この戦闘狂に闘争を 作:カロンロカロン
都会暮らしが長いと、当然というべきか自然環境から距離を置くことになる。
「森?」
光に染め上げられた視界が晴れ、アタルの第一声は疑問の声だった。
そう、森。木漏れ日が差し込むぐらいしか、日差しがないにもかかわらず先まで見通せる程度には明るい森の真っ只中に、彼はぽつねんと立っていたのだ。
恰好は、あの部屋で女神であるアクアと対面したときのまま、黒いツナギに灰色のTシャツ。足元は動きやすさを重視したハイカットのスニーカー。
そして、左手には晒がぐるぐる巻きにされた一振りの太刀。
それ以外には、文字通り身一つであるアタルには持ち合わせがない。ツナギのポケットにねじ込んでいた現金などもいつの間にか消えてなくなっていた。
周囲を見渡し、少なくとも視界内に人が通りそうな道などが確認できなかったアタルは、毒を吐き捨てる。
「チッ、あの女…………んな所でどうしろってんだよ」
イライラと、見るからに機嫌を悪くしていくアタル。
彼は気づいていないが、苛立ちを強めるにしたがって彼の握る太刀が鞘の中で共鳴するようにして震え始めていた。
少しの間、こうして立ち止まっていたアタルだったが、やがて気持ちを切り替えるようにして適当に歩き始める。
普通は、何かしら目印を定めてから歩き始めるのが一番、なのだが生憎と彼は転生前から野良猫のようにあちこちを寝床にして生活していたのだから目的も無く歩き回る事は慣れていた。
フラフラ、フラフラ、下草を踏みながら時折立ち止まって周りを見渡し、再び歩き出す。その繰り返し。
暫く、そんな変化のない時間が過ぎて、不意に彼はその場で立ち止まっていた。
徐に鼻を鳴らし、そしてその口角が避けたようにして吊り上がり、瞳はギラギラと輝き始める。
「血のニオイだ…………!」
死ぬ前から嗅ぎ慣れた濃密なまでの鉄臭さ。喉にへばりつくような独特のそのニオイは、容易に彼の神経を高ぶらせて心を揺すった。
常人ならば二の足を踏むだろう。だが、アタルは逆に一切の躊躇なくニオイの方向へとその足を向ける。
最初は歩き、徐々に回転が増していき、いつの間にか走り出す程度には興奮していて、自然と左の親指は太刀の鯉口を切っていた。
そして―――――
*
「危ねぇ、リーン!躱せ!?」
パーティメンバーであるダストの悲鳴のような声を聴き、しかしリーンは目の前の光景から逃げ出すことが出来ずにいた。
ダスト、リーン、更に二人を加えた四人パーティはこの日、ゴブリンの討伐の為に森へとやって来た。
慣れた仕事だ。順調に討伐数を増やし、そろそろ街へと戻ろうかというところでソイツは現れた。
初心者殺しと呼称される黒い虎のようなモンスターだ。
性質は狡猾。ゴブリンなどの弱いモンスターを駆り立てて数を一か所に集め、その討伐や狩りに現れた冒険者や己よりも弱い捕食者を狙って狩りをする。初心者殺しと呼ばれるのは、偏にゴブリンなどが初心者冒険者に回されやすい討伐対象であるから。
仮に討伐を考えるならば、初めからソレ狙いで万全に整えていなければ危ないような相手。
その牙が今、リーンへと迫っていた。
彼女は魔法職だ。お世辞にも近接職は強いとは言えないし、とてもではないが初心者殺しに即座に対応、迎撃できるような腕も無い。
致命傷、ないしは迫る死を前にその目は見開かれて、
「―――――ヒャハハハハッ!見つけたッ!ついに見つけたぞ、テメー!」
「「「「!?」」」」
横合いから突然現れた狂人によって、その牙は彼女の脇を空ぶった。
狂人は変わった格好をしており、その右手には一振りの片刃の剣、左手にはその剣の鞘であろう物が逆手に握られている。
彼は、狂った笑いを発しながら初心者殺しへと襲い掛かっていた。
その動きには一切の技術がない、正しく暴力のままに棒きれでも振り回すようにして剣を振り回し、斬るというよりも叩きつけるような独特な動き。
何より恐ろしいのが、その全てが無意識のうちにか全てに必殺を求めている所だろう。
首、目、胸部、足の腱。命中すれば確実に機動力、ないしは戦力を削れるところばかりが狙われており、突然の横やりに初心者殺しは避けるばかりしかできない。
「オラァッ!」
一際大振りの斬撃を間一髪で躱し、そこで漸く両者の間隔があいた。
唸り、姿勢を低くする初心者殺しと、鞘と剣による独特な二刀流の姿勢を崩すことなく恐ろしい笑みを浮かべる狂人。
「助かった、のか?」
パーティのタンクを務めるテイラーがそう零すのも無理はない。
突然現れた男が、完全に初心者殺しのヘイトを持って行ってしまったのだ。仲間を救われたものの、その笑みは見ているだけで不安になりような雰囲気があった。
他三人も似たようなもので、ただその背を見つめるばかり。
穴が開きそうな四つの視線。そこで初めて、彼は後ろを振り返った。
「あー?んだ、テメーら。見世物じゃねぇぞ、コラ」
完璧、チンピラのソレだった。赤毛まじり長めの茶髪の隙間から覗くその目には、剣呑な光が宿っており関わり合いになる事も避けたくなるような危険な雰囲気をこれでもかと放っている。
