DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第二十五話「心を暴く」

「……ヤト。そろそろ、新市街地だね……」

 

「……本当によかったんですか? だって、ゲートなんて……」

 

「頼ったって仕方ないと思われるかもしれないけれどでも、私達にとっては何よりの寄る辺なの。……あの天国戦争で、生き地獄を味わった……。でもだからこそ、ゲートの奇跡は誰よりも信じている……」

 

 憔悴した様子のシークに夜都は下手な事は言えないな、と思いつつも視界の端でガーネットの光の観測霊を目にしていた。

 

 追跡は厳にしてある。見失うという事はあるまい。

 

 前回のようにゲート内で不可思議な現象に足を取られる事も。

 

 だが、シークの身柄だけは別だ。彼女は一体、何を頼りにしているのか。それとも、何も頼っていないのか。

 

 その眼差しが暗く沈んでいるのを見かねて夜都は声をかけていた。

 

「……シークさん。もし……ゲートに行っても何も起こらなかったら……旧市街地のあのセーフハウスを使って、一緒に過ごしませんか?」

 

 その問いかけにシークは心底驚いたように目を見開く。

 

「……一緒……に?」

 

「はい。私……これでも家事は出来るんです。シークさん、今のままじゃ何かと困るでしょうし、暫くは私達の共同生活という事で」

 

 笑いかけた自分を、シークは驚愕の眼差しで注視し、やがて声にする。

 

「……不思議。本当に、不思議で仕方ないの。ヤト……あなたからは嘘の感じを全く覚えない……。これまで私は……嘘と、そして偽りばかりを感じてきた……。死んでしまえばいいんだと思っても……許されない身分だった……。いいように利用されて……そして、捨てられる時は呆気なくって……。私を……気味が悪いんだと、みんなが言う……。だったら、居なくなった方がマシに決まっている……」

 

「そんな事……。シークさんはだって、そんな人じゃないですよ」

 

「……どうして言い切れるの? 今日会ったばっかりじゃないの……」

 

「それは……同じモーニングを頼んでいたから……とかじゃ、駄目ですかね……?」

 

 頬を掻いた夜都に、シークはぷっと吹き出す。それから、ああ、と天上を仰いでいた。

 

「……久しぶりに……ちょっと笑えた……。これが……可笑しいって事なんだ。……生まれた時から、こんな感情、持ち合わせていなかったような気がする……」

 

「シークさん、ゲートはでも、周辺警戒している警官隊が居ます。突破には少し……強硬策が必要かもしれません」

 

 分かっているのか、という問いかけにシークは静かに首肯していた。

 

「……ちょっとの危険はつきものだと思っているし……私はゲートに縋っている……。忘れられないのよ……あの日、ゲートで失ったものを追い求めて、それで対価さえ払えば、もう一度手に出来るって……。笑えるでしょう?」

 

 疲れ切ったシークの瞳に夜都は簡単に返事が出来なかった。

 

 路面電車が揺れる。

 

 夕映え空に染まりかけたニューヨーク新市街地は輝きを誇っているが、そのうちに狂気を秘めた街並みだ。

 

「……行きましょう」

 

 降りた先にあったのは「通行止め」の看板である。

 

 当然、表通りから行けるわけがない。夜都は新市街地の裏路地へと割り込み、そのまま走り込んでいた。

 

 ゲート出現は時間との勝負だ。

 

 それに、そこいらで張っている警官の眼を掻い潜らなければならない。

 

 非常用階段を駆け上り、マンションの裏手から別のマンションの棟へと渡り、ゲート出現位置を目指す。

 

 暮れかけた空を蝙蝠が飛んでいた。

 

「……そろそろのはず……」

 

「ヤト……怖いよ……」

 

「大丈夫です。私が居ますから……」

 

 手を引いて夜都は通りに近い屋根へと舞い降りていた。それほどの身体能力がなくっても飛び降りられる高さだ。夜都はシークの軽い身体を抱え、家屋の裏へと回っていた。

 

 にわかに霧が出てくる。

 

 この感覚は、と夜都が鋭敏に神経を尖らせようとした、その時であった。

 

 唐突にシークがヘッドフォンを押さえて蹲る。喉の奥から漏れた呻きに動揺していると、彼女の瞳が赤く染まっていく。

 

 まさか、と夜都は震撼していた。

 

