DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第一章「星は流れ、深紅は宵闇に翻る…」(後編)
第四話「敵意を翻す」


「レミー! 一緒に帰っていい?」

 

 呼び止めた夜都へと群衆の視線が突き刺さる。レミーはどこか暗い瞳でこちらを睨んでいた。

 

「……言ったわよね? 警告はした」

 

「だから……関係ないってば。それに、私がどうにもならなければ、レミーの誤解も解けるでしょ?」

 

「……何の意味もないわ、そんなの。私は契約者の娘よ」

 

「だから! そんなのって別にいいじゃない。せっかく隣の席になったんだから」

 

 手を払って笑った夜都に、レミーは目を見開いて歯軋りする。

 

 その途端、辻風が発生した。レミーを中心地として風が舞い上がり、不意に中天に現れたのは照明設備である。

 

 あるはずのない物質が校庭の中空に浮かび上がり、その照明が次々と夜都の周囲へと突き刺さる。

 

 夜都は驚愕して固まっていたが、それはレミー自身がもっとであった。

 

「……やっぱり私、呪われてるんだ……」

 

「レミー……そんな事……」

 

 手を伸ばしかけてレミーは拒絶する。

 

「来ないでぇっ!」

 

 放たれた声と共に照明設備の一部が青白く輝く。そこから吹き上げられた旋風に晒された瞬間、レミーは駆け出していた。

 

「ま、待って!」

 

 しかしレミーの背中は離れていく。すぐさまその背中は群衆の中に掻き消え、夜都は手を彷徨わせていた。

 

「……ね、言ったでしょ。あの子、絶対にヤバい」

 

「怖い……契約者がクラスにいるなんて……」

 

 追いついてきたクラスメイト達が震えながら現場を目にする。教員が生徒達を散らす中で、夜都は駆け出していた。

 

「あっ! ちょっと待って!」

 

 制止の声を振り切り、夜都はハイスクールを抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり私、化け物なんだ……」

 

 呟いたレミーは路面電車に乗り込み、奥歯を噛み締める。

 

 自分の父親の怨念でも取り憑いているに違いない。そうだとしか思えない現象が立て続けに起こっている。

 

 路面電車の乗客の大半が降りたその時、面を伏せるレミーへと言葉が投げられていた。

 

「……レミー・フリード、ですね?」

 

 大人の男の声にレミーは顔を上げる。金髪の白人青年と屈強な黒スーツの男がそれに付き従っていた。

 

「……例の?」

 

「間違いない。確保」

 

 レミーの手を黒スーツが強く引く。抵抗しようとして、レミーは大きく路面電車が傾いだのを感じていた。

 

 周囲を見やると辻風が纏いつき、黒スーツの手元を引き裂く。

 

 鮮血が迸り、血飛沫が顔にかかる。

 

 レミーは耳を塞いで叫んでいた。

 

 途端、辻風が激しくなり、レミーを中心軸として発生する。

 

「……怪現象……いや、これは……」

 

 黒スーツの忌々しげな声音に金髪の青年が前に歩み出る。

 

「待って! 落ち着いて! ……僕らは敵じゃない。シャミア・フリードから、遺言を預かって来たんです」

 

 その名前にレミーはハッと目を見開く。

 

「……パパの名前を……何で……」

 

 辻風が静まり、青年はようやくと言った様子で嘆息をついていた。

 

「フリード氏は僕達の上司でした。その彼が、あなたを引き取って欲しいと、遺言を遺したのですよ。……敵対する契約者から守って欲しいとも」

 

「契約者……本当にパパは、契約者だったの?」

 

 しまった、とでも言うように青年は後頭部を掻く。

 

「……極秘でしたね。ひとまず降りましょう。そこから話しても?」

 

 路面電車はブレーキをかけている。青年らが運賃を払い、降りた先はニューヨーク旧市街地であった。

 

「……旧市街地……」

 

「この大都会、ニューヨークの裏の顔……。同時に、契約者の巣窟にもなっている。危険区画には違いないのですが、話すのにはここがいい。結論から言います。お父様は契約者でした」

 

 やっぱりとも、ましてや諦観も浮かべやしない。それは恐らく、間違いのない情報ではあったからだ。しかし他人から言われるのでは重みが違う。

 

「……契約者だって言うの、嘘じゃなかったんだ……」

 

「フリード氏は契約者として、あなたを取り残す事に最後まで悔恨を漏らしていらっしゃいました。だから、我々が保護します。さぁ、こっちに……」

 

 手首を握られそうになって、青年はハッと手を離す。

 

「……何だ? 熱い……」

 

 発せられた言葉の意味が分からず、レミーは呆然とする。その時、不意に声が劈いていた。

 

『そいつらは敵だ! 逃げろ!』

 

 どこから、と空を仰ぎ見たレミーは青空を抜けていく蝙蝠の羽根を視界に留め、考えるよりも先に駆け出していた。

 

