DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第ニ話「宵闇を貫く」

 厄日だな、と感じる。

 

「……車検に出したばっかりなのに」

 

 車の中でそうぼやいたのは青いスーツをびしっと着こなした女であった。日系の血筋の黒髪だが、瞳は蒼い。

 

『課長。SV802は旧市街地へと逃げ込みました。有する能力は“鉄の操作”だと思われます』

 

「ヘリを墜落させておいて……。それでようやく能力を露見、か。遅すぎやしない?」

 

 新市街地では墜落したヘリへと野次馬と報道関係者が集まっている。程よいスケープゴートにはなってくれているが、それでも人死にがあったのだ。穏やかな気持ちではいられない。

 

「観測所の判定は?」

 

『観測霊を飛ばして計測中。SV802は契約能力を続けざまに行使……。追跡中ですが、リアルタイム情報を送信しますね』

 

 車のナビに送られてきた情報は電線を触媒とする観測霊の放つソナーのような役割を自動更新で関知する。

 

 観測霊を使用すれば、契約者の居所はたちどころに知れるはずなのだが、やはりと言うべきか、そこまでの信用度ではない。

 

 そもそも、この街では技術が二手も三手も遅れている。

 

「東京の外事四課はもっと目覚ましい活躍と聞いている。観測所の使用するドールも、もっと高精度だと」

 

『【地獄門】のある連中と一緒にされちゃ堪ったもんじゃないでしょう、お互いに。この街は契約者事件では事足りてます。……トーキョーの、諜報員と契約者の跳梁跋扈とは比べたくもないでしょう』

 

「日本は契約者先進国、か……」

 

 呟いた声を、上司が聞き咎める。

 

『ミシュア・ロンド課長。すぐに現場に急行したまえ。我らニューヨーク市警七課の面目躍如だ』

 

「……了解。せいぜい死なないように頑張ります」

 

 やる気のない自分の声に上司は窘める。

 

『……各国諜報員の動きが活発になっている。気の緩みは死に直結するぞ』

 

「受け止めておきますよ。貴重な年長者の……忠言としてね」

 

 ハンドルを切り、車を走らせる。しかし辿り着いたところで時すでに遅しだろう。契約者同士の戦いは一秒を争う。少しでも後れを取ればその時点で読み負けているようなものなのだ。

 

「……せめて、少しは合理的な契約者である事を、祈るばかりね……」

 

 契約者は証拠が残るような下手な殺しはしない――それは契約者の性質が常に「合理的な思考」であるとされているからだ。

 

 合理的に考えるのならば、殺人鬼の契約者は居ないし、劇場型の契約者も存在しない。彼らにとって、自身の痕跡を残す事と、そして正体の露見は何よりも下策であるはずなのだ。

 

 契約能力はしかし、人智の及ばぬ強力なものばかり。どれほどに防衛網を敷いたところで、どの策も嘲笑われているかのように意味をなくす。

 

「……SV802、鉄の操作か。拳銃も効かなさそうね」

 

 こういう時に警察官と言う身分はとても無力なのだと感じる。一人で戦車にも匹敵する能力を持つ契約者相手に、拳銃一丁で立ち向かわなければならない。

 

 猛獣相手に素手で殴りかかれと言われているようなものだ。

 

 どれもこれも、現実的な対策だとは思えない。

 

 それでも、この街は回っている――ニューヨーク。かつての栄華を築いた光の都はしかし、ほとんどの店舗は夜の営業を行う事はない。

 

 それもこれも、五年前に発生した南米の事件が端を発している。

 

 そこいらに蹲るホームレス達が白い息を吐いて今宵の寒さに凍える。

 

 今日は少し冷えるが、それでも人間の耐えられない気温ではない。

 

 それなのに、彼らが凍えているように感じるのは、ただ単にひもじいからだけではなく、恐れもあるのだろう。

 

 ――契約者に遭遇し、死ぬかもしれない恐怖との隣り合わせ。

 

 ニューヨーク市民はだが、誰もが感じているはずだ。ミシュアはサイドミラーに映る星空を眺める。

 

