DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第五十一話「生存をかける」

 赤いスポーツカーの前で待ち合わせだと言われて、B8はかしこまったスーツを着込んでいた。

 

 その事前情報通り、赤い豹を思わせる躯体のスポーツカーを背に、伊達男と少女が佇んでいる。

 

「来たな、B8。相変わらずスーツの趣味が悪いな」

 

「そちらこそ。スポーツカーなんて目立つ物を所有するな。相手に気取られる」

 

「それは契約者としての合理性に反するからか?」

 

 どこかおどけて言ってのけた伊達男にB8は仕立てだけはいいスーツの襟元を正す。

 

「……指令は?」

 

「変わらず、さ。俺達には相変わらず、標的を追えって言うだけの。だが、対象を見失った形の俺達はお手上げさ。……本当ならな」

 

 B8は伊達男の隣で目を伏せる少女へと視線を流す。

 

「……悪い癖だ。また別のドールか」

 

「ドールは消耗品だ。同じものを使えばすぐさま察知される。前回のよりも精度がいいのをあてがわれてもらっている。それなりに期待はされているって事さ」

 

 少女ドールは黒い短髪にドレスをあしらわれていた。伊達男の趣味なのか、大きめの青いリボンを付けている。

 

「……違うドールだとこちらも困る」

 

「本音は違うだろう、B8。幻影の中に似た女の子でも見つけるか?」

 

「いや、あの子は……」

 

 そこで口を噤む。自分の対価は決して他人には理解されないだろう。そう感じて、話す事の無意味さにいつも嫌気が差すのだ。

 

「……余分な話はいい。本題に入れ」

 

「ああ、このドールが昨日の追尾してきた相手側のドールの観測霊を捕まえた。今、ごろつきを遣わせているが、相手は観測霊を失ったエラー状態。すぐに見つかるだろうさ」

 

 煙草を取り出し、火を点けようとした姿勢にB8は手を翳す。

 

「……この子に煙草はよくない」

 

「……相変わらずの非合理性だな、B8。だがお前の言う事なら従おう。あっちで吸ってくるよ」

 

 脇をすり抜ける際、伊達男は口走る。

 

「しかし、結局お前の対価ってのは何なんだ? 長い事付き合ってはいるが、幻想の家族が見えるって事以外は教えてはくれないんだな」

 

「……教える義務もない」

 

「それはその通りだ。何よりも、弱点にもなりかねない。対価を払っている間はあの天国戦争を生き抜いた凄腕の契約者でもほとんど無力。そこを押さえられれば、簡単に制圧されるだろう。……まぁ今のところ、その弱点に辿りつけた契約者を、俺は知らないがね」

 

「……本題に入るのなら早くしろ。でなければわたしは……」

 

「分かっているとも。一本だけ吸ってくる」

 

 一服を吹かす伊達男を遠巻きに眺め、B8は少女ドールを見やる。

 

 彼女の瞳に生気はない。まるで鏡のように、あるべきものを反射するだけ。そう、ただの現象。ただの人形でしかない。

 

「……人形になりたい、か……」

 

 記憶の片隅に浮かぶのは、幻想の家族の中に確かな像を結ぶ少女であった。紫色のテディベアに、赤茶けた髪の少女が微笑む。その相貌がどうしてなのだろう。対価を払っている時には明瞭なのに、今はどうやっても思い出せない。

 

「……いや、だから対価なのか……」

 

 普段思い出せるようには出来ていない。だから、これは自分にとっての唯一の弱点であり、唯一の対価。

 

 契約者が克服出来ないとすれば、それはこの世で対価のみだ。他はどうとでもなる。どれほどの精神的な負荷のかかる任務であろうとも、心を押し殺し、合理的であろうとするのならばそれは達成不可能な目的ではない。

 

 だが対価だけは別だ。

 

 能力の行使後に圧し掛かる精神的な呪縛。これから逃れる術を契約者は知らない。

 

 自分達は圧倒的に不利なのだ。

 

 対価と言う行動に、支配されている。

 

 己の存在意義でさえも――。

 

「待たせたな。……どうだ、このドール。結構可愛いだろ?」

 

「……使えれば問題ない」

 

「そういう擦れたスタンス、嫌いじゃないとも。さて……一服の最中に入った情報だ。どうにも標的は昼の間にはもう動き始めているらしい。ニューヨーク新市街地でいつまでも陣取っていると危ういって事くらいは分かったようだな」

