DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第四十七話「信頼を問う」

「映像! 来ました! ……これは……確認された契約者はMA401だけ……? それと無数の泥の……人形か、これ……」

 

 要領を得ないジャンの論調にミシュアはカメラから送られてくる映像を見据えていた。

 

 衝撃吸収材を施し、球体型のカメラならばジェッツの能力でも加速途上で崩壊はしない――そう見込んでの作戦だったが、どうやら功を奏したらしい。

 

 目論見通り、疑似ゲートの中へと潜り込んだカメラは蠢く亡者のような泥人形を映し出していた。

 

「……疑似ゲートの契約者は……?」

 

「確認出来ません……よね? ……どういう事なんだ、これ。契約者が居ないのに、能力だけ発動し続けているとでも……?」

 

 あり得ない、と言う語調にミシュアは、いえ、と判断を保留にする。

 

「……あり得ないなんて事もないのかもしれない。契約者に関しては分からない事のほうが多いんだから。……でも、じゃあ十二時間以上も、MA401は……戦って……?」

 

「それって不自然じゃ……」

 

「いえ、何も不自然ではないのでしょう。この契約能力がもし、発動そのものが対価だとすれば」

 

 ジキルの助言にミシュアは目を向ける。彼女は明滅する疑似ゲートを眺めていた。

 

「発動そのものが対価……? そんな事は……」

 

「おや、あり得ない事なんてないと言ったのはレディロンド、あなたでしょう? ……まぁ信じられないのも分かりますが、契約者は合理的な存在ですので。相手を倒すために、自分の身さえも尽くし切る。それこそが契約者としての在り方としては真っ当だ」

 

「……自分の死さえも、計算内だって言うんですか……」

 

 震撼するジャンにジェッツが何でもないように言いやる。

 

「それが契約者だからね。命一つに頓着していれば合理的な思考に支障を来たすと言うのなら、合理性の欠片もない肉体は捨てる……なるほど、実に合理的な判断だ」

 

「命さえも……捨てる……」

 

「どうなさいますか。中に居るのはミス401MAだけだと分かった。ならば、突入やこのゲートそのものの破壊に、頓着は必要ないと判じますが」

 

「……確かに。このまま天文部の観測霊を囚われたままなら、私達が状況を変えるべきなのでしょう。ですが、我々にはこの疑似ゲートの叡智を超えるのには……」

 

「ジェッツのダーツでも壊し切れなった。いや、壊してもその先から蘇る。そういう契約能力なのでしょうね。疑似ゲートの存在そのものが、能力の発動上限なしと言う状況を生み出している」

 

「……どうするんです。物質透過で……」

 

「無理ですよ。物質透過でも、それだけは分かる。疑似ゲートに下手に踏み入れば、この観測霊達と同じ帰結を辿ります。契約者でも同じでしょう。それに、もし中に捕らわれれば? それこそ下策だ」

 

「……課長。カメラをMA401が包んで……何をしているんだ……?」

 

 映像を観測するジャンはMA401がカメラを引っ掴んだのを目にして疑問符を浮かべている。その時、青白い燐光が棚引いていた。

 

「……カメラをやられる……!」

 

「いや、そうでもないようだ……。どういうつもりか知らないが、こちらの契機はあちらの好機もであった様子。やられましたね。有線カメラを入れたがゆえに……相手に勘付かれたか」

 

 ジキルは空を仰ぎ見ている。ミシュアも目を向けたが、曇天を飛び立って行く蝙蝠が視界を横切っただけだ。

 

「……どういう……」

 

「――そこまで」

 

 不意にかかった声と向けられた銃口にジャンが息を詰まらせる。ジキルはゆっくりと振り返り、自分は突きつけられた殺気に中てられていた。

 

「……あなた達は……」

 

 装甲服を着込んだ部隊を率いるのは神経質そうな眼鏡の男性であった。ブリッジを上げ、彼は声にする。

 

「PANDORAのエリック西島です。PANDORA法により、この疑似ゲートを我々がこれより管轄する」

 

「何を馬鹿な……! 俺達から掻っ攫うって言うんですか!」

 

「現地警察ではこれ以上は無力でしょう。カメラを入れたのはよくやりました。お陰で壊しても大して意味のないものしか入っていない事が分かった。これで我々のゲート反物質をぶつけてやれば、【煉獄門】のダミーに過ぎないこれは容易く瓦解する」

 

 エリック西島の冷たい論調にミシュアは食いかかっていた。

 

「ま、待ってください! 中には特一級の契約者が……!」

 

