「命拾いをしたな―――楯無」
「……今生きているのが、不思議な気分です」
ぐったりと項垂れるかのように腰を落ち着けながら荒い息をし続けている青髪の少女を見つめながら千冬は溜息混じりに声を掛けた。普段ならばあり得ないほどに覇気がなく疲れ切っている声に珍しい物を見れた、そして仮にも暗部の人間である彼女をここまで憔悴させてしまった073に寒気を感じてしまう。
「決して、油断もしていなかった。私の持てる全てを駆使して気配を殺し、視線を向けずに己の感覚だけで存在を感じ取っていました。それなのに……私へ直接殺気をピンポイントで向けてくるなんて……」
感じた事もないような凄まじい感覚だった、全身の血管が逆流し身体が雷撃によって貫かれたような衝撃と恐怖で完全に神経が麻痺し心臓を鷲掴みされた。そんな感じだった、自分の全てを掛けてそれを振り払って即座に撤退したがそれ僅かでも遅かったら確実に殺されていたと確信している。逃げられたのが奇跡とすら思える。
「奴とて最初から殺す気など無かったらしいが……警告だろうな、束が態々警告をしたというのにそれを無視してあんな行為をしたんだ。報復があるとは思わなかったのか」
「……申し訳ありません、政府から少しでも情報をと望まれたので細心の注意を払い観察のみをするつもりでした……」
「奴は束に報告はする気はないと言っていた、幸運だったな。政府の要請だとしてもやめておけ、相手が悪すぎる」
「……織斑先生は、あの人をどう思っているんですか」
青髪の少女、楯無は力なく尋ねた。それを背中で受けながら持っていた缶コーヒーを飲み干すとスチール缶であるのにも拘らず握り潰してゴミ箱へと投げ捨てた。
「奴からすれば私など今潰した物と同じ程度の存在だろうな……」
「やぁやぁレイ君、面白い事に巻き込まれたねぇ」
面白い、というには些か面倒が過ぎる事に巻き込まれた。千冬の指示通りに自らが教鞭をとっている最中にクラスの代表を決める事になった。簡単に言えば学級委員に近い者の選定、面倒な仕事極まりない。その際に多くの女子が男性IS操縦者である一夏を推した。その理由は至極簡単、珍しいからである。一部でふざけて073を推す事があったがそこは千冬が指摘するまでもなく本人が否定した。
「私は生徒ではないのだが」
と即答で却下されたが、ユーモアとしては面白かったと彼は女子を余り責めずにそのまま場を進行させた。結果として一夏本人としてはやりたくないという意志に反して多くの票が集まってしまった。本人とは断固として否定、そんな中で一人の少女が声を上げた。イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットであった。
「私は自らを推薦して立候補いたします、クラス代表とは文字通りのクラスの顔です。ならば物珍しいではなくもっと最適な物で判断すべきですわ。安易な選択は後悔を産むだけですわ」
御尤もな意見を述べて立候補を行った。それらをクラスの反応はそれに同調しつつ一方的に嫌がっている一夏に押し付けるのも失礼かと自らの行動を反省する者と、折角の男子なんだから代表について貰うべきだと否定的な意見に割れた。彼女の表情にはそれだけにはなく男に対する侮蔑的な物も混じっていただろう、だが束から直接送り込まれている073の手前では不快を買わぬようにと慎重になっていると073は見抜く。
「フム……織斑如何する、お前は一方的な推薦を受けているだけだ。結局の所、お前は拒否している。オルコットへ代表を任せるか」
「……」
彼女の申し出は一夏にとっても有り難い物の筈、だが断る前にもう一度よく考えたのだ。そして素直に以前の言葉を思い出して073へと言葉を投げかけた。
「あ、あのえっとスパルタン先生……でいいんですよね」
「スパルタン-S-073、好きなように」
「それじゃ……スパル先生、仮にですけど俺が代表になった場合に良い事ってありますかね、良く分からなくて……」
と素直な疑問をぶつけてきた一夏に073は対応する、何気にスパルという呼び方に新鮮味を感じていたりもした。
「代表になった場合はお前は積極的にIS学園の行事へと関わる事へとなる、様々な仕事もあるがそれらは成績へのプラスにも成り得る。それよりも明確なプラスはIS操縦の経験を積めるという事だろう」
クラスの代表となればクラス対抗の代表戦に出場する事になり、クラスの顔としてISを使用する頻度も大幅に増えて行く。それらを前向きに捉えるならば経験になるという事、恐らく一夏はこれから今歩いている道から逃れるすべはなく如何足掻こうと関わるしかない。ならばこれを機に経験と知識などを付ける切っ掛けとしては適切ではあると伝えると一夏はその言葉を受けて深く考える。
「織斑女史、決めるは何時までですか」
「出来るだけ早い方が良いだろう、まあ遅くなっても来月辺りまでならばと言った所か」
「では今此処では決定はせずにという事に」
「いえあのまって貰えますか!?」
と立ち上がりながら一夏は少しだけ震える手を強く握りしめながら言った。
「あ、あの俺……クラスの皆に迷惑を掛ける事になるかもしれないけど、俺やってみたいです……相応しいかどうかは分からないけど俺自身はやってみたいです……!!」
「(いい顔で言いおって……少しは大人になったか一夏)成程、その意気込みは買ってやろう。だがクラス代表は文字通りのクラスの代表だ。認められる必要がある、そうだな……オルコット、織斑で後日模擬戦を行う事にしよう。勝敗ではなくそこで様々な点を考慮した評価を教師陣で下して裁定する事にする、両名異論は」
「私は御座いません、負ける事などあり得ませんわ」
「俺もそれでいいですちふっ……すいません、それでいいです織斑先生」
「よし、ならば―――そうだな、ついでにこれもはっきりさせておくか」
と悪い顔になりながら千冬は073の隣に立って彼の胸板の装甲を軽く叩きながら言う。
「お前の実力をこいつらに見せてやる事は可能か?お前が篠ノ之博士に認められている事を証明するいいチャンスだと思うが」
「……随分と急な提案ですね」
「何、本音は私もお前の実力を見て見たいのだ。ダメか」
「―――承知しました、博士に許可を頂ければお受けします」
十分だと千冬は区切りながら日付については後日発表し、今はこれで話を終わらせる事にした。この後束から面白そうだからやっちゃえレイ君!!という快い返答を頂いたので073はその模擬戦に参加する事になったのであった。
「良いのですか博士」
「束さん的にもレイ君とミョルニルアーマーの戦う所を見て見たいっていう本音もあるけど、負けるなんて想像できないからね。頑張ってね」
「微力を尽くします」
コヴナント
複数のエイリアン種族が宗教的に連合した組織、人類に対しては"聖戦"を仕掛けている。がその実態は聖戦と呼ぶには程遠い物。
科学技術は人類から1~2世代先に居るが異様に歩兵戦術に重きを置くため地上戦ならどうにか対抗可能。だが宇宙での艦隊戦では人類は一方的な敗北をし続けている。
リーチ時点で開戦以来30年ほど経つが、未だ全容や最終目的に関してはよく分かっていない。