DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第三十四話「暗礁と対峙する」

 

「……相手は契約者だった」

 

 不意にエミリーが声にするものだから男は狼狽したらしい。

 

 らしい、と言うのはスチュアートには観測する術がないからだ。自分はフルフェイスのメットで視野を閉ざしている。

 

 常の暗闇はしかし慣れていた。

 

 ある程度の状況は把握出来るし、相手の顔色一つくらいは声音から理解出来る。

 

「……何だって? それは本当なのか?」

 

「……落ち着いて欲しい。我々はクライアントよりあなたを守るように仰せつかった」

 

「……お前らの約束なんて知った事か。とっとと殺しに行け! それがお前らに出来る事だろうに……!」

 

「それは先ほどの命令に矛盾するが?」

 

 スチュアートの問いかけに男は奥歯を噛み締めたようであったが、やがて持ち直す。

 

「……命令は順次更新される。そんな事も分からんのか! これだから、契約者は融通が利かない……」

 

 そこまで言われてしまえば命令を執行しに行くしかない。スチュアートは最終判断を問いかけていた。

 

「……本当に殺しに行っても?」

 

「くどいぞ。いいか? 絶対に殺せ。わたしに指先一つでもかかればお終いなのだからな」

 

 スチュアートは首肯一つして部屋を出る。エミリーはその後に続いていた。

 

「……いいのか。殺しに行くんだぞ」

 

「でも、スチュアートは私の指示がないと、目が見えないでしょう」

 

 その通りだ。戦闘において何故エミリーと同時投入されたのかと言えば、彼女の指示がなければ自分はネズミ一匹殺せないだろう。

 

「……優秀なサポートを頼む」

 

「任せて。まずはこの廃ビルを出る」

 

 スチュアートは大通りで立ち往生している四人を感覚する。

 

 身動きから考えて内訳は成人男性一人に女が二人、子供が一人。

 

 だが油断は出来ない。ロットが即時合流してこない時点で、これは緊急事態なのだ。

 

「……契約者だな」

 

「……そちらもそのようで」

 

「喪服の女。それに子供が契約者。索敵を厳にする」

 

 スチュアートの脳裏に描き出されたのはフレームアートの人体図だ。エミリーの観測霊は煙を触媒とする。

 

 今回の場合は車の排気ガスに霊媒を与え、契約者を察知する。

 

 スチュアートは能力を行使するイメージを伴わせる。

 

 途端、世界が闇に沈んだ。

 

 外の世界が完全なる漆黒に沈殿したのを関知し、スチュアートは相手へと言葉を振る。

 

「……視えないだろう? これが完全なる闇の世界だ。まぁこの声も、お前らには聞こえていないのだろうが」

 

 歩み寄ろうとしてその足が地面にずぶずぶと沈んでいく。

 

「喪服の女が契約能力を行使。次いで子供の射撃が来る」

 

 エミリーの先読み通りにスチュアートは二人へとさらなる能力の底上げを行っていた。

 

 ああ、と呻きが漏れる。

 

「これ、は……」

 

「感覚阻害。五感の支配が俺の能力だ。今は視覚と聴覚を奪っていたが、三半規管を麻痺させた。これで立ってもいられまい」

 

 よろめいたのが気配だけでも伝わる。スチュアートはそのまま単純なパワーだけでコンクリート固めにされた足場を砕いていた。

 

「……つまらん能力だな。物質透過か。相手の隙を突くのには最適だが、視えなければ何も出来ないだろう?」

 

 四人とも既に能力の虜。スチュアートはゆっくりとした足取りで近づき、喪服の女の首根っこを締め上げた。

 

 その痛みに相手がランセルノプト放射光を帯びたのが伝わる。

 

 指先を透過し、滑り落ちた喪服の女は自分の背に立っているエミリーへと狙いを定めたようであった。

 

