第参話 別離です。
幸せが壊れる時はいつも血の匂いがする。
「1年くらい経って、殆ど勝てなくなっちゃったね。善逸くん」
「でしょう! だから俺と結婚……!」
「ごめんなさい」
「うがああああああああっ!!」
春になった。
善逸くんは13歳、私は15歳になった。
鬼ごっこはもう殆ど勝てない。そもそも、私は女で善逸くん程、足腰の筋力はない。全集中を連続で使用するのが速い愛菜は霹靂一閃の連発で翻弄していたものの、やはり限度がある。全集中を四六時中扱う全集中・常中は肺そのものが出来上がっていない為、今の私には使えない。それこそ善逸くんのように訓練すれば変わっていたかもしれないが。
そしてやはり女と男では筋肉の付き方が違い過ぎる。私は脚は速い方だが、それは女の中での話だ。男であり最初から鍛えていた善逸くんの方が次第に速くなり、今では善逸くんの方が速いくらいだ。
「まあ、1年前とは比べ物にならないくらい成長したね」
「でしょ! カッコよくなったよね!!」
「さあ? それはどうかしら?」
モテたいぃぃ!! と頭を抱えて欲望をぶちまける善逸くんに私は苦笑いしていた。でもまあ、偶には鍛錬以外の事もした方がいいのかもしれない。
それにどの道、善逸くんに渡したい物があるから。
「ねぇ善逸くん。今日の夜なんだけど、お月見をしない?」
「お月見?」
「今日は満月だし、あのお花畑で団子を食べながらお月見しようかなって、どう?」
地面に伏していた善逸くんが顔をギョルンと私の方に向く。今のはちょっと怖かった。フクロウみたいに首を動かされると何故か怖いのは私だけではない筈だ。と言うか、どれだけモテたいんだか……
「つまり、お月見デート?」
「いや、まあ捉え方は人それぞれだけれども」
「行きます!! 行きます!! 愛菜ちゃんと2人でお月見デートとか最高じゃないですか!!! 絶対行くから!!」
二つ返事で了承する善逸くん。
いつもいつも、意外と無自覚に照れ臭い事を言うから、少しだけ顔を赤くしていたのに気付かなかった。このタラシは……全く。
「お団子、悪いけど善逸くんが用意出来る? 私、この後少しだけ忙しいから」
「うんうん!! 任せて!! 百個でも二百個でも作るから!!」
「いや二十もあれば十分よ。お腹壊しちゃうからね?」
夜が深くなる半刻にまたここで会う約束をした。
そして私と善逸くんは修行場を後にし、それぞれの家に向かい始めた。
★★★
「おおっ! いいじゃねぇか! 刀を研いでるのか!」
「あっ、お父さん。仕事は終わったの?」
「あたぼうよ! それ愛菜の鍛った日輪刀だろ? 俺が認めた中の一つ」
「うん」
鍛冶屋として刀を鍛つ。
その中で5年の間で、お父さんに認められた刀は二振りだけだ。本来なら女である私は鍛冶場に入る事さえ笑われる。だが、めげずに5年も修行して、日輪刀は二本とは言え完成したのだ。
「おおっ、いい出来だ。こりゃあ鼻が高い」
「ふふんっ、でしょ」
自慢気に私は笑った。
それを見たお父さんは何かを察したようでニヤニヤと笑っていた。
「それ、お前の彼氏に渡すのか?」
「ぶっ!? 彼氏じゃない! 鬼殺隊に入隊希望の男の子だよ」
「やーっぱ、彼氏じゃねぇか」
「違うってば!!」
反論する私にカラカラと笑うお父さん。
駄目だこの人全く話を聞いていない。楽しんでいるとわかった瞬間、腹パンをくらわせた。地味に悶絶しながら「……流石俺の子だ」と言ってお腹を抑えていた。私は悪くない。
鋭く尖った日輪刀は綺麗な直刃で女の人がが鍛った刀とは思えないくらいの綺麗な刀だった。文字だけ名前を入れる。入れ終えたら、鞘に収めてしまい、私はお気に入りの白い着物を着始めた。
「(善逸くん、喜んでくれるかなぁ?)」
刃先に一変の欠けも無し、居合に優れた綺麗な直刃。自分の中でも最高傑作であり、その美しさに父も目を奪われるらしい。意外にも、自分の刀を受け取って貰えるか少しだけワクワクしていた。
────トントン
不意に鳴った扉の音。お父さんも私も首を傾げた。
「こんな時間に誰だぁ?」
「お客さん?」
「この時間にか? 見に覚えがねぇんだけど」
今は月が出る夜。20時辺りの時刻だ。
どの道、私に対しての客じゃないのは確かだ。善逸くんは私の家を知らないし、約束の場所で待ってる筈だから。
────トントン
「はいはい。今開けますよっと」
お父さんが戸が開いた先。そこに立っているのは場違いにも黒いコートに白い帽子を目深かにかぶった男。春にも関わらず、その厚着に思わず奇妙な感覚を覚え、震える。
