DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第十四話「邪悪を闊歩する」

 駆け出した夜都は相手が逃げおおせる前に追いつき、その手を掴み取る。

 

 ひっと短く悲鳴を上げた人影が振り返っていた。

 

 涙を堪えた形の面持ちに、夜都は毒気を抜かれた気分になる。

 

「……メイ?」

 

「あっ、その……っ。どう言えばいいのか……」

 

「研究者であるはず。……スタッフとまさか共謀してこちらの動向を……」

 

「ちっ……違います……! 私はその……単純に怖くて。貴女達が死んじゃうんじゃないかって……」

 

「死んでしまう……。契約者の事を知っているのなら教えて。この研究所の事も」

 

「……主任に怒られちゃう」

 

「今はこっちの命がかかっている。そっちの都合は知った事じゃない」

 

 切り捨てた言い分にメイはどこかしゅんとして声にしていた。

 

「……主任は言っていたんです。契約者同士の戦闘になる。観測しておけって」

 

「……ゲートに近づけば、黒服が攻撃してくると知っていた」

 

「そうじゃなく! ……私も詳しくは知らないんです。ただ、観察は怠るなって言われているのでその……貴女を見かけたから、じっと機会を窺っていて……」

 

「……偶然だと?」

 

「だって! あんなの知るわけないじゃないですか! 主任から聞かされて、びっくりしちゃって……! ……まさか本当にただの旅行客をゲートに近づけさせるなんて……!」

 

「……私達がゲートに近づく前に、何があったの」

 

 有無を言わせぬ論調であったせいだろう。メイは静かな語り口で言いやっていた。

 

「……今朝、一人、行方不明になりましたよね? 確かスズキさん」

 

 メイの小脇には画板が挟まれており、何かの絵が描かれているのを目に留める。

 

「あ、そう……。でも、それが何か……」

 

「あの三人は契約者でした。それは分かり切っているんです。某国の契約者が、三人して乗り込んで来ているって」

 

「……殺したの」

 

「ち、違……っ! そんなわけないじゃないですか! 人殺しなんて……!」

 

「契約者は人間じゃない」

 

 断定の口調に彼女は訝しげにこちらへと問いかける。

 

「あの……私に何で構うんですか? ただの参加者でしょう? このツアーの」

 

「それはこちらの台詞でもある。一体何が起こっているの? まずはこの研究所。何を観察しているのか教えて」

 

「……それは間違いなく、ゲートですよ。【煉獄門】を観測しているんです。でも、他の事……たとえば契約者に関してもここが一任していて……。米国の管理の要だと言われています」

 

「……この施設が契約者調査の第一線だと?」

 

「多分、この国じゃ一番進んでいるんじゃないでしょうか。トーキョーほどではありませんけれどでも、そうでなくともアメリカは南米での天国戦争で一手も二手も遅れているんです。少しは強硬姿勢なのも分かってくださいよ……」

 

「……そのためにゲートへと一般人を連れ込もうとした」

 

「契約者を連れ込むための方便だと思うんです。推測ですけれどでも……確定的なのは、参加者の半分以上は契約者……」

 

 その言葉に関しては夜都も僅かに狼狽したが、すぐに持ち直して問い質す。

 

「……その確証は?」

 

「だから、推測です……っ。スタッフも、全く怖がっていないところを見るに、諜報機関に精通している相手か、軍事関係者だと思います」

 

「……スタッフと研究所は共謀しているんじゃ?」

 

「それは誤解で……! どちらかと言うと主任が勝手に……! ……それはいいんです。私には、どうしようもない事ですから。でも、疑って欲しくない……っ!」

 

 瞳を潤ませるメイに夜都は警戒を怠らずに話題を変える。

 

「……半分が契約者だとしても、もう半分は一般人かもしれない。ここの連中も、あのスタッフもただの人間を巻き込んでいる」

 

「……どうしてそこまで他人を気にかけるんですか。自分も死ぬかもしれないのに……」

 

「……ゲートに触れようとしたのは単純な好奇心……そう言っていた」

 

「あ、それは……」

 