「……よくやる。視覚も聴覚も奪われて、それでもエミリーが鍵だと判定したか。その判断力と決断能力、見事だと言っておくが」

 

 喪服の女がエミリーへと指がかかる前に転げ落ちる。

 

「足の神経を奪った。これでお前は、もう立てない」

 

「……だが、喋れるようにはなった。それに耳も……。どうやら支配出来る数には限りがあるようだな」

 

「……よく回る舌だな。確かに俺の能力は対象を取るタイプの能力だ。無自覚に振り撒くタイプではない。よって正確無比に振るうためには、相手を絞らなければならない。だからお前らの行動は正解だとも。……人間の身でよくやる」

 

 背後に迫っていたライフルの銃口をスチュアートは握り締める。一射された銃弾がヘルメットを叩いていた。

 

「……この女も、契約者か?」

 

「彼女は警官だ。契約者は私とジェッツだけ。それにしたって、かなり精度が粗いじゃないか。今の一瞬で全員を絡め取っていたはずの能力なのに、レディロンドと私に対しては甘くなった」

 

「……俺の対価はこれだからな」

 

 かつん、とスチュアートはヘルメットを指差す。

 

「常時、俺は対価を払い続けている。自身の視野の阻害こそが俺の対価。だがこれは前払い型と言う奴らしくてな。こうやって既に払っていれば、何度でも、それこそ際限なく能力を使用出来る」

 

「……へぇ。だが、契約者を一人も殺せやしない。感覚を奪うだけでは……」

 

「確かに俺の能力だけでは普通の人間も殺せんさ。だが、俺には人並み外れた筋力がある。これでお前らを絞め殺してくれる」

 

「……野蛮な。契約者の風上にも置けない」

 

「どうとでも。どうせ俺達契約者なんて人でなしだ」

 

 ライフルを握った女警官を絞め殺そうとして、喪服の女の契約能力のせいか、その手が対象を取り損ねる。

 

「……面倒な能力だな」

 

「それはどうも。しかし……もうそろそろ三分経ったか?」

 

「三分? 何の時間だ?」

 

 喪服の女が視えていないにもかかわらず、にやりと笑ったのが伝わった。

 

「――作戦の実行だよ。ジェッツ。聞こえてなくても分かっているな? 三分間のオペレーションの阻止は、私達にとってはスタンドプレーの合図となる」

 

 その声が発せられた瞬間、膨れ上がった殺気にスチュアートは咄嗟に防御の姿勢を取る。

 

 少年の契約者が物体を指の間に挟み、にわかに立ち上がったのが伝わった。

 

「……馬鹿め。この距離では味方に命中するぞ」

 

「そうはならない。私達はこれでも、連携は密なんでね」

 

 放射された喪服の女の物質透過がこの場にいる自分以外の全員にかかる。広域射程はこのためか、と勘付いたその時には、少年の投げた物体がスチュアートの腹部にめり込んでいた。

 

 着弾の感覚に筋肉を増幅させ、弾き返そうとする。

 

 並の弾丸ならば容易く跳ね返す自分の躯体をしかし、少年の持つ物体は加速を得て貫いていた。

 

 臓腑を射抜かれスチュアートは血反吐を吐く。

 

「……物質の超加速……」

 

「……聞こえるようになった。ジキル、居るかい? 居ると思ってやったんだけれど」

 

「ああ、居るとも。しかし、案外しぶといな、ヘルメットの契約者。一撃で沈むと思ったんだが」

 

 その言葉通り、スチュアートは地面に拳をついて血管を収縮させる。出血を最小限に抑え、せり上がってくる血流を留めた。

 

「……筋肉ダルマめ。一撃じゃ駄目だ、ジェッツ。もう一回、やるぞ」

 

「分かったよ。ただ……まだ眼が見えないんだ。音に頼っての投擲になる。一応は能力を行使してくれよ」

 

「分かっているさ」

 

