DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第二十六話「邂逅を恨む」

 

 霧の向こうからゆっくりとやってくる相手に、夜都は赤いレインコートを纏っていた。

 

 黒いマスクを上げ、クナイを構える。

 

 相手は喪服の淑女であった。

 

 サイドテールの淑女はゆったりと、こちらを認めるなり、フッと笑みを浮かべる。

 

「……まさかニューヨークの赤ずきん。ミス401MA、最上の契約者ではないですか」

 

「……ここで殺す」

 

「殺気も一流だ。だからこそ、潰し甲斐があるというもの」

 

 途端、濃霧の向こう側から何かが投擲される。射線を読んで回避しようとして、それらが青白い光を帯びて超加速する。

 

 咄嗟にレインコートで庇ったが、それでも一部が剥離した。

 

「……物体の加速射撃」

 

「そう! そして私の能力は……!」

 

 喪服の女がランセルノプト放射光を身に纏い、手を地面につける。

 

 その瞬間、足が泥に取られたように身動きが取れなくなった。地面のコンクリートが水のように溶け、その中へとずぶずぶと足が潜り込んでいく。

 

「……物質透過か」

 

「逸るものじゃありませんよ、ミス401MA。戦いは愉しもうじゃありませんか!」

 

「悪いがそんな場合など……ない!」

 

 同じ物質に手をつけているのならばこちらの能力も有効射程のはず。

 

 そう感じて手を潜り込ませた瞬間、ふっと喪服の女から能力が消え失せ、相手はそこでゆっくりと後退する。

 

「……嫌な予感がしたので能力を切りました。正解だったようですね」

 

 相手の靴越しでは熱源操作の能力は実行出来ない。せめて肉体かあるいは触媒となる物質を介さなければ。

 

 夜都はワイヤーを近くの建築物へと纏いつかせる。熱源操作の能力をフルに使い、再び物質として硬質化したコンクリートを溶解させていた。

 

 その挙動に相手が指を鳴らす。

 

「なるほど! 謎の多い能力でしたがある程度は読めてきましたよ。コンクリートがそういう風に融解するという事は物質の融点に達している。熱を操る能力と見ました」

 

 これ以上能力を晒す旨味はない。夜都はワイヤーを絡め標的を見据えていた。

 

 喪服の女へとクナイを迷いなく伸ばし、そのまま締め上げようとして、空間をダーツが掻っ切る。

 

 超加速を得たダーツは銃弾を遥かに超える威力だ。如何にレインコートに防弾仕様が施されているとは言え、いくつかは貫通する。

 

 夜都は地面に舞い降りるのは危険だと、次なる足場を見出そうとして、シークの声を聞く。

 

「……東の角度、建築物を伝ってあなた達の後ろに回る」

 

 舌打ちを滲ませたその時には、喪服の女が近場の建築物に触れていた。

 

 建物がランセルノプト放射光を伝導し、かかりかけたワイヤーが透過する。

 

 無様に地面を転がった夜都へと、すかさずダーツが飛んでくる。身を反転させて回避しつつ、次手を、と紡ぎかけてシークの声が耳朶を打っていた。

 

「……そのまま地面を駆け抜ける。一度地面を透過させて足を取ればいい」

 

「了解。優秀な協力者で助かりますよ」

 

 喪服の女の透過能力に晒され、夜都は再び、ずぶずぶと落ちる感覚に囚われていた。

 

「さて……これで逃げ場はない。SS581は優秀だ。あなたの手を一から十まで教えてくれる。こんな状況下で勝てるとでも?」

 

 歯噛みした夜都は背後へと振り返っていた。

 

 シークは青白い光をなびかせ、赤い瞳でこちらを見据える。

 

 その眼差しはまるで深淵に通じているかのようであった。

 

「……ここで死ぬか、それとも組織の内情を吐くか。合理的に判断しなさい。ミス401MA」

 

 シークが踏み込む。夜都は一拍、深く瞑目してから、その瞳を開いていた。

 

「……またしても地面を融解させて? そんなもので勝てるものかと――」

 

 だが、標的は喪服の女ではない。

 

 背後に迫っていたシークであった。結界陣に踏み込んでいた彼女へと能力を行使する。絶叫が迸り、シークが膝から崩れ落ちる。

 

「……まさか。あり得ない、心を読む契約者だぞ……こんなミスを犯すはずが……」

 

 僅かな動揺の隙を見逃さず、夜都はクナイを投擲していた。繋がれたワイヤーに伝導するイメージを伴わせる。

 

「――とどめだ」

 

 熱源操作を血管内に注ぎ込むイメージを額に弾けさせたが、そのワイヤーをダーツが引き裂く。中断された攻撃に頓着せず、夜都は地面から跳躍し、クナイを数本投げて牽制していた。

 

