DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第五十七話「残滓を追う」

 

 急転直下のワイヤーによる一撃をB8は感知してステップを踏んで後退する。

 

 初動を誤ったか、と紅は舌打ちを滲ませてからガーネットを引き込んだ相手と対峙する。

 

 傍で気を失っているアリスを一瞥し、その手の中にクナイを携えていた。

 

「……MA401……」

 

「……こちらのドールを返してもらう」

 

「……どうかな? もう、このドールは使い物にはならんかもしれないぞ」

 

「ここでお前を抹殺すれば使える。それは揺るぎない」

 

「……なるほど。契約者らしい判断だ」

 

 紅は地を蹴って駆け出す。B8は滑り込んできたスポーツカーにガーネットを乗せ、そのまま自分へと突っ込んで来ていた。

 

 互いの腕が交差し、紅は接触の一瞬を狙い、攻撃を見舞おうとしてB8がこちらを蹴って距離を取る。

 

 質量希釈により即座に射程から逃れた相手に紅はクナイを投げていた。

 

 ランセルノプト放射光を帯びたB8の断ずるような手刀によりクナイは弾き飛ばされ電柱に突き刺さる。

 

「無駄だと言った。そしてわたしを倒す事は出来ない。MA401、お前の能力では」

 

「……何度も言わせるな。ここで、殺す」

 

 ハッとB8は勘付き、質量希釈でスーツの肩口から先を引き裂いていた。その瞬間に能力が実行される。

 

 ワイヤーの一部を巻き込み、スーツに引っかかっていた地点を利用しての攻撃は失敗に終わったらしい。

 

 舌打ちを滲ませた紅にB8は赤く眼を煌めかせて応じる。

 

「……今のはいい一手だった。敵ながら褒めてやる。だが、二度目はない。南米でもそうだった。いい一手を奇跡的に打ってくる相手は存在する。その一打で決まる時も。だが、大抵の場合、運はわたしに味方してくれるらしい。だからこそ、今日まで生き残れた。あの凄惨な戦争を体験してなお、わたしはここに立っている。その明暗を分けたのは、運だ」

 

「……運なんて、契約者らしくない事を言う」

 

「だが今の勝敗を分けたのは運以外の何者でもない。残念だったな、MA401、お前の攻撃はもう、わたしには通用しない」

 

「……ここから先に行けば、分かる話だ」

 

 ワイヤーを巻き込んでクナイを手元に戻し、再び逆手に構えた紅に、B8は、いいや、と声にする。

 

「……もうその機会も訪れまい」

 

 スポーツカーの運転席より銃撃が連鎖する。紅はコートの表面で弾き返したが、その一瞬の隙が仇となっていた。

 

「……もう会う事はあるまい。煉獄の契約者。このドールからお前達の組織とやらの情報を洗い出せばそこまでだ。我々の任務は完遂される。追う側が追われる側になるとは。愚かしいな、お前も」

 

「……黙れ」

 

 ワイヤーを投げ放つがその時には既にスターターを巻き起こしたスポーツカーはその場から完全に逃げ切っていた。

 

 車両に追い縋るほどの足を今は持っていない。

 

『……逃げられたな。どう清算をつけるつもりだ? 紅。ガーネットの持つ情報は俺達のアキレス腱でもある』

 

 直上からのブルックの声音に紅は忌々しげに応じる。

 

「……追いついて殺す。それでチャラだろう」

 

『そううまくはいくのか? B8……お前があれほどに真剣に立ち回っても防戦一方の相手は初めて見るとも。それほどにヤバいのなら、俺達はもうこの任務から撤退する。他のチームに任せて新しいドールを支給してもらえばいい。それでこの一件は終わりのはずだ』

 

「……任務失敗になる。奴らの保護している対象を追い込み切れていない……」

 

