Never again   作:でぴょん

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第7話 先生の夢-Ⅲ

 今、僕達の目の前にいる人物こそ、かつて大勢の魔術師の卵達の前で教壇に立ち、自信を持って教鞭を執っていた男だ。僕とは折りが合わなかったが、基礎を諭し、応用へと導かせる時計塔のロードとしては間違いなく一流であった。

 その人が頭に包帯をぐるぐる巻きにして、多くの汗を掻きながら、乱れた息を整えている。

 僕はその姿を見ただけで、心臓の鼓動が凄まじい勢いで鳴り始めた。呼吸が荒くなり、身体の震えが止まらない。僕は両手で全身を抱きかかえるように身体を丸めて、大きな箱の中で縮こまった。

 ライダーの言葉は半信半疑ながらも先生と会うことに覚悟はしていたはずだ。なのにどうして? 別に魔術の影響でも無いにも関わらず、先生を前にした途端に不快な感情が僕を包み込み、呼吸が苦しくなる。

 別に先生がどうなろうと僕の責任じゃない。……でも、僕が聖遺物を盗まなければ先生が大けがをする事なんてなかったんじゃないのか。

 自問自答が宇宙の膨張のように頭の中を加速し、思考が止められない苦しみが頭の掻き乱す。

 不安と恐怖が臨界点に達し、意識が混濁する。

 

 怖い、一体、怖い、何が、怖い。

 

 その時ふっと、はち切れんばかりの頭が暖かくなり、じんわりと緊張が緩んできた。

 ごつごつとして僕の頭を包み込む程大きな手。ライダーの手だ。

 ぽんぽんと三回軽めに叩かれると、僕は次第に安定した呼吸を取り戻し、不快な感情はどこか遠くへと飛んでいき、意識が自己ではなく他へと向けられる様になった。

「記憶は時に薬にも毒にもなる。己を俯瞰しその正体が毒と気づいたとしても決して抗うでない。震えても良い。泣いても良い。縋り付いても良い。だが今我々がここにある世界に目を背けてはならん。繋がりを持つのだ。今、見える景色、匂い、質感、全てと繋がるのだ。さすれば頭の中に流れる連延たる苦悶の物語は、次第に弱毒化していくであろう」

 ライダーはそう言って、僕の頭から手を離し、ケイネス先生を見据える。

「さあ、ランサーのマスターよ! 余達をおびき出した所までは貴様の思い通りになったぞ。次はどうするのだ! 酒杯でも交わしに来たか!」

 気分が落ち着き、僕は縮こまった身体からゆっくりと立ち上がる。

「過ぎたる罪悪感は呪いにもなる……か」

 ケイネス先生がくつくつと笑う。僕はその言葉でぐらりと強い眩暈に襲われたが、戦車の縁を強く握って何とか踏ん張った。

「まぁ、過ぎた事だ。その事はもういい。それよりもこれは何だ?」

 先生はハンカチで額の汗を拭う。

「冬木を改めて散策していたのだが、実に不親切な町なのだな。やたら段差があり、砂利道は整備しておらず、歩道には煙草の吸殻、ガム、菓子の袋がそこらに捨ててある。日本人は奇麗好きだと聞いていたが、脱亜入欧を掲げ、科学技術を取り入れたはいいが、スラムの文化まで取り入れるとは、いやいやまったく、恐れ入った」

 ケイネス先生が喋り終えると、ライダーは大きく笑う。

「ランサーのマスターよ。貴様、相当狼狽しているな。おそらく我々が会いに来るのも貴様にとって大きな賭けであったのだろう」

「どういう事だよ」

 僕は横にいるライダーを見上げる。

「どの国の文化にも何かしらの欠点は存在する。もし貴様が万全の状態であれば、路上の不備など歯牙にもかけなかっただろう。だが、あえて悪態をついたのは、気持ちの昂りを沈めて、我々との対話を平常な精神で臨みたかったのだ」

 そういうものなのか? 僕は何か釈然としない気持ちでケイネス先生の方に顔を向ける。

「さすがは私の見込んだ英霊だ。焦っているのは事実と認めよう。だが私が焦燥する理由はウェイバー……いや、ライダーのマスターが原因ではない。私個人の事情による処だ」

「ほう……興味深いな。一体、その事情とやらは何なのだ?」

「お前達に話した所でどうにかなる話ではない。それよりも一つ頼みがある。話だけでも聞いてほしいのだが、いかがなものかな?」

 頼み? 先生が?

「頼みか……内容によっては引き受けてやらん事もないが、それには何かしらの対価が必要だ。果たして貴様は余達に何を差し出せるのだ?」

「ライダー!」

 僕は叫んだ。聖遺物を盗んだという僕の罪悪感が再び燃え上がり、良心が勝手に言葉を繋ぐ。

「別に簡単な頼みだったら受けてもいいだろ! 先生だって僕達と争う気はないみたいだし。それに……」

「何だ?」

 ライダーが僕の方に顔を向ける。

「……本当にお前を召喚したかったのは先生だったんだ」

 僕は顔を逸らす。

 僕みたいに気弱で魔力も微弱なマスターより、知識も経験も豊富なケイネス先生の方が、きっとライダーを上手くコントロールして、戦略も立てやすかったに違いない。遠坂、間洞、アインツベルンのマスターが、いくら強力なサーヴァントを従えていようと、先生とライダーが組めば遅れは取らなかったはずだ。

「そうか」

 ライダーが一度目を瞑り、ゆっくりと目を開けてケイネス先生の方へと目を向ける。

「……で、余のマスターはこう言っておるが、余自身は全く譲る気はないぞ。〝ただ〟で頼みを聞くなど征服王の名が泣くわ。ハッハッハ!」

「ライダー!」

 僕は再び大声でライダーを呼ぶ。

「小僧も知っているであろう。歴史に〝もし〟はない。セイバーが選定の剣を抜かず、ただの町娘として生涯を終えるなどあり得んように、余が小僧のマスターになったのは不変たる世界の理だったのかもしれん。仮定がどうであれな」

「それでも僕は……」

「ウェイバーベルベット」

 不意にケイネス先生に名前を呼ばれて、僕は慌てて先生の方に身体を向ける。

「その剛毅なる男の言う通りだ。たとえ歴史を繰り返す男が現れたとしても、君がそのサーヴァントのマスターである事実は変わらんよ」

 先生は一人苦笑する。

「対価を話すのも、頼みを話すのも、ここでは少々他のマスターに目立つ。ウェイバー。すまんが、あの緑地に結界を張ってもらえるか?」

 先生が顎でしゃくった先には、一見公園に見えるが、手入れをしていないためか、草木が生え散らかして、ジャングルみたいになっている。

「だ、そうだが。どうする小僧」

 ライダーはそう言って、腕を組み不敵な笑みを浮かべる。その姿を見ていたら、僕は自然と顔が紅潮し羞恥心が高まった。

「は……はい。いや、う、うん。そうしよう」

 先生とライダーの板挟みになり、同調の言葉を吐くのに精一杯だった。

 

 続

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