DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第四十五話「勝利者を問う」

 

『動いたな。後は中で紅が生きているかどうかの賭けになるが……』

 

 ブルックは傍らで反射板に手をつけているガーネットを見やる。ガーネットの受動霊媒は光を触媒とする。だが疑似ゲート内部には光の屈折角があるかどうかも不明。

 

 ならば、その前段階で立ち往生している契約者に見つけてもらうのが早い。

 

 相手が強硬派ならばどう出るか分からなかったが、ガーネットは小さくこぼす。

 

「……相手のドール……前に紅を追っていたのと同じ」

 

『レールガンの契約者の、か。クォーツの遺したドールが、こういう形で役に立つとは……』

 

 己の不実にブルックは歯噛みしつつも順調に推移しかけているのを感じていた。

 

『……紅は生きている。そう思って行動したほうがいいが……もう十二時間……か。そろそろ常人ならば限界だな』

 

 そもそも常人の尺度を持ち込むのも間違いであるが、自分達の連携は紅をアタッカーとする事で輝く。だからこそこんな形で弱点を露呈するとは思いも寄らない。

 

「……紅の心拍も、ランセルノプト放射光も分からない。あのゲートの中じゃ、何も見えない……」

 

『……ガーネットの観測霊ではここまでか。だが、しかし、少し驚いたぞ。グレイは投げたのに、お前は付き合ってくれるとはな』

 

「……別に。ただ命令に従っているだけ」

 

 それも言われてしまえばその通りだ。このチームは自分を司令台にして動いている。だから自分が命じてしまえばそこまでなのだと。

 

 しかし、ガーネットも天文部の観測霊と同様に、疑似ゲートに巻き込まれる可能性はあった。その危険性を説く前に、彼女は行動していた。

 

 別に断る道もあったと言うのに。

 

 ――あるいは、ガーネットも何か……紅の行方に思うところでもあるのだろうか。

 

 それはさすがに直接聞くのは憚られて、ブルックは話題を逸らしていた。

 

『……グレイはしかし、来なかったな……』

 

 それも当たり前か。彼にそこまでする義理はない。組織の命令も降りない以上、これは身勝手な行動だ。

 

 だから責を負うのは自分だけでいい。ガーネットに関してはドールであるという事で放免されるだろう。

 

 自分が、その責任を一手に負えば――。

 

「何をやっているんだ。ブルック」

 

 不意に背後から声をかけられ、ブルックは振り返る。グレイが夕刊を片手に歩み寄ってきていた。

 

『……来てくれたのか……』

 

 想定外に声にすると、彼は何でもないように返答する。

 

「……組織が紅と言う契約者に関して、便宜をはかるとの方針だ。身勝手な行動が目立つが、疑似ゲートの中に居るという事は生き残れればその契約者の能力やゲートの詳細を知る事になる。その時に手綱は握りたいのだと」

 

 嘆息を漏らしたグレイは、自分達の佇むラジオ塔の屋上を眺めていた。

 

「……こんなところからわざわざ? ……馬鹿げている」

 

『……グレイ。お前にはそこまでの義務はない。別に断っても……』

 

「冗談。あの芋女がそう簡単にくたばるわけないだろ。……僕だけ手柄を取り損ねるのは流儀にもとる。……協力しようじゃないか。どうせ、手が要るところだろう?」

 

 夕刊を肩に担ぎ、彼は問いかける。ブルックは疑似ゲートへと視線を戻し、言いやっていた。

 

『……その、すまな――』

 

「契約者らしくない事を言うんじゃない。合理的に判断しての行動のはずだ。僕だって少しはそのおこぼれに与りたい」

 

 彼の真意はそれだけではないのは分かり切っていたが、ブルックは言及しなかった。

 

『……しかし、まさかこちらを追って来ている連中とかち合うとはな』

 

 双眼鏡を覗き込んだグレイは、ほうと息を漏らす。

 

「喪服の女と帽子の少年……契約者だな。紅と戦ったって言う」

 

『報告書には目を通した。喪服のほうが物質透過能力、子供のほうが投擲物質の加速だ。……どちらも厄介な契約者だが、敵に回さなければいい』

 

「……物は考え方だな。しかし、敵に回さないほうがいい、は同意。物質透過なんてされたら、僕らじゃ勝てない」

 