「なら余計に手っ取り早い。ニューヨーク市警の皆さまはあれに相当煮え湯を呑まされたと聞いています。余分な契約者に、余計なゲート。破壊するのに支障はない」

 

 そうだと断じた論調にミシュアは言葉をなくしていた。それ以外を規定しないエリック西島は部下の持つジュラルミンケースを顎でしゃくる。

 

 開かれたそこに内包されているのは、巨大なスタンガンを思わせる機械であった。

 

「ゲートを処置します。退いてください」

 

「……出来ません。我々は……ニューヨーク市警はそれでも、ここを管轄する義務が……!」

 

「ですが、何も出来ないでしょう? 後は我々に任せていただきたい。疑似ゲートのデータは既に算出済みです。何の気兼ねも要りません」

 

 いつの間に、と思う前に装甲服の部下達が進軍しかけてそれをジャンが押し留める。

 

「ちょっ……ちょっと、ちょっと! いくらPANDORAだからって、そういうのはないんじゃないですか! 越権行為ですよ!」

 

「越権だと言うのなら、そこを退いてください。PANDORA法に基づき、ゲートを処置するだけです」

 

「ですが……! ここには我々の追ってきた契約者が……MA401が居るのです! 彼女との決着がこんな風でいいはずがない!」

 

「……あなたのような仕事熱心は困る。割り切っていただきたい。契約者との戦いは一方的でなくてはならないのだと。そうでなければ彼らは戦車よりも強靭な能力を誇る。我ら一市民は、彼らと渡り合うためには叡智でもって対処するしかない。分かりますか? フェアプレイなんてものはないのですよ」

 

「ですが……! ここまで追い込んで……!」

 

「その気持ちも分からないでもないですがね。そういうしがらみを消すために我々は居るのです。トーキョーの【地獄門】だけでも相当に面倒なのにこれ以上面倒事を増やさないでもらいましょう。さぁ、処置を――」

 

 歩み出ようとしたエリック西島を制したのはジキルであった。微笑みかけた彼女へと侮蔑の眼差しが向けられる。

 

「……契約者だな?」

 

「おや、ばれますか」

 

「……ニューヨーク市警は何をしていらっしゃるので? 契約者と手を組むなど。言語道断としか言いようのない。彼らとの生存競争において、ゲートは強い意味を持つのです。だからこそ、この疑似ゲートの行方を各国諜報機関が追おうとしている。我々は他の国家がこの力を有する前に排除する義務があります。決して他国に渡してはいけないのです。だと言うのに……他の国家の契約者を前線に置くなど、考えられない。制御出来ない契約者など邪魔なだけです」

 

「おや、随分と毛嫌いされているものだ。しかし、レディロンドの論調が今は正しい。あなた方は後からやってきて全部を掻っ攫おうとしている。それは違うと感じる」

 

「……契約者らしい、合理的な判断とやらか? 汚らわしい……ッ!」

 

「退くのはあなた方のほうですよ、PANDORAの。何故ならばこれより先は私達の領分ですから」

 

 ジェッツが前に出る。

 

「少年君……」

 

「何度も言わせないでくれ。ぼくのほうが年上だ。それに、だからこそ分かる。契約者なんてゴミ以下にしか思っていないくせに、権利だけを主張すると言うのは。PANDORAとやらがどれほど高尚な組織であっても、彼女らを邪魔するのは違うよ」

 

 エリック西島は心底愛想の尽き果てたとでも言うようにミシュアを睨む。

 

「……まさか契約者と徒党を組むとは。それでも警察ですか、あなたは」

 

「……失礼ながら、彼らにも理由と流儀がある。それに、私には彼らのほうが真っ当な事を言っているように見えます」

 

「……PANDORA相手に喧嘩を売るのはお勧めしません。合衆国に住んでいるのならば、余計に」

 

 脅迫と来たか。ミシュアはしかし拳をぎゅっと握り締めて耐え忍ぶ。

 

「……どうとでも」

 

 これは見方によれば宣戦布告かもしれない。しかしエリック西島は強硬策には入れないのか、装置を手にした部下へと一瞥を寄越す。

 

「……三時間だけ、待ちましょう。確かに我々も義を通すべきであった。しかし、これは急務だ。他国がもし、軍事力をもって対処すればニューヨーク新市街地が戦場になりますよ? その時にせいぜい、対応に追われる事ですね」

 

 エリック西島が踵を返したのに対応して、武装した部下達も下がっていく。

 

 ようやく緊張を解いたミシュアがよろめきかけてジキルに抱き留められる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……ええ、ちょっと……」

 

「PANDORAのやり方は変わらないね。どこの国でもまるで自分勝手だ」

 

