DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第五十話「光を追う」

「……朝刊は退屈だな。いい報せも少ない。せっかく、身を切る思いであの疑似ゲートの契約者を葬ったって言うのに、労いもないとはあんまりじゃないか?」

 

「……余計な感傷は要らない」

 

「そうかね。おっ、だがコミックは相変わらずの出来じゃないか。朝刊の中で安心して観られるのはこれくらいなもんだ」

 

 夜都はコーヒーに砂糖を入れる。それをグレイは目に留めていた。

 

「珍しいな、芋女。コーヒーはブラック派じゃなかったのか? シュガーを入れているところなんて初めて見たぞ?」

 

「……いいから。続けて」

 

「はいよ。護衛対象は組織の重鎮。だが対立する諜報機関より命を狙われている。今のところは無事だが、昨夜は危なかった。移送途中に仕掛けてくる契約者が居るなんてな。しかも結構な鳴物入りだ。相手は手強かっただろう?」

 

 夜都は甘ったるく加工したコーヒーを流し込みながら、昨夜の戦闘を思い返す。

 

 こちらの手数を遥かに上回る戦闘術は単純に場数が違うのだと歴然と突きつけられた気分だった。

 

 だが能力自体はまるでシンプルであった事を反芻するに、ただの契約者でもなさそうだ。

 

「……あんな能力なのに、攻撃を流し込む隙を全く与えてくれなかった……」

 

『それは何も紅(ホォン)の強さが足りなかったからでもなさそうだぞ、二人とも』

 

 止まり木より聞こえてくるブルックの報告にグレイは新聞紙に視線を落としたまま尋ねる。

 

「凄腕か? 久しぶりだな、そいつは」

 

『経歴を参照した。メシエコード、LL563。コードネームはB8』

 

「B8? メシエコードと名前が大差ないじゃないか。本当に実在するんだろうな、そいつ」

 

『ああ、組織のサーバーで確認済みだ。何よりもそいつの経歴がな。……天国戦争の生き残りらしい』

 

「……おい、そいつは……!」

 

 平静を装っていたはずのグレイは止まり木を仰ぎ、覚えず舌打ちする。

 

『……そうだ。組織はかなりの手練れに追われている相手を護衛しろと言って来ている。しかも今回、報酬は五倍に上乗せだ』

 

「……死ねって言っているようなものじゃないか。組織は僕らが前回の疑似ゲートを収束させた事を、快く思っていないのか?」

 

『組織からしてみれば誰が収束させたかではなく、終わった事は終わった事なのだろうよ。……俺達のチームにそこまで無茶な命令が下るのはもうないと思っていたが……甘かったみたいだな』

 

「ああ、大甘だよ、ブルック。芋女の飲んでいるコーヒーよりも甘いんじゃないか?」

 

「……それはいい。能力は? やはり超加速……」

 

『能力は物質質量の低減による限定的な加速だ。自分しか軽く出来ず、しかも加速だって目視出来ないほどに速いと言うわけでもない。……だがそれでも奴は、天国戦争を生き残った……それはつまり、能力の使い方が他の諜報員とはかけ離れていると思ったほうがいい』

 

「……天国戦争。この国じゃ話題にするなって言うほうが無茶な話だ。契約難民問題だって解決出来ていない。新市街地は見かけばかり綺麗だが、旧市街地は酷いもんだってのに……」

 

 歯噛みしたグレイは何かしら一家言あるようであったが、そこで言葉を仕舞った。

 

「……私にそいつを消せと?」

 

『可能ならばそうして欲しい。不可能ならばせめて護衛対象を守り切って欲しいとの事なんだが……その護衛するお歴々もどこに居るのか、俺も明かされていないんだ。サーバーに潜り込んだが、全部遮断された……』

 

「おい、ブルック。それじゃ、僕らは、いつ現れるのかも知れない護衛対象に、いつ降りても分からない任務を続けろって? ……そいつはなかなかに無茶だぞ……」

 