 ヘッドフォンの側面が高速回転し、やがてぶつり、と音を立てて円環状の物体が割れる。

 

 その途端、シークの身体は青白い光に押し包まれていた。

 

 見知った光に、夜都は硬直する。

 

「……そう。やっぱり……そうなのね。私に……理解者なんて現れるはずもなかった……」

 

「シークさん……」

 

「演技は止めて、夜都。いいえ、組織のエージェントね。コードネームは、紅。能力は……熱の操作」

 

 まさかそこまで露見するとは思わず、一歩後ずさった夜都にシークはせせら笑う。

 

「ほら……やっぱり……! あなたも同じ……連中と……。私の事を気味が悪いと思うんでしょう? ……あれだけ利用して……どれだけの人間の心を暴いてきたと思っているの……? それなのに……みんな、みんな、みんな、みんな……! 私の前から消えてなくなった……! あの天国戦争で……! 契約者は……嘘つきね……ヤト……」

 

「……あなたは……」

 

 その頬を涙が伝う。夜都はここに来て最早隠し立ては不要と、クナイを手に掴んでいた。

 

「……それで私を殺す……? ……いいわ、殺して……。私はもう……利用するのも、されるのも疲れたの……。この能力……常時発動型でね……。人混みに行くと、色んな人の思考が入ってくる。色んな言語で、色んな人間の雑多な感情が、私の中に……押し入ってくるの……。それで自我が押し潰されそうになってしまう……。だから私は、天国戦争に徴用された……。ヒトの本質を見抜くこの能力は要人警護や、色んな人間の裏を掻くのに使われたわ……。そのうち……誰も信じられなくなった……。だってみんな……言っている事とやっている事がまるで違う……。人類なんてそんなものなんだって諦められればどれほどによかったか……。私は……天国戦争で殉死するのを心に望んでいた。……でもね、死ねなかった。死に損ねたの……。あんな……土壇場みたいな戦場だったのに、誰も私を殺してはくれなかった……。それどころかこっちに来ないか、って……。この能力は有用だから……どの組織も欲しがった……」

 

「……シークさん……」

 

「私の名前を気安く呼ばないで……!」

 

 赤く眼をぎらつかせたシークは全ての存在を侮蔑する眼差しでこちらを睨む。

 

「……ヤト。あなたは何を隠しているのかしら……。その心根の底まで……見せてちょうだい……!」

 

 その瞳が見開かれた瞬間、夜都は反射的にワイヤーを放っていた。

 

 分かっている。相手に攻撃手段はない。自分の動きを読む事も出来まいと。

 

 だが、シークは最低限の身のこなしでワイヤーの網を避け、こちらへと直進してきた。

 

 駆け抜け様に頭部を引っ掴んで一撃――そのつもりであった夜都は僅かに狼狽する。

 

 その心の隙を突き、シークは自分の手を掻い潜る。思いのほか戦い慣れしているその挙動に夜都は瞠目していた。

 

「……これが、天国戦争の生き残りか……」

 

「ヤトぉ……。あなた、面白い秘密を飼っているのね。これは知られたら動揺するかしら? ……妹さんがいるのね。たった一人の。その子、そんな場所に居させて、本当に大丈夫だと思っているの?」

 

 その挑発に夜都は殺気を剥き出しにして襲いかかっていた。クナイを投擲し、シークの肩口を狙う。無論、相手には狙いは分かっているはずだ。

 

 よろめくようなステップで避け、次の一手を打とうとする前に夜都は大地を蹴りつけて跳躍し、直上から三本のクナイを投げていた。

 

 地面に至るや否や、それぞれのクナイに繋げたワイヤーがピンと張られ、結界陣を形成する。

 

 その結界の中に入ったが最後だ。

 

 シークは避ける術もない。

 

 夜都はランセルノプト放射光を棚引かせ、能力を行使しようとして、ふと背筋が粟立ったのを関知する。

 

 飛び退った瞬間、先ほどまで身体のあった空間を何かが加速して突き抜けていた。

 

「これはこれは。……早速我々の任務の役に立ってくれた事、喜ぶべきなのでしょうか」

 

「……ジキルとジェッツ。これが目的だったの」

 

「それはかかればの話。このニューヨークを舞う契約者を一匹でも狩れれば御の字だったのですが、上物がかかりましたね」

 

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