DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第二十三話「不可能を論じる」

 

 ミシュアはまず現場の責任者を探していた。

 

 既に青い腕章の現地警察がうろついている中で、ニューヨーク市警が介入するのは難しそうであったが、それでも、だ。現地警察の者達がこちらへと詰め寄ってくる。

 

「……ニューヨーク市警の。何で今さらに」

 

「連続殺人事件について、話があります。責任者と面通しさせてください」

 

「初動が何もかも遅い連中に教える事は一つもない。デカ長だってそう言うに決まっている」

 

「そのデカ長とやらに話を聞きたいのです。どうか」

 

「……よく分かんない連中だな。女二人に……それに、今追いついてきたのはガキと若い刑事か。お前ら、現場を荒らしに来たんじゃないだろうな」

 

「まさか。我々はあくまでも、事件についての話と真相究明に……」

 

「そう言うは勝手だが、役にも立たないのに立たれても邪魔なんでね。デカ長だっておまえらみたいなのと関わるなんて時間の浪費だと……」

 

「いいから、通してもらえませんか? レディロンドも困っている」

 

 歩み出たジキルに現地警察の男は明らかに不満を募らせる。

 

「……何だ、てめぇ……。俺達の捜査にケチをつける気か?」

 

「聞けば、犬猿の仲だと言うのは分かりました。ですが、それとこれとはまた、別の話。我々にも任務があるので、早々に対処出来る事はすぐにでも終わらせて欲しいのが本音なのです」

 

「……すぐにでも終わらせるだと? 旧市街地の事件を嘗めてんのか。ここいらの一帯は! 俺達の管轄なんだよ!」

 

「ですが、聞いた話ではそれも身勝手な理屈でしょう? 何なら、本当に捜査権限があるのかも怪しい」

 

「……黙って聞いてりゃ……」

 

 にわかに殺気立った相手にミシュアは割って入っていた。

 

「……すいません。彼女はまだ、この街の流儀を分かっていないのです。ですが、現場責任者とは顔を合わせたい。それだけは確かな事で……」

 

 譲歩したこちらの物言いに、男は鼻を鳴らす。

 

「……デカ長! ニューヨークの花形の連中です」

 

 呼びつけられたのは肥満体の男であった。青い腕章と、群青色のスーツは警官然とはしているが、その実、瞳に潜んだ野心を抑えられていない。

 

「……デカ長と呼ぶなって言ってんだろ。ごろつきと同じに思われちまう。……失礼、旧市街地を統括する、リッターです」

 

「ミシュア・ロンドです。ニューヨーク市警の……」

 

 握手の手を差し出したが、相手は無視して水路へと目線を配る。

 

「時間がもったいない。本題に入りましょう。……水死体が上がりました。つい数時間前の事です。旧市街地の事件だってんで、我々が回りましたがね、表の連中はいつも遅いくせに手柄だけ取って行こうとするから困る」

 

 言外にここでの干渉を論じられているようであったが、ミシュアはそのまま促していた。

 

「……水死体の状態は?」

 

「ま、その名の通り、溺死ですな。変なところは一個もないんですが、それが逆に際立つ。一応、身柄は洗っておきましたが、身分証はなし。その代わり、いくつかの証拠品を発見しました。被害者の遺留品ですが……」

 

 リッターが顎で示した先にブルーシートの上に挙げられた証拠品が陳列されていた。ミシュアは屈み込んで白い手袋をはめる。

 

「……これは……財布ですか……? ですが、この重さは……」

 

 濁したミシュアにリッターは首肯する。

 

「ええ。まるで鉄みたいに溶接されている上に、物体の形状も財布とは思えない。一応試してみましたが、ハンマーでも砕けませんよ、それ」

 

 こちらが現着するのがやはり遅かったか。ある程度の遺留品は既に調べを尽くされた後らしい。

 

「……どれもこれも……異常に重たいですね。だからと言って中身があるわけじゃない」

 

「ホトケにも奇妙な点が数多いのです。第一に、死因が妙だ。溺死って言うからには、誰かが溺れさせた形跡やら、もがいた跡があるはずなんですが、それもない。まるで……そう、錘がそのまま水に沈んだかのように……」

 

 怪事件の様相を呈してきた感覚に、こちらが口を開く前にジキルが尋ねていた。

 

「……被害者が契約者であった可能性は?」

 

「……失礼。身分は」

 

「彼女も我々と同じです。情報を」

 

 ミシュアの補足にリッターは怪訝そうにしながらも口を開いていた。

 

「そりゃ、考えましたがね。自分を重くする契約者だとか、あるいは持ち物を鉄にするだとか言うのも……。ですが、こっちには観測霊も、ましてや受動霊媒も居ませんので。分析不足ってものがあります。星の観測も出来やしないのに契約者の仕業だと判断するのは早計ですし、何よりもそれだと何でもありだ。まずは普通の殺しの線で疑っていますよ」

 

「だが明らかにおかしい。開かない財布に、持ち物は全て鉄のように堅い。この時点で、契約者同士による殺し合いを加味すべきなのでは?」

 

