DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第四十一話「気圧されを知る」

「紅が敵契約者の手に落ちた? 馬鹿な」

 

 信じられない心地で口にしたグレイに止まり木のブルックは冷淡に応じる。

 

『しかし事実だ。お前も見ただろう? ニューヨーク新市街地に突如として発生した極地ゲート、あの中に……紅は閉じ込められた』

 

 ブルックの確信めいた声音にグレイは新聞記事に視線を落としつつもどこか悔恨を噛み締めるように舌打ちする。

 

「……どうするんだ。僕らの中じゃ、あの芋女は切り込み隊長だぞ。あいつがアタッカーになっているから、僕らの安全が保障されている」

 

『……グレイ。こんな時に紅の身の危険ではなく、自分の保身を案ずるのか』

 

「……契約者にだけは言われたくはないな。それも前回、裏切りの直前にまで至った奴に……」

 

 互いに睨み合いのような沈黙が降り立ったが、不意にガーネットが口を挟む。

 

「……駄目。追跡は無理」

 

『そう、か。……ガーネットの観測霊ならば、少しでも光源があれば追跡が可能だと思ったんだが……』

 

「光さえも吸収するって? ……ますます性質に負えないな、契約者って言うのは。第一、追い縋って無策に戦ったのは紅の落ち度だ。僕達は関係ない」

 

『そう、関係ないとも。だが、ニューヨーク新市街地を預かっている手前、動かないわけにもいかない』

 

「……助けろって? 契約者を?」

 

 心底侮蔑の宿った論調にブルックはどこか諦観を浮かべていた。

 

『……忘れるな。俺達はこれでもチームだ。互いの背中は互いが一番よく知っている。その首の裏でさえも』

 

 ブルックの説得にグレイはふんと鼻を鳴らす。

 

「その首裏を掻かれれば、都合の悪いのはお前らだろうに」

 

『……グレイ。紅があの中に居るのは確定なんだ。俺達が動くしか、あの契約者を潰す術はない』

 

「どうやって? ……まさか一般人が契約者を殺せるとでも?」

 

 それに、とグレイはガーネットへと視線を流す。ドールの少女は紫のテディベアを抱えて読めない奈落の瞳を落としていた。

 

「……こっちの受動霊媒が役に立たない以上、これ以降の追跡は諦めるべきだ。どっちにしたってよくは転がらない」

 

『……紅を見捨てると言うのか』

 

「逆だろう、ブルック。逆の立場なら、紅は僕達を見捨てている。そうじゃないのか?」

 

 図星をつかれてブルックは声を詰まらせた様子であった。グレイは新聞記事に視線を走らせつつ、煮え切らない己の感情を持て余す。

 

「……紅は絶対に、僕達の味方にはつかない。チームだから、こっちについているだけだ。そうだとも、偶然の賜物だとも。もし……少しでもスタンスが違えば、あの芋女は僕達を殺す。それこそ無慈悲に。それが分かっているはずだ、ブルック」

 

 貧乏ゆすりを始めたグレイにブルックは声を投じる。

 

『……だがアタッカーを欠いた俺達は当然の事ながら、第一線を外されるぞ。全員が都合のいいポジションに収まれるとは思わない事だ。失策を一手でも踏んだチームは、それこそどんな場所に左遷されるのか想像もつかない。それはお前も分かっているだろう、グレイ』

 

 思わぬ言い草にグレイは新聞を畳んでいた。

 

「……何だ、お前らしくもない。脅迫のつもりか?」

 

『まさか。これはお願いだよ。……一度でいい。義理も、ましてや計算も必要ない。あいつを助けてみないか』

 

「……それはお前の都合だ。お前は前回、殺されずに済んだから義理を返したいだけだろう。……僕は一度だって失敗をしていない。それなのに、どうして危ない橋を渡らなければならないんだ」

 

 確かに、ここで紅を助けて欲しいと言うのは半ば自分勝手な願いなのかもしれない。しかし、ブルックは諦めなかった。

 

『……どっちにしたって、お前にしても悪い話じゃないと思うが? ……諜報員の身で契約者を救援したとなれば組織の評価は上がる』

 

 グレイは忌々しげに止まり木を睨み上げていた。

 

「……やはり、お前ら契約者は悪辣の芽だな。それが合理的な思考とやらか?」

 

『……みたいなものだ』

 

 あえて断言しなかったブルックにグレイは時計を気にする。腕時計のネジを三回引き、彼は言い捨てていた。

 

 ブルックにもその意味は分かる。

 

 彼は常に監視が付けられており、その監視網の一つが腕時計の盗聴器であった。三回引くのはプライベートの合図。

 

『……グレイ』

 

「勘違いをするなよ、ブルック。僕は、勝てる算段があるだろうから乗ったんだ。それに……ここいらで組織の評価を得ておくのはこちらとしても急務でね。お前が抜けそうになった責任を追われかけている。僕は無関係だと装うのに、アタッカーを補助すると言う名目は欲しい」

 

 何だかんだと大義名分を掲げたが結局は協力してくれるという事なのだろう。

 

『……すまないな』

 

「らしくない事を言うな、ブルック。契約者だろう」

 

『そうだった……。ガーネット、お前はどうする』

 

「ドールに聞いたって――」

 

