DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第五十三話「邂逅を手繰る」

 

 ……彷徨う心。砕けたはずの宵闇の中に、映し出されるのはくすんだ赤――。

 

 ガーネットは胸の奥底に焚かれた言葉の残滓に、ふと視線を上げる。

 

 少しずつ雨が降り始めたニューヨーク旧市街地にて、自分は無数の男達と向かい合っていた。

 

 男達が何かを口にしながらこちらへとずいと歩み寄ってくる。

 

 殺されるか、あるいはもっと惨い真似をされるか。

 

 案外、静かな湖面のように澄み渡った感情は波紋さえも浮かべない。

 

 たゆたう幻影の湖は、いつも静寂のはずだったが、この時ばかりは劈くような声が響き渡っていた。

 

「――伏せなってば!」

 

 その声と共に飛び込んできたのは光の眩惑。閃光弾が投げ込まれた事に気づいた時には、男達は散り散りになっていた。

 

 拳銃を突き出した形の人影が彼らを威嚇する。目を潰された男達は命乞いをするが、人影は迷いなく銃声を響かせる。

 

 男達が悲鳴を上げながら逃げ去っていくのを、その人物は息を切らして目にしていた。

 

 僅かに震えている肩。何度も上下する白い肌。

 

「……ったく、やってらんないわ。……最近、旧市街地が物騒だからってネタ探しに来たらこんなのに出くわすなんてね。大丈夫? あんた……名前は?」

 

 名前、と自分は抱えていた紫色のテディベアを意識した。

 

「あー、まだ目ぇ見えてないのかな? いや、閃光弾を叩き込まなかったらあんたも危なかったからね? それは分かって。まー、あたしもちょっと強硬手段に出たのは謝るけれどさー」

 

 どこか謝るのも面倒そうに声にする人物の声にようやく相手が女性なのだと悟る。

 

「……私はガーネット」

 

 目は確かに見えていない。だが元々、目で見るようには出来ていないのだ。今は、実像のあやふやな観測霊を触媒にして、「彼女」の姿を目にしている。

 

 観測霊のもたらす結果はどれもエラー、エラー、エラーの連続……。

 

 昨夜の戦闘からずっとそうだ。だから自分の観測霊の残滓を求めていつもの場所から移動したと言うのに、こんな事に巻き込まれるなんて思いも寄らない。

 

 だが、静謐の湖は波打ちもしない。

 

 胸の中にある漆黒の森はざわめきさえも上げなかった。

 

 その時、自分の額へと彼女は触れる。

 

「んー、熱はないみたいだけれど、何か眼に生気がないって言うか……。まぁ、そういうものなのかもね。いや、あたしも正当防衛だからね? 変な言いがかりはやめてよ? えーっと、ガーネットだっけ? いい名前だね。赤茶けた髪にぴったり」

 

 彼女が笑ったのが伝わる。屈託のない笑顔に自分は面持ちを上げる。

 

「……あなたは」

 

「あたし? あたしは正義のヒーロー! ……って言おうと思ったけれど、旧市街地ってあんまし入った事ないから、ちょっと困ってるのよ。いやー、こんなところ人の住む場所じゃないわ。こっちで生きている人には嫌な感じだろうけれど」

 

 ようやく網膜の映し出す光が回復してくる。

 

 金髪を一つに結ったホットパンツの活動的なスタイルの女性は、その赤い眼鏡のブリッジを自慢げに上げていた。

 

 ふふん、と鼻を鳴らし、女性は名乗る。

 

「では、名乗りと行かせてもらいましょうか。あたしはアリス。聞いて驚きなさい! いずれ一流のジャーナリストになる女の名前だかんね!」

 

「……アリス……」

 

 こちらの反芻にアリスと名乗った女性は狼狽する。

 

「あっ、まさか滑っちゃった? あちゃー、あの子と違ってあんた、分かりにくいから……。まーでも、可愛い子は大好きだけれどねー。それにあの子と違って、衣裳にはこだわりあるみたいだし。うんうん! ゴスロリはやっぱりいいわよねー!」

 

 どうしてなのだろうか。自分はほとんど反応していないのに、アリスは満足げに頷いて、こちらを検分する。

 

「……にしても旧市街地で一人? ……あ、もしかしてあたしのジャーナリストとしての腕を買って、わざと網にかかった? いやー、困っちゃうな、マジに!」

 

「……アリス……」

 

「そーっ、アリス! まぁ、これでも一応、大学生やってんの。ほとんどバイト漬けだから同居人には訝しまれているけれど、これでも大学じゃ首席なのよ? ビビったか、このぅ!」

 