彼、アタルにしてみれば漸く見つけた戦う相手なのだ。横取りなど知った事ではない。
「ま、待てよ!アンタ一人で、初心者殺し相手にするつもりか!?」
「あん?初心者殺しだ?知るか、んなこと。
チンピラと揶揄されるダストが食いついたが、アタルにしてみればそんな事関係ない。
鞘を逆手に、刀を順手で持ち一気に前へと駆けだし、初心者殺しへと襲い掛かっていく。
酷く大振りな一撃は、しかし空を切る。反撃の右前足は、同じく振るわれた鞘によって一瞬相殺されたが直ぐに筋力差に押し負けてしまった。
崩れるバランス。だが、アタルはあえて体勢を戻そうとはしなかった。むしろ、崩れた体勢をそのままに後ろへと倒れそうになる体の反動を利用して、右手の刀を勢いよく振り上げたのだ。
単純な筋力による攻撃ではなく、反動を利用した斬撃その切っ先は容易く空気の壁を切り裂いて、その黒い毛皮に赤い線を引いた。
「ギャウ!?……グルァアアアッ!」
ダメージとは言えないその手傷は、初心者殺しの怒りに油を注ぐこととなる。
体毛が逆立ち、目が血走り、呼吸は短く速くなっていく。地面には爪が突き立てられ、筋肉が収縮。力が溜められ、解き放たれた。
弾丸のような突進。この場合、避けるのが最適解―――――なのだが、アタルは寧ろ前に、まるで迎え入れるかのように突っ込んでいった。
引き絞られる右腕。踏み込むと同時に広背筋をバネにして放たれるのは渾身の突きだ。
タイミングといえばドンピシャ。突っ込むようにして突きを放ったことにより、その切っ先は初心者殺しの鼻っ面を―――――
「ガッ!?」
穿たない。
獣の動体視力は並ではなかったのだ。初心者殺しは突きを寸前で躱し、翻した体の反動を活かして遠心力を十全に乗せた尻尾をアタルの腹部へと叩き込んでいた。
呻き声と一緒に内臓が傷ついたのか、血がこぼれ彼の体は大きく後方へと吹っ飛び、背中から木の幹へと思いっきり叩きつけられてしまう。
ここで、リーンたちは我に返り助けに動こうとする、のだがその前に笑い声が聞こえたことから再びフリーズすることになる。
「―――――ヒャ、ハッ…………良いじゃねぇ、か…………!」
口から血を吐きながら顔を上げるアタル。その表情は、正しく喜色満面というもの。
同時に、彼の中での話だがいまいち嵌りが悪かった歯車が、この一撃によりガッチリと噛み合い動き出していた。
「良いぜ!良いじゃねぇか!これが、命の削りあいだ!」
叫び、アタルは左手の鞘を地面へと突き立て叩きつけられた木の幹を発射台にして猛然と駆け出した。
盾になる鞘を捨てるという事は、それ即ち防御を捨てる事に等しい。
案の定と言うべきか、初心者殺しの爪が掠めて彼の腕からは血が流れている。だが、それと同時に彼の攻撃はより一層激しくなっており、何より、
「お、おい、何かどんどん速くなってないか?」
斥候も兼ねている弓手のキースが口から出したといは、他の面々も思っていた事だ。
アタルの攻撃は激しさを増すと同時に、体のキレが尋常じゃないほどに増していた。
最初こそ致命傷を避けるだけの回避とも言えないお粗末な動作は、今では薄皮を切らせる程度で深く爪が食い込むことも無い。牙に掠める事も無く、最初に痛打を受けた尻尾に至ってはその先端をカウンターで斬り飛ばしている。
片手で刀を振り回している事には変わりない。ただ、その腕に込められた力や、体捌きが洗練されていっているのだ。
「ヒャハハハハッ!もっとだ!もっと!上げろ!上げてこい!食らいつけや!」
「ギ―――――ッ!?」
徐々に、押されてきている初心者殺しは不意の斬撃に二の足を踏んだ。
訳が分からないのだ。最初は圧倒的な戦力差があった筈が、今では押される始末。何より、逃げ出そうにも前に前にアタルが出てくるせいで突き放せない。
何度目かの爪と刀の応酬。一瞬の間。
「ルアァッ!」
無警戒だったアタルの左手が、初心者殺しの鼻っ面へとまるで蛇のように食らいつく。
万力のように締められる指先が、毛皮の中へとめり込んでくる。
咄嗟に暴れて離させようとする初心者殺しだが、それは文字通りの致命的な隙だった。
「オオオオオッ!」
一瞬起き上がった初心者殺しの上半身。その隙をアタルの本能は逃さなかった。
突き出される右腕。黒い毛皮を穿って貫通する切っ先、並びに刀身。力任せに貫き、これまた力任せに振り抜かれる。
「カッ―――――」
初心者殺しは、そんな声を上げて白目を剥いた。
如何にモンスターといえども、心臓があり体内には重要な内臓器官が多数ある。それが、貫かれ尚且つ切り裂かれたのだ。
崩れ落ちる巨体。それを見下ろし、口角を吊り上げる狂人。
「ヒャハハハハッ!殺した!殺してやったぞ、オラァッ!俺の勝ちだ!ヒャハハハハハ―――――」
血に濡れた刀を掲げるようにして勝鬨を上げていたアタルは、しかし唐突にその笑い声を途切れさせて、仰向けに倒れた。
確かに勝利したのは彼だ。彼だが、その勝利に至るまでに血を流し過ぎた。骨は折れているし、傷口からは未だに血が止まらない。
怒涛の展開に、蚊帳の外へと置かれた四人が戻って来るまで彼はそのままなのだが、それは全くの余談である。