それは嫌悪感だ。
刀を見れば愛菜は鬼をどれだけ斬ったか、刀がどれだけ血を吸わせていたのか分かる。血の匂い、脂の曇り、刃の摩耗、鉄の錆から分かる。
もちろんそれは剣に限っての話だ。
だが、この男からは夥しい程の血の匂いがする。
その男の口元が三日月のように裂けていく様子をお父さんの後ろから私には見えた。見えてしまった
「こんばんは」
「ぇ……?」
「……はっ?」
そしてお父さん貫いた鋭い巨大な針のような腕も、見えてしまった。
「そして、さようなら」
貫いた腹から流れる臓物に、むせ返るような血の臭いに私は一瞬呆然としてしまった。身体が震えた状態でその男の表情を見た。快感からでもなければ復讐からでもない。その感情は無だ。
まるで目の前に猫が通り過ぎたかのように、何の感情も湧かない。ただ殺戮的な感情を持っているならばまだマシだった。
まるで実験を細かく分析しているようで、人の事を何にも思わない。傷付ける事も、殺す事も罪悪感の一つすら感じない。そこに喜びも達成した顔も無い。まるで自分に殺されるのが当たり前と捉えているような怪物が目の前に居た。
「成る程、ガタイのいい男ならば少しはマシかと思ったが、期待外れだ」
父の身体が膨れ、爆散する。
まるで水風船が破れたかのような血の飛び散り。そして、その男が口にしたガタイのいい男ならばマシ、つまり適当に選んで適当に殺した。その事実に私の感情は一瞬にして激昂に変わる。
「お前! お父さんに何をしたぁ!!!」
立て掛けてあった父が鍛った日輪刀を咄嗟に抜き、呼吸を深く吸う。愛菜は鬼殺隊では無い。だが、呼吸は使える。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 八連
自分の家を立体的に動き、その男の背後を取り、首を狙って抜刀する。この気配は人間じゃない。愛菜自身、初めて見るが恐らくは……
「……ほう?」
鬼だ。夜に人の世を騒がせる悪鬼。
愛菜の壱ノ型は黒いコートに掠っただけで傷一つ無い。
「貴様……鬼狩りか?」
「鬼……狩り……?」
「……どうやら知らぬようだがまあいい。貴様も試させてもらうぞ」
右手が鞭のように伸びた。
いや、鞭では無い。鞭に見えるがその側面は怪物の顎のように、まるで捕食するかのような、とにかく触れたら終わりと言う事だけが直感で理解出来た。それを必死に躱すが、早過ぎる。
「くっ……ガッ……!?」
脇腹が軽く掠った。
だがそれだけで、腰の肉が抉れた。その激痛に叫びを上げたいが、叫んだところで今の村の人達が出れば返り討ちにされ死人を大量に出す。
呼吸を意識して血の巡りを意識する。
止血に至らなくとも痛みが先程より引いた。
「一つ、答えて……」
「何だ?」
「何で、お父さんを殺した……! 見た感じ……恨みがあった訳でもないのに……何で……!」
脇腹を抑えながら、目の前の男に叫んだ。
血が滲み、白かった綺麗な着物は赤く染まる。痛みが酷くて気を失うのも時間の問題だ。だが、それでも何故殺したのかだけは知りたかった。男はため息をついて語る。
「何を言うかと思えば、何を感じただと? そこに感情があると思うか?」
「っっ……?」
「私に殺されるのは大災に逢ったのと同じだと思え。嵐、津波、避けられぬ災害に命を落とす事があれどもそこに怒りなどないのと同じ、だから貴様も鬼狩り共も異常なのだ」
愛菜はこの男の言葉を理解出来なかった。
まるでそこに居れば死が確定しているから、怒りはなく、生き残れて安堵するべき。男は何の変哲もなく言い放ったのだ。
異常だ。否、異常と言うレベルでは無い。
残忍無慈悲かつ傲慢に生きる怪物。それがこの男の本質であり、全てなのだ。父の命を踏みにじったばかりかそれをさも自然の摂理とばかりに語る姿に怒りの限界を超え、かつて無いほど冷たく腹の底まで厭悪が渦を巻く。
「そんな理由で……」
「?」
「そんな理由で……! お父さんを殺したのかああああああああ!!!!」
激しい憎悪と渦巻く怒りに刀に血が滲むほど握りしめる。呼吸を最大限に体制は低く、そして蹴り締める地面は抉れ、その加速は通常の霹靂一閃を超えた。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 神速
男の鞭の手より速く首を捉えた愛菜はそのまま首を断ち切る。
だが、しかし……
パキンッ!!
