DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第四章「決別の閃光は、愛憎の翼とともに…」(後編)
第三十七話「因果を手繰る」


 夜都は予め決めておいた合流地点にて、グレイが頭を抱えているのを視界に入れていた。

 

 彼にしては珍しい挙動である。

 

「……何か」

 

「ブルックが裏切った」

 

 まさか、と戦慄く視界の中でグレイはいつもの調子を取り戻そうとベンチに座り込む。彼の背中合わせで夜都は問いかけていた。

 

「……何かの間違いじゃ……」

 

「組織の目を掻い潜って護衛されていたターゲットと逃げ出したとの事だ。これは確定情報でもある」

 

「……まさか、ブルックが? 契約者のはず……」

 

「合理的判断とやらが信用出来ない事もあるって言いたいのか。いずれにしたって……ブルックは秘密を知り過ぎている。……やれるな?」

 

「……早計かもしれない」

 

「組織は判断をとっとと下せと言っている。殺すなら一任するとも」

 

 いずれにせよ、自分が手を下す羽目になるのか。ならば、と夜都は引き受けていた。

 

「……請け負おう。報酬は」

 

「僕らのチームの失点だ。そんなものはない。……まぁせいぜい、組織からの新しい契約者の斡旋か」

 

「……やっている事は今回のターゲットと組織も変わらない」

 

「どこに耳があるか分からないんだ。余計な事を言って寿命を縮めない事だね」

 

「……当ては? ブルックは動物に憑依出来る契約者。逃げようと思えばどこまででも逃げられる」

 

「安心するといい。あんなでも組織のサーバーに依存している。組織は常に彼を監視しているのさ。……まぁ、だからあんな物言いなのかもしれないが」

 

「……動物に憑依しているがゆえに、人間の思考回路を行うのには足りない」

 

「その通り。だから組織も高を括っていたんだろうが……。経路はきっちり追えている。言うのならたった一言だ、紅。やるのか、やらないのか」

 

 突きつけられた選択肢に夜都は問いかけていた。

 

「……こんな事をしたって何にもならないかもしれない」

 

「消極的だな。裏切り者には死を。それが組織のルールだろう。それを誰よりも理解して……僕らに言っていたのはブルックだ。そんな張本人が裏切ったって言うんなら、穏やかじゃないのも分かる」

 

「……裏切り者には死を……」

 

 では自分の行動も、そうなのだろうか。それとも分かっていて組織は見過ごしているのか。

 

 自分は常に、他でもない、自分自身を偽っていると言うのに。

 

 ロットも、まさか裏切られるとは思いも寄らなかった面持ちであった。

 

 あの絶望の表情が焼き付いて離れない。

 

 信じていたものに裏切られたと言う、奈落の瞳が。

 

「……決めろ、紅。やるのなら早くしろ。僕はこれでも根回しに忙しい……」

 

 時計を気にしだしたグレイに夜都は告げていた。

 

「……追跡する。場所を」

 

「それはやる、という言葉だと思っていいんだな? ……もう旧市街地を抜けている。新市街地の立ち入り禁止区域に向かっているようだ」

 

「……【煉獄門】の?」

 

「何か当てでもあるのか……あるいはターゲットのほうか……それは分からないが、どっちにせよこれは好都合だ。秘密裏に始末出来る」

 

 夜都は一つ頷き、立ち上がっていた。

 

 その背にグレイは振り向かずに問いかける。

 

「……裏切りは常だとは言え、まさかこっちが泥を被る羽目になるなんてな。なぁこういう時、どういう気分なんだ? 僕は契約者じゃないから分からない。……本当に、裏切られたって言う気分なんだが……」

 

「……私にはもう、身についた所作だ」

 

 もうそうすると決めた。

 

 ――ブルックを殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タクシーを拾ったクォーツの指定したのは立ち入り禁止区域であった。

 

 まさか、とブルックは彼の腕の中で声にする。

 

『危険だぞ、クォーツ。ゲートの中でなら組織の追っ手も纏いつきやすい』

 

「……いや、その分、こちらの手も発動しやすい。……スチュアートの信号は途切れたままだが、もう一体はまだ生きている。これは……奇跡的だと思うべきだ。ドールを媒介にして、今の状況を伝えた。あれは優秀なドールだ。煙に向かって口元で指示しただけだが、きっと来る。LG891でお前とわたしを追ってくる敵を迎撃する」

 

『……陽電子砲の契約者か。あれはしかし、お前の……』

 

「鬼札だとも。だがそれしかないんだ……ブルック。わたしは……少しだけ安堵しているんだ。わたしの味方なんて社内にも居なかった。みんながみんな、わたしの裏にある利権を見ていた。契約者ビジネスを、さ。だが、お前と……再会して分かったんだ。お前はいつだって……わたしを見てくれていた。他の利権なんて結びつかない、わたしという個人だ。それが替え難い……親友の証だったのだと、今は思うんだよ」

