「海っ!見えたぁっ!」
山を穿つような長いトンネルを抜けた先から溢れ出してくる太陽の光、それに一瞬視界を奪われる。その後に訪れてくるのは太陽の光を受けて輝きを放っている大海原。幸運な事に快晴に包まれた空からサンサンと降り注ぎ日の光が、美しい海を更に美しくする。同時に漂ってくる心地が良い潮風が届けられてくる、その相乗効果で車内の女子達はお祭り騒ぎ。それらを見ながら内心一夏もテンションが上がっている。臨海学校の初日となる今日、世話になる宿へと向かっている途中でもワクワクを抑えれずにいた。
「海って学園の周囲完全に海なのにテンションの上がり方が此処まで違うっていうのもすげぇよな」
「そういうな一夏、学園には海があっても砂浜がない。海での楽しみは砂浜があってこそだろう」
「ああまあ、そう言われたら確かに」
そんな一夏の隣に陣取っている箒は酷くご機嫌そうな笑みを浮かべていた。
アクセルを踏むとそれに応えるように唸りを上げながら馬力を増して行くエンジン、呼応するように回転数を上げていくタイヤは軽い車体と共に高い機動性を生み出しながら操縦士の思うが儘に走り回る。そこに乗っているのはミョルニルアーマーに身を包んだ073。彼に合うバスのシートは無いので専用の車両を使ってバスを追いかけている。
「如何よレイ君」
「とても素直で扱いやすいです」
「エッヘン気合入れて再現したからね!!」
「あれが砂浜……楽しみです」
その車両もUNSCにて運用されていた陸上機動兵器"ワートホグ"。陸上部隊の支援、輸送、偵察など多様な任務に使用され、スパルタンもなじみ深い物だった。流石に後部には武装は積んでいないがそれ以外は懐かしさすら覚える程の再現率だった。そして同乗している束とクロエだが、彼女らは専用のステルスモジュールを使って姿を隠している。それなら先に臨海学校が行われる宿に向かえばいいだろうに、と思うだろうが束とクロエも是非とも一緒に乗りたかったらしい。
「博士、泳ぎになるので」
「そりゃ折角水着買ったんだからね、何なら此処で顔出して束さんがレイ君の上位者って見せ付けるのも悪くはないでしょ。事実の確認的な意味で」
「博士が良いのであれば」
そんな言葉で話を切って運転に集中するかのようにハンドルを切る、束も相変わらずだなぁと漏らしつつも買った水着の威力を見せ付けてやる、と乗り気である。クロエもクロエで一緒に泳ぐ機会は初めてなのかワクワクに胸を躍らせている。そんな思いを抱きながら到着した目的地である旅館、ワートホグを止めて束と別れながら千冬に合流。旅館の方々への挨拶なども済ませると彼は彼で行う事をやり始めた。
「すまんなスパル……いやお前も時間を見つけて泳ぐ……いや泳げないのだったか」
「遊泳は可能です、するつもりはありません」
そう言って彼は見回りへと歩き出していった。旅館の周囲一帯はIS学園が借り切っているので原則的に関係者以外は立ち入り禁止となっている。だとしてもこの臨海学校には各国の最新鋭のISが揃っている、それを狙っての者が現れないという事もあり得るのでその見回りを依頼された。この見回りは範囲が多い上に感知用の機器の設置までしなければいけないので誰もやりたがらなかった。そこで効率を考えて彼が名乗りを上げたのであった。
「いやのんびりやって貰って構わんぞ」
「いえ直ぐに始めます」
「あっおい―――」
そう言って073は機器を受け取るとさっさと見回りへと歩き出していってしまった。そんな彼の後姿を見送った千冬は不安そうな瞳を向けてしまった、そこへ自分の部屋の場所が一覧に乗っていなかったので教えて欲しいのか、一夏が話しかける。
「織斑先生、あのどうかしたんですか?」
「ああいやな……奴に妙な違和感を覚えてな」
「スパル先生に……ですか」
「ああ、奴が仕事に実直で直ぐにこなしてしまうのは知っている。それらに集中する事もな、だが―――それが最近かなり顕著になっている気がしてな……」
仕事を完璧にこなすし文句も言わずに頼りになる、思わず頼りたくなってしまう程の彼だが……それがやや目立つようになっているように千冬には感じられた。仕事を終えた直後だというのに次を要求し、ないと答えると即座に巡回へと動き出していく。一体何時休んでいるのかと言いたくなるような働き方に不安しか覚えない。漸く落ち着きを見せるまで頼り過ぎていた自分達が言えた事ではないが……働き過ぎだろう。
「この前、俺がラウラと買い物に行った時に束さん達と一緒だったけどそん時は全然普通な感じだったぜ」
「ああそれは聞いた、唯の気のせい……だと良いのだがな」
溢れてくる、満ちてくる、零れていく、自分から何かが次々と失われていくかのように恐ろしさを押し殺すかのように任務だと自分を言い聞かせる。すると途端にそれらは姿を消していく、スパルタンの習性が役に立っている。ならば任務に集中しよう、任務ならば何も考えずに済む。自分はスパルタンだ、スパルタン-S-073だと己に刻み込み続けていく。
足を動かし続ける、思考を止めない。止まった時、辞めた時―――自分がどうなってしまうのかが酷く怖い。想像したくもない、そんな憤りに思わず木を軽く殴ってしまった。アーマーの拳は易々と木の幹を抉った、穿たれたかのようなその跡を残して、彼は任務を遂行する為に再び動き始めていった。
『博士、悪い知らせです。レイさんですが……』
「……うん分かった、何とかしないとね……」