 ジェッツの言葉にジャンは目を丸くする。

 

「少年君、奴らと面識が……?」

 

「他の国でもそれなりに諜報活動をするのなら大なり小なりPANDORAとはかち合う。まぁ、あまり相手にしたくない連中ではあるんだけれど。……だから何度も言わせないでくれ。ぼくのほうが年上だって」

 

「……いずれにしたところで、PANDORAがきっちりと上層部に渡りとつけるのはそう時間はかからないでしょう。三時間と言っていましたが、正式に辞令が降りれば一時間でもやってくる……。一刻も早く、この事態の解明に急がなくっては……」

 

 ミシュアは映像へと視線を投じる。しかし、カメラを通して得られるのは泥人形相手にまるで体力の加減を知らずに飛び込んでいくMA401の姿であった。

 

「……どうして彼女は……諦めないの……」

 

「分かりませんよ、彼女に関しては。我々へもまるで契約者とは思えない振る舞いをしたほどです。しかし、一つだけ分かるのは……彼女にも仲間が居る。やられましたね、連絡を繋ぐのには充分な時間があった」

 

「連絡……? でも無線も、観測霊も通用しない疑似ゲートに……」

 

「だから、彼女でしか出来ない方法でしょう。触媒が一個でも外から繋がれば可能だった」

 

 どこかしてやられたとでも言うようなジキルの口調にミシュアは疑問符を挟んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グレイ、聞こえているな? 今しがた、紅から通達があった』

 

『通達? こちらから見た限り何もないが……』

 

 当惑するグレイにブルックは自分の視野で捉えた情報を伝える。

 

『俺が蝙蝠の身体でよかった……。可視光線以外も俺は見える。紅の熱放射による赤外線の投影。それによってゲート内部の情報を俺は得られた。パターンは俺にしか見えない。他の観測霊ではどう足掻いても不可能だろう。……あの契約者は、気づいていた様子だったが……』

 

 喪服の女契約者は勘付いていたようであったが、今はそれよりも次手を打つ事だ。ブルックは正確に紅の伝達情報を口伝する。

 

『……疑似ゲートの契約者の対価は自らの命と、そして制御不能な空間である事。つまり契約者本体は存在しない。……紅は体力の限界まで戦うとの事だが、もうそれはとうに過ぎているはずだ。加えてPANDORAも動き出している。あまり時間はない。グレイ、紅を手助けするのならば、一手さえも誤れない。――疑似ゲートを破壊する。それしか方法はなさそうだ』

 

『だが疑似ゲートの契約者は存在しないのだろう? そうだとすると契約者本体を殺害しての能力の中断は不可能なんじゃ……?』

 

『いや、紅はそれに関しても追加情報をくれた。正確には本体は死んだんじゃない。あの疑似ゲートに成り変わったんだ。ランセルノプト放射光を雷雲のように放っているのは契約能力の行使に他ならない。つまり、あの疑似ゲートの破壊はそのまま契約能力を行使する対象の破壊に相当する』

 

『じゃあどうするって? ……荒っぽいがミサイルでも打ち込むって言うのか? PANDORAを掻い潜るのにはそれくらいしか思い浮かばないぞ』

 

 グレイの言う通りだ。現状、強硬策にも出られるPANDORAを先んじるのにはそれを上回る大胆な策が必要となる。

 

『……ミサイルを打ち込めとまでは言わないが、それに近い覚悟は要るのかもしれないな』

 

 紅を救い出すのには生半可な作戦では駄目だ。何よりも紅の伝達した赤外線の波長パターンからそれほど時間はないのだと分かる。

 

『……あの芋女がどれだけ契約者だからって言っても、ミサイルに耐えられるとは思えない。確かに疑似ゲートはこの世から消えるかもしれないが……。もっとスマートな作戦を用意するべきだ』

 

『何だ、グレイ。心配しているのか?』

 

『心配? 何を言っているんだ、ブルック。僕らのアタッカーは紅だけだ。このまま死んでしまうのをここで見ているのを、組織は監視しているはず。僕達の進退に関わるんだぞ』

 

 確かにこのまま紅を見殺しにすれば、恐らく次はないだろう。そんな先の事まで考えられるとも思えないが。

 

『……グレイ。俺が実行する。策をくれ。お前はこのチームでは頭脳担当だろう?』

 

『身勝手言うなよ、クソッ……。ガーネット、観測霊は?』

 

『……紅の心拍数も脳波も受信出来ない……。変わらないまま』

 

