DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第二十話「街並みを紐解く」

 

 シークを連れ立ってまずは新市街地の中心地へと路面電車で向かっていた。

 

 彼女は人々の行き交う往来を、まるで生まれて初めて目にしたかのように瞳を輝かせる。

 

「……そんなにニューヨークの雑多な群衆は珍しいですか?」

 

「あ、……うん。こうやって普通の人達の中に埋もれるのは……もう何年振りなのか分からないから。何だかちょっとだけ新鮮かもしれない」

 

 夜都は路面電車の運転席に一瞥をくれる。

 

「こうやって路面電車が発達して、かつての地下鉄が意味を成さなくなったのもここ五年みたいだから。南米がなくなってからですね」

 

 天国戦争と呼ばれる戦乱が終息してもう五年。南米の【天国門】を中心として、一地帯が完全に「消滅」した。伝え聞くばかりの知識だが、この大陸の地続きに人類にとっての不干渉領域があるのは奇妙なものだ。

 

 しかしその噂話をシークはどこか瞳を落として声にする。

 

「……うん。あれは辛かった。……契約者……あ、一部で囁かれている噂なんだけれど、そういう超能力者が居て、彼らが各国の威信をかけて……殺し合いをしたって……」

 

 まるで見て来たかのように言いやるシークに夜都は疑問を呈していた。

 

「……まぁ、そのあおりがまともに南米に来ちゃったって感じなんですかね。私、まだ来たばっかりだから、ガイドブック以上の事は分からなくって……」

 

「……うん。間違ってはいないよ。でも……本当はもっと……深刻なのかもね……。この街も、この平穏も……何もかも……。いびつで、それでいて複雑なバランスで成り立っている。今にも壊れそうなのに、その脆さを強みに変えて……」

 

 どこか訳知り顔のシークに夜都は笑いかけていた。

 

「……そういう街なんですかね。でも、だからこそ、留学しようって気になったのかも……。日本に居たら絶対に分からない事が、ここにはあるんです。それは間違いなく……」

 

「日本……。トーキョーにも、同じようなゲートがあるって聞く……。日本人はどう過ごしているの……? よければ教えて欲しい……」

 

「そうですね……。あんまし変わんないですよ。確かに、ゲート関連で日常は激変しましたけれどでも、首都に住んでいる人間は相変わらずと言うか、ゲートがあるって言うのも含めて日常として捉えている節があって……」

 

 こちらの話をじっと聞き入るシークに夜都は言葉を切って目線を向ける。彼女は目が合うなり、顔を伏せていた。

 

「……ごめんなさい。他人の話をこうやってよく聞くの……とても久しぶりだったから……変な表情になっていたかもしれない……」

 

「いや、そういうわけじゃ……。でも、日本は様変わりしませんよ。こっちのほうが分かりやすいかな。ゲートがあるからって言って、じゃあ生活圏に影響があるかって言うと、そういう話でもないですから」

 

「……こっちのゲートは……【煉獄門】だって聞く……。どこに現れるのかはまるで不明だって……」

 

「私も驚いたんですけれど、こっちの人達って、【煉獄門】の出現に慣れているんですね。この先、ゲート出現につき行き止まり、みたいな看板って初めて見たからカルチャーショックだったなぁ……」

 

 微笑んだ夜都にシークもまるで併せるように不器用に笑う。

 

「……私、ここに来るまでちょっと……色々あって……。だから他人を信じる事には……億劫になっていたの……。でも、何だか安心……したかも。こうやって誰かと話すと、思ったより……私の思っていた……最悪って、そうでもなかったのかもって言う……希望かな……」

 

「希望……ですか。ちょっとそこまで大層な内容を話せているのかは謎ですけれどね」

 

 路面電車が止まり、夜都は新市街地の中心地へと足を進めていた。

 

 しかしシークはどこか怯えたようにその足を止めている。

 

「……どうしました?」

 

「……人が多いから……」

 

「人通りは、苦手なんですか?」

 

「……分からない。……ただ、怖い……」

 

 震え出すシークに夜都は勘定を払わず、そのまま路面電車の行先を示す。

 

「じゃあ中心街に行くのはやめますか? そのほうがいいんなら……」

 

「……いいの? 私、ワガママを言っているのに……」

 

 どこか引け目を感じているらしいシークに夜都は笑いかける。

 

「いいですよ。今日は暇なので、ちょっとニューヨークの街並みを見物しましょう。私もそんなに多くはないんですけれどね」

 

「……ヤト。ヤトは何だか……これまで会ってきた人達とは、違う気がする……。何て言うのか、私は……分からないけれど……」

 

 路面電車がまた走り出す。夜都は窓辺から市街地を示していた。

 

