DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉― 作:オンドゥル大使
「うーん……やっぱし、こっちじゃない?」
掲げてみせた衣裳をガーネットは何の文句も言わず着こなしてみせる。充分に着せ替え人形の素質があるそのかんばせに、アリスは手を打っていた。
「ヤト以上……ううん、かなりのポテンシャルの持ち主ね……。侮れないわねぇー、旧市街地! こんな美少女を抱えているなんて!」
どこか眼差しを虚空に投げているガーネットへと、次、次、と衣裳を着せていく。ガーネットは何も文句を言うでもない。
ただ淡々と着替えていくその姿に、アリスはふと手を止めていた。
「……そういえば、そのテディベアは手離さないのね。着替えは拒まないのに」
「……これは、大事なものだから」
「大事、ねぇ。誰かの思い出の品? 何で熊なのに紫色なの?」
問いかけに白いワンピースを纏ったガーネットは小首を傾げる。
「……何でなのかは、分からない……」
「ふぅん、不思議な縁もあるものね。何だか、あんたって……どことなくヤトと似てるわ。ヤトも時々、すっごい遠くを見ている時があるの。そういう時に、あたしはちょっと怖くなっちゃうんだけれどね」
「……怖い?」
「うん、怖い。ここから居なくなっちゃうんじゃないかって恐怖。ヤトってばただでさえ鈍くさそうな感じだから連れ去られでもしないのかって不安でねー」
「……ヤト……」
大きめの麦わら帽子を被せてやると、よろめきつつも姿勢を正したガーネットにアリスは抱き着いていた。
「可愛い……っ! ガーネット、あんた原石よ! 名前通りね! 儚げな美少女って言うの、かなり合ってるわ。でも……本当に儚過ぎて、居なくなっちゃいそうなのも、ね。あたしはちょっとだけ不安かな」
「……不安。不安は……分からない」
「かもね。じゃあお会計しようか」
ガーネットは散乱した衣服にうろたえたようであった。
「……どれを着ればいいの」
「どれで、好きなように。ぜーんぶ買ってあげるから。これでも、お金あるんだからね」
カードで支払いを済ませたアリスに、ガーネットは試着室でまだ鏡に向かって視線を投じていた。
「あら、悩んじゃって。そんなにセンス良かった?」
「……どれがいいのか、分からない」
「どれでもいいのよ。好きな服を着て、好きなように生きていけるのが、このニューヨークのいいところなんだから。あんたはあんたに似合う服を自分で見つけ出すの。……そりゃ、最初のゴスロリ服も捨てたもんじゃないけれど、でも……あんたこれで意外に明るい服が似合うわ。赤茶けた髪の毛のお陰かしらね。いい色だと思う」
髪を撫でたアリスにガーネットは手を添わせる。
「……いい、色……」
「うん、いい色。きっと神様が与えてくれたのね。その美貌に、見合うような髪の毛の色を」
ガーネットはどこか自分の行動をなぞるようにサイドテールにした髪をさする。ツインテールでも充分に似合ってはいたが、少しばかり冒険させるのもいいだろうという判断だ。
「……神様……」
「そっ。さぁ、行こっか。服はしばらくはそのワンピースでいいわよね? シンプルだけれど似合っているし。……あっ、でもそのテディベアは手離さないんだ? 何で?」
「……分からない」
「んー、まぁいっか! 自分でも分かんないこだわりってあるでしょ。さぁ、ブティックを出たらそこからが戦場よ!」
「……戦場」
「そっ、乙女の、ね」
ウインクしたこちらに対し、ガーネットの表情変化は乏しい。アリスは向き合って、その頬っぺたを引っ張っていた。
「こうやって……にんまりと笑えない? 笑えると……きっといい事が起きると思うんだけれどなー」
「にんまり……」
「そっ! にんまり! 人って不思議よねー。笑うと何でも取れちゃう。それが厄介な憑き物であったとしてもねー。……ヤトも、そうかな。たまに笑ってくれるの。そうしている間だけは、ヤトもここから出て行かないって思えるし」
アリスは自販機でカフェオレを購入し、ガーネットへと放る。缶をじっと見つめるその瞳に、アリスは自分のコーラを開けつつ言いやる。
「……ねぇ、ガーネット。あんた、何だか嫌な事でもあったの? それとも、ヤバい事に巻き込まれてる? 一般人が旧市街地をうろつくなんて、普通じゃないって」
「……私は……」
答えを彷徨わせている様子のガーネットに問い詰める気にもなれず、アリスはその手を引いていた。
ガーネットは静かにカフェオレを口に含む。
「……甘い」
