「教官……お一つお教えください」
「何だ」
「―――スパルタン、彼の事です」
医務室、ラウラは千冬からの説教を甘んじて受けていた。が、それは彼女が思い描いていた以上に重い物ではなくすんなりと受け入れられた。そしてそれほどまで辛い物ではなかった、千冬が前以て彼に既に反省と罰を与えているという言葉を掛けられた事話を受け止めてやる事に従事したのもあるだろう。そしてそれらの後にラウラは尋ねた、それは073の事だった。
「あの人は……何者なのでしょうか、失礼ながら私には教官と同等いえ……それ以上の何かを感じました。あれは―――絶えず実戦を潜り抜けた者でなければ出す事の出来ないものばかり……」
「お前もそう思うのか、奇遇だな私もだ」
その言葉を否定せずに同調する、073が発する殺気やオーラのそれは最前線で戦い続けなければ出せないような物。極限の環境に置かれ続けた末に磨かれた崇高な意志、卓越した技術にそれらによって支えられ行使される肉体が生み出す力は絶大。実戦を生き延びたからこそ、千冬もラウラも実戦を経験した訳ではないがその程度は理解出来た。
加えてラウラも一部隊を束ねる少佐の地位にあるがその部隊は何方かと言えば軍や国の名声を高める為の物に近く任務も実戦などとは程遠い物ばかりだった。そんな彼女にない物を全て所有するのが073、スパルタンという存在だった。
「生憎私も奴の事は詳しくない、知っているのは識別コードのような名前程度。後は奴が優れた指導者の素質を持っているという事だけ、篠ノ之博士に尋ねてみたりもしたが聞く事は出来なかった」
「……あの人は言っておりました。私にとっての家族は共に訓練を重ねた者達、そして共に地獄を踏みしめて前に進んだ者達だと……」
「奴がそんな事を……」
その言葉に千冬も驚いた、彼は全くと言っていい程に自らについて語る事が無い。束に度々尋ねて見た事もあるが適当にはぐらかせてしまっている。それは暗に教える事は出来ないというメッセージだという事は分かっているのだがどうしても知っておきたかったのだ。数々の恩を感じる千冬としてはどうしても彼に今までの事を含めた礼を。その為に相応しい品や態度を用意する為の材料を確保したかった、だが今漸くそれに驚いた。一貫して語らなかった己について出会ったばかりのラウラに語った。
「―――奴はもしやラウラに近い境遇にあるのか」
「もしや彼も私と同じような……」
あり得なくはない、軍が秘密裏に計画したものによって生み出された存在。それによって軍に従事し続けた者が切り捨てられる作戦で仲間と死ぬはずがそこを偶然束が救い上げたという事ならばそれなりに筋は通るし、ラウラにも思わず話してしまうというのも理解は出来る。
「教官……あの、私は今から話をしに行っても宜しいでしょうか……」
「奴にか、今は恐らく警備巡回中だろう。可能と言えば可能だろう」
「私は……実に愚かしく軍人として失格な事をしていたのかを教えられました、ドイツ軍にいるには相応しくない程の人間です……そんな私に向き合ってくれた彼には礼儀を通すべきだと思います」
「……良いだろう、行ってこい」
頭を下げてからベットを飛び出したラウラは医務室から彼の元に向かって行く。それを見送りながら千冬は思考する。
「……家族、か……」
「あ、あの教官すいません……私の制服は更衣室にないのですが……」
「あっすまん、此処に持って来てたの忘れていた」
巡回をし続けている073、僅かな時間で随分と事が起きる事に肩を竦める。このIS学園という場所では退屈という言葉は存在しないという事なのだろう。
「あっスパル先生こんばんわ~、巡回お疲れ様です~」
「先生~明日の機動訓練頑張るから見ててくださいね~!!」
「ああ、夕食は取り過ぎるなよ。今日は煮込みハンバーグらしい」
「やっば大好物じゃん!?」
「うっそぉいまダイエット中なのにィ!?」
『ダイエットは一時中断急げぇ!!』
駆け出していく女子生徒らへ廊下は走るなと忠告して巡回へと戻る、すっかり日常となった風景だが彼の胸は全く満たされずに空虚な思いだけが沸き上がって満たしてしまって行く事が腹立たしい。理由は全てわかっている、解決なんて絶対に出来ない、してはいけない物だと分かっているのに望んでしまっている。
『同胞を望んでいる』
本当の意味での仲間を、友を望んでいる自分がいる。自分の全てを吐き出せる相手が欲しい、同じ存在が欲しい、そんな思いが日を跨ぐ毎に加速度的に増しているのである。愚かしい考えだと思う一方で肥大化し続ける思いを抑え続ける日々を繰り返す。
『リーダー、司令本部からの通信が途絶えました』
『朗報じゃねえか、上はうるせえからな』
『同感ね、あいつら煩いったらありゃしないわ』
『その位にしとけよお前ら、此処からは俺の指示で動く。従えよ』
『リーダーの指示なら喜んで、本部の指示なんて真っ平だ』
『……だから問題児扱いされるんだウチは……』
あの日の声が木霊する、もう遠い日々の彼方に消え失せた記憶がまた叫んでいる。最早形にすらならず、思い出せば出すだけ辛くなるだけの日々、地獄が地獄を作り出した過去。だが其処こそが自分が生きるべき世界だと思う。そしてだから求めてしまう同胞がこの世界に不必要であると言い聞かせる。
「―――皆……」
零れてしまう言葉には彼らしからぬ弱弱しさがあった、エリートが敬意を示すほどの戦士が上げた弱音に含まれている感情の渦にあるのはチームを組み続けた仲間への想いだった。彼のファイアチームのメンバーは全員が問題児扱いを受けていた、だが彼にとっては掛け替えのない大切な仲間だった。思いを吐露してしまっている時、彼は珍しく背後から迫る反応に気付けなかった。
「シエラ先生、あのお時間を頂いても宜しいでしょうか……」
「あ、あの……織斑教官からのお話を終えて、来ました……」
迫っていた少女二人は少し呆然と空を見上げている彼へと恐る恐ると声を掛けた。そして彼はそれに漸く気付くと振り向きながら話を聞く事にした。
073のファイアチーム
彼が指揮官を務めたファイアチームは基本的に問題児扱いを受けるスパルタンⅢばかり。任務への忠実さと不屈さを併せ持つが、非スパルタンとの連携が取れない。ある意味では非常にスパルタンらしい者たちばかりだった。
非スパルタンチームとの問題ばかり引きおこす彼らを纏め上げたのが073であり、彼の命令ならば問題児たちは素直に聞いた所から彼の指揮官としての優秀さや教官としての適性が滲み出ていた。
際立った戦果もあるがそれ以上に確実且つ正確に任務をこなす部隊として重宝されていた。