『分かっている。幸いにして、ガーネットが昨日の車を捕捉している。今も観測霊を飛ばしているはずだ。……撤退しろとは言ったんだがな』

 

「ガーネットは、まだ裏路地に?」

 

『居るはずだ。何だ、紅。何か彼女に用でも?』

 

「いや……別に。ただ、観測霊を追う術を持っている相手なら気を付けたほうがいい。相手は思ったよりも速く、こちらに辿り着く」

 

『それには同意だが……お前も危ないと言えばそうなんだぞ。新市街地を出歩いていて、遭遇しないとも限らない』

 

「私は平気。ガーネットに会ってくる」

 

 立ち上がろうとした夜都にグレイが忠告する。

 

「……あまり肩入れするな。ガーネットだってプロだ。観測霊を飛ばすのだって、命令だからやっている。僕達と同じさ。命令に忠実なほうが好かれるだろう?」

 

 新聞紙を捲るグレイの淡白な声音に夜都は言いやっていた。

 

「……前回の礼も言えていない……」

 

「律儀だな。相手はドールだぞ?」

 

「……それでも」

 

 夜都はトレイを返し、身を翻しかけて店主に呼び止められる。

 

「ああ、ヤトちゃん。珍しいね、シュガーを頼むなんて。いつもブラックだっただろう?」

 

「あんた! ヤトに話しかけている暇があったら手を動かす! ……でも、急にどうしたんだい?」

 

「……ちょっと好みが変わっちゃって。あの……変ですか?」

 

「いんや。その頃合いならちょっとばかし可愛げのあったほうがいい。まぁ、ヤトちゃんはそうじゃなくっても可愛いんだけれどね」

 

 微笑んだ店主に夜都は笑みを返して会釈する。

 

 店主は肩をつつかれていた。そんな様子を見ながら、ふとこぼす。

 

「……仲いいんだなぁ」

 

 いや、これが当たり前、これは当然の感情なのだろう。

 

 しかし、疑似ゲートの契約者との戦闘の後から明らかな変質がある。夜都は自分の掌へと視線を落とし、あの戦いを反芻する。

 

 確かに、相手を倒したはずなのにその感触が薄い。そして何よりも――自らの変容に戸惑っていた。

 

 こういう時にはガーネットの占いを受けるのがいい。

 

 彼女はドールだが、占いに関してはそれなりだ。夜都は新市街地の路面電車に飛び乗り、旧市街地へと向かう途中で人垣を発見する。

 

 思わず降りて周囲を見渡し、夜都は囁かれる声を聞いていた。

 

「……殺しだって。また旧市街地で……」

 

「またかよ……何でも被害者は全員……浮浪者だってのは……」

 

 警察が目張りを付けて鑑識をしているのが窺えた。夜都は人だかりを抜けて、徒歩で旧市街地に入る。

 

 もうここは彼らの領域だと言うのに。それでも新市街地の者達は勘違いをしている。

 

 このニューヨークが自分達、「普通」の人間の物なのだと。

 

「……旧市街地でまともに生きた事がないから、そんな戯れ言が言える……」

 

 夜都はガーネットの張っているはずの占いの区域に誰も居ないのを目にする。思わず駆け寄り周囲を確認するが、やはりと言うべきかガーネットの姿はない。

 

「……一手遅れた……」

 

 そう悔恨を口にして夜都は視界の隅にたゆたう観測霊を目に留める。まるで炎のように燻る観測霊の残滓に夜都が手を伸ばした途端、観測霊が光を触媒にして跳ねた。

 

「……ついて来いって?」

 

 そう言っているのが何故だか分かる。観測霊は肯定も否定もせずに、そのまま光の合間を跳ね回る。

 

 ガーネットの観測霊なのは明らかであったが、彼女自身にこのような意識はないはずだ。

 

 ――ドールに意思は存在しない。何かをしようと言う感情も、ましてや誰かを導こうなんて……。

 

 だがどうしてなのだろうか。

 

 今は、その光一つを寄る辺にして、夜都は歩み出していた。

 

 

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