 肘で突かれても自分がさしたる反応を示さなかったせいだろう。アリスは今度こそ、真正面で向かい合って訝しげに眉根を寄せる。

 

「……ちょっと待って。まさかあの閃光弾、まずい物質でも入ってた? いや、ないない、それはないはずよ。きっちりとした情報筋から手に入れた物だもん。一応、相手のURLと住所も控えに……あれ? サイトが消えてる……」

 

 携帯を見つめて浮き沈みする感情を持て余しているアリスに対して、自分は問いかけていた。

 

「……アリスは、何をしているの」

 

「ん? まー、ネタ探し? ……最近、マジに物騒だからさ。自分の足で稼がなくっちゃと思ってね。たまにゃ旧市街地にも入りますよ、このあたしもね」

 

 自分の前髪をさすって遊んでいるアリスにガーネットは小首を傾げていた。

 

「……ネタ、って……?」

 

「おっ、気になる? でもまーここじゃちぃとまずいかなー。ちょっと移動しない? 新市街地まで行ける直通ルートがあるし。そこまで行けば、さっきの大げさな集団も追って来ないでしょ」

 

 ぎゅっと手を引くアリスの衝動的な動きに自分の胸の内にある静謐の湖に僅かながら波紋が宿る。

 

 それは久方振りの、感傷と呼べるものであった。

 

「……私は……」

 

「何やってんの、鈍くさいわねぇ。あんた、まるでうちの同居人のヤトみたい」

 

「……ヤト?」

 

「うんそう。いっつもさー、野暮ったい黒のタートルネックに黒髪の、こぉーんな! 陰気な顔をした女の子! で、あたしの一番の友達かな」

 

「……トモダチ……」

 

「そっ、友達。とても美味しいコーヒーを淹れてくれるの」

 

 いつの間にかアリスの言うがままに、自分は歩み出していた。彼女は鼻歌を口ずさみながら悠然と踏み出す。

 

 その歩みにてらいも、ましてや澱みもない。

 

 どこまでも自信に満ち溢れた、表に生きる人間の歩みだ。

 

「路面電車に乗れば一発よ。さぁとっととこんな危ない区画からオサラバしましょ!」

 

「……おさらば……どこへ?」

 

「どこへでも行けるでしょ? あんたには立派な足がついているじゃない。あ、でももうちょっと肉付きがある方があたしゃ好みかなー。ヤトも痩せぽっちでチビだけれどさー、あの子抱き心地だけはいいからねー。……まぁそれに、そうしていないと最近は特に、どっか言っちゃいそうでね。あの子らしいっちゃらしいんだけれど」

 

「……ヤトとアリスは……トモダチ……」

 

「そうそう。あっ、運賃はあたしが払うわ。あんたは黙ってついて来る! こんなところに女子一人で居るもんじゃないって! ……ってあたしが言えないか!」

 

 アリスはころころと表情を変える。それが不思議で、自分はその面持ちを凝視していた。

 

 その視線に気づいたのか、路面電車の隣の席に座ったアリスは負けじと睨み返してきた。

 

「……よくよく見れば、お人形さんみたいね、あんた。まぁそのテディベアも何か飾り付けめいているし……何なの、これ」

 

「これ……これは、ガーネット……」

 

「それはあんたでしょ、バカチン」

 

 ぴしっ、とデコピンされ自分は熱に疼く額を押さえる。アリスはどこか呆れたように頬杖をついていた。

 

「ガーネット、あんた、もうちょっと着飾ったほうがいいよ。そのテディベアも、紫って気味が悪いし……。そうだ! 新市街地に行ったらブティック巡りしましょ! うんうん! それがいい! だって素材がいいからさー、きっと並み以上……ううん! もっと特上に行けるはず!」

 

 アリスの言葉繰りはよく分からないが自信に溢れているのだけは明瞭だ。自分はそのポテンシャルに気圧されっ放しである。テディベアの手を引っ張り、アリスへと見せつけてから、首を傾げさせる。

 

「……アリスは、何……?」

 

「何って……あたしゃただのジャーナリストのタマゴよ。まー、契約者とゲート専門な部分はあるけれどね。それでも、ただの、一個人に過ぎないわ。怪しい組織やら何やら、このニューヨークにはうようよ居るけれどね」

 

 微笑んだ彼女は自分を見据え、言いやっていた。

 

「あんたも、何かありそうだけれどでも、特に聞かない事にするわ。それはヤトにも守っている事だし」

 

 路面電車が揺れる。自分はアリスの言葉を反芻しながら、その結論を鑑みていた。

 

 ――エラー状態のままだが、そこいらをうろつくよりかは安全そうだ。

 

 そうは思うが判断材料はない。だって、自分はとっくの昔から、人形なのだから。

 

 

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