「ま、待て!」

 

 青年が舌打ちし、顎をしゃくる。

 

 黒スーツの身体が青白く輝き、その瞳が赤く煌めいた。

 

 相手が地面に手をつけた直後、地面が鳴動した。

 

 ただの地震じゃない。この異能の現象は、契約者の能力だ。

 

 よろめいたレミーは容易く転げてしまう。黒スーツがゆっくりと歩み寄ってくるのを、レミーは解けた靴紐を睨んでぐっと顔を伏せようとした。

 

 その時である。

 

「レミー! こっちに来て!」

 

 現れた影にレミーは唖然とする。

 

「……何で。ヤト……」

 

「その人達、ヤバいよ! だからこっちへ!」

 

 手を引かれ、レミーは夜都と共に裏路地を回る。路地にはホームレスと怪しい男達で溢れ返っており、どう考えても表向きではない。

 

 だと言うのに、何故夜都はここに居るのか。まさか、自分を追ってここまで来たと言うのか。

 

 その手を振り解き、足を止める。

 

 呼吸を整え、レミーは言い放っていた。

 

「いい加減にして! ……私の事は、放っておいて……!」

 

 精一杯に突き放したつもりであった。しかし、夜都は頭を振る。

 

「……出来ないよ」

 

「何で! 今日会ったばかりでしょ!」

 

「……確かに他人かもしれないけれどでも、お隣になったんだからさ。見過ごせない……それじゃ、駄目かな……?」

 

「見過ごせないって……。私のパパは……本当に契約者だったんだよ! ……クラスメイト達の言う通り、化け物なんだよ……だから、私なんてどうなったって……」

 

「でも、レミーはまだ死にたくないって顔をしてるよ」

 

 その言葉にハッとして面を上げる。

 

 夜都は真っ直ぐな眼差しでこちらを窺っていた。

 

「……どうなったっていいなんて、そんな事、言っちゃ駄目だよ。最後まで諦めないでおこ? そうしないと、レミーの意思がなくなっちゃう」

 

「……私の意思なんて……今さらだよ。パパが契約者だって、今の人達が言ってた。……多分、本当なんだと思う。……だから」

 

「だから、レミーの事も契約者だと思って放っておけって? ……ゴメン、私には出来ない。だって、レミーの手は、とてもあったかいもの。契約者だとは思えない」

 

 手を握り返してきた夜都に、レミーは当惑する。

 

 どうして、こんなにもあたたかな掌の少女が自分へと手を差し伸べてくれるのだろう。自分には何もない。相手を恐れさせる以外に何も……。

 

 その時、不意打ち気味にきゅう、と腹の虫が鳴った。

 

 どうやら夜都のほうらしく、彼女は力なく笑う。

 

「……お腹空いちゃった。旧市街地に私のお気に入りの場所があるの。行ってもいい?」

 

「……どうとでも。私は、どうせ契約者の娘なんだし……お腹なんて」

 

 その言葉とは裏腹にレミーの胃も空腹を訴えていた。赤面すると夜都は頷く。

 

「うん、まずは腹ごしらえしよっ! そうすれば、怖い事も忘れられるし!」

 

 夜都に手を引かれ、レミーは旧市街地を走り抜けていく。

 

 どこか朽ちた建築物ばかり立ち並ぶ旧市街地はニューヨーク市民からしてみても「なかった事にしたい場所」、「見ないようにしている暗部」であった。

 

 だからか、どこか足取りの危うい者達や、今日の寝食ですら分からないような浮浪者が彷徨う。

 

 そんな中を夜都は慣れた様子で路地をいくつか折れ、現れたのは……。

 

「……露店?」

 

「そっ。おじさん、いつものくれる?」

 

 夜都は不愛想な髭面の店員へと呼びかけ、彼の手からバケットを受け取る。

 

「今日は二人分」

 

 ブイの字を示した夜都に髭面の店員はこちらへと視線をくれた後に、バケットをもう一つ追加する。

 

「ありがと」

 

「……毎度」

 

 支払いを済ませ、夜都が向かったのは廃ビルであった。明らかにまともではないビルであったが、床が軋むだけで倒壊の恐れはなさそうだ。

 

 夜都は二階層へと踏み込み、鍵をかけた扉の暗証番号を合わせ開いていた。

 

「……すごい。綺麗にしてある」

 

「もしもの時のセーフハウス。本当は新市街地に家があるんだけれど、こっちにもね」

 

「……何者なの? 普通の神経なら旧市街地に、小娘一人で過ごそうなんて思わない……」

 

「あー、それはホラ、私、あのお店のバケット好きなんだ。はい、レミーの分」

 

 差し出されたバケットから漂う香ばしい匂いにレミーは手を伸ばし、噛り付いていた。

 

「美味しいでしょ? 私の自慢なの」

 