 喪服の女が舌打ちして撤退する。ダーツの契約者も攻撃の手を緩めたのを感じ取った。これでゲート内に存在するのは、自分とシークだけとなった。

 

 夜都は静かに歩み寄る。

 

 死の足音そのもののように。

 

 シークはまだ意識があった。その喉から声が漏れる。

 

「……わざと……手加減したのね……ヤト……」

 

「……最初から私を陥れるつもりだったのか」

 

「……契約者は他人を騙す事に長けている。どう思ってもらってもいいわ」

 

 シークが身に纏う青白い輝きをそのままに夜都を見据える。その瞳が不意に翳っていた。

 

「……そう……あなた、とても辛い戦いを……しているのね……。でも、どうして……? あなたの傷を掘り起こした私を、一撃で殺してもよかったはず……」

 

「そちらこそ、何故わざと結界陣に入った? 罠を張っていてもお前の能力ならば分かったはず」

 

 その問いかけに無粋だとでも言うように、シークは頭を振っていた。

 

「……分からない。合理的なはずなのに、成り切れなかったのかもしれない……。物言わぬ戦闘マシーンに……もう、誰にも嘘はつきたくなかったのかも……」

 

「……お前の能力は諜報向きだろう。各国が狙うわけだ」

 

「そう、ね……生きていてもどうせ……誰かの道具にされるだけの人生なのよ……。ヤト、お願いがあるの……。せめて、一撃で……苦しませずに殺して……」

 

 その懇願に夜都は目線を逸らしていた。

 

「……勘違いをしている。私が都合よく、お前を殺してやるとでも思ったか。最も惨い方法で死なせてやる……」

 

 こちらの返答にシークは、フッと笑みを浮かべていた。

 

「……嘘が下手なのね、ヤト……」

 

 ランセルノプト放射光を帯び、夜都はシークの後頭部に触れていた。

 

 伝導した熱が脳幹を射抜く。

 

 シークはまるで眠るように、事切れていた。

 

 その遺骸を地に伏せさせる。濃霧の燻るゲートの中を、夜都は身を翻していた。

 

 ――ここに、もう用はない。

 

 あるいは、とも思う。

 

 シークは本当に、対価を払って何かを取り戻すつもりだったのだろうか。だとすれば、その行為は……。

 

「……自分の暴いてきた他者の秘密を抱えたまま死ぬのに、必要な贖いであったのかもしれない……」

 

 いずれにせよ、もう過ぎた事だ。夜都はガーネットの光の観測霊を視界に入れ、最短ルートでのこの場からの撤退をはかっていた。

 

【煉獄門】を抜けるなり、空を舞うブルックの声がかかる。

 

『……紅。お前、分かっていてだったのか?』

 

「……確証はなかった。それだけだ」

 

『……組織に対してあまり噛み付くなよ。あれを生かして差し出すのが最上だったはずだ。どうしてそうしなかった?』

 

「……死んだほうが楽そうだったからだ。どうせあのままの精神状態ならば近いうちに自壊する。そうなる前に、殺すかどうかの判断が要った」

 

『信用はするがな。しかし、この貸しは大きいぞ』

 

「どうとでも。私は……もう何でもない」

 

 ワイヤーで摩天楼を伝い、夜都は宵闇に溶けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミシュアは【煉獄門】から撤退するジキル達を認めた瞬間、別の影が躍り上がったのを目にしていた。赤い影が翻り、新市街地を抜けていく。

 

「あれは……まさかMA401……?」

 

「……少しばかり舐めていた、というわけですよ。このざまです」

 

 肩を竦めたジキルとジェッツは互いに顔を見合わせ、笑みを交わし合う。

 

「……あなた方はMA401が出現する事を予期していたのか」

 

「……何者かが関連しているとは思っていましたがね。まさかこのニューヨークを舞う赤ずきんが関与しているとは、さすがに」

 

 その言葉振りが本当かどうかはさておき、今は……と歩み出ようとしたミシュアをジキルは止めていた。

 

「やめたほうがいい。ゲートに取り込まれる」

 

「ですが……今ならばMA401に関する重要な証拠を手に入れられるかも……!」

 

「逸らないでいいと思いますよ。彼女はまた現れる。遠からず、我々の目の前に、ね」

 

 どこか確信めいた声音にミシュアは霧散する【煉獄門】をじっと見据えるしかなかった。

 

「……ゲート消失。世は事もなし、ですか」

 

 ジャンの声にミシュアは身を翻す。

 

「……行くぞ。まだ私達にはやる事が残っている。……このニューヨークで、起こりかけている何かを……解き明かさなくっては……」

 

「そのほうがいい。まだ地獄は始まったばかりなのですから」

 

 その言葉が今はやけに耳についていた。

 

 ――そう、地獄は始まったばかりだ。

 

 

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