事務作業が多い日は身体を動かしてないにも関わらず、とても眠くなる。お気に入りの喫茶店に行く暇もなく、外の空気の代わりに葉巻を吸いながら研究室に閉じこもり、黙々と事務作業をこなしていく。時計塔のロードともなれば仕事の助手の一人や二人くらいは雇えば良さそうなものだが、あいにく借金を抱えている身としては人件費に金を割く余裕はない。弟子のグレイや教室の生徒達に頼る事も頭に浮かんだが、その思考は熟考の余地なくすぐに消えた。単純作業と言えども、もし私が受け持つ学生達に不慣れな作業をやらせれば、大なり小なり必ずどこかにミスが生じる。ミスは自信を失わせ、少なからず魔術に影響を齎すだろう。本来、私がやるべき仕事で彼らの未来をつぶしてはならない。グレイに至っては私の不摂生もあってか、十分に負担をかけてしまっている。これ以上、彼女に無理を強いるべきではない。
それに認めたくはないが、この仕事に相応しい人材はこの時計塔内の中では私が一番適任だ。
「……終わった」
仕事が終わり、静寂が包み込む研究室で小さく独りごちる。
机の上のティーカップを手に取って、中に入った冷めた紅茶を一気に飲み干し、黒いワイシャツの首筋のボタンを外して、ソファーに横になる。
「はぁ……」とため息を付いて、カフスボタンを外して目を瞑る。恐らくこのまま眠ってしまったら、浅い眠りになり、また例の夢を見るだろう。
それも仕方がない。
良くも悪くも聖杯戦争は私に多大な影響を与えた。日中のほとんどを景色の変わらない仕事に費やせば、人生の中で最も印象深い出来事が夢の中で現れる。
聖杯戦争の夢は同じような事象を再体験する時もあれば、『仮にこうなっていれば』というイフのストーリーを追体験する場合もある。
どうやら私が今回見た夢は後者の方だった。
*
「おい坊主。起きろ」
野太い声で僕は目が覚める。
「……どうしたんだよ、ライダー」
手で目を擦りながら、近くにあった小型のアナログ目覚まし時計を見る。
「ゲッ……! まだこんな時間じゃん。あのなライダー、眠って魔力を回復させるのも聖杯戦争を戦い抜くための一環なんだぞ。それをお前……」
ぼんやりとした頭で僕はライダー(アレクサンドロス三世、異称は征服王イスカンダル)にずらずらと文句を言うが、何やらライダーが怪訝そうな顔を浮かべている事に気付き、一瞬だけ言葉を止めた後「ライダー?」と呟いた。
「酔えん」
「はぁ!」
何言っているんだコイツは。さっきこの家のお爺さんを巻き込んでたっぷりと飲んでいたろうに、まだ飲み足りないのか! よくもそんなくだらない事で僕を起こしたな!
「なぁ、坊主。この冬木とかいうポリスには多様な民族が居住しているのか?」
また訳の分からない事を。それに冬木は都市じゃないぞ。
「冬木に誰が住んでいようが僕が知るか! 用はそれだけか。じゃあ眠るからな」
僕は布団に潜りこむ。
「金髪碧眼の男を見かけたそうだ」
「え?」
僕はその一言で目が覚めた。
「先の夕食時、ご主人に聞いたのだが、ここら一体で『がいこくじん』というのは珍しいと言うのだ。どうもこの土地では古くから大地主が幅を利かせているらしくてな。碌に改修工事も行われなかったためか、去る人間はおっても新たに居を構えようとする人間はほとんどおらんかったそうだ」
大地主……遠坂家と間桐家か。
「観光……っていうわけじゃないよな」
僕が冬木を調べるにあたって、観光名所となり得るような場所は特に無かったと記憶している。
「余がいた時代では信じられぬが、今は『ひこうき』という乗り物があり、それに乗って地球のあらゆる場所に行けるという。余も現代に受肉したならば『ひこうき』であらゆる場所に赴いてみたいものだが。……まぁ、それはいい。余が気になったのはな。その男が『くるまいす』とかいう『ひこうき』とは似ても似つかぬ物に乗っていたという事だ」
車椅子に乗っていた? という事は観光は限りなくゼロに近い。その男が冬木に昔から住んでいた可能性も考えたけど、最近になってお爺さんが見たという話から考えると、その線も低い。
「……なぁ、ライダー。お爺さんの話だと車椅子の男って何歳ぐらいだったんだ?」
僕がそう言うと、ライダーは人差し指で頭をポリポリと掻く。何やら困った顔をして中々口を開こうとしない。
「なぁ、ライダー。何黙っているんだよ」
早く話す様に急かすと、ライダーは一つ息を吐いて、重々しく口を開いた。
「歳はなぁ……遠目ではよく分からんかったらしい。それで余は、先ほど戦車でこの家のご主人が見たという場所まで行ってきたのだ」
「はぁ? 何言ってるんだよ。僕は寝てたし、お前一人で単独行動できる範囲なんてかぎられているだろう……ってまさか!」
「揺りかごの様だったろう! ハッハッハ!」
寝ている僕を戦車に乗せて走ったのか!
