発で出来たし」
「何……?」
今度は愛菜へと視線が向いた。
それが本当なら後継者として名前が浮かび上がる。恐る恐る、桑島は真剣な顔で聞いた。
「本当なのか? お嬢さん」
「はい……一応ですが、でも鬼殺隊に入ろうとは思いません」
「それ程の才能があるのにか?」
「実家を継ぐつもりなので……ごめんなさい。この技、雷の呼吸の使い手しか覚えちゃいけないものでしたよね……」
少しだけ罪悪感がありながら俯いた
そう、基本的に呼吸は育手が教えない限り、教えてはいけないと思っていた。
だが、桑島はそんな表情をした愛菜に笑った。
「いやいや、見様見真似でよくそこまで出来たのぅ」
桑島は愛菜の頭を撫でる。
どうやら、少しだけ善逸の背中を押してくれたのが、この少女だと嬉しく思った。少しだけ照れていたが、朗らかに愛菜は笑っていた。
「分かった、善逸。朝の頼み、許可してやろう」
「ほ、本当にいいの爺ちゃん!?」
「構わん。お前が努力している事も伝わったからの」
霹靂一閃しかまだ出来ない善逸だが、それを高め合っている以上、許可を出さないと言うのも無粋な話だ。
それに、少女の優しい音も善逸を見ていると満更でもなさそうだと追記しておこう。
★★★
半年が経ち、秋になった。
善逸も愛菜も雨の日以外は毎日欠かさず、会っては鬼ごっこ、霹靂一閃が完成し、改良されていく。
雷の呼吸 霹靂一閃 六連
善逸が周囲の木々を蹴って愛菜に触れようとする。半年前とは違い見違えるほど洗練された霹靂一閃。
雷の呼吸 霹靂一閃 八連
しかし、半年無敗である愛菜はその上を行く。周囲の木々を蹴り飛ばして可憐に躱す。やはりまだ少しだけ、愛菜の方が速い。だが、善逸も背中の紙を取られにくくなり、鬼ごっこは長期戦になり、次第に足腰が強くなる。
「今のは危なかったよ!」
器用に木々と木々を蹴り飛ばして逃げる愛菜に一瞬の隙が出来た。掴もうとして追いついた善逸の手を躱した愛菜は苦し紛れに走る。直線なら足が速いのは呼吸を善逸より持続的に使える愛菜だ。常中ではないにしろ、回復の呼吸が早い。その差で善逸を上回っているのだ。
「うわっ……!」
「(一直線! ここなら使える!!)」
だが、善逸はその直線が唯一の勝機だった。霹靂一閃では走り負ける。だが、善逸は霹靂一閃しか使えない。だから極限まで強く、壱ノ形を昇華させる。もっと深く、速く、酸素の全てを足だけに溜め続け、爆発させた。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 神速
その余りの速さに愛菜は驚愕した。
躱そうと身体を捻ろうとしたがもう遅い。善逸の右手は愛菜の左腕を掴んでいた。
「あっ……!」
「いいよっっしゃあああああああ!!!」
「負けた……初めて善逸くんに負けた」
「勝った! 勝ったぞおおおおお!! 愛菜ちゃん、俺と結婚してください!」
「か、考えとく……じゃなくて!? 今の何!? 霹靂一閃より速かったよね!?」
愛菜は目を見開いて驚愕する。
今のは霹靂一閃の速さとは全く違うくらい速かった。ただ、いつも以上に疲れたせいか、すぐに倒れた。倒れながらも善逸は説明した。
「あれは神速、試してみたけど2回しか使えない隠し業だよ」
「もしかして、凄い負担がかかる?」
「と言うか霹靂一閃も何回も使って、足にガタが来てる……立てない」
「ちょっ、それ絶対に奥の手にしなさい!?」
慌てて善逸の脚袖をまくる。
そんな火事場の馬鹿力じゃあるまいし、脚が潰れたら話にならない。多分筋肉の全てが全開で酸素を取り込んだから、霹靂一閃よりも速かったのだろう。幸い、筋肉の断裂や骨に異常はない。それを確認すると安堵のため息をついていた。
「ほら、脚を前に出して。少しだけ
「えっ!? いいの!?」
「動けなくなって帰れなくなったら桑島さんになんて言わなきゃいけないの?」
筋肉が1番張っている所を優しく押す。霹靂一閃を覚える前の体力作りの時に自分の足をマッサージするからこれくらいお手の物だ。愛菜も呼吸に関しては善逸より上手く、使った後の回復が速い。だが、女と男ではつけられる筋肉に差がある。特に霹靂一閃は善逸のように神速を使おうとしても脚が耐えられずに潰れるだろう。
「ねぇ愛菜ちゃん!」
「ん?」
「俺と結婚して!」
「っ……! フンッ!」
「あだぁ!? いだだだだだっ!!?」
マッサージする時に1番痛いツボを押して黙らせた。ただ、羞恥の照れ隠しで自分の赤面を俯いて隠そうとツボを押す指をさらに強めた。善逸の地獄で鳴くカエルのような声に思わず笑ったのは言うまでもなかった。
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