 ジキルの問いかけにリッターは年長者としての矜持か、声に僅かな翳りを混じらせていた。

 

「……これでも長年、旧市街地の殺しは見て来ているんです。普通の殺しじゃない事くらいは百も承知。ですがね、まずは普通の殺しを疑う事から始めなければ、飛躍した理論で推理し始めると正しいものも見えてこない。契約者関連ならば、だからと言ってそちらにお株があるわけでもないでしょう。ここは旧市街地だ。あんたらの見ている世界とは違う」

 

「……重々、承知しています。しかし、この殺しだけではないでしょう? 関連する殺人に、法則性は?」

 

 リッターは強い顎鬚をさすりながら、懐からメモ帳を取り出す。

 

「最初の殺しは今月の頭……電線に引っかかっていた死骸を発見した事から端を発していますね。そんな場所まで誰が昇って死体を取りつけたのか、その証明に至る前に次の殺しが起きました。今度は建物の壁に埋め込まれていましたよ。最初は死体だとも思われていなかったようなのですが、検視すると明らかに人間で……そして三度目の殺しが一週間前……。全身に金属を含んだ変死体が路上で見つかりました。その死因も明確には捜査中……まぁそこであなた方の耳に入ったのでしょうな」

 

 ニューヨーク市警が管轄を決めたのは三度目の殺しからだ。それまでは関知さえもしていなかった。

 

「……所見では、どれもこれも異常な死に方に思えます。契約者絡みを疑っても……」

 

「確かに、何らおかしくはない。この街は、そうでなくともはぐれ契約者共の巣窟です。そいつらの能力が暴走して、殺し合いに発展している、と見るのも。しかし、それは表向きの見方でしょう」

 

「……どういう……」

 

 リッターはメモを閉じ、こちらへと向き直る。

 

「旧市街地に住んでいるのなら、ここに息づいている契約難民達は、そんな些細な事で殺しなんてしませんよ。何よりも……合理性に欠けている。怨恨で人殺しなんてもってのほかですし、自分達が疑われるような異常犯罪なんて手を染めません。彼らはそうでなくとも、恐れている。我々のような普通の人間に、自分達の存在が露見するのを。こう言うと語弊があるかもしれませんが、契約難民は平和主義なんです、基本的に。常軌を逸した殺し方なんて滅多にしませんよ。彼らは、人類をどのような動物よりも恐れている。だからこの旧市街地じゃ、殺しらしい殺しなんてやるのは大概、表の連中です。ここに住んでいるのなら、流儀がある」

 

「流儀……それが合理性に欠ける殺しはしない、ですか」

 

 ジキルの言葉にリッターは、まぁ、と頷く。

 

「契約者の考えなんて分かりゃしませんけれどね、その実は。ですが、国のお上がやってのける殺しに比べれば随分と大人しいもんです。彼らの生き方はとても静かで、それでいて穏やかだ。恐慌も、ましてや疑いの目が向けられる事も望んじゃいない。彼らはね、静かに生きて、そして誰にも看取られなくとも、静かに死んでいきたいのですよ。植物のように、静謐の内にね」

 

 リッターは煙草のパッケージを取り出し、箱の底を叩いてくわえる。紫煙をたゆたわせるリッターに対して、ミシュアは沈黙していた。契約者の在り方に関して、口を挟める事は少ない。だが彼らが穏やか、という観点には正直なところ、疑問もある。

 

「……お話の通りなのだとすれば、この事件は外から入って来た人間の仕業だと?」

 

 煙い息を吹き、リッターは首肯する。

 

「そうだと考えるのが自然なような気がしますがね。契約者は確かに人でなしですが、享楽で殺しはしませんよ。それだけは絶対です」

 

 自分達よりも契約者に精通している人間の言葉だ。信じるには値するだろう。

 

「……ですが、外部の人間の犯行だとすると追及は難しい……」

 

「仰る通り。これが外部犯のものだと断定は出来ませんが、その可能性が濃い以上は、やはりと言うべきか、こちらでの捜査も進めづらい。そこいらの新顔を問い詰めてもいいんですがね」

 

「それは……捜査に問題があります」

 

 私刑を容認してしまえば自分達の意味がない。リッターは何か種が割れたかのように肩を竦める。

 

「……冗談ですよ。さすがにニューヨーク市警の花形を前にそれは言わない」

 

 どこまでが冗談なのか。それさえも判じられぬまま、ミシュアは口にしていた。

 

「……契約者にも人権はあります。如何に凶暴とは言え」

 

「それはその通りでしょうな。問題なのは、この殺しが契約者によるものなのか、それとも旧市街地の契約難民の立場を悪くするためのものなのか、……いずれにせよ、断言は出来ませんがある程度は方向性を留める事です」

 

 分かっている。この事件が契約者の犯行なのか、それとも別の猟奇殺人なのかを判定しなければ自分達は読み負ける。

 

「……一つ、いいですかね?」

 

 ジャンの問いかけにリッターはどこか不承気に応じる。

 

「どうぞ」

 

「あの……被害者が契約者っていう線は? だから、他の契約者との戦闘で死んでしまった、という方向性は……ないんでしょうかね?」

 