 物質透過によってずぶずぶと足を取られる。スチュアートは膂力を最大減に活かし、吼え立てて少年の首を押さえようとしたが、その時には既に第二射が実行されていた。

 

 脚の筋繊維を正確無比に狙い澄ます一撃に膝を折る。

 

 次いで恐らくは頭蓋を狙った一打はしかし、ヘルメットが弾いていた。

 

「……厄介なメットだな。思ったよりも堅い」

 

 スチュアートの能力が遊離してきたせいか、相手方の声が漏れ聞こえる。

 

「……音が……耳が戻った……?」

 

「どうやら感覚阻害、自分の集中力に依存するらしいな。平時はそのドールによる自らへの極度の集中で成り立っているんだろうが、それもここまで来ればお終いだ。種の割れたマジシャンはご退場だよ」

 

 喪服の女へと振り返ろうとして、ジェッツと呼ばれた少年が次なる一手を番えたのを関知する。

 

 このままでは敗退する。

 

 それは自分達の存在証明に関わる一事だ、とスチュアートはヘルメットを無理やり引き剥がしていた。

 

 久方振りの外気に触れた皮膚が痛みを訴えかけるが、それさえも今は些事。

 

「……メットを、……取っただと」

 

「……俺の対価は前払い型だった。だが、久しぶりにこうやっていざ目にしてみれば……滑稽だな、世界と言うのは」

 

 瞼を開き、この場に射竦められている全員を注視する。

 

 どれもこれも、一撃でくびり殺せそうなほどにか弱い者達だ。スチュアートは満身から雄叫びを放ち、獣の如くまずは女性警官へと腕を伸ばしていた。

 

 この女性は契約者でない事は既に承知している。

 

 確実に殺せる相手から殺していけば職業としての契約者は成り立つ。

 

 その首根っこにかかった腕に対し、指先がふっと地面に陥没する。

 

 女警官を絞め殺したはずの力が分散し、地面へと縫い止められていた。

 

 喪服の女の能力がまだ有効なのだ。

 

「……貴様ァッ!」

 

「ジェッツ! レディロンド!」

 

 名を呼んだ喪服の女に即座に対応したのはジェッツのほうだ。正確無比な投擲がスチュアートの肩口へと突き刺さる。血が噴き出したが、この程度ならば止血は必要ない。

 

 筋肉だけで出血を留め、スチュアートはジェッツへと飛びかかる。

 

 相手の武装はダーツであった。

 

「……種が割れたのは……どっちかな」

 

 ダーツが飛んでくるのだと分かれば弾道を予測すればいい。今の今までどうして心臓を射抜いて来なかったのかと言えば、それは自信のなさに裏打ちされているはず。

 

 ――眼が見えない状態では、心臓は正確に撃ち抜けない。

 

 その確信にスチュアートはランセルノプト放射光を帯びて能力を再び行使する。

 

 ジェッツが感覚阻害に膝をつき、その手からダーツを取り落とす。

 

 これで相手の攻撃手は潰したはず。

 

 スチュアートはそのまま、反撃の術をなくしたジェッツへとにじり寄っていた。

 

「……子供だからと言って、容赦はせん。契約者からな。油断は命取りだ」

 

 掲げた腕に力を籠め、一撃で臓腑を叩き伏せんとしたその時であった。

 

 後頭部に久しく感じていなかった冷たい感触が据えられる。

 

 何だ、と振り向く前に、声が発せられていた。

 

「――そうね、本当に。契約者相手に油断は命取り」

 

 女警官がその手に握り締めたライフルの引き金を絞る。

 

 攻勢に移る前に、スチュアートの頭蓋をライフルの一射が貫いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やれやれ、お互いに無茶をする」

 

 ジキルが力なく微笑み、ミシュアは今しがた射殺した大男の契約者を見下ろしていた。

 

「……正当防衛、片付くかしらね」

 

「証人が居ますから。大丈夫ですよ、レディロンド。しかし、よくもまぁ臆さずに撃てたものだ」

 