「なっ……!」
首を断ち切るどころか、日輪刀自体が折れてしまったのだ。愛菜の腕力では男の首を切断するまでに至らなかった。そして、その瞬間決定的な隙が出来てしまった。
「フンッ」
男は即座に振り向いて巨大な針のような腕で愛菜を貫いていた。鋭い痛みと、気を失いそうなほどの出血量、そして何かが流れ込んでくる不快感が襲い、混じったように傷に流れ込む。
「ガッ……?!」
「今のは……雷の呼吸か? だが遅すぎる」
あの男に刺された箇所を起点に変化が加速した。全身に電流が走るような痛み。腹から伸びた遺物の神経を伝って、異質な何かが全身に行き渡る。
「ガッアアああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」
自分が出せる声に思えないくらい痛みで叫ぶ。身体が悲鳴を上げて、身体は信じられないほど熱くなっていく。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!
骨が焼けるような痛み、全身に針を刺す痛み、身体が切り刻まれる痛みが延々と襲い掛かる。
頭の中に流れ込んでくる知らない情報に脳が溶けてしまいそうだ。
筋肉や骨や神経や皮膚。肉体のあらゆる部位を、全身の細胞一つ一つに至るまで全てが変化を遂げていく。
「この程度の血の量で苦しむとは、太陽を克服する鬼など、そうそう作れたものではないな」
身体から血が溢れていく。
力が抜けて血溜まりの水溜りに身体は崩れ落ちる。身体に流れ込む力に食い殺されるようで、苦しくて瞼が閉じていく。
走馬灯のように駆け巡る思い出、いよいよ死ぬと自覚せざるを得ない状況に瞳は光を失っていく。
『ーえ、■■知っ──?』
『ー滅──? 何ーれ──?』
『なーよ──意外──白ーじゃ──』
『面白──しょ──その漫──推──ね?』
頭の中に流れてくる知らない光景。
最後に見た男は自分が振るっていた父の日輪刀を踏み砕き、何処かに行こうとしていたのを微かに目に焼き付け、私の意識はここで途絶えた。
★★★
我妻善逸は約束の花畑に一足先に来ていた。
その場所は鬼ごっこが終わり、休憩中に愛菜が教えてくれた場所だ。
『夜になると、蛍がいて綺麗なんだよ?』
月明かりに照らされて、蛍の光で微かに花畑が光って見える。確かに、綺麗で絶景だ。
「遅いなぁ……愛菜ちゃん」
約束の時間の21時を超えている。爺ちゃんに許可をもらって22時半までならと許可されたのだ。流石に桑島も無粋な真似はしたくないようだ。
「あっ、月が……」
月が雲に隠れてしまい、花畑が見えなくなるほど、暗くなる。これでは帰る時に森を突っ切るのは危なくなるほどに暗くなっている。
「うわっ、暗い。愛菜ちゃん大丈夫かな?」
ガサッ、と音が聞こえた。
森の奥から聞こえた足音に善逸は音が聞こえる方向へ向かう。
「愛菜ちゃん!」
だが、そこにいたのは愛菜ではなかった。
涎を垂らしながら、善逸に近づいていく。
「ギシシシ! ナンダァ? コンナトコロニ、ガキガイルトハナァ!! オレハウンガイイ!!」
──鬼だった。
「う、うわあああああああああっ!?!?」
善逸は逃げようとした。当然ながら日輪刀は持っていない。この場所の近くには藤の花が咲いていて、鬼などが滅多に入る事はない筈なのに……
「か、雷の呼吸! 霹靂–––––!」
「キシャア!!」
「うわあっ!?」
善逸は逃げようと雷の呼吸を使おうとした瞬間、鬼から伸びた長い舌が善逸の足元へと巻き付いた。
「く、来るなぁ来るな来るな来るな!!」
逃げようにも徐々に近づいていく鬼。
長い舌を切る事は出来ないし、鬼と力比べなんて馬鹿らしい話だ。
鬼はあんぐりと牙を剥き、笑いながら善逸に飛びかかった。
「ギシシシ! ジャア、イタダキマス!!」