 偽りの星、月明りのない宵闇。

 

 この空が支配を築いてから、もう十年が経つ。

 

 本物の星空は奪われ、夜は黒よりも暗い暗闇に覆われている。

 

「……それもこれも契約者、そしてゲート、か」

 

 ミシュアは渋滞が起こっている事に気づき、道の先を見据える。

 

 霧が燻り、クラクションを鳴らす車が立ち往生している。

 

「……ゲートがまた開いたのね」

 

 だが東京の【地獄門】や、南米の【天国門】のような大規模ゲートではない。

 

 それらのゲートを、まるで縮小したように巻き起こる怪現象を、ニューヨーク市民はこう呼んでいた。

 

 ――【煉獄門(デモンズ・ゲート)】、と。

 

「こちらロンド。【煉獄門】の発生を確認。これじゃ現場への急行は難しい」

 

『こっちでも観測しました。どうやら今夜は三ヵ所で、ゲートの発生が確認されたみたいで……』

 

【煉獄門】が発生すれば、それだけで物流も、そして人の波も滞る。今はしかし、少しは職務から解放されるか、とミシュアは嘆息をついていた。

 

『……あの、疲れてます?』

 

「ちょっとね。連日契約者関連の事件が起きていれば、それなりに」

 

『お察ししますよ。技術研では対契約者装備の拡充を急いでいるとか』

 

「今さら、な感じもするけれどね。とは言え少しは仕事が楽になるのなら、それに越した事はないけれどでも……」

 

 ミシュアはゲートを睨み、そして口にする。

 

「……契約者。あなた達は、何なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男はパスコードを教えればそこまでだと思っていた。

 

 相手もどこかの諜報員だ。それなりに立ち振る舞いは理解しているはず。自分を生かして泳がし、その結果利益を得る――契約者ならば判断すべき合理的な思考回路だ。

 

 しかし、と男は胸元を改めてさする。

 

 それに肩の傷も、今はまるで先ほどの熱が嘘のように痛みも熱もない。

 

 だが手の甲を砕かれたのは痛手になったようで、それだけが今の自分の感覚証明であった。

 

 と、その時、少女が振り返る。

 

 その瞳に宿ったのは、侮蔑の眼差しであった。少女は男を蹴りつけ、その手で顔を引っ掴む。

 

 少女の握力とは思えない、怨嗟の籠った膂力に男は呻いていた。

 

「な、何をする……! やめろ……! 俺を殺せば、ブツは手に入らないぞ……!」

 

『その通りだ! 紅(ホォン)、やめろ! まだ利用価値がある!』

 

「……お前らに生きていく価値はない……」

 

 言い捨てた少女が憎悪の瞳で睨み上げ、ランセルノプト放射光の青い輝きが網膜に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現着、遅いですよ」

 

 声にした金髪の優男にミシュアは肩を竦める。

 

「ゲートを迂回した手間。早いくらいよ。……状況は?」

 

 鑑識が既に現場検証に入っている中で、部下は応じる。

 

「殺されたのはSV802の契約者……こちらの追跡していた者と一致します。ですが、死に様が……」

 

 ミシュアも顔をしかめる。周囲には異臭が立ち込めており、生き物の死んだ臭いにしてはどこか奇怪であった。

 

「……人間の焼ける臭いだ」

 

 だがSV802の契約者には目立った外傷はなし。それどころか、出血も止まっている。

 

 しかし、鑑識は冷徹な判定を下していた。

 

「……内臓を内側からやられていますね。まるで電子レンジで焼き焦がしたみたいに、中身だけを……」

 

 現場の隅で吐いている鑑識も居る。それほどまでに鮮烈であった。

 

 大きく見開かれたまま、硬直した身体。投げ出された四肢。即死に近いのだろうが、それでもこの人を内側から焼き殺す残忍さは、間違いなくあの契約者であろう。

 

「MA401……煉獄の契約者……」

 

 その因縁の名前が紡ぎ出される。ミシュアは遺体を眺めた後に、また逃がした、と悔恨を噛み締めていた。

 

「……一体お前は、この街のどこに居ると言うの……。MA401……」

 

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