「私は……紅を援護する」

 

 思わぬ挙動であったのだろう。グレイが目を見開いて硬直している。

 

「……ドールが自分の意思を……」

 

 紅がどのような関係を彼女と築いていたのかは分からない。分からないが、協力者は一人でも多いほうがいい。

 

『……分かった。お前は観測霊を飛ばして紅の状況を把握して欲しい。あの疑似ゲート……外からの干渉を一切受けないのかどうかも不明だ。あまり深追いはするなよ。あれもまたゲートなのだとすれば、何が起こっても不思議はない』

 

「……了解」

 

「……気味が悪いな。契約者とドールが一緒になって同じ契約者を救おうとするなんて……」

 

『奇縁もあったものだという事だろう。……しかし、ゲートへの対応策は限られている。俺が入ってもいいが、戻れる保証はない』

 

「冗談言うなよ、ブルック。ここでお前にまで消息を絶たれたら、僕はこうだ」

 

 首を掻っ切る真似をしたグレイにブルックは慎重に声にしていた。

 

『……俺達は思ったよりも追い込まれているのかもしれない。アタッカーが紅しかいないのがここでは痛手だな。あいつに切り込みを任せていたツケか』

 

 グレイは時計を気にする。恐らくプライベートモードに出来る時間は限られているのだろう。あまり長話もしていられない。

 

 ブルックは現状の展望を打ち明けていた。

 

『……俺が潜入も難しい。それに組織からは、あまり関わるなとも言われている。……前回の裏切りに近い真似が裏目に出たな』

 

「僕のほうにも厳命が来ている。深追いはするな、と。……あれも一種のゲートならなおさらだろうね。ゲートは魂を弄び、見えないはずのものまで見える。……噂がどこまで本当かは不明だが、関わってろくな目に遭わないのだけは事実だろうさ」

 

 グレイも消極的だ。ここで動くとすれば、自分しかないか、とブルックは覚悟を決める。

 

『……紅が危険なのなら、俺達でどうにかするしかない』

 

「……っとそろそろ時間だ。遅れちまう」

 

 グレイは偽装の動きに入る。どうやらプライベートタイムは終了らしい。ブルックはしかし、新市街地に出現した疑似ゲートに関する権限は与えられていなかった。

 

『……サーバーにアクセスしても駄目か。あの疑似ゲートを、しかしこのまま放置はしておけないな』

 

 蝙蝠の身体で飛び立ち、ブルックは新市街地の中心にほど近い場所が封鎖線を張られているのを上空より俯瞰する。

 

 警官隊も数は少なくはないが配置されており、強硬策に出ないとも限らない一触即発の空気が窺える。

 

『……疑似ゲートには痛手を負った国とは言え、興味津々というわけか。【天国門】から何も学んでいないな』

 

 しかし、とブルックは飛行しつつ思案する。半球状に取られた疑似ゲートの内奥は青白く胎動しており、何かが生まれ落ちようとしているかのようでさえもある。

 

『契約者のランセルノプト放射光……。たった一人がこれを起こしたって言うのか? ……しかしそれにしてはあまりにも……』

 

 分かっている。契約者は合理的に判断する。

 

 彼らは闇に行き、闇に死ぬ運命。

 

 それは自分も含めてだが、光の当たるところに生きられるとは思っていない。だからこそ、目立った行動を取ると言うのは結果論とは言え、契約者の行動理念に反している。

 

『……俺達とは別種の契約者なのか。それともこれは、何かの罠だとでも言うのか……。いずれにしたところで、紅を急かしたのは俺だ。なら、ケジメはつけるとも』

 

 ブルックはゲートのギリギリ直上を滑空する。新市街地に頻発する【煉獄門】のそれと見た目上は変わらないが、それでも何か奇妙なものをブルックは感じていた。

 

『……【煉獄門】にしては、時間、だな。継続時間が段違いだ。あれは大概、三時間以上の発生は見られないのに、これは昨日の夜からずっと……。やはり別のゲートだと思うしかないのか……』

 

 その時である。

 

 不意に視界が赤く明滅する。分かっている。ここから先は「踏み込み過ぎ」だ。

 

 ブルックは風に身を流し、疑似ゲートから離れる。あまりに真実に肉薄し過ぎれば、組織からの追っ手が飛ぶ。

 

 自分達は首輪を付けられているも同じなのだ。

 

 それはグレイだけではない。自分も、紅も、それにガーネットもである。

 

『……俺達に自由なんてない。……皮肉なもんだ。グレイの言っていた事を笑えないな。一度でも裏切りの兆候が見えれば、組織は首輪をきつく締める。俺の場合は、特に、か。だが俺は紅には借りがある。……あいつが死ぬのを黙って見ていられるか』

 

 しかしこちらの意図に反して手がかりはない。

 

 どうにかして疑似ゲートには入り込まなければならないが、手札が薄い。

 

 歯噛みしたブルックはその時、乗り入れた警察車両の中から出てきた人影を凝視する。

 

『……奴ら、確か紅と交戦した契約者集団じゃないのか……。どうして警察と……』

 

 喪服の女と少年が警官らしき者達へと視線を流している。ブルックは一呼吸置いて考えを纏めていた。

 

『……ともすれば……使えるか……?』

 

 

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