『……だそうだ。ブルック、確かに芋女の能力なら、お前に赤外線で情報を伝えられるだろう。だがそれで何だと言う? ……あいつ自身が太刀打ち出来る策を用意出来ないのならば同じ事だ。僕達に出来る事は少ない。疑似ゲートをどうやって解除すると言う……』

 

『……ん? 待て、グレイ。今、何と言った?』

 

 問い返すと通信の先でグレイは狼狽する。

 

『え? 何だって?』

 

『何と言った、と聞いているんだ』

 

『何って……太刀打ち出来る策を用意出来ないのならって言う……』

 

『その後だ! 何と言った?』

 

 こちらの問いかけにグレイは戸惑い気味に応じる。

 

『……疑似ゲートをどうやって解除すると言う……』

 

『そうだ、紅は疑似ゲートを破壊する方法じゃない。解除する方法を俺に与えたんだ。……何でこんな簡単な事に気づけなかった……』

 

『お、おい! どういう意味なんだよ、ブルック』

 

『……疑似ゲートの契約者を、俺達は自然と排除する方策を考えていた。今までのように力任せに。しかし、そうでもないんだ。事ここに至ってあまりに遅いかもしれないが、方策が見えた』

 

 こちらの言葉にグレイはまさかと尋ね返す。

 

『おい、おかしくなったんじゃないだろうな? 方策が見えたって? ……聞くが、それは実現可能なのか? 自棄になったわけじゃ……』

 

『自棄になってなんていないさ。紅の能力を俺達は知っている。熱の自在操作……それは熱力学の法則さえも打ち破る。疑似ゲートの中は密閉状態。ならあいつの策はようやく完遂されようとしている。それを俺達に伝える術だけがなかったが、今回、あの警官と一緒に居る契約者が文字通り風穴を作ってくれたわけだ』

 

『……自棄になったわけでもおかしくなったわけでもなく……本心で言っているんだな? なら分かるように言ってくれよ。僕にはさっぱりで……』

 

 ブルックは空高く飛翔し、疑似ゲートを改めて見据える。青白く胎動する半球形の濃霧はあれそのものが契約者――その情報が確かならば紅の狙いがようやく見えてくる。

 

『人間が自身の熱によって自壊し、消滅しないのは何故か……。それを考えれば自ずと答えは限られる。紅はゲートと言う特殊状況下の体内において、臨界値を示そうとしているんだ』

 

『……生物学なら、僕はからっきしだが……』

 

『そうじゃない。もっと単純な事だった。あの疑似ゲートは契約者そのものなのだとすれば、熱応力によって崩壊もするはずだ。紅は恐らく、それを試している。密閉された完全なる空間だと言うのならば、熱はどこに逃げる? 逃げ場所を失った熱ももしかすると、渦巻く観測霊のようにあの疑似ゲートに蓄積されるのだとすれば……?』

 

『ちょ、ちょっと待ってくれ! ブルック。だとすれば、あの芋女……まさか……』

 

 息を呑んだグレイにブルックは言いやる。

 

『……紅は自らの命を引き換えにしてでも、あの疑似ゲートを解除するつもりだ。能力の行使は契約者の死によって全面解除されると言う法則に則るのならば、契約者を狙って……』

 

 そう、法則性も何もかも不明なゲートに対しての行動よりも、彼女がやったのは「見えている敵への応対」だ。あの疑似ゲートが契約者の能力によるものであるのだと疑わないのなら、その策は実行可能であるが……。

 

『……危険過ぎる。一歩間違えれば自分まで死ぬぞ……』

 

 震撼したグレイの言葉にブルックは首肯する。

 

『……ああ。紅は自滅するつもりか……? それはしかし、契約者としての合理性に反している……。契約者はどのような状況下でも、己の生存と任務の実行を主とするはずだ。なのに何故、こんな捨て身の策を思いつける……? 紅、お前は本当に……』

 

 その答えを紡ぐ前にブルックは不意打ち気味の殺気を感じ取っていた。

 

 超加速した燐光を纏うダーツを半身になってかわし、対空迎撃を関知する。

 

 

 舌打ちを滲ませ、ブルックは通信に声を放っていた。

 

『……勘付かれた、か。さすがにゲートの上を滑空し過ぎた。相手も俺が契約者なのだと……確信してはいないのかもしれないが、出来ればイレギュラーは排除したいに違いない。グレイ、一旦そちらに戻る。紅の策が有効なのだとすれば、疑似ゲート相手に何が起こるのかまるで未知数だ。近くに居るほうが危ない』

 

 ブルックは追い縋ってくるダーツを風に任せて身をかわしつつ、忌々しげに口走っていた。

 

『……紅。お前は何を……信じているんだ……』

 

 

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