 

『……よせ、クォーツ。どうせ敵うはずのない相手だ。俺だって無様なんだよ。お前を見て、それで思い出してしまった。愚かにも、人間であった頃の自分を……』

 

「それは懐かしいじゃないか。なぁ、聞かせてくれよ。お前は……どんな世界を生きて来たんだ? ……わたしは後悔してばっかりだったよ。契約者ビジネスを始めた時も、会社からお前が何も言わずに去ってしまった時も……。何でこう、うまくいかないんだろうな。人間、もっとうまくいってもいいはずなのに……。何かを得ようとすると、何かを手離す。そんな風に……不器用に育ってしまった」

 

『……クォーツ。お前はだが、情報さえ返せば組織は便宜を図ってくれる。……ヤバいのは俺のほうだ。追撃のはずなのに、お前を逃がそうとしている。大罪だろうさ。組織は俺のほうを優先して追ってくる』

 

「……じゃあ何で逃げない? わたしを見捨てるくらい……」

 

『……逃走の幇助をした時点で同罪だ。それに……どこかで見ていたのかもしれない。昔の自分が、その後どういう人生を辿ったのかという……結果を』

 

「……あの頃のわたしとお前は、理想ばかりを追い求めていたからな。契約者に対してのスタンスもそうだ。いずれ新しいビジネスモデルになるって……お前も言ってくれていたのに……。なぁ、あの日の約束は……幻だったのか?」

 

『まさか。覚えているとも。……いずれ、天国戦争が終われば、新しいビジネスの時代だと、そう豪語していた若い俺達を……』

 

 そう、世の中の仕組みもろくに知らずに言い放っていた。今にして思えば、全て若さゆえの過ちなのだ。契約者に成り果て、そして世界の広さを知った自分はもう、理想に殉じる事は出来なかった。

 

 ――ならば現実に生きていく。

 

 そうと決めてクォーツに何も言わずに別れたはずなのに。こんなところで温情を出して自分は間違える。

 

 きっと殺しに来るのはニューヨークの赤ずきん。煉獄の契約者であろう。

 

 紅から逃れる術を自分は知らない。如何に彼女のサポートをしているとは言え、攻めて来られればこれほどに弱々しいものもない。

 

「……ブルック。戻らないか、もう一度。……あの頃みたいに無鉄砲じゃないが、それでも……。わたし達は親友だったはずだ。だったなら、どれほど時が経ったって……」

 

『悪いが、合理的に判断してお前の目論見は失敗する。こうやって逃げていても、真綿で首を絞められるような感覚を味わっているんだ。お前が【煉獄門】に行くって言い出した時から、もう終わりが近いのが見え始めていてな』

 

「……なら何で今すぐわたしを殺さない。たとえ動物の契約者だって、殺しくらいは出来るだろうに」

 

 沈黙を是とする。

 

 分かっている。殺したくないのだ。

 

 こんな馬鹿げた「仕出かし」はきっと学生以来だろう。

 

 ――クォーツと共に学び、そして起業したあの時はこの世の何もかもが手に入った気分だった。だが、世界は思ったよりもいびつで、そして俺達に唾を吐く。

 

『……俺も馬鹿だって話だ』

 

「ブルック……。ありがとう。ここでいい、運転手。今の会話は忘れてくれ」

 

 MEを用いて運転手の記憶を削除し、クォーツは駆け出し始める。

 

 ――それは新市街地の者達にとっての爆心地。

 

 五年前に最初の【煉獄門】が発生した、未だに濃霧の煙る禁断の土地。

 

「……まるで暗闇の森だな。何も見えない……」

 

『ここはもうゲートそのものだ。現実にあり得ない事が起こっても何ら不思議じゃない』

 

「ゲート、か。……ブルック。起業した時、二人で血判を押したの覚えているか。馬鹿げた友情の証さ」

 

『……ああ、覚えているとも。あんなもの、何の意味もなかった』

 

「形骸上の代物ではあった。でもあれがあったから……わたしは……」

 

 その時、不意にブルックは気配を感じてクォーツの腕から飛び出す。果たして、ゲートの中に乱反射したのは青白い観測霊の眼差しであった。

 

『……こちらを見つけた……』

 

「……ブルック? 一体どうしたんだ、何が――」

 

「動くな」

 

 その背筋に切り込むような声音にブルックは背筋を凍らせていた。

 

 クォーツの背後に佇むのは、赤いレインコートの死神――。

 

『紅。俺を……殺しに来たんだな』

 

 

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