風が吹いている。それもただの風ではない。華奢な青年一人が真っ暗闇な夜空に放り出される程の暴風だ。
僕は吹き飛ばされないように、精一杯の握力で戦車の縁を必死に掴む。
「ハッハ! 坊主、中々この戦車にも慣れて来たんじゃないか?」
ライダーが戦車と称するこの飛行宝具は、巨大な牛のような生物が僕とライダーが乗っている車体を引っ張ってくれている。まるで戦闘用に改造した馬車みたいで、僕が知っているキャタピラで走り回る戦車とは随分違う。
「あれだけ振り回されれば加速度病もどっかに吹っ飛んじゃったよ。それよりもお前はサーヴァントの癖に、自由に行動し過ぎなんだよ!」
僕達は今、ケイネス先生が徘徊していた場所へと向かっている。でも時刻は真夜中の午前三時過ぎ。果たして先生は、同じ場所に何時間も留まるのだろうか?
「中々言うではないか! よぉし! ではそろそろ目を光らせておけ。先ほど、ここらで余は『くるまいす』に乗っているランサーのマスターを見たのだ!」
……まったく。本当に先生本人かどうかも分からないのに、よく言うよ。
それにライダーに言われるまでもなく、僕は先生を見つけるための探知魔石は準備済みだ。この魔石は魔力波を感知して発光し、魔術師が醸し出す魔力量に応じて色が変わる。先生みたいに魔力が高ければ赤色に発行し、僕みたいに魔力が低ければ青色になる。
……だから今は青色。
いや悲観になっている暇なんてない。弱気の悪魔が囁く劣等感よりも戦況の把握の方が重要だ。いくらライダーが協力なサーヴァントだからといって、僕が胡坐をかいていい理由にはならない。
僕は魔石をじっとみる。先生がこの近くにいるのならば、魔石は赤色へと遷移するはずだ。
魔石は青色に輝き続けている。ライダーは戦車のスピードを緩めて、ゆっくりと夜空を走っている。まるでサンタクロースになった気分だ。
「おい、坊主。何をぼうとしておるのだ。下を見なきゃ分からんだろうが」
電灯しか明かりが無い真夜中で、人なんて見つけられるものか。それに、いくらいつもより低空飛行しているからといって、地面に落ちたら骨折ではすまない高さだ。
「先生が近くに居れば、僕が持ってきたこの探知魔石に反応があるはずなんだ。わざわざ危険を冒して下を覗き込むような真似は、僕はしたくないからな」
したり顔で僕はじっと魔石を見つめる。
「ちなみに坊主。その魔石とやらはランサーのマスターも存知の事であろうが、果たしてそれで本当に探し出せる品物なのか?」
ライダーは手綱を握りながら僕を一瞥する。
「相手が魔術防壁を展開していたら無効になるけれど、先生は僕達に会いたいんだろ。だったら、見つけられるはずさ」
僕が自信たっぷりにそう言うと、ライダーは僕に背を向けるように暗闇にしかない正面を見据えた。
「……それは五体満足の事であろう。良いか。『くるまいす』がどういう構造をしているかまでは知らんが、アレは外傷、内患、精神疾患、老化による筋肉減衰に至るまで、およそ我々が共通認知する所にある健康ではない人間が乗る物であろう。ましてや戦闘など行えるべくもない」
「お前、何が言いたいんだよ」
ライダーはいつも豪放な癖して、たまに諭すような遠回しな話し方をする。
「つまりだ。ランサーのマスターは小僧が知っている時とは別の心身状態にあると考えていた方が良い」
「確かに車椅子に乗っていれば、障がいは何かしらあるだろうな。でも、それってあくまで人体の問題だろう。先生が持っている魔術回路には何ら影響はないんじゃないのか?」
「忘れたのか? これは魔術師同士が戦う聖杯戦争だと。我々サーヴァントはあくまでも兵士に過ぎん。兵士を囮に使い、大将が打ち取るなんて戦法は戦において初歩中の初歩である。ランサーのマスターは優秀な魔術師であろうが、そこを逆手にとって勝利をもぎ取る方法などいくらでもある。……なぁ、坊主よ。魔術回路に全く影響がないと考えるのは些か早計ではないか?」
僕はムッとする。
「だったら、僕達の行動自体が罠に嵌まっていると言えるんじゃないのか?」
「その事だったら安心せい! ここには余がいるのだ。どんな策を張り巡らそうが、必ず坊主を守り抜いてみせようぞ!」
ライダーは街中に響くほど哄笑する。
「……都合がいいな。全く」
探知魔石も青色から変わる様子もないので、僕はため息をつき、仕方なく縁に手をかけて、おそるおそる戦車の下を覗く。
冬木は電灯も少なく、深夜営業の店もほとんどない。暗闇の中、僕は目を凝らして何とか動いている物を探す。車は数台走ってはいるが、歩行者なんて全然見当たらない。
僕はさらに戦車の縁から身体を乗り出し、さらに下に目を向ける。
するとそこへ、黒い点が歩道を少しずつ移動している姿が見えた。
「ライダー!」
僕はすかさずライダーを呼び、その黒い点を指さす。
「見つかったか!」
ライダーがこっちを振り向き一瞥すると、すぐさま僕が示した方向へと目を向ける。
「ライダー高度を下げて!」
「了解だ! 坊主! 一気に行くぞ!」
「いや、もうちょっと確認を……」
「振り落とされるでないぞ!」
戦車が方向を変え、スピードを上げる。身体を乗り出していた僕は、危うくその衝撃で放り出されそうになるが、何とか身体の重心を下に向けて夜空の星にならずに済んだ。もっとも、ライダーに文句を言う余裕も無くなったわけだが。
空から路上に落ちるように降りると、目の前には車椅子に乗ったケイネス先生がいた。
続