DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第十三話「異形を射抜く」

 再び扉を潜るとは思わず、夜都を含め、全員が驚愕していた。

 

『では皆さん、この扉を潜ってください。ご安心を。外に出るだけです』

 

「……外に出るだけでこの物々しさ? ……冗談じゃないわよ」

 

 スタッフ達が今朝と違うのはライフルを携行している点だ。やはり契約者が数名潜り込んでいるのは間違いない。だが、ライフル程度で契約者を止められるものか。

 

「さぁ、どうぞー。扉を潜ってくださいー」

 

 にこやかに応じるその手には対人ライフル。誰が穏やかな心地で潜れるものか。皆がびくつく中で、夜都とシャルロットは扉の向こうに聳え立つ暗闇の塔を眺めていた。

 

「あれ……もしかして新市街地の慰霊タワー?」

 

 シャルロットの震えた声に夜都は、多分、と頷く。

 

「でも……反転している……?」

 

 それだけではない。濃霧が押し包み、一メートル先でさえも判然としない。歩みを止めた旅客達は、全員一か所に集まっていた。拡声器のスタッフが手をひらひらと翻す。

 

『ここがゲートの門前となります。皆さま、よくご覧ください』

 

「よくって言われても……何も見えないに等しいじゃない」

 

 遠くに望める慰霊タワーらしい物体以外、距離感をはかる術はない。そもそも、それが慰霊タワーなのかも今は不明だ。それらしいと言うだけで、もしかすると完全に別の空間かもしれない。

 

「……新市街地かも分からないのか」

 

 呟いた夜都に、スタッフは晴れやかな声を発する。

 

『ゲート門前は通常ならば警察によって封鎖されているか、突発的な発生に誰も対応出来ません。【煉獄門】は、どこに現れ、どうやって消失し続けているのかも未だに謎なのです。だからこそ、こうやってツアーが組まれたわけなのですが』

 

「……おい、あれ……」

 

 旅客の一人が指差した先にあったのは漆黒の何かであった。

 

「……何なの……」

 

 目を凝らし、その姿が判明したその時、夜都は声を張っていた。

 

「危ない……伏せろ!」

 

 その声が弾けたのと、ガトリング砲の火線が舞ったのは同時であっただろう。夜都は反射的にシャルロットを地面に伏せさせ、銃撃を回避したが、他の者はそうもいかなかったらしい。

 

 何名かが凶弾を前に倒れ、血溜まりが広がる中で、シャルロットが悲鳴を上げる。

 

「何なの! 一体何が起こったの!」

 

「……分からないが……移動砲台だ……。ガトリング砲を撃ちながらこっちへと向かってくる」

 

 先ほど目にしたのはガトリングの砲塔だけであったが、どこかその砲座はよろよろとしている。完全に固定されていないのか、それともそうやって全員を巻き込むつもりか。いずれにせよ、この濃霧の中で逃げ切るのは難しそうだ。

 

 夜都は腰を抜かしているスタッフの一人へと駆け寄り、その手にある対人ライフルを掻っ攫っていた。

 

「な、何を……!」

 

「死ぬよりかはマシ!」

 

 下腹部に比重を置き、脚を固めて一射する。反動は思ったよりも軽い。その火線が砲身へと叩き込まれたが相手は全く気圧された様子もない。

 

 こちらへと反撃の火線が跳ね上がる。夜都はスタッフを蹴飛ばし、相手を火線から引き剥がしていた。武装しているとは言え、その及び腰から鑑みて素人同然だ。

 

 ここで死なれてしまえば、自分達はゲートより戻る術を知らない。

 

 夜都は腰だめに構えたライフルの銃身を携え、照準を砲身に向けていた。続けざまの火線が舞う中で、砲座が僅かに傾ぐ。

 

 夜都は即座に接近しようとして駆け出したが、途端に濃霧が晴れる。

 

 不意に拓けた視界の中に大写しになった砲台の正体に夜都は絶句していた。

 

「……何が……」

 

 立ち上がりかけたシャルロットを夜都は咄嗟に庇う。

 

「……見ちゃいけない……!」

 

 ガトリングの砲身が中天を仰ぎ見る。

 

 その姿は、上半身を砲座に変えられた男の代物であった。不格好に四肢のついた砲台がよろよろとその足で歩き出す。

 

『撃ってください! ゲートからの迎撃かもしれない』

 

 スタッフの号令で他のスタッフが対人ライフルを一斉に構え、迷いなく銃撃を浴びせかけていた。

 

 四方八方からの一斉砲火を受け、血潮を撒き散らしてガトリング砲台となった男がよろめき、人間の赤い血を噴き出してから突っ伏していた。

 