「……危険に晒されている人間を放っては置けませんから」

 

「契約者ですよ?」

 

「……それでも協定関係にあります」

 

 自分に言い訳するかのように言いやってミシュアは全員の怪我の具合を看る。

 

 幸いにしてジキル以外は軽傷だ。ジャンは、頭を抱えたままきょろきょろと周囲を見渡す。

 

「……終わったんですか?」

 

「終わった。……でも、ドールが居るわね」

 

 ジキルはドールの少女へと話しかける。

 

「そちらもエージェントで?」

 

「……スチュアートとはチームだった。それだけ」

 

「冷淡だな。じゃあもう彼はどうでもいいと?」

 

「……そこから先はプログラムされていない」

 

「なるほど。本当に彼の眼だったわけだ。じゃあ、本丸へと案内は出来るかな?」

 

「ジキル、さすがに無理が……」

 

 しかし少女ドールは特に躊躇せず、こっち、と指差す。

 

 その挙動に仰天しているとジキルは何でもない事のように肩を竦める。

 

「……契約者も受動霊媒も同じと言えば同じ。とても合理的なのですよ、レディロンド」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 少女ドールに導かれ、自分達は廃ビルへと歩を進めていく。

 

「ときに……どこに雇われたのかな」

 

「……すごい大きな力を持つ企業。それ以上は知らない」

 

 ジキルはドール相手にまるで対等以上に接している。その様子に瞠目しているとジェッツが声を発していた。

 

「……ジキルはああいうのが好きだから。特に、欠陥品は大好きなんだろうね」

 

「ちょ、ちょっと! お二方! 対価をお忘れですよ!」

 

 後部座席からスプレー缶を持ってきたジャンにジキルは嘆息をつく。

 

「……何をやっているのですか。受動霊媒でもし、私達の対価がばれたらどうするんです? わざと我慢しているんですよ」

 

 ハッと今さら己の迂闊さを呪ったジャンからスプレー缶を引っ手繰り、ジキルは対価の抽象画を描き始める。

 

「……まぁこの対価も慣れたもので。前払い出来ればどれほどに楽か」

 

 今回のモチーフはどこか暗い色調だ。毎回別モチーフを持ってくるようにしているのかもしれない。

 

 それこそ飽きないためか。それとも、彼女の契約の対価はランダムな気難しさを持つのか。

 

 いずれにせよ、自分は職務を全うするだけ。

 

 拳銃をいつでも取り出せるようにして、ミシュアは構えていた。

 

「……そう身構えずとも。先の戦いで少なくとも二人の契約者を下しました。これ以上はないと思いたいですね」

 

「……でも、予想外は起こるもの」

 

「その通り」

 

 ジキルは少女ドールの道案内の先に、いやに小奇麗な一室を視野に入れる。

 

「あそこ」

 

 指差されたからと言って罠とも限らない。

 

 ミシュアはジキルと目配せし、ジャンへと声を振っていた。

 

「……私とジキルで引きつける。もし逃げ出したら、ジェッツに……」

 

「その辺は心得ているよ。精密狙撃で相手の足を取る」

 

 首肯し、自分とジキルは扉へと駆け寄っていた。

 

 両隣に位置取り、互いに数を数える。

 

 スリーカウントでドアを蹴破り、押し入った瞬間であった。

 

「動くな! 両手を頭の上に……?」

 

「……誰も居ませんね」

 

 まさか、とミシュアはさっと部屋から後退し罠の可能性を鑑みるが、ジキルは部屋の中で仔細に観察する。

 

「何をやっているんです! もし罠なら毒殺でも……」

 

「いや、そこまで器用な雇い主ではないようですよ。先ほどまでの生活痕があります。どうやら……窓から逃げられたようですね」

 

 窓伝いに突き出たベランダ越しに逃げおおせたのか。

 

 ミシュアは覚えず拳を握り締める。

 