「安心せい! 体調を崩さぬよう寝具も共に乗せたのだ!」
布団もまとめて勝手に飛行宝具に乗せられるなんて、マスターとサーヴァントの主従関係はもうメチャクチャだ!
「……それで、どうだったんだよ」
終わってしまった事はしょうがない。不貞腐れた声で僕はライダーに成果を聞く。
「ああ、確かにおったわ。こんな真夜中にも関わらずにな」
「それって……」
冬木は確かに東洋系の顔つきである日本人が多い。その中でアングロサクソン系の特徴に代表される金髪碧眼の男が、この町を車椅子で動いているのは確かに不自然だ。聖杯戦争の時期というのも相まって、マスターあるいはその関係者である線が濃厚だとライダーは考えたのか。
ただ東洋人でもアインツベルンでもないとすると、他に外国人のマスターなんて僕の他に……!
「ライダー! 歳は分からなくても着ている服とかはどうだっだんだ! 青い礼装を纏っていなかったか!」
僕は何か心の中で、ざわざわとした嫌な物が蠢く感覚に襲われた。
「さあのぉ……暗かったし、よぉ、見えんかったわ」
「そっか……」
僕が顔を伏せると、額にライダーの指が弓矢のように飛んで来た。
「いだぁあ!!」
「なぁ、坊主。いい加減もう見当はついているんだろう。十中八九、あの男は港で邂逅したランサーのマスターだ。あんな風に無防備な姿を余達に晒すなど、何か訳があるに違いない」
ライダーは不敵な笑みを浮かべる。
「いてて……。なんでお前は証拠もないのに、ランサーのマスターなんて断定的に言えるんだ。他にも可能性はたくさんあるだろ」
僕はヒリヒリする額を右手で優しく擦ってやる。
「ご主人から話を聞いた時までは、いかに余でも半信半疑であったが、坊主の素振りで確信したわ」
「僕の?」
「ああ。港での会話から察するに坊主はランサーとのマスターの間に確執があったのであろう。だから坊主は金髪碧眼の男に興味が湧いた。その互いに意識した確執こそが決め手となった。しかし訝るべきは『くるまいす』に乗っていたということ。あの日はどこぞに潜んではいたようだが、ランサーが身を引くと共にかすかに足音は聞こえた。つまりはまだ傷は負っていなかったのだ。一体いつ、かの乗り物に乗らなければならない程の傷害を負ったのか、それは分からん。他の陣営に手痛くやられたか、あるいは予想だにしない事故にでもあったのか」
ライダーは目を瞑りながら、馬鹿でかい右手で顎をさする
「ランサーのマスターは小僧に話があると余は見た。であるからこそ、ここ等一体をうろついておるのだろう。魔術師でも余達の位置を探し出せないなど、小僧っ子の魔術結界も中々のものよのう!」
なんか馬鹿にされたような気がして、僕は腕を組む。
「仮にあの人だったとしても、僕なんかに話があるなんて、とても思えないけどな」
「なぁに……他のマスターに狙われる危険も顧みず徘徊しているのだ。余達とそこまでして会したいという事は、そう悪い話ではないと余は思うぞ」
ライダーはニヤリと笑う。
「それに坊主はランサーのマスターに師事していたのであろう。得た学識はどうあれ、知見を広げて貰った御方は丁重に迎え入れてやらなければならん」
「それも知っていたのか?」
「当然であろう!」
ライダーは哄笑し、僕は大きくため息を吐く。罠かもしれないと思いつつも、僕達はケイネス先生の所へ向かった。
続