善逸はこの時、死んだと思いながら目を瞑る。せめて日輪刀さえあれば結果は変わっていたかもしれない。だが、今の自分に起こせる行動は足を絡め取られてなかった。
「誰か……助け、助けてぇぇぇ!!!!」
善逸がそう叫んだ瞬間。
善逸の鋭い聴覚に聞こえた音に呼吸が止まる。それは、いつも自分の前を走り、逃げ回る時に使う彼女の呼吸音。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
「ナン……エッ?」
キィン、と刀が納刀された音が聞こえた。
鋭く速い居合い抜きが、鬼の首を切り裂いた。血が噴き出て、来ていた白い着物は赤く染まっている。
「ま、愛菜ちゃん?」
暗くて見えなかった。
鬼と思われる存在の首が落ちた音と、少し変わったような優しい音。
聞こえたのはそれだけだった。
遮られた月明かりが照らし始める。見えなかった暗闇が消えていく。
そこにいたのは……
「……………………えっ?」
そこにいたのは愛菜ではなかった。
刀を抜き、流れた返り血で汚れ、白い着物は見る影もなく黒く染まっている。
「なんで……」
今宵は満月、我妻善逸と愛菜は白い花が咲くこの場所で月見をしようと約束した。夜の事だった。いつも稽古から逃げている善逸に、この花畑でいつも花のように笑う愛菜。
「なんで……!」
月は少し隠れていた。遮る雲は風に流されて徐々に月明かりが少女を照らす。そこに居たのはバラバラに引き裂かれた血肉と、一部が鬼の返り血で赤く染まった花畑。
「なんでなんだよ……!?」
目を擦っても現実は変わらない。
善逸に背を向けて血溜まりの花畑に立っていた初めて出会った時の白い着物は見る影もなく黒く染まったいた。
ただその音はいつも優しかった少女のものではなく、それはまるで……
「なんで君が鬼になってんだよ?! 愛菜ちゃん!!」
鬼となった愛菜の姿だった。
長い爪で少し伸びた歯牙、白い着物が血で染まり、綺麗だった琥珀色の瞳は見た事がないよう紅色に染まっていた。
悲しい音をして見下ろす鬼の姿をした愛菜だった。
「………………」
近づいていく愛菜に善逸は思わず腰が抜けながらも後退りしている。愛菜は近づいて血で汚れていない左手を差し出そうとする。
しかし、今の善逸には恐怖の方が勝った。差し出した手を払って、腕の力だけで後退していく。
「い、嫌だ……」
善逸に近づこうとする愛菜に善逸は思わず叫んだ。
「こ、来ないで! 来るなよ鬼……!!!」
「!」
その言葉を聞いた瞬間、鬼である愛菜の足は止まった。笑顔など作れる筈もなく、声すら出せず、鬼となった少女は持っていた二振りの日輪刀の一振りを地面に置いて、善逸から離れていく。
瞬間、無意識に放った言葉を自分で理解した。愛菜を鬼と決めつけて拒絶してしまった。
その時、善逸が聞いた鬼になった愛菜の音は……
「(泣いて……泣いているの?)」
聞いた事がないくらい悲しみに溢れた音だった。だが、気付いた時にはもう遅かった。
愛菜は善逸から逃げるように走り去っていく。
「まっ、待って……! 待ってくれよ愛菜ちゃん!!」
善逸の声も虚しく、走り去っていく愛菜には響かない。腰が抜けて立てない。今の善逸は追いかける事も出来ない。
「待って……! 待ってくれよ!!」
月明かりに照らされ、微かに揺れた瞳から溢れた涙に気付いて善逸は叫ぶ。
「行かないでよ……!! 愛菜!!!」
悲痛の叫びと善逸の思いが伝わっていたのか、聞こえていたのか分からない。
ただ、善逸の聞こえていた音はもうその時には完全に途絶えていた。
★★★
思い出した。
全て思い出した。
自分が居た世界。■■■■であった筈の自分を全て、知ってしまったのだ。
自分は『鬼滅の刃』の世界線に居る事に。