「……もう少し早ければ……!」

 

「ここは仕方ないとしましょう。……して、どうしますか、そこのお嬢さん。私達の任務はあなた方の抹殺も辞さない考えだ。ここでどう振る舞うかはあなたの一生に関わりますが」

 

「……どっちでもいい。役目は果たした」

 

「……役目……それは先ほどの契約者の誘導か」

 

「そう。スチュアートの眼である事が私の役目。なら、それを満了した私はもう、どう動いていいのかも分からない」

 

「なるほど、なるほど。それはいじらしい。では命令しましょう。――あなたは私達のドールとして仕えなさい」

 

 思わぬ命令にミシュアは面食らう。しかし、少女ドールは何でもないように首肯していた。

 

「……分かった」

 

「よろしい。では名前は? それくらいはあるでしょう?」

 

「エミリー」

 

「ちょ、ちょっと! 分かっているんですか? 元々は敵のドールで……」

 

「今も観測霊を飛ばしているかもしれませんね」

 

「だったら……!」

 

「しかし、遊ばせておくのももったいない。もしもの時には人質にも使えるかもしれません。まぁしかし、ドールですから。人質としての価値は低そうですが」

 

 どこか達観した様子のジキルに反対意見を求めようとしてミシュアはジャンへと振り向いていた。

 

 唐突な問いに彼はまごつく。

 

「お、俺……? えーっと……ありなんじゃないかなとは、思いますけれど……」

 

「それはどうして。客観的な証拠を」

 

「えー……。だって行き場をなくしたんでしょう? ……そりゃ、契約者もドールも見た目通りじゃないですけれどでも……可哀想じゃないですか」

 

「……契約者に人間の考えは通用しないのはよく分かっているはずだ」

 

「でも! ……今まであの大男と組んでいたって言っても、それは命令かもしれないじゃないですか。ドールはMEでいくらでも命令を書き換えられるって言います。……不本意だったのかも」

 

「不本意、か。……そんな感情、契約者にもドールにも、あるのかどうかは……」

 

 分かっている。まるで不明なのだ。しかし、ここで使える戦力を使わずに相手に返すのもまた忍びない。

 

 何よりも、ミシュアには、先ほどまでの大男の契約者のサポートをしていたドールを信用出来ないでいた。敵の敵は味方、のような人間的な理論がまかり通るとも思えない。なにせ、相手は人間ではないのだ。

 

「……ジキル。もしもの時には迷わず撃たせていただきます」

 

「どうぞ。レディロンド、それくらいのほうがあなたらしい」

 

 称賛なのか貶められているのか分からない評価を受けつつ、ミシュアはエミリーを睨んでいた。

 

 少女ドールは奈落へと続いているかのような瞳を伏せている。

 

 その奈落に引っ張られそうな気がして、ミシュアは視線を逸らしていた。

 

「……彼女らを雇った相手を追い込みましょう。こちらへと攻撃の意図のある契約者を仕向けてきた。この時点で、身柄は確保すべきです」

 

「それはそうでしょうね。死んでいてもおかしくはなかった。公務執行妨害ですか? それとも、殺人罪?」

 

 どこかおどけた様子のジキルにジェッツが帽子を目深に被る。

 

「あまりふざけるなよ、ジキル。相手がまだ居るかもしれないんだから」

 

「それは確かに。先んじてこちらの足を止めに来た最初の契約者は死んだかどうかも分かりませんしね。それに現地警察の動きも気にかかる」

 

「……これだけの騒ぎを起こして現地警察が黙っているとも思えません。動きを抑えられる前に、ある一定まで調べは尽くす」

 

「そのほうがあなたらしい。では、エミリー。同行していた契約者の行方が分かりますか?」

 

「……煙のないところに居る」

 

「霊媒が煙と言うのはどこかやり辛いですね。ある一定環境下ではないと観測霊の精度が落ちる」

 

