DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第二十二話「鬼札を探る」

 旧市街地を無数の水路が貫いている。その地下槽からにじり寄ってくる気配に、ガーネットの光の観測霊が再び現れ、そして忠告する。

 

「……分かっている。警察が出てきて、そして契約者を放った……。この時点で疑うべきはニューヨーク市警の癒着だが、それにしては動きが杜撰に映る。――そうだろう?」

 

 夜都の眼差しが路地に入って来た黒服へと向けられる。首筋に絡み付いたワイヤーに呻き声を漏らす黒服へと夜都は尋ねていた。

 

「……誰の命令だ」

 

「……い、言うと思ったのか……。契約者が……」

 

「ならここで殺す。それ以外の望まぬ回答でも同じだ」

 

 こちらの声音に迷いがなかったせいだろう。黒服は僅かな躊躇を滲ませつつも、その喉より声を発していた。

 

「……米国の一諜報機関だ。それ以外は言えるものか」

 

「……ここに耳はない。心配するな。他の組織に情報を流す事はない」

 

 嘘だ。上空ではブルックが張っているし、今この場でもガーネットの観測霊が尋問に付き合っている。

 

 ――契約者は平気で嘘をつける。その打算に気づけないのが悪いのだ。

 

 黒服は目を戦慄かせ、やがて論調を震わせる。

 

「……米国の中央諜報部は、ニューヨークで連日起こっている【煉獄門】関連の情報に睨みを利かせている。それは内外とて同じ事。外交目的での情報の取捨選択は常に行われている。例外ではないのは、ニューヨークの警官が連れていた契約者も同じはずだ」

 

「……煮え切らないな。ハッキリと言え」

 

 絡めたワイヤーをきつく絞める。相手はうろたえ気味に口にしていた。

 

「……聞いているはずだ、そちらも諜報機関だと言うのならば……ある契約者の確保。それが急務に行われた。……外国人部隊、ズヴィズダー……連中が手に入れた南米の遺物を。【天国門】戦争で重宝された、ある意味では国家の威信をかけてでも手に入れるべき鍵だ」

 

「……鍵……それが彼女だと?」

 

「……どうやって能力を封じているのかは分からない。あの目立ったヘッドフォンかもしれないが、確定情報は一つもない。ごろつきの囲っていたはずの女契約者がどのような経路を経て、この街へと連れ込まれたのは不明だが、我が方は可及的速やかに手に入れるべきと、判断した……」

 

 契約者を擁する諜報機関同士の軋轢か。だが、それにしては対契約者相手に普通の人間を使うのは馬鹿げている。

 

「……何か意味があるんだな? 普通の人間でなくてはならない、意味でも」

 

「……か、勘がいいと……長生き出来ないぞ……。それでも、か……?」

 

「どうせ長引くとは思っちゃいない」

 

 今すぐに能力を行使してもよかったが、情報を得ないで殺すのは下策だ。声音に殺意が混じったのを感じ取ったのか、黒服は口調を逸らせる。

 

「……あの契約者……、メシエコードSS581は特別だ。だから中央は欲しがっているのさ、あいつの能力だけは他の誰にも真似出来ない……! 酷似する能力も存在しない今、トーキョーの【地獄門】の攻防戦に要るんだよ……。だから、我々が率先して手に入れようとしている、国力の復活のために……」

 

「……米国は経済的にも、世界情勢としても求心力を失って久しい。PANDORA法と言う形骸化した権力は持ち合わせていても、かつての権力国家としては失墜したも同じ……。そんな国を再興させるだけの力を持っているとでも? 一契約者が」

 

「く、国を復権させるのは、何も力だけじゃない……。それがうまく運用できる見通しならば、兵力にこだわる意味もない……!」

 

「……なるほど。その口ぶりから察するに、SS581は戦闘用の契約能力ではないな? 外交において優位に立てるだけの能力か」

 

「……もういいだろう! 解放してくれ!」

 

 喚きに、夜都は静かにワイヤーを緩めていた。

 

「ああ、……解放してやる」

 

 相手が脱力した瞬間、青白い輝きを放ち、能力を実行する。

 

 黒服の喉元から絶叫が迸り、やがてぐったりと項垂れていた。

 