「だが好奇心に殺されるのが人間。だからと言ってむざむざ死んでいくのを、見ていられない」

 

 こちらの言い草にメイは分からない、と頭を振る。

 

「……貴女が何をそんなに怒っていて、何にそこまで気を尖らせているのか……」

 

「分からなくっていい。少なくとも、私はこのまま死ぬ気がないだけ」

 

 睨み上げるとメイはびくついたようであった。夜都は身を翻し、シャルロットの待つ場所へと戻っていく。

 

 彼女は律儀にも座り込んで待っていた。

 

「……遅い」

 

「ゴメン。でも……ここももう危ない。次の機会があるのなら、その時に逃げよう。そうしないと……こんな予感は当たって欲しくないんだけれど、一生逃げられないような気がする。みんな、ここに囚われたまま……」

 

 夜都の言葉に彼女は憔悴したように頷いていた。

 

「……そうよね。こんな場所で……死にたくはないもの」

 

 シャルロットを部屋まで送り届けてから、夜都は独自に動いていた。

 

 どうにも彼女は心配しているようであるが、このままゲートへの情報収集がご破算になるのは任務としてはまずい。夜都は廊下をいくつか折れ曲がり、他の人間の気配を探ったが、やはりと言うべきか静まり返っている。

 

「……スタッフ達はどこへ行った?」

 

 契約者の扉の力で移動したのか。それとも、別の場所への抜け道があるのだろうか。夜都は昨日、回線を探った壁へと手をつけていた。

 

 瞳を赤い輝きが満たし、青白い燐光を帯びる。

 

 壁ががらりと崩れ、内側から露出したのは通信回線である。夜都は持ち運んでいた小型パソコンを繋ぎ、すぐさまネットワークに介入していた。

 

「……研究資料、あるいはそれに類する何かがあれば……」

 

 だが、送られてくる情報はどこか剣呑なものばかりであった。浮かび上がっては消えていくウィンドウを目にして夜都は分析する。

 

「……主任研究員の名前を……出ないか。だとすれば研究員の名簿を……」

 

 その時、不意に後頭部に冷たい銃口の感触を察知する。

 

「動かないでください。何者です? あなたは……」

 

 誰だ、と夜都は手を上げて身体を硬直させる。声音に聞き覚えはない。

 

「……ここはどうなっている。研究所にしては人が居なさすぎる。それに、こうも静まり返っているのはまるで……もう事が終わったかのように……」

 

「黙りなさい。どうして探りを入れるのです。どこの組織の所属なのですか」

 

 その段になって、夜都は異常を感知していた。どこか、相手の声の調子がおかしい。何か変声機でも使っているのか、と勘繰っていると、その引き金に指をかけられた感触に、夜都は身を翻しざまに蹴り払っていた。

 

 姿勢を崩した相手が仰向けに転がる。

 

 袖口よりクナイを引き出し、夜都は反射的に放っていた。

 

 クナイは想定通りに相手の肩口へと突き刺さる。

 

 その姿を大写しにした夜都は瞠目していた。

 

「……何なんだ、その姿……」

 

「が……がぁ……っ……」

 

 声をくぐもらせているようなのは当然である。

 

 相手は、人間でありながら、顔面を拡声器と融合させられていた。顔のパーツが拡声器に点在し、ぎょろりとその眼球がこちらを見据える。

 

 夜都はクナイを引き戻す。ワイヤーで繋がれたそれが相手の動きを制し、もう一方の手から放ったワイヤーの網がその首筋を締め上げる。

 

 ぐがっ、と鈍い悲鳴を上げた相手の背筋へと膝をつけ、行動を制限していた。

 

「……その顔は……」

 

「……わ、我々は……滞りなく運営をこなさなければならない……。それこそが、我々の……」

 

「……誰にやられた? 言え」

 

 拡声器に繋がった視神経をこちらへと向けた男は歪に折れ曲がった唇で声を紡ぐ。

 

「お……恐ろしい、相手だった……。契約者、とは……あんなに……」

 

「契約者? バスで発狂したあの女か?」

 

「ち、違う……。私達は……」

 

 その時、背筋を粟立たせる殺気に夜都は身を横っ飛びさせていた。

 

