DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉― 作:オンドゥル大使
『ゆっくりと手を上げてください。そう、ゆっくりと』
「嫌ね、これ。何で旅行なのに二時間に一回も手荷物検査を?」
シャルロットの嫌悪に塗れた面持ちに夜都は応じていた。
「……紛れ込んでいるんじゃないかな。何人か」
「……契約者? まさか、あり得ないでしょう。だって契約者は化け物だって。人間の振りなんて出来ないわよ」
そうかもしれないが、そうでないかもしれない。
夜都は手荷物検査を受けながら二三対応する。
「荷物はこれだけ? 着替えと、粉末コーヒーと、小型パソコン」
パソコンを手に取ったスタッフに、ちょっと、と声を飛ばしたのはシャルロットだ。
「プライバシーでしょ! パソコンなんて!」
「……分かってますよ。ちょっと何か仕込まれてやしないかと思っただけです。パソコンの大きさでも破壊活動は可能ですからね」
「……何それ。爆弾でも精製しているって言いたいの?」
「シャルロット、もういいから。……すいません、何か、問題ありましたか?」
「……いや、ないが」
どこか不服そうに応じたスタッフにシャルロットは吐き捨てる。
「何よ。あなたが契約者だったら死んでいたわね、奴ら」
そのコメントには笑うしかない。
「誤解が解けてよかった」
「誤解も何も……招いておいてこの扱い? 詐欺よ、詐欺!」
そう言いやるのも仕方ないのかもしれない。二時間に一回も手荷物検査をするのはどう考えても異常だが、これから先に赴く場所の事を考えるのならばよっぽど正常だ。
「……ねぇ、契約者が居るとして、尻尾を出すかな」
「出さないんじゃない? だって契約者でしょ? この旅行プランに潜入した時点で、別の存在だと思うべきよ」
「……かもね。こういうのに参加する時点で、おかしいのだって思う」
「そもそも、実在するのかは疑問だけれどね。各国で能力を行使するそういう存在。本当だとすれば、トーキョーは相当に危ないはずよ?」
「でも実際、【地獄門】付近では頻繁に殺人やら何やらって言う……」
「噂でしょ。ゴシップよ」
『ご苦労様でしたー! バスにご乗車ください!』
拡声器で案内するスタッフにシャルロットは嘆息をつく。
「……やってられないわよ、これ」
「本当、そうだと思う」
この身分を含めて、やっていられないと言う思いはある。しかし、今さらぼやいたって仕方ないのだ。
再び座席に座ったシャルロットは苦言を呈していた。
「お尻が痛くなっちゃう」
「結構乗ったと思うけれど……」
「行先は不明のミステリーツアー……物は言いようよね」
「新市街地の面目上、どこかは明かせないんじゃないかな。後で一般人が巻き込まれたら困るし」
「……私達も立派な一般人なんですけれど……」
「私達は望んでこの旅行に参加したんだから。自己責任かも」
その結論にシャルロットはため息をついていた。
「あー嫌だ嫌だ。ゲートに興味を持ったから言って死にたいわけじゃないのに」
「……それも、自己責任かもね」
夜都はつい数十分前から景色も望めなくなっている事に気づく。窓にフィルターが入っている。普通の人間なら気づかない。大方、手荷物検査の時に仕込んだのだろう。偽装の景色を映す窓辺で夜都は呟いていた。
「……そろそろ近いのかな」
「……【煉獄門】に関して、私も調べて来たわ。ニューヨーク新市街地に発生する不確定要素。どこに存在し、いつ現れるのか、何もかも不明のゲート。物理法則は役に立たず、全ての現象はトーキョーの【地獄門】や南米の【天国門】のように異常を来たすとも」
「詳しいんだね」
「ちょっとばかし詳しくないと、怖いもの見たさだけでは来られないわよ」
肩を竦めたシャルロットに、そういうものか、と夜都は納得する。
「……他の国からしてみれば、【煉獄門】ってそう映るか……」
「あなた、日本人でしょ? この国は初めてじゃ?」
こんなところでぼろは出さない。夜都は用意しておいた文言を使う。
「私も調べたの。それに、友達がニューヨークに居て。だからリアルタイムで知っているんだ。【煉獄門】に関しても、現地の人って案外ドライって言うか、またか、くらいの気持ちみたい」
半分は自分の経験だが。シャルロットは特別に疑う事もなく、それを飲み込む。
「ああ、そうだとも聞くわね。私も下調べはしてきたつもりだけれど、こんなザマになるとは思わなかったわ」
頬杖をついたシャルロットはバスガイドを務めるスタッフを睨んでいた。先ほどから彼は映像資料を見せている。
『こちら、【煉獄門】の発生を我々が独自に、観測したものとなっております。ご覧ください。【煉獄門】は濃霧のように突然に出現し、そしていつの間にか消滅する。これに関して、様々な有識者が意見を交わしてきましたが、最もこの現象に近いものを説明するのに、彼らはトーキョーの四季を連想したそうです。ニッポンでは、春夏秋冬が存在し、これらの温度、湿度、そして季節ごとに咲く花々がある。彼らの間では、【地獄門】が安定域に達しているのは四季の関係もあると言われており――』
「馬鹿馬鹿しい。じゃあ何ですぐに現れて消えるのかって話よ」
「……ニューヨークがそこまで高温多湿だとも思えないけれど」
「だから、あの論理は飛躍しているの。そもそも、じゃあゲートが現れているって言う事は、ゲートでしか観測出来ない現象もあるって事じゃない。なのに観測機一つ飛ばさないなんて可笑しいでしょうに」
「あのー、質問いいですか?」
挙手した自分にシャルロットも目を見開いている。スタッフは少しうろたえつつも、自分の名前を座席と照合させた。