 確かに死に様の異様さを鑑みるのならばそれも考慮の内には上がる。リッターは渋い顔をして頷いていた。

 

「なるほど、それもあり得ます。ですが、星が……」

 

「……天文部の観測を本当の情報として得られるのは我々のほう。旧市街地にまで天文部は情報を寄越さない」

 

 そのラグが問題なのだろう。天文部の契約の星の観測は事実情報として自分達に与えられるが、現地警察はほとんどゲリラだ。彼らに与えられる情報は限られている。

 

 この埋めようのない差をどうするか、と思案を浮かべていたミシュアにジキルが声にしていた。

 

「……この犯行、簡単には解けそうにないと私は思います。どうでしょう? ここは現地警察とニューヨーク市警の分別なく、共闘するのは」

 

 思わぬ言葉にリッターとミシュアは二人して目を見開いていた。

 

「何を馬鹿な……」

 

「おや、馬鹿なものですか? 合理的に判断するのならば、お互いの強みを活かすべきです。現地警察は旧市街地の状況を常に共有出来る上に速度の面でも上だ。ニューヨーク市警は天文部の星のスペクトルと、それに契約者の確定情報を得られる。どちらにも損はないように思えますが……」

 

「あのな……実際やるのと机上の空論ってのは違うんだよ」

 

 苛立ちを募らせたリッターにミシュアはジキルへと声を潜ませていた。

 

「……今日までの溝は大きい。そんな簡単に行くのなら苦労はしない」

 

「ですが、私から言わせてもらえば、お二方とも肩肘を張り過ぎている。私とジェッツはあくまでも専門家として迎えられた。遠回りをするために捜査に入っているわけではありません」

 

「それは……確かにその通りですが……」

 

「それに、守りたいのはお二方とも、このニューヨークと言う街の治安。ならば旧市街地も新市街地の事件も手を取り合って――」

 

「馬鹿馬鹿しい。ロンド課長、どうにも分からぬ者を入れたようですな」

 

「おや、何故?」

 

 首を傾げたジキルにミシュアは諦観に顔を伏せていた。

 

「……理論上は、そうでしょう。ですが、人間、何も合理性だけで動いているわけではないのです。手を取り合う……言葉で言うのは確かに素晴らしいのかもしれない。ですが、旧市街地を任せられてきた彼らにもプライドがあります。それは私達も同じ。新市街地に警官のライセンスを持たぬ人間を入れるわけにはいかない」

 

「……雁字搦めですね。お互いのプライドに拘泥している」

 

「どうとでも。いずれにしたところで、ここで捜査情報の共有は行うべきでしょう。リッターさん。旧市街地で起こる情報の提供を――」

 

「さっきまではそのつもりだったんですがね、正直に言わせてもらいますよ。――断る。そっちに任せちゃいられない」

 

「……それは入れ込み過ぎ、と言いたいのですか」

 

「分かっておられるではないですか。そうですよ、旧市街地はこう言っちゃ悪いが、我々の領分だ。それを勝手に掻っ攫って、それで手柄はそっちの総取り? 冗談じゃない。おれ達は何のために、この契約者の危険との隣り合わせの街を守っていると思っているんだ。好事家で済ませて欲しくないんですよ。こっちにはこっちのプライドってもんがある」

 

「ですがそのプライドで解決出来る事件を未解決に導くのはおかしい」

 

「……あんた。さっきから言葉が過ぎるぞ。何なんだ、スーツも着ないでニューヨーク市警の警官ってのは常識知らずって認識でいいんですかね」

 

「……彼女は協力者です。オブザーバーとしての役割を果たしていただいて……」

 

「余計な勘繰りはやめていただきたい。我々は遊びでやっているわけじゃないですけれどね」

 

「私達もそれは同じのつもりなんですが……。まぁ、協力関係に疑問符があるんなら、やめておくのも手ではあります。未解決で終わる可能性もありますが」

 

「……何を」

 

 掴みかかろうとしたリッターをミシュアは制していた。

 

「……失礼を。彼女達は一応は協力者ですので」

 

「……どの分野の専門家だってんですかね。まぁ、ここはロンド課長の顔を立てますよ。ただね、言っとくと我々のやり口に余計な言葉を挟んでいただきたくはない。契約者の殺し口は分かっている。それはそっち以上に」

 

「ええ、無論承知しております。だからこそ、今回の協力体制を求めていて……」

 

「こっちもやぶさかじゃなかったつもりなんですがね。考えが変わった。やるんなら、せめて天文部の星のスペクトル情報を持ってきてくださいよ。そうじゃないと対等ですらない」

 

 条件を引き上げられたわけだ。ミシュアは歯噛みしながらも、こちらに落ち度があったと認識する。

 

「……承知しました」

 

 踵を返そうとしたミシュアの背中をリッターは呼び止める。

 

「ああ、それともう一つ。……契約者とは付き合わないほうがいいですよ。連中の思考回路は破綻している。何があっても契約者は敵だ。それ以外にない」

 

 まさかジキルとジェッツがその契約者だとは言えまい。無言を是としてミシュアは車へと戻っていた。

 

 

 

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