 ワイヤーを外し、死骸を捨ててから、夜都は上空に位置するブルックの声を聞く。

 

『今の話し方じゃ、SS581はその単体だけでも意味がある契約者だと踏んだ。だが得心がいかないのは、その契約者集団……ズヴィズダーは何故、その契約者を放ったのか、だ。自分達の下に繋いでおくのが一番に思えるが』

 

「……それが困難になったか。あるいはこういう諜報機関がどれくらい動き出すのかを見る、試金石としたか」

 

『各国の競争を加速させ、その隙に乗じて一番の利益を掻っ攫う、か。その契約者を求めて動き出す諜報機関の人間を炙り出す意味もあったのかもな』

 

 こうして自分達の動きが活発になるのもまた、ズヴィズダーの目論見通りだとすれば、戦いさえも下策という事になる。

 

 しかし、今は情報を一つでも拾い集めるしかない。

 

 夜都は光の観測霊へと声を投げる。

 

「……こいつらの動きがあったら教えてくれ」

 

 ぼう、と観測霊が薄らいでいく。夜都はセーフハウスへと戻り、暗証番号を打ち込んで扉を開けていた。

 

 室内では、シークがマグカップへと視線を落としたままじっとしている。

 

「……何か……あったの……?」

 

「警察……が動いているみたいです。事件かも」

 

「……まさか。危ない連中が……」

 

「分かりません。でも、ここなら安全ですよ。すぐに見つかるようには出来ていませんし、旧市街地でも指折りの隠れ蓑になります」

 

 こちらの言葉にシークは疲弊した面持ちを伏せるのみであった。

 

 夜都はその隣へと腰を下ろし、顔を覗き込む。

 

「……何か、あったんですか?」

 

「……悪い予感がするの。……とても悪い予感が……。でも、多分それは的中する……。恐らくは……最悪の形で……」

 

「あの、私は所詮、留学生ですけれどでも……相談には乗れます。何があったのか、教えてはもらえませんか……?」

 

「駄目……っ! 言えばあなたを巻き込んでしまう……。普通の人間は……巻き込まれて欲しくない……これ以上は……」

 

 頭を振るシークから無理やり情報を聞き出すのは難しそうだ。それよりも、と夜都は先ほど始末した黒服の発した言葉を己の中で反芻する。

 

 ――SS581、切り札となる契約者……。

 

 それがもし、シークだとして国家が欲するほどの契約者とは如何なるものなのだろうか。まだあの黒服達の動きは前哨戦に過ぎないのかもしれない。

 

 本当の戦いの激化が起こる前に、事を内々で処理したいのが窺える。

 

 ゆえにこその、諜報員の使用であったのか。契約者を用いれば早々に決着がつくものの、それを望んでいない可能性もある。

 

 それに、天国戦争の従軍契約者の引き渡しと言えば、PANDORA法に抵触するであろう。どこかの国が国力だけでそれを強行突破すれば、ただでさえ意味を成していないPANDORA法はただちに無力化する。

 

 現状、東京の【地獄門】関連の権威を確約するPANDORA法は今なくなっては困る縛りのはず。だからこそ、死んでも問題のない人間だけを使って試しているのか。

 

「……ヤト……?」

 

「あっ、ごめんなさい……考え事をしていて……」

 

 勘繰られたか、と感じた夜都にシークは不安げな眼差しを落とす。

 

「……不思議な感じなの。前までなら、こんな事ってなかったのに……。沈黙なんて、何だか替え難い宝物みたいで……。私にとっての沈黙も、静寂も、この世には存在していなかった……この手に契約者としての力が手に入ってから、ずっと……」

 

「その、話なら聞きますよ。何でもない、一個人として……」

 

 ここまで譲歩しても渋るならば、別の方法論で外堀を埋めるべきか、と感じていた夜都に、シークは不器用な笑みを向けていた。

 

「……ヤトも不思議……。私に近づいてくる人はみんな……打算以外はなかったのに……。じゃあ、一つだけ……お願いがあるの……」

 

「お願い、ですか……。応えられる範囲なら……」

 

 シークは一呼吸置いてから、ゆっくりと口にしていた。

 

「……私を、ゲートへと連れて行って欲しい……」

 

 

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