「あっちが本当の旧市街地ですね。……ちょっと治安が悪いですけれど、行ってみますか?」

 

「……ヤト、でも危ないのは……」

 

「ちょっとした冒険心ですよ。……駄目とは言われてませんし」

 

 その言葉にシークは呼吸を深くつき、やがて首肯していた。

 

「……うん。ヤトの行きたいところに、行きたい……」

 

「じゃあ旧市街地に向かいましょうか。結構乗る事にはなりますけれど……」

 

 その時、路面電車が止まる。もう停留所に辿り着いたのか、と思ったその時、乗り込んできた三人組の男達の纏う気配に夜都は緊張を走らせていた。

 

 物々しい黒服の男達がこちらを認めるなり、顎でしゃくり早足で歩み寄ってくる。

 

「……シークさん。ちょっと――無茶をします!」

 

「……ヤト?」

 

 短く悲鳴を上げたシークの手を引いて夜都は路面電車から飛び降りる。その直後に銃声が弾けていた。

 

 シークの手はか細く、弱々しい。こちらが強く手を引くと易々と引っ張り込める。

 

「何なの……! ヤト……」

 

「このニューヨークは危ない街でもあるんです! ……ああいうのがたまに居るってのは聞いてはいましたけれど……!」

 

「……何なの、彼らは……。もしかして、私を追って……?」

 

 疑問に足を止めかけたシークに夜都は声を投げていた。

 

「今は! 言う事を聞いてください! 旧市街地の地理なら、ちょっとは!」

 

 駆け出すと銃声が木霊する。相手はやり口からどこかの国の諜報部か。それにしたところで杜撰な証拠隠滅の方法に辟易する。

 

 恐らくはシークを狙っての攻撃。だが、契約者を使うでもない、ただの屈強な男達による襲撃など本来夜都は回避するまでもなかったが、相手をある程度泳がせたほうが探りを入れる余裕も出来る。

 

 何よりも、シークを伴ったままでは逃げおおせるのも難しい。

 

 まずは自分の巣穴の中に相手を陥れる事だ。夜都はいくつか角を曲がり、そうして旧市街地の拓けた空間へと出ていた。

 

 息を切らせると、シークはこちらの想定以上に消耗しており、今にも倒れ込みそうである。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、……うん……。走ったのも……久しぶりだから……」

 

 呼吸が乱れている。それだけではない。彼女はどこか、まるで歩く事さえも久方振りのような感覚があった。

 

 夜都は周囲を素早く見渡す。

 

 今のところ、先ほどの黒服の一人でも追いついてきた様子はない。

 

「……こっちへ」

 

 手招き、夜都は自身のセーフハウスへと呼び込んでいた。暗証番号を打ち込み、ロックを解除してシークを部屋の中に引き入れる。

 

「……旧市街地に……家?」

 

「もしもの事があったら、ってこっちの友達に頼んでおいたセーフハウスなんです。……今のニューヨークでは何が起こってもおかしくないからって……。分からないものですね。まさか役に立っちゃうなんて……」

 

 夜都は素早く備え付けの小型パソコンの電源を入れ、コーヒーメーカーの抽出を始める。部屋に満ちたコーヒーの芳香にシークは不思議そうな顔をする。

 

「……この匂い……」

 

「コーヒーは……お嫌いでは、ないですよね?」

 

「……ああ、これ、コーヒーなんだ……。すごく、久しぶりな気がする……。誰かの……匂いのする部屋って言うのは……」

 

 どこか浮世離れしたシークを店主が気味悪がっていたのも当然と言える。彼女は全ての事柄をまるで初めて目にするかのように驚いている。

 

「今マグカップを用意しますね。……でも、シークさん、旧市街地に来るのも初めてですか? ……私も一度、この部屋を見に来たくらいでよくは分からないんですが、どうにも物件を探してくれた友人曰く、今のニューヨークはどうなっても自己責任だって言われちゃって……」

 

 困惑したように笑うと、シークは不器用な笑みを湛えていた。

 

「……それは……分かるかも……。今のこの街は……どこかおかしい……。何かが……まるで起こっているみたいに……」

 

「……分かりますよ。ああいう……黒服みたいなのが居ると、ああ安全じゃないってこういう意味かって……」

 

 顔を見合わせて互いに笑うと、少しだけ打ち解けたような気がしたが、今考えるべきは先ほどの黒服の目的であろう。

 

 明らかにシークを狙った強襲はどこかの組織同士の争いだと見るべきだ。

 

 マグカップを差し出すと、浮かび上がる湯気にシークは当惑する。

 

「……熱い……」

 

「そりゃそうですよ。淹れたてですから」

 