流れ込んできた情報、自分の前世とも呼べる記憶、この身体は、この存在する人間は我妻善逸と関わる筈の無い人間。
『望月愛菜』なんて自分は本来存在しない筈の人間だ。善逸は本来、雷に撃たれた後に霹靂一閃を習得した。
誰かが霹靂一閃を教えたなんて回想は存在しない。
「…………」
死にかけた筈なのに、血は出ない。
喉を潰された覚えは無いのに、声が出ない。
気が付けば、爪は長く、歯牙は伸びて、近くの水面から覗いた瞳は赤く染まっていた。着物は血で滲み、父と思われる肉塊はバラバラに四散していた。
にも関わらず、どうしてこんなに冷静なのか分からない。まるで自分はこの世界を傍観する立場から見ているようだ。
「…………」
今の自分は『望月愛菜』では無い。
今の自分は■■■■として世界を見ている。故に今の自分は驚く程冷めているのかもしれない。
自分が鍛ったと思われる二振りの日輪刀。
自分はこれを善逸に渡す筈だった。だが、今の自分は■■である以上、これ以上は原作に関わってしまうのでは? と言う不安に足が止まる。
『望月愛菜』は死んだ。
鬼となった■■■■に殺された。いや、下敷きにされたと言うべきかもしれない。
『望月愛菜』でも無いのに、これ以上関わる理由はあるのか? 自分は最早鬼となった原作知識を持つ少女に過ぎない。そんな人間が日輪刀を渡しに行くか?
「…………」
ただ、考えてるより先に身体が向かっていた。それは『望月愛菜』がとるべき行動だったのかは分からない。血濡れた着物を着替えもせずに二振りの日輪刀を持って善逸が居る白い花畑に向かった。
鬼がいた。
鬼が善逸に襲い掛かろうとしていた。
その瞬間、身体が何をすべきか分かっていた。二振りの内、一振りを構えて呼吸を始める。いつも、いつも『望月愛菜』が善逸から逃げる為に使っていたから。
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
自然と身体がどうするべきか、理解していた。
超速で鬼の首を抜刀で落とすと、鬼の血が荒々しく噴き出して、地面に倒れていく。
「…………」
せっかくの満月は雲に隠れて台無しだ。
徐々に雲は流され照らされて、蛍が照らし光る白い花畑は見るに堪えないほど赤く染まる。
善逸は私を信じられないものを見た眼で怯え始めた。手を伸ばそうとした瞬間、その手は払われた。
「い、嫌だ……」
困惑しながらも善逸に近づこうとする私に善逸は思わず叫んだ。
「こ、来ないで! 来るなよ鬼……!!!」
「!」
完璧なまでの拒絶だった。
忘れていたのだ。今の自分は鬼、鬼に堕ちた人間である以上、怖がるのは無理がなかった。
冷静にそう考えていた。
客観的に見ても自分はそうであると納得している筈なのに……
「っ…………!」
気が付けば胸が苦しくなって、涙が零れていた。今の自分は『望月愛菜』ではないのに、■■■■の筈なのに、胸が苦しくて、目の前が歪んで、震えた脚で善逸から離れていった。
「(ごめんなさい……ごめんなさい……!)」
分かっていた。
■■■■であろうとも、この身体は今を生きて、この思いは偽物ではないと分かっていた。ただ楽しかったと言う思い出も、笑ったりした思い出も、全部『望月愛菜』が経験し、『望月愛菜』が手にした気持ちだ。
憑依した私が手にしていい感情ではない。
別人格のように変わり、手にしていい感情ではない。憑依モノは面白いとか言った奴を殴りたい気持ちだ。
私は別人、我妻善逸の隣にいた『望月愛菜』ではない。
なのに、その筈なのに……
「行かないでよ……!! 愛菜!!!」
悲痛の叫びで呼ぶ彼を見て、涙が止まらないのは何故なのか理解出来なかった。
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