『だが物質透過でもゲートには入れないらしい。まぁよくよく考えればその通りか。その程度の能力でゲートを籠絡出来れば、今頃【煉獄門】も相手の手の内だろう』

 

「あるいは制限付きか……いずれにせよ、異常な光景だな。可視化出来るほどの濃度の疑似ゲートに、手をこまねく受動霊媒か……」

 

『入れないんだ。まるで逆巻くように渦を成している。あの暴風に巻き込まれれば、観測霊を呑まれてしまう』

 

「……まぁ観測霊は一般人には見えないが。それにしたって異常な光景だな。警官隊が固めてはいるが、どこかの国の諜報部隊が攻め込めば終わりの布陣だ。あまりお勧めは出来ないぞ」

 

 分かっている。切り込むのにはあまりにも足りない。しかし、だからと言って何もしないのはもっと我慢ならない。

 

『……俺は紅に一個借りがある。だからこうやっているだけだ。グレイ、お前はそうじゃないはず。命令だから、と言う理由ならば後々で棄却出来る。別段、ここで退いても……』

 

「冗談。ここで色々と恩を売っておけば組織に対して優位に立ち回れる。一人だけ優等生気取るなよ、ブルック。組織はここに来てどう僕らが動くのかも評価の軸にしているはずだ。なら、せいぜいうまく駆け回るのみさ」

 

 どうやらこちらの不安は杞憂であったらしい。いや、これも強がりめいてはいるが。

 

『……疑似ゲートにはしかし、観測霊を吸収する能力があるらしい。深くは切り込めないぞ』

 

「だったら、せいぜい僕達のやれる事は、他の連中を動かすくらいだろう。契約者があの疑似ゲート相手にどう動くのかを先回りして予見するしかない」

 

『……既に警察と同行している契約者集団とは連絡を取った。だが……後はこちらの想定通りに動いてくれるかの賭けだな』

 

 そう、賭けでしかない。それも分の悪いギャンブルだ。相手が自分達の思っている通りに動いてくれるかの期待など。

 

 グレイはふんと鼻を鳴らす。

 

「契約者でも神頼みか」

 

『何を言っている。契約者は神なんて信じちゃいない』

 

「合理的じゃないからだろう? ……冗談くらい通用しろよ」

 

 ブルックは飛翔し、再び疑似ゲートへと接近を試みようとしていた。

 

『……俺は相手方の動きを仔細に分析する。グレイ、お前が来たんならガーネットへの指示は任せるぞ。相手も受動霊媒を持っている。こちらの働きかけには積極的に応じてくれるはずだ』

 

「了解。しかし、まさか共闘なんて羽目になるなんてね。紅は分からない事ばかり起こす」

 

 それは自分も同意であったが、ブルックは言葉を振りかける。

 

『……恐らくはそろそろ精神力的にも体力的にも限界のはずだ。紅が生きているかどうかも賭けに等しい。ゆえに、一手でも打てる手は打っておく。それが適切のはずだからな』

 

「あの芋女が簡単にくたばるとも思えないがね。ま、そこんところは任せておくよ。僕はガーネットからもたらされる情報をさばけばいい、そうだな?」

 

 ブルックは首肯し疑似ゲートへと飛び立って行く。

 

 相変わらず青白く胎動する疑似ゲートは観測霊を巻きつかせて離さない。渦の中心点に向けて観測霊が集約され、それぞれの命令系統を乱されている。

 

『……疑似ゲート相手に、観測霊による情報収集は無意味。それに、外からの干渉に意味があるのかも。ともすれば弾丸も徹さない鉄壁か。あるいは生物のように柔い壁なのか……それも判然としないが……いずれにせよ、急ぐべきだろう。あの契約者集団が次手に移る前に……。いや、待て。何だあれは……』

 

 ブルックの視野に大写しになったのはこちらへと猪突する装甲車の群れであった。それぞれに乗り込んだ者達は全員、手練れであるのは気配から窺える。

 

『……まさか、PANDORAか? こうも早く動くとはな……。いや、あるいは想定内でもあるか。このアメリカは奴らの縄張りだ。ある意味では、秒読みでもあった。しかしまずいぞ……。PANDORAは対ゲート物質ならお手の物のはず。攻略するのは俺達よりも圧倒的に速い……。この疑似ゲートの勝利者はまさか、PANDORA連中になると言うのか……』

 

 胸に過った疑念を掻き消すように、ブルックは逆巻く疑似ゲートの直上を飛び回っていた。

 

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