DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第十一話「愚鈍を弄する」

『……はい、皆さん、入られましたね。先ほどの女性の同行者のお二方……いいのですか?』

 

「構わん。……しかし、危険だとは思わないのだな。我々も契約者かもしれないぞ?」

 

 どすの利いた声にスタッフは、おお怖いとおどける。

 

『ですが参加者の方々は皆さん、同意書にサインされていますので。どのようなトラブルがあっても、強行する、と』

 

「……それはその通りだが」

 

『それに、契約者だからと言って差別はしません。このツアーに参加してくださっている時点で、等しくお客様です』

 

 どこで切り取ったのか分からない、欺瞞に満ちた答えであったが黒服達は黙りこくるしかないらしい。確かに、契約者でも関係ないと言われてしまえば立つ瀬もないだろう。

 

『まずはスキャンを受けていただきます。これは【煉獄門】に実際に赴いていただく前の、一次審査だと思っていただければ』

 

 並び立った銀色の椅子にシャルロットは露骨に嫌悪感を示す。

 

「……嫌ね、疑っているみたいで」

 

『一応はこれで脳内検査を通過した方のみが、【煉獄門】へと入場していただきます』

 

 夜都は促されるままに座り込み、ヘッドセットを付けられて脳内検査とやらを受ける。

 

 いくつかの極彩色の景色が拡散したかと思うと、直後には弾け、というイメージを数回に分けてパターンを変化させられる。それを三分ほどこなした後にヘッドセットが上げられていた。

 

 気が付けば、銀色の椅子に座っていた参加者は五人ほど減っている。

 

 どのような審査基準であったのかは不明だが、彼らは相応しくなかったらしい。

 

『……はい。では残った方々はこちらにどうぞ』

 

 今度は契約者の能力の扉ではなく、機械の扉を潜り奥へと移送されていく。

 

 それぞれの扉を潜る度に何かが作動しているのが察知出来た。

 

「……何かしら、これ。CT? それともMRI?」

 

「……どれでもないんじゃないかなとは思うけれど」

 

 ゲート内に由来する技術なのだとすれば自分には分かるはずもない。

 

 まるで製品のようにベルトコンベアーで運び込まれた先にあったのは、狭苦しい部屋の数々であった。

 

 最低限のプライベートのみを重視した、監獄のような部屋が連なっている。

 

『皆さんにはここに寝泊まりしていただきます。旅行プラン通りに今のところ進んでおりますのでご心配なく。ゲートの出現を関知し次第、ご案内しますので』

 

 にこやかに応じるスタッフに黒スーツ達が噛み付く。

 

「おい、これじゃまるで囚人じゃないか。高い旅費を出しておいてこんな扱いはないんじゃないのか」

 

『今回の主目的は、ゲートへの来訪にありますので。最も適切な宿泊施設を選んだ次第でございます。通常のホテルでは対応しきれない事も、ここならば』

 

 先ほどのように発狂されてしまえば普通の宿泊施設ならばどうしようもないだろう。それが契約者ならばなおさらだ。

 

「……あまりにも酷いな。聞くが、本当にゲートは見られるんだろうな?」

 

『そこに関しては徹底しておりますので。ゲートにはご案内しますよ。この三日間で』

 

 スタッフの対応に嘘が見られる様子はないが、しかしどこか取り着くしまのなさそうな返答である。

 

 黒スーツ達は諦めたのか、舌打ちを滲ませて部屋へと入っていった。

 

 他の参加者も同じだ。それぞれにあてがわれた部屋に入り、これで一日目が終了であろう。

 

『では皆様、よい夢を』

 

 スタッフが退場してから、シャルロットがこちらに囁きかける。

 

「……あのスタッフ、怪しいわ。だって普通、契約者が仲間を殺しかけるのを見たら少しくらいは恐怖するはずよ」

 

「あるいは、そういうのはあり得るとして、進めているのか……」

 

「あり得るですって? 目の前で契約者が現れたのよ? ……この休憩室自体、何があるのか分かったものじゃないわ」

 