 

「……任務に支障がない範囲で行動する」

 

「分かっているよ。観測霊を」

 

 その言葉で鉄材を触媒にして浮かび上がった青白い幻影は次々とニューヨーク新市街地を駆け抜けていく。

 

「……観測霊でターゲットを探すのか」

 

「いや、探すのはこっちで補足しているドールだ」

 

 思わぬ言葉繰りにB8は疑問符を挟む。

 

「……エラー中のドールをどうすると言うんだ」

 

「こちら側に引きずり込む。ごろつき共がそろそろ出くわすはずだ。連絡が来ればその直後には、その身柄を押さえる」

 

「……ドールを人質にしたところであのニューヨークの赤ずきんが動くとは思えない」

 

「かもな。だが、相手の規模は割れている。僅か数名程度の少数精鋭だ。ともすれば一人でも欠ければ厄介だと相手から思わぬ行動をしてくるかもしれない」

 

「……切り崩しか。いつもの手だな」

 

「分かっているだろう? 俺達は決して敗北しないし、下手な動きなんてもっとしない。相手が下手を打つのを待つ。それが俺達だろう?」

 

 承知しているとも。こちらはじっと座して待つスタンスだ。それはこれまでもそうであったし、これからもそうであろう。

 

「……しかし、ごろつき共なんかに任せて大丈夫か? 纏めて殺されてしまえば……」

 

「そうなれば、連絡を一定時間絶つ事になる。その場合、こちらの観測霊がごろつきの気配を察知して追跡すれば、いずれにせよ相手は詰みだ。それに、ごろつき程度の命なんて捨て駒だよ」

 

 伊達男の姿勢は変わらない。相手の動きよりも先走って手を打てば、逆効果に回りかねないのだと理解している。

 

 常に後手でありながら、最善手を模索する。

 

 それは自分達が結成されてからずっとであった。

 

「B8、いつでもやれるようにしておくといい。それでも俺の言う事は聞いてもらうが」

 

「……逸るな、出る時はこちらの命令を待て、だろう。その辺りは承服済みだ」

 

 しかし、とB8は蠢く観測霊の数を視野に入れるなり、眉根を寄せる。

 

「……この街は観測霊がそうでなくとも多い。常に、どこかで見られている感覚だ」

 

「警察組織の天文部とやらの観測霊も居るんだろうさ。そいつらはだがトーキョーほどじゃないって聞く。ジャパンの技術を流用しているが、【地獄門】と隣り合わせの連中に比べれば日和見なほうさ。あっちじゃ、契約者の存在そのものが極秘とされている。一般市民は契約者を知らず、そして蠢動する殺意にすら気づかない。おめでたい限りだよ、日本人はね」

 

「……契約者同士の抗争に巻き込まれて死ぬのは割を食うだけ、か」

 

「B8、かち合ったらとっとと殺してくれよ。そうでなくとも眼があるって言うのなら、証拠は残すべきじゃない」

 

 それは既に理解している。

 

 何よりも、自分には経験則がある。

 

「……天国戦争の修羅場に比べればなんて事はない。この街も平穏を貪っている」

 

「それ、あんまし詳細は聞かない事にしているんだが、やっぱりヤバかったのか? あの契約者同士の殺し合いが繰り広げられた、今世紀最大の戦場は」

 

 B8は脳裏に浮かんだビジョンを振り払う。

 

 鮮血が迸り、契約者を葬るビジョンを。

 

 相手も身分は同じなのだろうとは思う。しかし、ただ自分と相手を隔てたのは運気だ。能力や、その時々の運勢で自分は生き延び相手は死ぬ。それだけのシンプルな答えに集約される。

 

「……契約者は合理的に判断する。その都度の判定基準は揺るがない。相手よりも自分に利があるのなら、それを貫き通すまでだ」

 

「B8、相変わらず心強い言葉だ。お前と組めて、俺は運がいいんだろうな」

 

 肩をポンと叩いた伊達男にB8はそうなのだろうか、と思索を浮かべる。

 

 ――自分は、運のいい側なのだろうか。ともすれば、あの戦争で死んだほうが、よっぽど運がよかったのでは……。

 

 そこまで考えて、詮無い事だと打ち切っていた。

 

 

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