DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉― 作:オンドゥル大使
「今日の朝刊はなかなかにスリリングだな。有名俳優の不倫騒動だと。まぁ、追うのも楽しいのかねぇ」
背中合わせで呟いたグレイに、夜都はモーニングのコーヒーを口に運ぶ。
「……用向きは」
「……あの契約者……SS581の処遇に関しては最善を尽くした、と上に報告しておいた。まぁ、そうでなくともズヴィズダーなる契約者集団が動いていたと言う。そいつらに先んじられた時点で、消すべきだったともね」
「……感謝したほうがいいの」
「どっちでも。いずれにしたって、長生きは出来なかった契約者だったみたいだ」
新聞を捲りつつ、グレイは冷淡に告げる。夜都は目線を振り向けずに問いかけていた。
「……死んだほうがよかったとでも?」
「そこまでは。だが、世の中にはもう利用するのもされるのもうんざりって言う人間は往々にしているものさ。案外、それだったのかもしれない。心を読む契約能力なんて、確かにないほうがいいに決まっている。各国諜報機関の追い回しは一度、白紙に戻ったわけだ」
シークが死んだ事で諜報機関同士の牽制は一度意味がなくなった。
それでもこの街ではまだ続いている。
――契約者同士の、血で血を洗う殺し合いが。
シークが一人死んだところで、何かが好転するわけでもない。だが、彼女は自分の死でもって、それ以上の悪化を防いだ。
もし彼女の身柄を誰かが手に入れていれば、それこそ諜報合戦が激化していた可能性はある。
『……紅。何か思うところでもあるのか』
「……別にない。契約者は、死んで幸せなくらいに思ったほうがいい」
にべもなく返答し、夜都はグレイが立ち去ったのを見計らってからトレイを返しに向かっていた。
すると店主はそこいらを見渡している。
「……あの……どうしたんですか?」
「ああ、ヤトちゃん。それがね……あの人、今日は来てないなーって」
「あの人……」
「この間言っていた、みすぼらしい恰好の女のお客さんさ。あんたってば、一目惚れも大概にしなよ」
「おお、怖い。……ま、気にはなっていたんだ。いくら背格好がどうとは言え、うちのモーニングを愛用してくれていたお客さんに、死なれたら寝覚めが悪いだろ?」
「死なれたら、何て縁起でもない。やっぱり見惚れていたんじゃないか」
「ああいう陰のある女のお客さんって気になっちゃうんだよ。……あ、ゴメンね、ヤトちゃん。身勝手な事を言って」
「いえ……私もその……このお店のモーニング大好きですから……。出来れば、気の合う仲間と……食べたかったなぁ、って」
「ヤトちゃんは学校があるだろ? これから先いくらでも気の合う友人は出来るさ」
店主の笑顔に見送られて、夜都はシークの座っていたベンチへと歩み寄る。
彼女の居た証拠さえも、一片も残っていない。
だが、確かに、彼女は生きていた。
不器用ながらに、もう一度だけ、生を謳歌しようともがいていたのだ。
それを嗤う事なんて出来ない。
「……シークさん。この街は残酷ですね。私からまた一つ、人間らしいものを奪っていく……」
夜都はコップに注いだコーヒーを置いて、踵を返す。
冷徹なだけの雑多な街並みへと、その足は向いていた。
第三章 了