この戦闘狂に闘争を 作:カロンロカロン
それは一番最初の記憶。小学校に上がったかどうかという年の頃の話。
派手な髪色をした地毛のせいで、半ばイジメの様な扱いを受けていたアタルはある時堪忍袋の緒が切れた。
もっとも、どれだけ激高しようともその時の彼は、喧嘩の素人も素人。多勢に無勢という事も相まって一方的にボコボコにする、何てことにはならず教師に止められるまでどちらも血塗れになる凄惨なものとなった。
ただ、それが転機となった事は確か。それから、彼は容易く拳を振るうようになったのだから。
対象は、同級生だけに留まらない。上級生、中学生、果てはチンピラ。
負ける事だって珍しくなかったのだが、それでも彼は止まることなく暴れまわっていた。
やがて、二つ名の様なものまで獲得し、その結末は―――――
*
沈んでいた意識が浮上する。
「―――――………………………………うん?」
ぼやけたアタルの視界に最初に入ってきたのは、木目の天井だった。
右方向が明るいことから、そっちの方に窓があるのかもしれない。
彼は困惑した。屋根と壁がある建物の中で過ごすことは彼にとっては珍しい事であり、その上木造建築など縁もゆかりも無かったのだから。
鉛のように重い体を無理矢理起こせば、自分がベッドに寝かされていた事にも気づくことが出来た。もっとも、気づけただけで、自分がなぜこんなところに居るのか分からないのだが。
「また、死んだのか?…………いや、刀があるな。なら、まだ異世界とやらにいるらしい」
身を起こして考え込んでいたアタルが、そう判断した材料はベッドの傍らに立て掛けられた太刀を視界に収めてからだった。
ついでに、そこで漸く記憶が鮮明になってきた。
思い出したのは、魂を削るような殺し合い。
血塗れになり、血が流れるにつれて鮮明になっていく視界と思考、本能に任せて動き続けたあの瞬間。
「…………くはっ……」
思い出しただけでも、アタルの血が昂って来ていた。
次戦えば死ぬかもしれない。次戦えば生き残るかもしれない。そんな先の見えない戦い。未だかつてない命の危機に瀕しながら、アタルはある種の境地を見たのだから。
そうと決まれば、彼は行動を開始した。
ふかふかとしたベッドより降りて、傍らにあった刀を手に取り右手にあった窓とは反対側に設けられた出入り口であろう扉へと向かう。
ここがどこかなど関係なかった。ただ、戦いたい。彼の内心はそれ一色。
扉を押し開き、
「ぶっ!?」
「あん?」
何かにぶつかったのか、扉に伝わる衝撃と呻き声。
闘争本能へと水を差される形となったが、それでもアタルは幾分か冷静になる事が出来た。
扉を引いて一旦ノブから手を放して首を傾げる。
考えられる候補としては、この家の所有者だろう。どこの誰とも知れない自分を助けるようなお人好しなのか、あるいはもっと下卑た考えを持っているのか。少なくとも、この世界には知り合いの居ないアタルには思い当たる相手がいない。
左手で鍔元を握った刀の鯉口を切り、彼は扉の前で待つ構え。
一方、ぶつかった誰かは特段警戒する様子も無く扉を引き開いた。
そこに居たのは、
「イッテェ……!起きたのか?」
「…………誰だ、テメー」
「おいおい、こっちは態々宿まで運んできたんだぜ?安くないポーションも使ってよぉ」
チンピラは若干腰を曲げながら下から睨み上げるようにして顎を突き出してくる。
ただ、チンピラ度で言えばアタルもいい勝負であるし。そもそも、凄みに関しては彼には一切の効果がない。
興味を無くしたように、彼は鯉口をもとへと戻し左手に込めていた力も刀を持ち運ぶためだけ程度にまで落としていく。
アタルから見て、目の前の男は弱くは無い、がそもそも本気を早々に出さないタイプ。
本気を引き出せれば楽しめるかもしれないが、生憎と彼は配慮ができる戦闘狂。場所はちゃんと選ぶし、避けるというならば戦う気も無い。
因みに、配慮できるといえば聞こえはいいが、その実横やりを入れられる事を疎んだ結果場所を選ぶようになっただけで仮にそんな経験が無ければ、この場で速攻切りかかっていたかもしれないことをここに記す。
何とも言えない空気となったこの場。払拭したのは、目の前のチンピラだった。
「俺はダスト。お前さんをこの宿にまで連れてきた恩人様だぜ?」
「…………………………………………ああ、あの虎が居たところに、居た、か?」
「何だよ、その間は!?………ま、まあ、初心者殺しの件じゃあ助かったけどよ」
「初心者殺し……あの虎、んな大層なもんなんだな」
「は?お前さん、知ってて戦ったんじゃなかったのか?」
「いや、全く」
欠伸を零すアタルに対して、ダストは絶句する。
この宿のある街に住む冒険者ならば皆、一度は初心者殺しの名を聞くし、少なくない被害に自分がかち合わないように祈ることだって少なくない。