「でも……もうここはどこかの研究所のように思える。逃げるのには多分、結構な労力を使いそうだけれど」

 

 そもそも契約者の能力で繋がれた空間だ。本当に新市街地の中かどうかも疑わしい。

 

 こちらの冷静さにシャルロットは僅かに苛立ったようである。

 

「……冷静なのね。こんなの異常だって言うのに」

 

「……元々ゲートに入りたがっている時点で、みんな異常だとは思うけれど。スタッフの言う通り、確かに同意書に目を通した上での参加だから、何かトラブルが少しくらいあったって文句は言えない」

 

「それが契約者による暗殺であっても、か……。おっかないところに来たものよ」

 

 シャルロットは額に手をやって嘆息をつく。

 

「……疲れたのなら寝るといいよ」

 

「そうするわ。……でも、ヤト。明日があるかどうかも分からないのに、落ち着いて寝られるかしら?」

 

 明日があるかどうかも、か。その不安に夜都は少しだけ微笑んでいた。

 

「……少なくとも、ここにいる参加者分は、命が長引いたと思っていいと考えているけれど」

 

 こちらの返答にシャルロットはふぅんとどこか得心する。

 

「前向きなんだか、後ろ向きなんだか。でも、ちょっと気が楽になったわ。ありがとう、ヤト」

 

「どういたしまして。特に役立った覚えはないけれど」

 

「いいえ。一人でもまともそうなのが居るだけで、安心するわ。他は信じられないけれど、あなたは信じてもいいかもしれない」

 

 おやすみ、と手が振られ夜都も振り返す。

 

 さて、と夜都は早速部屋に入るなり、寝所周りを精査していた。

 

 ベッドの下、換気扇、エアコンの中、水道の蛇口、個室トイレの裏側――と盗聴器や盗撮を考慮するが、どれも見られない。

 

 本当のプライベートスペースは、まともなベッドがあるだけのこの狭い個室くらいなものか。

 

 それ以外はスタッフが常駐し、彼らの目に晒され続ける。

 

 夜都はここまで来た道筋を反芻していた。

 

 扉は十数個。何を調べていたのかは不明だが、契約者かどうかを精査していたのならば、これが役に立ったか、と首筋に貼っておいたセロファンを意識する。

 

 グレイ曰く、契約者である事を遮断する術であると言う。

 

「……本当かどうかまでは分からないけれど」

 

 それに、脳内を見通したあの機械も謎と言えば謎だ。単純に不都合な人間を消すための目隠しであったのか。あるいは、あの機械に意味があったのかは結局のところ分からない。

 

 だが、このゲートを観に行くと言う旅行プランそのものが、どこか狂気の沙汰であるのはそろそろ理解する頃合いだろう。

他の参加者も契約者か、それに類するエージェントの可能性が高い。

だが見分ける術はないように思われた。

契約者同士でも、相手が能力を使い対価を支払っているところを直に見でもしない限り断定は出来ない。それでもかなり甘い判定だ。

 

 もし参加者全員が契約者なのだとすれば、始末するのは今しかない。

 

 個室でなおかつ、プライベートの守られた空間ならば暗殺しても疑われる心配は少ないだろう。

 

 夜都は壁に背中をつけ、じっと窺っていたが、それらしい気配もなければ呻き声も聞こえない。

 

「……一日目に脱落したのは、あの女の契約者と、それに目隠しの時に排除された五人……」

 

 それにしても、スタッフの胆の据わり具合はシャルロットに言われるまでもなく異常である。

 

 常人ならば契約者を見るだけで怯えるに違いないのに、彼らはどちらかと言うと慣れている様子でさえもあった。

 

「……この旅行プラン、主催者が何者なのか……」

 

 持ち込んだ小型パソコンを繋げようとして、やはりと言うべきか、回線が存在しない事を関知する。

 

 夜都は小型パソコンと粉末コーヒーを抱えて個室を出ていた。

 

 回線が見つかれば御の字。見つからなくても、少しでもこの旅行の主催者が見えればいい。そう思って廊下を彷徨う。

 