 口に含むと、シークは猫がそうするかのように舌を出す。

 

「……飲めない……」

 

「猫舌ですか? シークさん、ネコ耳だから」

 

 どこか調子よく口にすると、ああ、と彼女はネコ耳のヘッドフォンを気に掛ける。

 

「……これ、別に自分で選んだわけじゃないの……。でも、これは御守りだから。……お陰で真っ当でいられるって……」

 

 ともすれば黒服の目的はそのヘッドフォンか。しかし無理やり聞き出すにしてもシークは言葉少なだ。セーフハウスが見つかる事はないだろうが、夜都は策を講じていた。

 

「……もう追ってこないかも。ちょっと見てきますね」

 

 歩み出ようとするとシークが袖を引いて頭を振る。

 

「……危ない。ああいう連中は命なんて頓着しない……」

 

「……そこまで無法地帯じゃないと思いますけれど……。でも、気を付けてきますから」

 

 扉を開け、暗証番号を打ち込んでロックしてから夜都は一足飛びに窓辺から飛び降りる。

 

 黒服達は散り散りになって旧市街地を探し回っているようであった。路地に身を隠しながら、夜都はその様子を窺う。

 

「……契約者にしては動きが素人くさい。それに、彼女を狙うにしてはあまりにも……目立っている。合理的じゃない」

 

 夜都はそう判じて路地裏を駆け抜ける。黒服達の通信網が僅かに耳に入った。

 

「……はい。パッケージの確保は失敗……。大丈夫です、追跡出来ています……。滞りなく……」

 

「パッケージ……。やはり確保が目的か。……さて、顔を見られたな。どうするか……」

 

 殺すのは一瞬だが、少しだけ情報が欲しい。夜都は早速、グレイへとメッセージを打診していた。

 

 暗号化したパスコードを打ち込み、グレイへと命じる。

 

『……紅。あの女は何者だ? どうして匿っている?』

 

 直上の電線に留まった蝙蝠姿に夜都は目線も振り向けずに応じる。

 

「……結果論に過ぎない。だが、どこかの諜報部が動いているのは間違いなさそうだ。……契約者にしては、動きにキレがないが……」

 

『……確かに契約者の動きなら、もっと手早いな。グレイに暗号化コードを送信したな? ……これから先、ゲート関連のごたごたが起こる事を想定しての命令書のはずだ。あまり逸ると……』

 

「だが使わなければ意味もない。あるだけなら、道具の意味も」

 

『……確かにその通りだが、我々とて暇ではない。【煉獄門】関連の情報には耳をそばだてているのは組織だけではないと思え』

 

「……忠告か。らしくもない」

 

『忠告じゃない。現実的な理論だ。お前に死なれて芋づる式に俺達まで狙われては堪らん』

 

「……なるほど。合理的な判断だ」

 

 蝙蝠が飛び立つ。シークを守るのはあくまでも自分の判断に委ねる、と言うわけか。自分達は最小限の干渉しか行わないと。

 

「……いいとも。それでも、私は実行する」

 

 程なくして送信されてきたメッセージ番号に夜都はメモを参照する。

 

「敵対組織の可能性と戦闘への移行の準備を、か。……いつでもやれるようにはしてある」

 

 番号を送信し、夜都は黒服達が観測霊を用いていない事に勘付く。

 

 すぐ傍に屹立するガーネットの操る光の観測霊に彼らは気に留めた様子もない。この時点で契約者の線は薄れた。

 

 観測霊が光をジャンプして夜都の傍らに降り立つ。

 

「……諜報部か」

 

 観測霊の応じるのは相手の目的の不明さであった。

 

「……契約者じゃない。だが、明らかに彼女を狙っているのは間違いないんだ。だったら、少しの気の緩みも許されない」

 

 光の観測霊は静かに薄れていく。

 

 ガーネットもこの一件に関して深追いはしないつもりか。

 

 この時点で、頼りに出来るのは少なくなってくる。夜都は相手の動向を読み取りつつ、すり足で路地裏を抜けていく。

 

 迷路のようにくねる旧市街地の裏通りを巡り、夜都は黒服の動きがまるでこの街に関しての情報を得ていない事に気づいていた。

 

「……旧市街地の情報を持っていない。なら……」

 

 ――やれるか。

 

 そう思ってクナイを手の中に掴んだ瞬間であった。

 

 パトカーのサイレン音が響き、夜都は身体を硬直させる。黒服達は予め決めておいた逃げ道があったのだろう。

 

 三々五々に散った相手を追うのは旨味がない。夜都は入って来たパトカーを一瞥し、すぐにセーフハウスと続く道順を辿っていた。

 

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