 拡声器と融合していた男の背中へと空気の大剣が打ち下ろされる。鮮血が舞い、空気圧の刃がそのまま背骨を砕き散らせていた。

 

「……お前は……バスの時の女契約者か」

 

 だが、その顔がまるで異なっている。その相貌は、先のゲートにて、自分が対人ライフルを奪い取った女スタッフのものであった。

 

「……いけませんね。あなた。我々の邪魔をする……」

 

「どういう事だ。変装が得意なのか」

 

「答える口はない」

 

 相手の眼光が赤く染まる。ランセルノプト放射光の輝きを棚引かせて手が振るい落とされていた。

 

 空気圧の刃が圧縮し、瞬時に直上から叩き込まれていた。

 

 床が捲れ上がり、粉塵が舞う。その中で女は駆け回り、夜都を捉えようとその手を払う。

 

 夜都はワイヤーを手繰り、壁を蹴って空気の刃を回避しつつ、粉塵の向こう側からクナイを放っていた。

 

 一本、二本と投擲したクナイのうち、一本が相手へと突き刺さったのを感知する。夜都は青白い瞬きを帯びて能力を行使していた。

 

 女が喉の奥から絶叫する。

 

 粉塵の中心地で絶叫の形に口を開いたまま、女は事切れていた。

 

 夜都はクナイを引き戻し、相手の顔面を掴む。

 

「……マスクじゃない。これは生身だ。それに、身体も……。別人じゃないか、これは」

 

 変装の名手であったのか。それとも、他の契約者による能力か。女と、そして拡声器と顔を合体させられたスタッフへと注視する。

 

 恐らく拡声器のほうは仕切っていたスタッフであろう。

 

 しかし、こうなってくると本当に分からなくなる。

 

「……誰が本丸だ? どの人間も決定的ではなかった……いや、決定的な誰かなんて最初から居なかったと言うのか……」

 

 呟いた夜都は声を聞き届けていた。

 

『サギサカさーん! いらっしゃらないのですかー?』

 

 まさか、とその声音を耳にする。

 

「……拡声器のスタッフは死んだはず……」

 

 だがこの声は間違いなくそのスタッフだ。怪しまれてもまずい、と夜都は部屋へと引き返す。二人分の死体はどうしたって見つかるだろう。だが今は、合流し損ねて怪しまれるよりかはマシである。

 

「……すいません。ちょっと散策していて……」

 

『気を付けてくださいねー。研究所で行方不明になっても誰も探せませんので』

 

 対面して夜都は確信する。

 

 拡声器のスタッフは確かに殺した。だが参加者を引き連れるこのスタッフは確かに先ほどまでと同じスタッフに映る。

 

 ――どちらかが偽物でどちらかが本物……。

 

 夜都はシャルロットへと視線を流す。彼女は不安げに目を伏せていた。

 

「……ヤト。どこへ行っていたの? 危ないんじゃ……」

 

「次の休憩時間までに話しておきたい事が出来た」

 

「何? 言っておくけれど、何だかもう、次のツアーで終わりみたいよ?」

 

「……どういう……」

 

『計画の前倒しをする事にしたんですよー。ゲートにはご案内いたします。その代わり、三日目はない、という事です』

 

「……二日半で切り上げるって?」

 

『同意書に書かれていましたよね? 予告のない計画変更もあり得るって』

 

 拡声器のスタッフはファイルを手にそれを振る。夜都は下手に噛み付いても自分の身が危ういと頷いていた。

 

「……分かった。でも、本当にゲートに?」

 

『ゲートに行くツアーなのですから。本来は今朝に回るはずであったゲートですが、再出現しましたのでそちらへと移送します。こちらへ』

 

 ランセルノプト放射光の扉が現れる。夜都は袖口をぎゅっと引いたシャルロットを目線を合わせていた。

 

「……ヤト……」

 

「分かってる。……でも行かない理由もない」

 

 夜都は小型パソコンを抱えたままだ。しかしここで後ずさるのは不自然に映るだろう。

 

 シャルロットと共に扉の向こうへと赴く。

 

 

 

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