『えーっと……日本からお越しヤト・サギサカさんですね。質問ですか、えっと……分からないところでもありましたか?』
「何で観測機を飛ばさないんですか? そうすればもっと有意義に情報を集められるのに」
「ちょ、ちょっと! 目立つ真似を……!」
『なるほど。いい質問です。確かに観測機を飛ばせばもしかすると【地獄門】の解析にも一役買うかもしれない。ですが、観測機は記録上、全て迎撃されているようです』
「迎撃……まるでゲートの中に、何か居るみたいな言い草ですけれど……」
『サギサカさん、英語がお上手ですね。その通り。有識者は【煉獄門】の中に、何かが存在していると規定しています。だからこそ、ゲートはその時々に位相を変えるのではないか、と』
「……ゲートの中に、何かが居る? そんな理論……」
『飛躍していますか? ですが、そう考えるとより自然なのです。何かは我々には想像もつかない法則性で動いている。そう、生活しているのです。前置きとしてそう思っておけば、ゲートの不規則性を際立たせる事が出来る』
「……それはあなたの考えですか?」
『まさか。聞きかじりですよ』
それで質疑応答は終わったが、シャルロットが肘で突く。
「……度胸あるのね。一応はゲートってどの国からしてみても機密だから、あまり詮索が過ぎると危ないわよ」
「知りたがりは嫌われる?」
「この場合は勘繰りだけれど。でも、これで分かったのはこのツアー、ただの裏ツアーじゃないって事ね。ある程度ゲートの有識者と繋がっている。……これ、実験なのかも」
「実験って……?」
シャルロットは真面目な面持ちで言いやる。
「ゲートに人間を近づけさせて……そういう臨床実験。つまりは私達はモルモットってわけ」
想定していない答えではなかったが、夜都はもっともらしく頷く。
「……気づかなかった」
「でもそうだとすれば、もっと厄介なのは、誰が、この実験を仕切っているのか、ね。米国だとしても角が立つし、他の国ならさらに」
「……管理している国を露見させる結果になるって事?」
「物分りはいいじゃない。【煉獄門】を実質的にどの国が牛耳っているのか、ともすれば分かるかもね」
その時、バスが停車する。緩やかなカーブを描き、目的地に着いたようであった。
『はい、では目的地に到着しました。皆さん、指示に従って降りてください』
不承気味に降りていく旅客の中には、シャルロットが怪しいと踏んだ三人組もいる。今のところ、何かが起こる気配もないが、夜都は周辺地域の把握に努めていた。
拓けた景色に、目印になるものも見られない平地。ニューヨーク新市街地の中ならどこへなりと、慰霊タワーが発見出来るはずだが、どうしてなのだか見つからない。
「……慰霊タワーが見えない。どういう位置関係なわけ?」
勘付いたシャルロットに夜都は推論を述べる。
「……高台に来ているのかもしれない。あるいはすごく低い位置か」
「新市街地の地図は頭に入っているはずよ? ……なのに、この場所、まるで見当がつかないわ」
「……もしかすると、これ自体が」
赴く言葉の先を、シャルロットは息を呑んで継いでいた。
「……契約者の能力……」
あり得ない話ではない。位置関係を誤認させる契約者が張っていてもおかしくはなかった。
だがスタッフはこちらの疑念など関係なしに拡声器で指示を飛ばす。
『はい! 皆さん、よく訪れてくださいました! ここが、次なるゲートの出現位置と目されております』
「……ゲートの出現位置を予測している? そんな事って……」
「分からない。さっきの答えの推論が正しいのなら、ゲートは生き物かもしれないって……」
「暴論よ。推測の域を出ないわ」
スタッフは全員の名簿を確認し、目線で促すと青白い光を帯びた扉が出現していた。
「……ランセルノプト放射光……」
シャルロットが息を呑む。確実に契約者が存在しているが、視界の中には察知出来ない。
『さぁ、この扉を潜って、ゲートまで行きましょう!』
スタッフの導く声に、不意に悲鳴が劈いた。
視線を投じると先ほどの黒スーツと同行していた女性がサングラスを外し、髪を乱れさせている。こめかみを押さえて後ずさった女性にスタッフ達が対応する。
「どうされましたか?」
「ご気分でも?」
「来ないでぇっ! ……何なの、あんた達……。そんな風にして、私を視ないでぇっ!」
錯乱している様子の女性へとスタッフが手を貸そうとして、その瞳が赤く輝いていた。
途端、スタッフの腕が肩口から切り裂かれる。鮮血が迸り、ごとんと腕が落とされていた。
呻くスタッフと恐慌に駆られた旅客達を制するように、拡声器のスタッフが声を発する。
『お静かに! 大丈夫です、これはまだ、想定内ですから』
その言葉に訝しんでいた夜都は、逃げ出そうとした女性を目で追っていた。女性が逃げ切る前にスタッフの一人がその背中に圧し掛かって押え込む。もがく女性にスタッフ達は拘束具をつけていた。
『お騒がせしてすいません。契約者の中にはゲートに呼応する者もいると聞きます。まさか参加者の方の中に契約者が居るとは……』
困惑の声音であったが、先ほどの想定内という言葉と矛盾する。何か、このスタッフ達はひた隠しにしているのが窺えた。
『ですが、もう大丈夫です。さぁ、扉をどうぞ。怖がる事はありません』
一人、また一人とランセルノプト放射光を放つ扉を潜っていく。
シャルロットはどこかおっかなびっくりにその扉を潜り抜け、夜都は背中に続いていた。
大写しになったのは打って変った機械設備の整った研究施設である。まさか屋内に出るとは思いも寄らなかった夜都は観察の目を走らせていた。