 その姿がランセルノプト放射光に包まれ、青白い光を棚引かせて風と共に変身が解けていく。

 

 全身を射抜かれた男の正体は今朝の黒スーツのようであった。しかし、全員がこの現象を解せず呆然とする。

 

 スタッフは咄嗟に駆け回り、旅客達を保護しようとする。

 

 だが数名は直撃を受けたはず。夜都はあえてシャルロットの目を塞いでいた。

 

「何……何が起こったの……?」

 

「……とても惨い事が……」

 

『皆さん、落ち着いてください。ゲート付近では不可思議な現象が起きる事もあります。これもその一因かもしれません。ああ、写真はご遠慮を。これはさすがに……写してはいけない……』

 

 僅かに口ごもった形のスタッフに夜都は周囲へと視線を走らせる。

 

 それぞれガトリングの一射を避けられなかった旅客の脈を確かめ、首を横に振っていた。

 

『……そうですか。ひとまず皆さん、ここは一度退却しましょう。ゲートの戸口が晴れた今、ここに居たって仕方ありませんし』

 

 晴れた一角はやはりと言うべきか、新市街地であった。遠くに映った反転したような闇の塔は慰霊タワーであったらしい。

 

 しかし周辺に人目はなく、誰かが観ていたようでもない。

 

 恐らくゲート出現に際して封鎖線が敷かれたのだろう。そこいらに耳目がないのは今だけはありがたい。

 

 夜都はそのまま、スタッフの用意した契約者の扉を潜る際、シャルロットへと耳打ちする。

 

「……たくさん、人が死んだ」

 

 その言葉に彼女は震撼した様子であった。無理もない。先ほどまで一緒であった人間が死ぬのは衝撃的であろう。

 

「……ヤト? ヤトは……怪我は……?」

 

「してない。でも……このままツアーが持つかどうかはまるで分からない。そう、……本当に……」

 

 研究所へと戻っていたが、やはりと言うべきか、皆が押し黙り重い沈黙が降り立っている。

 

 沈殿した空気を払おうと、拡声器を持つスタッフが声を張っていた。

 

『皆さん! ……惜しい方々を亡くしました。ですが、同意書にサインされましたよね? 被害は全て各々の自己責任だと。そもそもゲートに踏み込むのです。少しくらいは危険なくらいがスリルがあるでしょう?』

 

 その問いかけに夜都はつかつかと歩み寄り、スタッフの肩を掴んでいた。

 

『……さ、サギサカさん? 何を――』

 

「黙っていろ。スリルだと? 汚らわしい。お前達は無辜の民を殺して喜んでいるのか? 死んだのは誰も彼もが覚悟出来ていたわけじゃないんだぞ。だと言うのに、それを自己責任で流すか」

 

 こちらの手に自ずと力が籠っていたせいだろう。ひっと短く悲鳴を漏らしたスタッフに夜都は我に返っていた。

 

「……そんな言葉で片付けるもんじゃない」

 

 今さら取り繕ったところで遅いかもしれないが、そう捨て台詞を吐いてシャルロットの下へと戻っていく。

 

 彼女はやはりと言うべきか、自分の行動に瞠目していた。

 

「……あなた、一体……」

 

「いや、あまりにもシャレにならない台詞だったから……。みんながみんな、死ぬ準備が出来ているわけじゃない」

 

「それは……」

 

 言葉を詰まらせたシャルロットが鎮痛に面を伏せる。

 

 スタッフは持ち直し、声に翳りを見せながらも案内する。

 

『……休憩時間に入りましょう。ちょっと長めに取ります。次のツアー内容に関して議論を進めてから、アナウンスしますので』

 

 拡声器のスタッフは他の者も伴わせて引き返していく。その後ろ姿を眺めていると、シャルロットは提案していた。

 

「……部屋に戻りましょう。その前に……ヤト」

 

 休憩時間に一つの発見を、との前約束であったが、今はそんな場合でもないような気もする。

 

 しかし、彼女は律儀に約束を守り、他に誰の目もないのを確認してから口火を切っていた。

 

「……あんな事になるなんて……」

 

「……酷いもんだ」

 

「ヤト? 何か変よ、あなた……。別人みたいに……」

 

「いや、ちょっと動転している。だからかも」

 

「……そう。そうよね、だってあんなの……。ゲートを前にして、何が起こったって言うの?」

 

「……人間が武器に変えられていた。多分、被害者はニシキドと名乗っていた黒服だと思う」

 

