DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉― 作:オンドゥル大使
『……あれは、感覚阻害の契約者か。だが、助かるな。その隙に俺は潜り込める』
ブルックはフルフェイスの契約者の出てきたビルへと入り、翼を広げてその一室へと潜入を果たす。
「……何なんだ、あいつら。契約者のクセに……」
『それは俺達への侮辱か?』
不意打ち気味の声に部屋の隅で蹲っていた男が驚愕して周囲を見渡す。
「だ、誰だ……まさか、敵対勢力の契約者……」
『お前が雇い主だな? ……ちょっと待て……お前、もしかしてクォーツか?』
びくついた男の面持ちに問いかけると、彼はハッとして声を振り向けていた。
「その声……もしかして、ブルックなのか……。どこに居るんだ……?」
『ここだ、ここ』
蝙蝠の姿から声を発したものだからクォーツは腰を抜かしていた。拳銃を携え、相手は声を震わせる。
「こ、蝙蝠……?」
『俺の契約能力でね。動物に憑依出来る』
「契約能力……。まさか、お前、契約者に成ってしまったのか? ……どうして……」
『どうして、か。その問いはお互い様だ。どうして契約者を使役している? 昔のお前は、そんなんじゃなかっただろう? 何があった?』
こちらの問いにクォーツは口を噤む。
「……旧知の仲でも言えない事がある。それに、お前、何でここに?」
『この街の秩序を乱す人間は排除される。……契約者ビジネスに関わっているとなれば穏やかな死は選べないぞ』
「……それが答え、か。だがな、ブルック。もう昔とは違うんだよ。この国は、天国戦争を経て、全くの別種へと成り替わってしまった。わたしも、随分と回り道をしてね。元々ただの人材斡旋会社であった企業が、契約者の身柄まで扱うようになった……そのうねりに異を唱える事も出来ずに……」
『クォーツ……お前……』
「賢くない生き方なのは分かっている。だが、ブルック、こうするしかないんだ! わたしにはもう、道がない! 分かっているはずだ。国家が大きく舵を切った時に、個人の意思などまるで無意味であるという事を!」
『……それで組織の情報の持ち逃げか。企業の継続のために』
「……分かってくれとは言わないさ。だが、契約者に呑まれていく恐怖を、わたしはひしひしと感じているんだ。この国はいずれ、契約者をまるで消耗品のように使うだろう。そんな時に、身を守る術のない人間は真っ先に淘汰される。意味くらいは分かるだろう? 使う側になるか使われる側になるかの違いさ」
『……昔、同じ道を辿ろうとしたとは思えないな』
「天国戦争で変わってしまった。この国の価値観も、世界での立ち位置も。契約者なんてものに頼らなくてはいけないんだ。そうでなければ切り捨てられてしまう」
『……弱者の側にならないため、か。しかしその道は破滅だぞ?』
ブルックの声音にクォーツは顔面を覆う。
「……ああ、分かっているとも。それとも、お前と一緒に、企業を興したあの頃に戻れたらいいのかもな。何にも知らないで、これからのアメリカンドリームを夢見ていた、あの愚鈍な頃に……。だが、もう戻れないんだ。戦争があった! そのせいで契約者の価値観は変わってしまった。人間の価値も、な。だからわたしは、それでも人間で居るために、契約者を使う道を選んだんだ。人でなしでも、最後の最後に人間であればいい、と」
『クォーツ、お前は……』
「ブルック。契約者の合理的判断でわたしを裁きに来たと言うのなら、それで構わない。だがもし……! 一分でもあの時の……昔のお前だって言うのなら、ここで見逃してくれないか? この国は転換期を迎える。それはそう遠くないはずだ! その時に、勝利者の目線をお前と見たいんだ! だからそのために……今は、ここで逃げさせて欲しい……」
『……組織を甘く見るな。お前の掻っ攫った情報は時に、命よりも重い』
「それも分かっている……。契約者ビジネスに手を染めた報いだとも。だが……人間の情というものをもう信じられなくなってしまったんだ。周りは皆、合理的に生きているのさ。それが在るべき姿のように。だがわたしには……それがどうしても分からない。契約者の合理性と人間の合理性はまるで違うところにあるはずなのに……このままじゃみんなが……契約者に成り果ててしまいそうで……」
項垂れたクォーツにブルックは暫時、言葉を失っていた。
かつての同朋。かつての盟友をここでどう裁けばいいのか。平時の自分ならば、彼を追い込む言葉の一つや二つは軽く弄していただろう。
だが、旧友と再会してまで契約者の冷徹さに呑まれていいのか。それが正しい事なのか。
『……今、戦闘をしている契約者とドールから、お前の情報は割れるのか?』
「……ブルック? まさか」
『勘違いをするな。これは合理的判断だ。お前の身柄を抑えるために、警察まで動き出そうとしている。組織として見れば、お前がここに居たと言う証拠さえも残したくはない。……逃げるぞ。ついて来い』
羽ばたいたブルックにクォーツは力ない足取りで追従する。
『……我ながら馬鹿をやっている、か。それも分かっていての判断なのだから、笑えもしないさ』
今は、自分の衝動に従うしかない。
それが如何に契約者の合理性からは外れた行動原理であろうとも。