「……では最初に我々を察知したのは? 車から煙なんて出ていなかった」

 

「恐らくは排気ガスでしょう。どのレベルまでかは分かりませんが、彼女は車の排気ガスに観測霊を飛ばしてこちらの動きを掌握した。そうですね?」

 

 その問いかけにエミリーは首肯する。排気ガス程度から、浮浪者の焚火まで、様々なものに煙は宿る。

 

 しかし、どこまでの探知範囲なのかは試してみない事にはハッキリしないだろう。

 

「……いずれにしたって、ここに居ても仕方なさそうですね。もう雇い主は消えたって事に……」

 

「だが煙のように消えたわけではありますまい。ジェッツ、何か感じませんか?」

 

「……強迫観念か。この雇い主はどうにも怖気付いていたように思える。証拠になるのは彼らの扱い方だ。契約者を一回に二人投入、しかし、帰って来なければ自然と迎撃されたのだと理解出来るはず。その時点であまり頭の出来はよくない。本当なら自分の護衛に一人くらいは残しておくべきだ。だが、強い恐怖心があったのだろう。自分の身よりも、敵の殲滅を厳とした理由……それはもしかすれば、契約者の斡旋ビジネスに関わっているのかもしれない」

 

「……契約者ビジネス……」

 

 呆然と呟いたミシュアにジキルは顎に手を添えて思案する。

 

「……だとすれば、それこそ警察の管轄では? 契約者ビジネスに関して無知と言うわけでもないでしょう?」

 

 ジキルの視線にミシュアは頷いていた。

 

「……【煉獄門】の存在するこのニューヨークでは、天国戦争以降、契約者をSPや護衛に据えたビジネスが横行しました。ですが、それらは全て、PANDORA法に違反しているのです。見つかれば即座に、企業は解体されるはず……」

 

「あまり旨味のあるビジネスでもない、と?」

 

「旨味どころか。契約者ビジネスはどれもこれも穴だらけですよ。自分達の言う事を忠実に聞くかどうかは怪しい契約者を人材として扱うのは、それこそ普通の人間のPMCに比べて三倍以上の手間と時間がかかるんです。それに、契約者の能力の完全把握だけでも一年はかかるとされています。あまりに……」

 

「割に合わない、と」

 

 結んだジキルにミシュアは部屋を散策する。雇い主の決定的な証拠でも見つかればまだよかったのだが、痕跡もほとんど残っていない。

 

 人一人分が居た、という事実はあるのに、それがどういう人間だったのか、というのは推測でしか語れない。

 

「……しかし、契約者ビジネスは存在している。そうでなければ契約者は組まないし群れない。それは何よりも私達が理解しています」

 

 誰よりも当てになる証言だ。ジキルとジェッツは互いに頷き合う。

 

「今回の相手は契約者ビジネスに胡坐を掻いて……それでうまく取り入ろうとしていたのでしょう。しかし、契約者の使い方はまるで素人です。星のスペクトルで明らかになっているLG891だけじゃない、他の契約者に関しても、雇い主に全投げするのは無理がある」

 

「……契約者側としてもデメリットが存在する以上、この憶測は成り立たない。しかし、契約者ビジネス関係者でなければ、こんな使い方も同時にしないと分かる。……まるで禅問答だ」

 

「さっさと捕まえて聞き出せればいいのですが……そろそろ現地警察も動き出します。留まっていても益はないと」

 

「それはその通り。ではレディロンド、行きましょうか」

 

 身を翻したジキルにジェッツが続く。

 

「……当てはあるのですか?」

 

「……あまり言いたくはないのですがね。合理的ではなくって。ですが……勘というものは働く。戦地を渡り歩けば常に」

 

 なるほど。勘か。しかし今の暗中模索の中ではそれなりに光を放つ感覚だろう。

 

「……当てにしています」

 

「それはどうも」

 

 会釈したジキルにミシュアは並び立ち、部屋を後にしていた。

 

 

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