 夜都は窓の傍でコーヒーメーカーを起動させる。抽出を開始したコーヒーメーカーから苦み走ったコーヒーの芳香が部屋に満ちる。

 

「……不思議な生活をしてるんだね、あなたは……」

 

「夜都でいいよ。私もレミーって呼んでるし」

 

 どこかくすぐったそうに口にした夜都にレミーはうろたえ気味に応じる。

 

「その……ヤトは、どうして旧市街地に?」

 

「まぁ、秘密の一個や二個を持っておいたほうが人生、豊かじゃない? そういう事」

 

「……不思議な人」

 

 いや、とレミーは齧りかけのバケットへと視線を落とす。

 

「私も、か……。他の子達からしてみれば、異端なんだろうね。いい意味じゃないけれど」

 

「……契約者の、お父さんが居たのは、本当だったんだね」

 

「……うん。でも、パパは、契約者だなんて一回も言わなかった」

 

「じゃあ、何で?」

 

 夜都はマグカップにコーヒーを注ぐ。

 

「……おいしそう……」

 

「美味しいよ? 私、コーヒーを淹れるのだけは上手なんだ」

 

 自慢げに言うものだからレミーは思わず笑ってしまう。それを目にして夜都は安堵したようであった。

 

「……笑えるじゃない。だったら、契約者じゃないと思うな」

 

「……パパはね、仕事柄留守にする事が多かったの。でも、私、見ちゃったんだ。パパの出迎えに行った時……あの日も、旧市街地のすぐ傍で……」

 

 思い返すだけで胸元が辛く苦しい。言葉を切ったレミーに夜都がコーヒーを差し出す。それを受け取って、温かさに呼吸を整えて言葉を継ぐ。

 

「……パパが、青い光を纏って、誰かを……あれは多分、殺していたんだと思う。その後すぐに、相手は動かなくなっちゃったから」

 

「見間違えとかじゃ……」

 

 レミーは頭を振る。見間違えならばどれほどによかったか。

 

「その日から、私はパパを、契約者として観察したの。そうしたら、パパの書斎から……契約者に関する資料が出てきた。普通の商社マンだと思っていたのに……パパは、私を裏切っていたの。ずっと……ずっと……!」

 

 怒りでも情けなさでもない。

 

 これは単純に、恨みつらみなのだろう。実の娘にさえも明かせない秘密を抱えた父親などまともなはずもない。

 

「……レミーのお母さんは?」

 

「……病気なの。物心ついた時からずっと、病院に居る。難病なんだって。治るかどうかなんて賭けのレベルだって、お医者様が言っていたのを聞いたわ。それくらいの病気に晒されてるんだもの。パパだけが……寄る辺だったのに……」

 

 その寄る辺にも裏切られた。

 

 嘘と虚飾。

 

 そんなもので自分は飾り立てられていた。父親の付随物として。今もまた狙われている。その感情がこみ上げて来て、レミーはしゃくり上げる。

 

「……それで、契約者の娘だって?」

 

「……だって、もう裏切られるのは嫌なの。だったら最初からみんなを裏切って、遠ざけたほうがいい。誰も信じたくないの……!」

 

 信じて嫌な目を見るくらいなら最初から誰も信用しないほうがいい。

 

 そんな自分の感情が堰を切ったように、涙として頬を伝う。その熱いものを、夜都は指先で拭っていた。

 

「……レミーは契約者の娘なんかじゃないよ。きっと、心がある人間」

 

「……でもパパは……! 私に言えない事をずっと抱えていた。少しくらい分け与えてくれたっていいのに……。実の……娘なのに……っ!」

 

「……でもレミーは、だからと言って投げていいわけじゃないと思う。レミーのお父さんが何かを隠していたのは本当かも知れない。でもそれだけじゃないでしょ? お父さんとの、悪い記憶だけじゃないはず。だってそうじゃないと、親子の縁なんて……」

 

 流れゆく涙が指先へと落ちる。夜都の淹れてくれたコーヒーを口に含むと、甘さが口中に広がっていた。

 

「……おいしい」

 

「……私のオリジナルブレンド。その人にピッタリのコーヒーを淹れられるよ?」

 

 悪戯っぽく笑う夜都にレミーは口にしていた。

 

「……一度、家に戻りたい」

 

「……危ないよ。少しの間、ここを使っていいから……」

 

「ううん……それでも、向かい合わないといけないんだと思う。私が……本当に利用だけされていたのか、分からないもの」

 

「レミー……」

 

 その時、抗い難い疲労感が襲いかかってきた。

 

 きっとずっと張り詰めていたからその疲れがどっと出たのだろう。眠気にレミーはそっとコーヒーを置き、夜都へと身体を預けていた。

 

「……何だか疲れちゃった。もう……誰にも裏切られたくないよ……」

 

「大丈夫。大丈夫だから。今はゆっくり休んで」

 

 夜都の柔らかな声に抱かれながら、レミーは瞼を閉じていた。

 

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