戦い方はどうあれ、アタルは強かった。故にダストはまた新しい冒険者が来たのかと考えていたのだ。
だが、蓋を開けてみればどうだ。目の前の男は、そんな事知らないと首を傾げている。
そこでダストは、ある可能性へと行きついた。ここ数年と言うか、時折ズブの素人でありながら妙に強すぎる新人が現れる事を。
目の前の少年もそれに当てはめて、ダストは頭の中で算盤をはじいた。そして、出された答えは、
「しょうがねぇなぁ。先輩である俺が、教えてやろうじゃねぇか」
*
始まりの街、アクセル。この街の冒険者にとっての憩いの場といえば、やはり酒場を併設した冒険者ギルドだろう。
単純に仕事を得る場であり、情報交換の場であり、コミュニケーションの場であり、スキル習得の場であり、とにかくこの場では様々なやり取りが行われる。
「それじゃあ、改めて。俺は、テイラー。一応、このパーティのリーダーをしてる。初心者殺しの件では、偶然とはいえ命を救われた、感謝する」
「俺はキース。職業はアーチャーで、もっぱらスカウトとかが仕事だな。あん時は助かったぜ、マジで」
「リーンよ。職業はウィザードね。あの時は助けてくれてありがとう」
「おう…………?」
「おいおい、何だよアタル。照れてんのか?」
酒場の一角。六人掛けの席で、ダストたち一行とアタルはこうして改めて顔を合わせていた。
ただ、感謝の気持ちを伝えられるアタルは、当人がそんな意識なかった事から、どこか困惑したような雰囲気を発しており、そこをダストに突っ込まれていたりする。
とはいえ、彼が困惑するのも無理は無いのだ。誰だって、意図した行動ではないのに、勝手に感謝されるなど座りが悪い。
気まずそうに顔を逸らして頭を掻いたアタルは、気を紛らわせるようにしてテーブルに置かれたジョッキへと手を伸ばした。
今回は親睦会と言うべきか、感謝会と言うべきかそんな集まり。そして、料理の代金はある意味アタル持ちであったりする。これは、彼が倒した初心者殺しの討伐報酬、並びに牙を売り払って得た金で購入した数々だからだ。因みに、金を作ったのはダスト。幾らかちょろまかしたのだが、報酬を受け取るべき人間であるアタルが気にした様子も無いため荒れる事は無かった。
適当に談笑しながら進む食事会。不意にキースが斜め前の席に座るアタルへと水を向けた。
「そういえばアタルは冒険者にはならないのか?」
「あん?あー…………面倒くさそうだし、興味ねぇな」
「でもよー、アタルはつぇーし、稼げるんじゃねぇかー?」
「絡んでくるんじゃねぇ、酔っ払い。片っ苦しいのは苦手なんだよ」
「でも、ダストでさえ冒険者できるのよ?アタルだって出来るんじゃないの?」
「俺でもってなんだよリーン!俺だってなー!俺だってなー!頑張ってんだよ!」
「うわっ、めんどくさ」
「めんどくさとか言うなー!」
まるでゴミムシでも見るようなリーンの視線に、
タダ酒だからと序盤からハイペースで飲み過ぎた結果だ。彼自身、特別酒に弱かったりはしないのだがどれだけ飲んだのだろうか。
役に立たない酔っ払いを放置して、テイラーが口を開く。
「ハハハッ………でもな、アタル。冒険者に成れば少なくとも食いっぱぐれることはまずない。今回の初心者殺しの報酬だってもっと手短に貰えたはずだ。それに、冒険者に成れば身分証明にも使える冒険者カードが発行される。いろいろと便利じゃないか?」
「ひゅー♪さっすがテイラー、我らがリーダーってね。どうだ、アタル。ここはリーダーの忠言を聞いとくもんじゃないか?」
「…………」
二人の言葉を受けて、アタルはテーブルへと肘をついた。
彼も身分証明書の類の万能性はよく理解している。喧嘩をして、警察にパクられたときなど警官と顔馴染みになるまでは面倒この上なかったのだから。
その事実を知っていながら、彼が二の足を踏むのは偏に面倒だから。
身分は枷だ。便利であることを知っていながら、同時に制約がついて回る事をアタルはよく知っている。
それは何も正常な社会だけではない。裏社会であるヤクザやチーマー。不良集団などですら様々な理由をつけて自然と身分が出来上がる。
下っ端は使い走り、中堅は統率と事後処理、トップはケジメ付け。何れも、地位という名の身分によって定められておりその範囲を逸脱した動きは早々できない。
アタルは、その堅苦しさが嫌だった。だからこそ、徒党を組まなかったし喧嘩するにも動き回るにも基本的に一人で気の向くまま。
不便でもあったが、同時に誰よりも自由だった。理不尽に追い込まれることもあったが、それすらも彼は楽しむことが出来た。
考え、悩み、これから先の事を天秤にかけて―――――
「…………んじゃ、とるだけとってみるか」