 人通りのまるでない研究所の通路は薄暗く、消灯時間は過ぎているのが窺えた。

 

 そんな中で、夜都はまだ明かりの点いているブロックを発見する。足音を殺し、歩み寄ると白衣のスタッフが何やら画板に描きつけているようであった。

 

 注視していると、不意に振り向いた女性スタッフと目がかち合う。夜都は弱々しげに微笑んでいた。

 

「目が冴えちゃって……」

 

「あら? もしかして今回の旅行プランの方?」

 

 歩み寄ってきた女性スタッフの小脇に挟んだ画板には緻密なニューヨーク市街地の景観が描かれている。

 

「……どうすればいいんですかね。スタッフの方も見かけないし……」

 

 こちらの言葉に女性スタッフは嘆息をついていた。

 

「……彼らはここの所属じゃないんです。だから身勝手に部屋を貸すなって言ったのに」

 

 むくれた女性はどこか子供っぽく、不服そうにぼやいていた。

 

「そもそも【煉獄門】の旅行プランって、おかしいでしょうに。私は、反対したんですけれどね」

 

「……あの、すいません。興味半分で来ちゃって……」

 

「……別に参加者を咎めているわけじゃないんですよ。主催者側に問題があるって言うか」

 

 ここに来て主催者の情報が得られるか、と夜都は尋ねていた。

 

「……あの、ここってどこなんですか? 契約者の力で連れて来られたみたいで……」

 

「あー……それは言えないんですよ。守秘義務で……」

 

「あっ、それはすいません……。困らせちゃって……」

 

「ううん、いいんです。……日系ですか? 英語、上手なんですね」

 

「留学生で。でも……様変わりしたって言われた割には、ニューヨークは平和なんですね。ちょっとだけ新市街地を観ましたけれど」

 

「ああ、あれはでも……張りぼてのようなものですよ。南米の天国戦争以来、アメリカには国籍や出身を失った契約者……契約難民が押し寄せて来ていますから。彼らの処理に上は頭を悩ませているみたいです。無下にしようにも一国の兵装レベルの力を持つ契約者を、出来れば穏便に済ませたいみたいで……」

 

「……大変なんですね。私、来る途中で初めて契約者を見ちゃって……」

 

「……やっぱり、紛れ込んでいるでしょうね。それは分かっていたのです。でも、強硬手段に出る主催者側とは、対立しっ放しで……」

 

 疲弊し切った声を漏らす女性に、夜都は微笑んでいた。

 

「お疲れ様です。……確かに変と言えば変なんですよね。ゲートの中が見たいなんて」

 

「興味の範疇ならばいいとは思います。でも、それを旅行プランにして、食い物にするってのが問題外なだけで。興味は誰にも止められないし、好奇心はある意味では毒でも、人間は求めずにいられない……禁断の果実でも……」

 

 そこまで口にして話し過ぎたと感じたのだろう。ハッとした女性は、しゅんと項垂れる。左耳から垂れた短冊のようなピアスがゆらりと揺れた。

 

「ごめんなさい……っ! 主任から話し過ぎるなって言われているのに……」

 

 ここだ、と夜都はその意図を捉えていた。

 

「主任……? やっぱりここは研究所なんですか?」

 

 あっ、と口元を噤んだ女性は、もう遅いか、と頭を振る。

 

「いえ、いえ……その……」

 

「何かの研究所なら……私達はやっぱり、モルモットって事ですか?」

 

 問い詰める論調であったせいだろう。女性は視線を流し、こちらと目を合わせようよしない。

 

「……その……何て言うのか、あの……」

 

「……言えないんですよね。すいません、問い質すような言い方をして」

 

「いえっ……あの……っ! ……私も本当はよくないって思っているんです。貴女達に隠し事をしたまま、その……研究対象とするのは……。だって、私も人間ですし……」

 

「負い目があると? ……でも望んでゲートに関わりたがったのは、私達ですよ?」

 

「それは、……違うと思うんです。立場さえ違えば、私も貴女達と同じだと思いますし……やっぱり、好奇心を捨てられませんよ。人間なんですから」

 

