好奇心、それは人を前に歩ませる原動力。興味があるから手を伸ばす、興味があるから足を動かす、興味から欲が、欲から行動が、行動から力が生まれる。好奇心こそが人を活動させる最たるもの。だがその興味が身を滅ぼすほどの苦しみを及ばす事もある。好奇心は猫を殺す、パンドラの箱。
「えっえっ……拉致……」
「ああ、本人及び家族の意思を無視した徴兵、拉致だ」
始まりの言葉すらどのような感想を述べれば良いのか詰まる程に重い物だった、意志を完全に無視した徴兵と拉致。貴族として生きてきたセシリアには想像にもしなかった言葉だった、いやIS操縦者は有事の際には戦争に参加する事も義務付けられているので彼女も軍人との連携訓練などは受けているが……そんな事など生温いと言えてしまう程の事柄が眼前にあった。
「……私のラウラという名のように、貴方の073というのは矢張り単なる識別コードではなかったのですね」
一方のラウラはある程度の予想があったのか、やっぱりかと言いたげな表情を作っていた。彼女も自分と酷く似通っているのではという予想自体は立ててはいた。ラウラも軍が遺伝子操作を行って生み出された
「ああ、スパルタン計画という旗の下で行われたそれは反乱軍との戦争を未然に防ぎ、人類の未来を救うべく養成されたスーパーソルジャー計画だ。身体的能力や遺伝特性のみならず、心理的傾向までも審査した上で選別が行われた」
「そ、そんな事が……い、いえしかしそんな事をすればご家族などが絶対に気付いて抗議を行う筈です!!ネットなどに情報を流す事だって……!!」
「そうはならなかったんだよ、その程度の事を軍が予想出来ないと思うか」
選び抜かれた150名、それらこそがUNSCが求めた子供達だった。健康診断と謡いながら子どもたちを施設に集め、そこで軍への加入をした子はそのまま軍へ、そして親の元へ前以て用意を行ったクローンを代用として返らされた。それらの工作によって親たちは我が子が拉致されている事なんて知りもしなかった。加えて言うならばそのクローンは肉体的な欠陥を持っており数か月後には病気により死亡するように……されていた。
「―――」
「まさか、そんな……」
最早言葉すら出せないセシリア、ラウラも言葉が見当たらずに呻く事しか出来なかった。余りにも惨たらしく残酷すぎる始まり。幼い頃、親の愛情を一身に受ける筈の子供らを拉致した上で親にはその身代わりとして直ぐに死ぬ代用品を渡して騙しておく。これでよくも悪くも兵器として運用できる兵士の下準備が出来始めていた。
「そして確保された子供達へ施されたのはエリート軍人でも嫌がるような訓練だった、余りにもスパルタで何度も死にそうなったな……だがな私も含めて皆が前向きに訓練に取り組むものが殆どだった」
「な、何故なんです!?」
「当時我々はこう言われた。君達は人類を救う英雄に選ばれた、君達はヒーローになるんだとな。皆それを信じて直向きに訓練に勤しんだ。そうしなければ人類は救えないと心から信じていた」
「……そんなのそんなのって……唯の反乱軍を鎮圧する為にそこまでの事など……!!」
ラウラの言葉も分かるがUNSCに反抗する意思を見せていた人間は酷く多かった、それらに対処するにはどうしても必要だった。誰もが本気でそれを信じていたのだ、悪質極まる程の洗脳だ。だがスパルタンはその程度ではない、彼らの真実はもっと奥深い。
「そして―――スパルタン計画は佳境に差し掛かった。スーパーソルジャーたるスパルタンとして相応しい力を与えられる手術が行われた」
「手術、まさか……」
思わずラウラは自らの左目へと触れる、その瞳"ヴォーダン・オージェ"と呼ばれるISとの適合率を上げる為の物になっている。彼女はその適合手術に失敗して出来損ないとされた、それと同じような手術が施されたのかと尋ねると答えはもちろんYESだった。だが彼らの場合は違う、彼らスパルタンが行われたのは肉体強化改造手術。ラウラのそれとは全く一線を画すものばかりだった。
「行われて手術は合計で5つ、どれもリスクが高く死亡する危険もあった。その手術が無事に成功した者達が私のようなスパルタンⅡと呼ばれる存在になった訳だ」
「死亡するリスクって……その様な手術を受けたというのですか!!?」
「ああ、候補者は75名だった」
「貴方が073という事は……最低でもそれだけの成功する程に手術は安全性を確保して行ったという事ですよね」