「世の中カフェオレみたいに甘ったるく出来ていればねー、そう難しくはないんだけれど、でもそうも言っていられないし? あたしゃ、こうやって足で稼いで飯の種を探すわけ。契約者やゲート関連の情報はこうした地道な活動で入手するの。……もちろん、顔見知りの情報通とかも頼ったりするけれどでも、基本的には一人かな。バイトがない時にはこうやってニューヨークを歩き回るのが趣味なんだ」
こちらの歩みにガーネットは何も言わずについて来る。とことこと、どこかぎこちない歩調にアリスは合わせていた。
「ねぇ、ガーネット。このニューヨークはね、危ないんだってさ。まぁ、これも又聞きの情報に過ぎないんだけれど……近々ヤバい大ごとが起こるって、関連筋じゃ有名。この間の疑似ゲート事件の時に、何か上のほうの治安組織が動いたとかって、みんな及び腰になってる。もうこんな街は御免だ、こんなところに居たくないって。……でもあたし、それは出来ないんだ。だってせっかく、真実に肉薄出来そうなんだもの。なら、最後まで手を伸ばす。それがジャーナリズムでしょ?」
問いかけたこちらにガーネットは分かっていない風な表情を返す。
「……分からない」
「……ま、分かんないほうがいいかもね。下手に物わかりがいいと、何でもかんでもやる前に諦めたりとかさ。コーヒーを飲む前に味を決めつけちゃう人間っているもんだから。やるんなら最後まで飲めって言うのに」
ガーネットはちびちびとカフェオレを口に運んでいる。
アリスは視界の端に屋台を目に留め、ガーネットへと言いやって駆け出す。
「アイスの屋台出てるじゃない。こうしちゃいられない! 買って来るから待っててね!」
屋台でまずはチョコレートを注文し、ガーネットへと視線をやったその時であった。
「ガーネット! あんた、何が欲しい――」
その言葉を吐き切る前に、小銭を取り落とす。
「――見つけたぞ。ドールめ。手こずらせる」
スポーツカーの後部座席から歩み出た男にガーネットは腕を掴まれる。アリスは考えるよりも先に身体が動いていた。
「何してんのよ!」
飛び掛かり、拳を見舞うが相手は軽く身をかわす。しかしその程度では終わらない。
即座に地面に落とさせた炸裂弾が光を放射し、相手の眼を眩惑させる。
「ガーネット! 走るわよ!」
手を引かれガーネットと共に新市街地を駆け出す。相手が追おうとしたのが伝わったが、すぐにスポーツカーへと乗り込み、こちらを運転手の男が睨んでいた。
「……やっば。あいつらどう考えてもカタギじゃないでしょ……。ガーネット、あんた本当に、何で……」
問いかけはしかし、直後に霧散する。
スポーツカーの運転席より覗いた拳銃を目にしたアリスは咄嗟に身を伏せていた。
銃声が劈き、新市街地を恐慌に染める。
舌打ち混じりにアリスは鞄の中を探っていた。
「……何なの。何でもアリってわけ? ……じゃあこっちも……容赦しないんだから、ねっ!」
投擲したのは護身用の衝撃弾頭だ。信管を抜かれれば五秒以内に炸裂し、対象の相手の聴覚を完全に奪う。
ただの手榴弾と違うのは非殺傷性である事。そして自分の持っている奥の手の、ゲート内物質を使った武装である事だろう。
「ガーネット! 走って! あの衝撃弾は強烈だから、車程度じゃ防げないし! ……それに今なら逃げ切れるかも!」
淡い希望が浮かび上がりかけたその時、大写しになったのはいつの間に追いついていたのか、先ほど後部座席に乗り込んだはずの男であった。
「……いつの間に……」
「邪魔だ」
言い捨てられると共に首筋へと手刀が見舞われる。昏倒の手順を心得ている力量にアリスは意識が闇に没しかけて、最後の足掻きのようにそのズボンの裾を強く握り締める。
「……あんた、ねぇ……。何やってんのか……分かってんの……?」
「まだ意識があるか。一般人にしては図太いな」
「一般、人……。馬鹿ぁ、言ってんじゃないわよ……! 確かにガーネットはねぇ……何考えてんだか分かんないし、それに危なっかしいところもある……。でもね、その心の中じゃきっと、叫んでる! 泣いてるのよ! ……あんたらみたいなのには……分かんないかもしれないけれど……っ!」
「分からないな。人形の感情など」
断じた論調にアリスは奥歯を噛み締め、直後には男の向こう脛に噛み付いていた。
思わぬ行動だったのだろう。
男がたじろいだ様子を見せる。
「……貴様……」
「……どう、分かった……? 人間、やれば出来るって……」
そこから先を掻き消すように鳩尾へと蹴りが見舞われる。
激痛と共に落ちてく意識に、身を委ねようとした、その時であった。
赤いレインコートの影を、確かに見たのは。
「……赤い、影……」