「……人間だから、ですか」

 

 契約者である自分には縁遠い話だ。そう思いながらも口にせず、女性へと声を振りかける。

 

「あの……言いませんから安心してください。密告とかを心配している風なので……」

 

「あっ、そうしてもらえるとその……ありがたいです、はい……。でも、間違えないで欲しいのは、私達は決して、貴女達を軽んじて、こんな事をしているわけじゃないってのを……」

 

「ああ、分かっています。それは。だって、同じ人間同士、助け合いですからね」

 

 微笑みかけると女性はどこか安堵したように息をつく。

 

「よかった……。あ、いえ……っ、これは密告がどうとかじゃなくって……!」

 

「分かってますよ。誰だって、こんな得体の知れない旅につく人間を、信じられないでしょうし」

 

「……ご理解いただけてうれしいです。あの……よければ、お名前を聞かせてもらえますか?」

 

「ああ、夜都です。鷺坂夜都。日本の留学生です」

 

「ヤト……。不思議な響きですね。何だか、とても優しそうな名前……」

 

「そんな事はないですよ」

 

 曖昧に笑うと女性も名乗っていた。

 

「私は、メイ。メイ・リメンバー。ここの研究員の一人です。あの……私の存在は……」

 

「ああ、知らない振り、ですよね?」

 

 唇の前でそっと指を立てると、メイも同じように唇を閉ざして悪戯っぽく微笑む。

 

「ナイショ、ですよね。何だか嬉しい……今回のゲートの旅客の方々、もしかしたら契約者が紛れているかもって聞いていたので……。怖くって……」

 

「ああ、だから絵を?」

 

 彼女が小脇に挟んだ画板を指摘すると、メイは頬を紅潮させてぼそぼそと呟く。

 

「あの……これもナイショで……お願い出来ますか? ……主任はいい顔をしなくって……」

 

「あ、すいません。何だか失礼な事を言っちゃったみたいで……」

 

 遠慮がちなこちらの声音に、メイは、いえ、と応じる。

 

「こっちの勝手な都合ですから。……でも、これだけは捨てられないんです。可笑しいですよね……研究者のクセに……」

 

「いえ、素敵だと思いますよ」

 

 その言葉にメイは駆け込んで、ふふっと笑う。

 

「……不思議な方ですね。貴女は、何だかなんでも話せてしまえそう……っ!」

 

 まるで少女のようにころころと笑うものだから、こちらもどこか遠慮なく話せてしまう。

 

 不思議な引力だ、と夜都は感じていた。

 

「いえ……。私もその……好奇心に負けただけですから」

 

「大丈夫ですっ! 私も好奇心でこの仕事に就いていますし、誰も責められませんから。……あの、一つだけ言ってもいいですか?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「……明日……二日目に気を付けてください。それだけです」

 

 どこか意味深に放たれた声を最後に、彼女は道を折れ曲がっていった。夜都はもう少し探りを入れる必要がありそうだ、とメイが行ってしまってから、先ほどの部屋へと入る。

 

 ジオラマが並んでおり、それを彼女は描いていたらしい。

 

「……これは、ニューヨーク新市街地のジオラマ? ……赤い印が付いているのがゲートの出現場所か」

 

 ところどころに赤い印が見受けられる。

 

 ゲートの出現場所だと断定は出来ないが、それでも覚えておく価値はありそうだ。そう思い、夜都は踵を返していた。

 

 道はほぼ一巡。

 

 曲がり角がいくつかあるが、ほとんどの廊下は閉ざされており、この時間帯のせいか、メイ以外の研究員ともすれ違わない。

 

 夜都は回線が通っているであろう柱に手を当て、呼吸と共に青白い光を棚引かせる。

 

「……これでオーケー……」

 

 その時、不意打ち気味に視線を感じ、夜都は振り返っていた。

 

 駆け込んで気配を探るが、人影は見当たらない。

 

「……気のせい……だと思いたいけれど」

 

 この研究所では何が起こってもおかしくはない。そう思えて来ていた。

 

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