リスクが高いと言っても彼の番号から考えて最低でも73人は生きている事になる、リスクが高いと言ってもそれ程でもない筈だとラウラとセシリアは信じたかった。外科手術でも死亡する確率が20を超えると酷く高いと言われると聞いた事がある。希望を持っていた二人だがそれは彼の放った言葉によって呆気なく崩れた。
「いや成功したのは33名だ。それ以外は死亡している」
最早言葉が出なくなるほどの世界の話だった。最早聞きたくもない話ばかりだった、彼はもう多くの屍の上に立っている。何故そんな事をしてまで強い兵士を作りたがるのか、ラウラですら疑問に思ってしまう程だった。軍の思惑の為に多くの者が死んでいった、だが彼らはその手術を望んで受け入れたのだ。人類を救う、その使命に燃えていた、それだけの為に。
後にスパルタンとなった彼らは絶大な戦果を挙げた、それを知った軍はより安価で量産可能なスパルタン計画を発動した。それが戦災孤児らを徴兵し脱落率が高かった強化手術は廃止され、投薬による強化のみに留まった簡易スパルタンが後のスパルタンⅢ。計画当初の目的であった300人単位での部隊編成が可能となったが、そんな彼らに課された任務は極秘でありながら極めて危険で苛烈。まるで人命で時間を買うような物だった。その果てに待っていたのは彼が戦いの果てに全滅という運命から一人だけ生き延びてしまったという今。
「―――っ」
「何故泣いている?」
「な、何故って……レイ、さん、貴方自分の境遇がどれほどの物なのか分からないのですか……!?」
言葉が出ない程の大粒の涙を流してしまっているセシリア、彼女の涙に近くにあったティッシュを差し出しながらも何故そこまで泣くのかと思わず尋ねてしまった彼にラウラが立ち上がって声を荒げた。軍人である彼女から見て余りにも非人道的すぎる、彼女の境遇も近くはあるがこれほどではない。壮絶且つ凄惨な歴史としか言いようがない。
「―――ああそうか、私のために泣いてくれているのか」
過去の彼ならば察せた筈だった、だが今の彼は完全なスパルタンなのだ。スパルタンというものにのめり込み過ぎた。故郷の光景も、家族の姿も今が潰してしまった。過去の記憶も戦場の匂い、死を告げる光、地獄の熱で塗り潰された。それ程までに彼は人類の為に戦おうとしたのだ、スパルタンという存在に全てを捧げてそれになり、人類を救う一助になれればいいとさえ思い生き続けた。その果ての終局が今なのだ、続き続ける終わりにして終わる事の無い宿命なのだ。
「私は決して後悔などしていない、スパルタンとして生きた事も戦った事も全て私が全て納得した上でやった事だ。君が泣く事じゃない」
「貴方は何故そこまで、強いのですか……私ならばそのような事なんて……」
「レイ、さん……申し訳、ありません……すいません……」
「泣かないでくれ、私の過去に謝らないでくれ。君は何一つ悪くない、それほどまでに思ってくれて有難う」
泣きじゃくるセシリアを慰めるように撫でてるレイ、そんな彼を見てラウラは胸が痛くなるような思いだった。自分よりも遥かに重い責務、惨い境遇、惨劇と言える最期を仲間と迎えるはずだったが生きている彼、今どんな思いで時を重ねているのか。どれだけの精神があればそれが叶うのか……純粋な戦士としての格の違いを見せ付けられた。そして最後にレイはこういった。
「ボーデヴィッヒ、織斑女史に伝言を」
「教官いえ織斑先生に、ですか」
「ああ、お話があるなら直接どうぞとな」
「は、はあ……お伝えしておきます」
スパルタン-058 リンダ
073が射撃技術は自分以上だと言わしめるスパルタン最高の狙撃手にしてスパルタンブルーチームの一人。
弾丸の融通を考えるべき部隊装備の中でも特例としてスナイパーライフルの携行が認められるほどの凄腕。狙撃時の集中は「禅の境地」とも評される程で、ワイヤーに片手片足を使ってぶら下がった状態で飛行する機体のパイロットのみをぶち抜き2キロ上空の目標に命中弾を繰り出すなど、神業とすら言える。
また極めてタフであり、リーチ攻防戦の際には集中砲火を浴び死亡が確認されたがコールドスリープの末にハルゼイ博士による蘇生手術が成功。その翌日に戦線復帰している。その時にライフルを手入れしつつ発した言葉は
「このアーマーを着たまま休暇を楽しむには、重傷を負えばいいのね」
ちなみに彼女が狙撃を好むのは待機中に昼寝が出来るかららしい。