『それに関してはグレイが便宜をはかってくれたらしい。別働隊による追い込みで今回はお鉢が回ってくる事もなさそうだ。分かるか? 俺達は連中に負けたんだ。その上でドールを奪われた。これ以上ない、撤退戦だよ』

 

「……負けていない」

 

 ちら、と先の戦闘に巻き込まれなかったアリスを視野に入れる。

 

 彼女の身の安全を最優先にすれば自分の株は下がってしまう。だから、アリスには頓着さえも向けなかった。

 

 歩み出そうとした刹那、その手が地面を爪弾く。

 

「……何で……。あんた達が、ガーネットの生き方なんて決められるのよ……」

 

 気が付いていたのか。硬直した紅の足元へとアリスの執念が掴む。

 

 その指先に込められていた怨嗟の強さに、紅は振り解けずにいた。

 

「……あの子は……そりゃ不器用かもしれないけれどでも……何であんた達みたいなろくでなしが、居場所を奪おうって言うのよ……。契約者なんて、大嫌い……っ。あんた達なんて……地獄に堕ちちゃえ……」

 

 涙ぐんだその声音に紅は目を伏せる。

 

 ――契約者は人間じゃない。

 

 その言葉を思い返し、そっと言葉をかける。

 

「……それでいい。契約者は、そうじゃなくってもろくでなしばかりだ。そいつらに期待する必要はない。……いつだって正しいよ、アリスは」

 

「……あんた、その声……」

 

 言葉が確信を持つ前に、紅は熱操作の能力で気絶させる。

 

『……よかったのか? 何なら組織のMEで記憶を……』

 

「そこまでする必要はない。それに……ガーネットの件も、退くつもりはない」

 

 譲らない強情さにブルックは慮る。

 

『……言っておくがガーネットは共に死線を潜り抜けた経歴が長いとは言え、ドールだ。ドールはMEによる記憶流入で簡単に裏切る。それに、関連付けの記憶を失えば自壊もしてしまう。……俺達が並みの仲間意識を持って踏み入れば踏み入るほどに、傷つくのはお互い様だぞ』

 

 そう、ガーネットは所詮、ドール。その現実だけは覆しようがない。

 

 ――それでも、ここで撤退するのは、と傍らでまだ燻る観測霊の炎を目にする。

 

「……まだ燃え盛っている。まだ……ガーネットは諦めていない。なら、私達が退くのは違うだろう」

 

『……ただの観測霊の残りカスだ。ガーネットに感情なんてものはないんだ、紅。俺達契約者と同じように……ドールは人間の合理性をさらに突き詰めた存在。だから計算高く裏切り、そして並み居る契約者よりも、もっと冷酷に裏切る時には裏切る。俺達の事なんて次に目にすれば覚えていないかもしれないんだぞ……。それでも、か?』

 

「それでもだ」

 

 躊躇はない。何よりも、ガーネットの魂の残片がここにまだ燻っているのなら。自分をこの場所へと導いたと言うのならば、まだ望みはあるはずだ。

 

『……待て。グレイか。……分かった。紅、グレイより暗号通信がサーバー越しに通達された。組織はそれを受理、一度グレイと合流しろ』

 

「……追うのに時間を取られるのは意味がない」

 

『それでも、だ。……どうやらグレイは何か相手に関する、決定的な事を調べ上げたらしい。聞く価値はある』

 

 敵の契約者に関する情報。それは一つでも多ければ勝算に繋がるに違いない。

 

 紅は首肯し、飛翔したブルックを目で追う。

 

『合流場所は暗号通信で教える。今は……そこのお前の表の顔として必要な嬢ちゃんから、少しでも離れる事じゃないのか』

 

 アリスを巻き込む事は出来ない。

 

 紅は新市街地の片隅で起こった事件に警察が介入してくるのも時間の問題だと感じていた。

 

「……別ルートから合流する」

 

 ワイヤーを伸ばし、ビルの谷間を抜ける。

 

 今は、一手でも勝てる算段があるのなら。

 

 

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