DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第三章「野良猫は、血の足跡を宿して…」(後編)
第二十四話「不穏を誘う」


 項垂れるミシュアにジキルが助手席で窺う。

 

「レディロンド、余計な事を言ってしまいましたか?」

 

「正直に言えば。……ですがいずれ出ていたであろう膿です。ここはハッキリさせるか、ハッキリさせないかを明言したほうが、これから先にはよかったかもしれない」

 

「前向きなんですね。嫌いじゃない」

 

 ジキルの楽観視にミシュアは言葉を振っていた。

 

「……何でわざわざあんな敵に回すような言い草を? もっと冷静な方かと思っていましたけれど……」

 

「失敬。さすがにあなた方が我慢しているのは見ているに忍びない。それに……リッター氏は契約者を恨んでいる風であった。そんな相手のご機嫌を取るのはあなたらしくない」

 

「私らしいって……。そんなの、分かるわけがないでしょうに」

 

「それもその通り。ですが、人間が人間らしく生きられないのなら、それはまずもって間違っていると思うべきです」

 

 ジキルの言葉振りには迷いがない。それほどまでに我慢しているように映ったのだろうか。ミシュアは無線を繋ぎ、報告する。

 

「こちらロンド。レインマンに繋いでいただきたい」

 

 暫くのコール音の後、レインマンが重々しい声を発していた。

 

『首尾は?』

 

「芳しくはありません。疑いを濃くしてしまいました」

 

『現場状況自体は契約者の殺しの線が濃厚だと聞いていたが、それでも、か』

 

「契約者犯罪なら、旧市街地を牛耳っている現地警察の手を離れるのは本望ではないと……。まぁ、考えれば当然の帰結ではあるんですが。このまま静観を決め込むのも我々らしくありません。如何しますか?」

 

 詰めた声音にレインマンは予め用意していたような言葉を返す。

 

『現地警察に対して、我々は天文部の情報と、それに最新のゲート情報を掌握している。彼らは所詮、旧市街地で吼えるしか出来ない弱者だ。こちらである程度の渡りは用意する。何が必要か』

 

「……あちらの要求では、天文部の星のスペクトル情報……」

 

『それは国家機密に抵触する。そんな簡単には渡せないな』

 

「……返事は分かっているんです。でも、それしかないような気がして……」

 

 目頭を揉んだミシュアにジキルが助け船を出していた。

 

「レインマン。私達の優先任務を先に掲げてもよろしいでしょうか? 無論、レディロンドの事件も協力します。それで交換条件と言うのは?」

 

「……交換条件? いや、そもそもあなた方が何故、この地を踏んだのか……」

 

「……言っていませんでしたね。我らズヴィズダーはとある契約者の追跡調査を行ってもいたのです。その道中で警察と突き当たるのは必定。先んじて協力体制を敷いておいたほうが円滑に進むとの上の判断で」

 

 まさか最初から、目的の遂行のために自分達は利用されていたのか。その疑念の眼差しに、ジキルは手を払う。

 

「……勘繰らないでくださいよ。我々とて通常の任務もあるのです。ですが、ニューヨーク新市街地でなければ観測し得ないケースもあった」

 

「……その契約者と言うのは……」

 

「SS581、コードネームはシーク。天国戦争に従軍した経験を持つ契約者です」

 

 思わぬ言葉が出てきてミシュアは硬直する。

 

「……天国戦争の? まさか、契約難民……」

 

「いえ、その能力の特殊性から、流れ流れてとあるマフィア組織に匿われているところを我々が確保しました。現状、能力は封じられているはずですよ」

 

「……何故、断言出来るのです」

 

「彼女に渡しましたから。その能力を封印する、ゲート由来の道具を」

 

 何でもない事のように言ってのけるが、国家重要機密に抵触する。

 

「……あなた方は何をしたいのです。その契約者を追い込みたいのか、それとも内政干渉を……」

 

「いやね、そこまで難しい事をするつもりはないんですよ。ただ、私達がやるべきなのは契約者の可能性の追求。SS581に関しても内々で追うつもりであったのですがあなた方との協力なしでは追えないと思いましてね。なら、ギブ&テイク、でしょう? こちらを手伝ってもらうのなら、まずはこっちから譲歩しないと」

 

 呆れた、と言うのが正しい。

 

 しかし同時にどこまでも利己的、否、合理的だ。

 

 やるのならばとことんな上に、自分達を都合のいい駒として利用する。利用価値のある人間は最大限にまでその力を引き上げる。どれもこれも、契約者らしいメンタルと言えばそこまでなのだろう。

 

「……幻滅しましたか?」

 

「……少しだけ。ですがそこまで話してくださったという事は同時にこうも思える。……裏切りはない、と」

 

「どうですかね。契約者は平気で嘘をつく。良心の呵責なんてなしに」

 

「そう言ってのける時点で、あなたは裏切らないでしょう」

 

 ミシュアは車を出していた。ジキルの声がかかる。

 

「……どこへ行かれるので?」

 

「天文部に知り合いがいるので、彼女への訪問を。そうしないと現地警察との交渉が遠ざかる一方です」

 

「なるほど。なら、ついでの用事で申し訳ないのですが、新市街地に向かってもらえますか?」

 

 ジキルの取り出した懐中時計にミシュアは怪訝そうにする。

 

「……何が」

 

「そろそろ網にかかる頃合いです。彼女は苦しみ続け、そして寄る辺としているゲート由来の道具の時間切れを恐れているはず。向かうべきは、対価さえ払えば願いの叶う場所」

 

「……ゲートに? ジャン、【煉獄門】の出現は?」

 

『待ってください……。新市街の一区画に小型のゲートが発生中。現在、区画整理と称して封鎖していますが……』

 

「お膳立ては整っているわけです。どうしますか? 解決に向かっている事件と、遠回りのばかりの事件。どちらを優先すべきなのかは任せますが」

 

 そう言いつつも、畢竟、やれる事は限られてくる。ミシュアはハンドルを切り、新市街地に向かっていた。

 

「ジャン、新市街地のゲートへと向かう。管轄に話は通しておけ」

 

『了解ですが……いいんですか? ……契約者は、ゲートには……』

 

「迷信の可能性もある。何よりも、辿り着かなくてはまるで意味がないからな」

 

 ――契約者はゲートで見えるはずのないものを見る。あるいは何かが起こるとも。

 

 どれも噂話程度だが、それでも自分達は二人も契約者を擁している。このまま破滅へと向かうのか。それは分からないが、ハッキリしている事があるとすれば。

 

「……契約者の力の暴走だけは、阻止しなければならないはず」

 

 旧市街地を駆け抜けた一陣の疾風に任せ、アクセルを踏み込んでいた。

 

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