DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第一章「星は流れ、深紅は宵闇に翻る…」(前編)
第一話「摩天楼を駆ける」


 月影に隠れて星を仰ぐ。

 

 私は、そうして生きてきた。多分、これからもそう。

 

 だから、とても眩しい。

 

 あの日、子供の頃に見た黄色道――月明りの道標を、私は何度も反芻する。

 

 夜は暗いのが怖くて、いつでも怯えて生きてきた私にとって、それだけが寄る辺だった。

 

 でも、それはもう訪れない。

 

 この空に月もなければ星は偽りだ。

 

 星々の瞬く夜空は、いつしか流れゆく人の命の営みへと変化していた。

 

 今日もまた、星が流れる。

 

 それは誰かの命が散った証。

 

 そして……私が摘んだ命の灯火。

 

 罪の丘で私達は生き続ける。替え難い業を抱きながら、夜空に見捨てられ、星の輝きから追放されたこの大地で。

 

 そんな罪の丘を、私は裸足で駆け出していた。

 

 足の裏で踏み締める砂利の感触。皮膚が潰れて血が滴る。

 

 私は死神と呼ばれている。

 

 罪の丘から来る赤い影である私は、永劫に月明りと星空から見放され、そして知るのだ。

 

 私がまだ、所詮は未熟な死神に過ぎなかった事を。

 

 死神はヒトの命を吸いながらでしか生きられない事を。

 

 今宵もまた、暗礁の夜空の下を、死神である私は進む。

 

 どこまでも頼る術のない、夜を纏いつかせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 摩天楼が放つのは光の柱。

 

 屹立した都市部の灯火は闇に生きる者達を暴く。

 

 逃げに徹する男は、何てツイてない、と歯噛みしていた。

 

 途中まではうまく行っていたのだ。だが、それでも慢心がなかったと言えば嘘になろう。

 

「止まれ! 既に包囲されている!」

 

 止まれと言われて止まる者が居るものか。ビルの屋上を駆け抜け、跳躍し、息を切らした男はやがてテナント募集の看板の裏で呼吸を整えていた。

 

「……こんな事になるなんて、思いもしない……」

 

 その時である。ヘリの羽音が不意に空域を煽り、風圧と共に投光器の光が男を照らし出す。

 

 手を翳し、ヘリから投げられる拡声器の言葉に男は舌打ちを漏らしていた。

 

『逃げられないぞ! SV802……!』

 

 因縁の名前のように自分のメシエコードが紡がれる。相手は対契約者特化型の部門だ。

 

 当然の事ながら武装の携帯を許可されている。ヘリより覗いたガトリング砲の銃口に男が声を漏らすよりも先に、銃声が劈いていた。

 

 轟音が響き、男の躯体を無数の弾丸が貫いた――と相手は確信しただろう。

 

 しかし、ここまで来ればもう仕方ない。隠し立てしたところで、全て無為だ。

 

 身体の内側から青白い光が放射される。ランセルノプト放射光の輝きを帯び、男はその眼差しをヘリへと注ぐ。

 

「……ガトリングの弾丸を、空間で止めた……」

 

 直後、降り注がせるイメージを伴わせると、空間で静止していた弾丸が一斉にヘリへと反射する。

 

 跳ね返ってきた銃弾の応酬にヘリから火の手が上がり、瞬く間に燃え広がったそれが宵闇の街に映える。

 

 ヘリが操縦不能に陥り、回転しながら墜落していくのを目にしてから、男はまずテナント募集の看板に手を翳す。

 

 すると、固定されているボルトが次々と解けて行き、やがて看板が浮かび上がっていた。その看板に乗る形で男は闇夜を駆け抜ける。

 

 さしもの警察でも浮遊した相手を捕捉するのは難しいだろう。

 

 テナントの看板はまるで風に漂う木の葉のように、ゆっくりと対面のビルへと到達し、男は陰に隠れてようやく呼吸を整えていた。

 

「……クソッ! こんなはずじゃ……」

 

 手が甘かったのは認めよう。しかし、ここまでの仕打ちを受けるとは思いも寄らない。

 

「内通者が居たのか。あるいは最初から……」

 

 ぼやきつつ、男は声を発する。

 

「1575+1762は3337……3337+5697は……」

 

『――契約の対価は計算か。面倒な対価を背負ったものだな』

 

 不意打ち気味に発せられた声に男は警戒を走らせる。

 

 蝙蝠が飛翔し、飛び立って行く以外、誰もいないかに思われた。気のせいか、と嘆息をついて振り返ったその時、視界に大写しになったのは少女の影である。

 

 黒髪を鮮烈な赤いリボンで一つ結びに括り、顔の下半分を黒いマスクで覆っている。身なりは表地が血のような赤のレインコートを纏っていた。

 

「赤ずきん……? どこの国の……」

 

 問い質しつつ、光の放射を感知し、能力を行使する。

 

 ビルの屋上に転がっていたネジが浮かび上がり、磁石のように一斉に少女へと殺到していた。

 

 それを少女は袖口より取り出した武器で叩き落す。

 

「……ナイフ、いや、クナイか……」

 

 少女はクナイを逆手に握り締め、男へと肉薄していた。その身体能力はやはり、少女のそれではない。

 

「……契約者ッ!」

 

 赤ずきんの少女のクナイが肩口へと突き刺さりかけて、男は再び能力を実行する。

 

 クナイが中空で固定され、そこから動かない。

 

「隙だらけだぞ!」

 

 懐より取り出した拳銃の引き金を絞ろうとして、少女はもう片方の袖口よりクナイを投擲していた。

 

 そのクナイが僅かに肩口を掠めるがただの掠り傷。エージェントはこの程度では沈まない。

 

「……死ねぇっ!」

 

 しかし、引き金にかけた指がどうしてだか動かなかった。目を凝らすと、細い銀糸が纏わりつき、拳銃を掴んだ手を締め上げている。

 

 クナイを投げた時に絡み付けさせたのだろう。剥がそうともがく男に、少女は固定されていたクナイを払っていた。

 

 胸元を掻っ切られるが、それでも無事だ。

 

 何よりも攻撃力があまりにも足りていない。

 

「……そんな武器で……」

 

 直後、傷口が熱くなる。まさか、致命傷を受けたのか、と錯覚したその時には少女は背後へと回り込み、ワイヤーで男の首元を締め上げていた。

 

 呼吸困難に陥る前に、クナイの柄頭で手の甲へと一撃がくわえられ、痛みに呻く。男は胸元をさする。

 

 血は少し出ているが、しかし全く致命傷ではない。問題のない程度の傷であるはずなのに……。

 

「……傷が、いや身体が、火のように熱く……」

 

 体温が上昇する。傷を触媒として、何かの能力が行使されているのは間違いない。

 

 その証拠に少女は青白い契約者の光――ランセルノプト放射光を纏い、その瞳は赤く染まっている。

 

「……交渉に用いたパスコードを言え」

 

 声の質は幼い。だが有無を言わせぬ論調に男は足掻いていた。

 

「し、知らない! どこの諜報員だ……!」

 

「質問しているのはこちらだ」

 

 クナイの刃が首筋に当てられる。冷たい刃の感触にひっ、と短く悲鳴を上げ、男は白状していた。

 

「わ、分かった! 言うとも! ……パスコードは――」

 

 

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