 こちらの言葉にシャルロットは目を見開いてから、やがて額に手をやっていた。

 

「……そんな馬鹿な事が……いえ、ここは【煉獄門】の存在するゲート……それくらいは起こってもおかしくはないわね……」

 

「……妨害なのか、それともゲート関連の現象なのかは分からない」

 

「妨害って……【煉獄門】に入るの妨害していたって?」

 

「……タイミング的には、その可能性が高いとは思う。でも、それにしては迂闊な面も多い」

 

「……人間を砲台に変える……そんな芸当、とかは言わないわ。だって契約者なら何でも……可能なんでしょう? 分からないけれど」

 

「……契約者ならば、どれほどの残酷な真似にも手を染めると思う」

 

 人間を砲台へと「変換」したのか。それとも別の能力かは分からない。断定は出来ないが、確実に言えるのはこの参加者の中に契約者が居る事であろう。

 

 そうでなければ、黒スーツをあんな風にする必要性はない。

 

 今朝の時点で、あの黒スーツは何か疑念を持っていた。ともすれば、何か不都合な事実に抵触したのかもしれない。

 

「……ヤト? 何か、眉間に皺を寄せて……何を考えているの? お願いだから教えて。黙り込まないで」

 

「ああ、ゴメン。……いや、もし……参加者の中に契約者が居るとすれば、そいつはここまで息を殺して参加していたって事になる。だとすれば、スタッフとグルか、とも思ったんだけれどでも、あの攻撃はかなりの確率でスタッフにも危害が及ぶ危険があった」

 

「……スタッフとその契約者は顔見知りじゃないって?」

 

「……かなりの確率で言えるのは、ここで切ってしまえるほどには、関係性は希薄だと思う」

 

「……なるほどね。じゃああの……拡声器のスタッフも知らずにあそこへと案内したって?」

 

「……そもそも空間跳躍の契約者が少なくとも運営側に一人は居る。その関連かも」

 

「契約者同士なら、手は組むかもって事よね?」

 

 だがそれも可能性に過ぎない。

 

 契約者同士で利害が一致したとして、ではあそこまでの残虐性に衝き動かされるであろうか。

 

 ともすれば全滅していたかもしれない予感に今さら背筋が凍る思いだ。

 

「……でも、契約者……本当に居たのね。半信半疑だったけれど」

 

「そっちだって、推論には述べていた」

 

「噂話程度よ。本当に居るなんて思いもしない」

 

 確かに一般人の知る契約者の概念はその程度だろう。居るのか居ないのかも判然としない相手。この世界に確かに存在しているのに、人類とは異質な勢力であろう。

 

「……黒服を砲台にした契約者が、参加者の誰かだとは思う」

 

「……スタッフの可能性も、捨てたわけじゃないのよね?」

 

「そうだけれど、でも……だったらもっと安全な場所に居ればよかった」

 

 そう、あの場に居合わせるのは「合理的」ではない。

 

「でもそう思うと……昨日の契約者の女は? あの人の能力が、人を銃に変えちゃう能力だった、とか?」

 

「いや、あの契約者は多分、何かを斬る能力だと思う」

 

 契約者の能力は原則一つだけだ。

 

 だからまるで別方向の能力を保持する事は出来ないし、それに類する情報は今のところない。

 

「……難しいわね。誰かがそうなのだろうけれどでも、断定も出来ない」

 

「このままじゃ魔女狩りになっちゃう。……その前に、さっきの新市街地で逃げるべきだったかも」

 

 そういう面では自分も冷静ではなかった。突然の襲撃にうろたえていたのだろう。

 

 まさかあのような形で強襲されるなんて思いも寄らない。

 

「確かに……。じゃあヤト。こう決めましょう。次に扉を抜けて、外に出た時には……」

 

 シャルロットの瞳に映った覚悟に夜都は頷いていた。

 

「うん。逃げよう。このツアーを続けるのは単純に危険だ」

 

「……そう、よね。よかった! ヤトが、契約者じゃなくって……。契約者相手にこんな話をしたら、消されちゃうかも」

 

 肩を竦めて平静を装っているが、その実は恐怖しているのはよく分かる。契約者同士の戦いに一般人は巻き込まれるべきではない。

 

「……とにかく、次のゲートを観に行く機会だと思う。その時に、スタッフを振り切って逃げる」

 

「そうね。もうこの際、貴重な体験がとか言っている場合でもないもの。命あっての、だからね」

 

 その点で認識は同じらしい。夜都は頷きかけて、こちらを窺っている気配を感じ取っていた。

 

「……シャルロット。ちょっと待っていて」

 

「……ヤト?」

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